Aug.20,1992

RIVER WILLOW

第13号

欲望の翼



欲望の翼 ・・・ 切なくも愛おしい青春の疼き

映像、音楽、物語が渾然一体となった世界の生み出す陶酔が本作の最大の魅力である。しかし、その世界では、物語をより効果的に語らしめるために、時はその速度を変えることさえいとわない。さらに、登場人物のエモーションに共振したかのように雨にぬれる世界。

そのような、一歩、踏み外せば、「絵空事」という陥穽に陥りかねない綱渡りを、王家衞は鮮やかにやってのけた。映像は自己を主張しながらも、物語がはらむ力と拮抗し、微妙な均衡を保っている。技巧を凝らしたアクセントですら、驚きに満ちた快感をもたらしこそすれ、そのバランスをくずすことはない。この一見、非現実的に思える世界は、確固たるリアリティを獲得し、独創的なスタイルを確立しているのだ。その離れ業を支えているもうひとつの力、それは素晴らしい俳優たちが熱い血を通わせた登場人物の存在である。

実の母に捨てられたという精神的外傷からついには死に到るヨディ。ヨディに捨てられた痛手を、時をやり過ごすことで癒そうとするスー。捨てられてもなおヨディを追って旅立つミミ。友達の恋人であるミミに惚れ、しかしその旅立ちの費用を差し出すことで想いを伝えるしかないサブ。スーにほのかな想いを抱いたまま船に乗ったタイド。これらの登場人物が、誰ひとりとしてその想いを満たし得ない物語は、私の心を疼きにも似た痛みで満たす。しかし同時に、そこには懐かしさを伴う甘美な感情も、また存在するのである。

たとえば、実の母に会うことを拒まれ立ち去るヨディの後姿。音楽とともに速度をゆるめた彼の、握りしめた拳、怒った肩によって、私は一瞬にして彼の感情に同化する。が、それは同時に、彼への切なさと愛おしさに満たされる瞬間でもあるのだ。これこそ、映画の生み出す快楽ではないか。映像と物語がお互いを補完するもうひとつの世界で、もうひとりの自分を生きる・・・・・。

さらに唐突に思えるラストは、「閉塞的な空間における物狂おしい渇きの感覚」とでも呼ぶべきものを想起させた。それはすなわち、ここに物語られた青春、さらには「普遍的な青春」を象徴しているではないか。王家衞の意図はどうであれ、私はそう了解し、なおさら募る切なさと愛おしさに、涙を抑えることができなかった。

こうして、心を奪う陶酔のうちに、ひとつの典型となりうる青春を描き切った本作は、映画を観る歓びに満ちた傑作であるといえよう。


遅ればせながら、1991年のベスト・テン!
 日本映画外国映画
あの夏、いちばん静かな海。シザーハンズ
八月の狂詩曲愛に関する短いフィルム
ふたりニキータ

息子トト・ザ・ヒーロー

12人の優しい日本人髪結いの亭主

女がいちばん似合う職業ハートに火をつけて

無能の人ハリウッドにくちづけ
グッバイママわが心のボルチモア
渋滞バックドラフト
10風、スローダウンレナードの朝
 
主女桃井かおり (女がいちばん似合う職業)
主男元木雅弘 (遊びの時間は終わらない)
助女和久井映見(息子)
助男岡本健一 (女がいちばん似合う職業)
音楽久石譲 (あの夏、いちばん静かな海。)
 
主女ヴァネッサ・パラディ (白い婚礼)
主男ロビン・ウィルアムス (レナードの朝)
助女サンドリーヌ・ブランク (トト・ザ・ヒーロー)
助男アラン・リックマン (ロビン・フッド、愛しい人が眠るまで)
音楽ダニー・エルフマン (シザーハンズ) エリック・セラ (ニキータ)


1991年も前年に引き続き邦画が面白いと思えた年だった。とくに上位の二本は観終わったあとも涙が容易にとまらず、トイレにこもって泣いたほど。北野武の作品で泣かされるとは思っていなかったし、今までいくらかの違和感を感じていた黒澤明にも泣かされるとは思っていなかった。そういう意外な歓びに出会えることこそ、映画を観る楽しみであります。そういえば山田洋次も長い間、無視してきたのだが、「息子」には感激。これも意外な収穫であったが、欠点のないところが欠点というか、あまりにうますぎて破綻のないところが古いという気がしないでもない。そういう意味で、竹中直人の「無能の人」は、役者の持ち味から生まれる何ともいえない味わいが新鮮であったが、一般的には過大評価されているように思う(海外で賞をもらったせいですかねえ)。

洋画は今年になってから秀作が続々、公開されて、年末に選んだベスト・テンからいくつかがはみ出した。それらの作品にも愛着があって、とくに「クライ・ベイビー」のような、陽の当らないヘンタイ作品はぜひとも入れてあげたかったのだけど・・・・。新たに入った作品はヨーロッパのものはがりで、国別にみるとバラエティに富む結果になったのでよしとしよう。そういえば、アジアの作品がなかったのが残念ではあるが。

個人賞の邦画は、桃井かおり以外は若い役者ばかり選ぶことができて満足。岡本健一が賞に縁がなかったのが、私は許せない気分。久々の大型新人ですよ。洋画の女優賞はふたりとも十代の少女。だいたいが女よりは女の子が好きなのだけれど、決然と死を選ぶこのふたりには心をゆさぶられた。幼さゆえの潔さが切なく痛かったのです。男優賞は、実をいうと、私の「結婚したい男優、ベスト・スリー」の中のふたり(あとのひとりはハリソン・フォード)。どこかあたたかいおじさんたちが好き。


あとがき 今年の洋画は私好みの作品が多くて、今でもベスト・テンが選べるくらい。この中からいくつかはみ出すのかと思うと、うれしいような悲しいような。しかし、大嫌いな映画もいくつかあって、「パートン・フィンク」はどこがいいのか分からなかったし、「ウルガ」は図式ミエミエでイヤだった。邦画では「ミンボーの女」が最悪かなあ。



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