Oct.27,1991

RIVER WILLOW

第12号

八月の狂詩曲



八月の狂詩曲 ・・・ 負の現実、正の感情

私の感覚からすると気になるシーンがいつくかあったはずなのに、あのラストシーンを見たあとでは、そのほとんどを思い出せなくなってしまった。吹きつける雨と風のなかを死者への想いから歩き続ける祖母(もちろん祖母の心のなかでは死者は生きている)、そしてその祖母を追って走り続ける子供たち。そこに私が見たのは愛の流れだった。孫たちから祖母へ、そして祖母から祖父へと流れる愛。前半ではおもに老いたる者から幼き者たちへと注がれていた愛がその向きを変え、力強く脈打つ。その変化を促したのは、子供たちが知り、理解し、共感したという事実である。他者の悲しみ、痛みを共感したことによって生まれた愛・・・・。

そこにかぶさる「野ばら」。今まで気に留めたことはなかったけれど、子供たちが合唱するシーンで本当にいい歌だなと思った。「清らに咲ける、その色愛でつ、飽かず眺む・・・・」。そこに歌われているのは感動する心である。人生における美にうちふるえる童の心・・・・。しかし、この作品のなかで子供たちが見るのは美しいものばかりではない。取り返しのつかない哀しい出来事、癒すことのできない他者の痛み、そういった負の現実をも子供たちは見る。しかし、負の現実を知った結果、生まれたのは共感であった。石の記念碑に水をかける・・・・。思わず水をかけずにいられなかった子供たちに、私はその共感の深さを見る。

そして死者への想い。「倶会一処」という言葉のもとで、一心にお経を唱える老婆たち。あの世で一緒になれるまで、死者の霊を慰めることに専心し続けてきた人々。自分のなかに存在するにちがいない怒りをなだめ、自分にできる精一杯のことをし続けてきた人間の姿。生者が死者に対してできるいちばん優しいこと。私はあなたのことを忘れないという決意。

これらの人間にとって大切な感情の総和が大きな流れとなって展開されるラスト。心のうちからあふれる名づけようのない想いにかられて、涙がとめどなく流れた。それはとりもなおさず、画面に無心に描き出された温かい感情−−負の現実を補完するかのような正の感情−−に触れ、共感した結果であろう。そして残ったのは、力にあふれてはいても、このうえなく悲しく、しかしかぎりなく美しいものを見た、という印象だった。


遅ればせながら、1990年のベスト・テン!
 日本映画外国映画
櫻の園7月4日に生まれて
つぐみ霧の中の風景
われに撃つ用意ありニュー・シネマ・パラダイス

東京上空いらっしゃいませオールウェイズ

二十世紀少年読本屋根の上の女

ボクが病気になった理由悲情城市

スキ!エバースマイル・ニュージャージー
さらば愛しのやくざマイ・レフトフット
病院へ行こうシー・デビル
10てなもんやコネクションブレイズ
次点香港パラダイスグッド・フェローズ
 
主女牧瀬里穂 (東京上空いらっしゃいませ、つぐみ)
主男陣内孝則 (さらば愛しのやくざ)
助女つみきみほ(櫻の園) 呂(女秀)菱(われに撃つ用意あり)
助男近藤等則 (てなもんやコネクション)
 
主女ヘレーナ・ベリーストロム (屋根の上の女)
主男ダニエル・ディ=ルイス (マイ・レフトフット)
助女キャシー・ベイカー (ジャックナイフ)
助男エド・ハリス (ジャックナイフ、アビス)


心の底に眠っていた懐かしい想いがあざやかに蘇る・・・・。まさに宝物の箱を開けたような「櫻の園」を筆頭に、好きな作品が十本を越え、久々に邦画も面白いと思えた年だった。他の年だったら、「つぐみ」も「われに撃つ用意あり」もベスト・ワンだったはず。同時に1990年は牧瀬里穂ちゃんの年だった。「東京上空いらっしゃいませ」で、新人賞! って思ったんだけど、「つぐみ」を観たら、絶対、主演女優賞! という気になった。助演女優賞のふたりもとっても好きで、どちらかひとりを選ぶことなんてできなかった。とくに「切ない視線」が印象に残るふたり・・・・。それにしても、「さらば愛しのやくざ」の陣内孝則はカッコよかった!(ピタッ、ピタッって決まるんだもん)。これからの期待も含めて主演男優賞をあげてしまおう。近藤等則はすごいインパクト、もう目が離せなかった。その異常にパワフルなエネルギーに敬意を表して助演男優賞。しかし、男優賞は演技うんぬんじゃなくて、キャラクターで選んでしまったみたい。でも、これがファンの醍醐味だ。

洋画も、ベスト・スリーはどれをベスト・ワンにしてもいいぐらい好きだった。しかし、もっとおおまかにいえば、八位まではどれがベスト・ワンになってもいいような気がする。洋画も好きな作品がたくさんあった幸福な年だったというわけ。「グッド・フェローズ」の次は「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」。この二本もテンに入れたかったのだけど・・・・。あまり話題にならなかった「シー・デビル」と「ブレイズ」をどうしても入れたかったので、はみだしてしまった。侯孝賢は他の作品もみんな好きだったのだが、「悲情城市」に代表させることにした。一年の間に立て続けにたくさんの作品を観られてうれしかったけれど、ちょっともったいない気もしたりして・・・・。次の作品が待ち遠しい監督である。


あとがき 今年もあと二ヶ月というのに、去年のベスト・テンだなんて、なんとも情ない話。観る方に夢中で、文章を書くひまもない・・・・、なんていうのは言い訳ですが、多少、当っていないこともない。観るのを楽しむばかりで、その感動を反芻する余裕が、やっぱり足りない気がする今日この頃です。でも、観たい映画がいっぱいあるんだもん。



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