The Origin of Kill Bill Vol.1



「修羅雪姫」 2003年12月1日 高槻松竹セントラル

この二日前、某映画館にあったチラシでこの上映を知り、仕事のあと、夜の部に駆けつけました。場内は三分の入り、老若男女取り混ぜて一人で来ている方が多かったです。

ストーリーを要約すると、夫と息子を殺された小夜(赤座美代子・藤田敏八夫人)が仇の一人を殺し、収監された獄中で父親の分からない女の子を産み落とす。雪と名づけられたその娘は、さる和尚のもとで修行を積み、成長したのち親兄弟の仇を殺して行く。

いやあ、びっくりしました。三人の仇のうちのひとり、北浜おこの(中原早苗・深作欣二夫人)の死に様がすさまじい。雪に追われ逃げるおこの、いったん逃げおおせるが、発見された時には首を吊っている(仲間の一人に殺されたことが、あとで分かる)。その天井から下がるおこのの胴を、雪は真っ二つに斬り裂くのである。うわあ、何ともはや、「キル・ビル」も真っ青ですね。胴体の切り口からばっしゃと飛び散る血がいかにもペンキみたいな色で、全然恐くないんです。ただ、あまりのすさまじさに唖然としました。映画を作った方たちも、いくらか含羞を感じていたようで、「これはお芝居なんですよ」とばかりに幕が引かれます(笑)。

藤田敏八の映画って、青春映画が印象に残っていて、こんな映画を撮ってたなんて意外でした。一言でいうと泥臭い。しかし、四章に分かれていて、その章ごとに題名と文語調の語りが入ったり、オリジナルの漫画が挿入されたり、また時間の配列が前後する構造などは興味深いところがあります。「キル・ビルVol.1」にも影響大な部分ですね。そして、章の初めに入る語りは、黒沢年男の扮する物書きが雪の味方になり、敵をおびき寄せるために書いたものであることが、後段で明らかになったりします。

最終章は「快樂館修羅終章」。これに「けらくのやかたしゅらのしゅうしゃう」とルビがふってありました。この「快樂館」とは鹿鳴館で、洋装の貴婦人たちの集うその場所に、仇を追って雪は着物で堂々と乗り込みます。その鹿鳴館が何とも安普請で、いかにもプログラムピクチュアといった感じなのですが、しかし毅然たる梶芽衣子さまは本当に美しいです。梶さまの着物姿を見られただけで、私は満足でした (特に賭場の場面で着ていた紺と生成色の棒縞の着物が何とも粋でした)。

ラスト、「因果応報!」と叫んで雪は本懐を遂げますが、一番の悪・岡田英次は黒沢年男の父であったり、黒沢年男が雪の刃に刺し抜かれたり、そのあと雪が仇の娘に刺されたりと、かなり陰陰滅滅たる幕切れで、暗い夜道を震えながら帰りました(笑)。で、作品自体はあまり好きではなかったのですが、オリジナルの「修羅の花」を聞くことができて大満足でした。「キル・ビルVol.1」サントラバージョンじゃなくて、二番のない映画バージョンが、最初と最後の二回流れました。

Lady Snowblood





「修羅雪姫 怨み恋歌」 2003年11月15日 新世界公楽劇場

実は「修羅雪姫」の二週間前、「修羅雪姫 怨み恋歌」を観ました。これもそのニ、三日前に「ぴあ」を立ち読みしていて、上映予定を知り駆けつけたのでした。今は邦画三本立ての公楽劇場ですが、昔は洋画も上映していて、その頃、一度だけ入ったことがあります。その時に観たのはバート・レイノルズ主演の「白熱」。「キル・ビルVol.1」で音楽が使われている、あの映画なんですね。これも何かの因縁でしょうか。その時は、新世界国際劇場に映画を観に行った帰りに、路地にあるこの映画館を見つけ、番組表を見たら「白熱」がちょうど始まるぐらいの時間だったので入ったような記憶があります。バート・レイノルズはその頃、大好きだったんです。しかし、これは余談。

朝の10時に始まったのは併映の「仁義なき戦い・広島死闘篇」で、四半世紀ぶりにこの映画を再見しました。前に観たのはフェスティバルホール(!)での「仁義なき戦いシリーズ一挙上映会」でした。懐かしいです。客席で煙草を吸う不届き者に案内のお姉さんが注意して回っていたのを記憶しています(笑)。四本の中でもちょっと青春映画の趣がある「広島死闘篇」が一番好きだったんですよ。これにも梶芽衣子さまが出てるんですね。すっかり忘れてました。

ところで「修羅雪姫 怨み恋歌」には「修羅の花」が流れないのでがっかりしました。「キル・ビル」でシビれたこの曲をオリジナルで聞きたいというのが、この映画を観に行った動機だったからです。最後にかかるのかなと楽しみにしてたんですけど、肩透かしで、そのお楽しみは二週間後まで待たねばならなかったのであります。

それはともかく結論から先にいうと、この映画はけっこう好きでした。刺客として逃亡を続ける鹿島雪が捕まり、刑場へと送られる途上、おたふくの面を被った一団にさらわれるが、その一団は秘密警察で、アナーキストの伊丹十三を内偵する代わりに命を助けられる。が、雪はアナーキスト側に寝返り・・・・。そのおたふくの面やら、秘密警察やら、アナーキストやら、といったレトロなおどろおどろしさは好みかもしれません。それに残酷シーンも一作目よりはおとなしいし(といっても、手首切断、目玉刳り抜きあり、笑)、アナーキスト対権力の戦いというのも、一作目の私怨より爽快感があります(笑)。それにラストでは、梶さまは喪服姿で、それがまたたいそう美しいのです。こちらの方を先に観たので、梶さまの美しさには本当に圧倒されました。タラがホレるのも無理はないかも(笑)。

それに、伊丹十三、岸田森、安部徹、山本麟一といった鬼籍に入られた方々が続々現れるんです。何か溜息ついてしまいました・・・・。合掌。

朝のうちはちらほらだったお客さんも、午後にはけっこう混んできて、周りを見渡すとおっちゃんばっかり。残る一本は安藤昇と嵯峨三智子主演の「血の決着」で、これも観たかったんですけど、公楽劇場、しんしんと冷えて、「怨み恋歌」が終わる頃には身震い状態。このあと動物園シネフェスタでジャッキー・チェンの「シャンハイ・ナイト」を観て暖まって帰りました(笑)。

Lady Snowblood 2
Love Song of Vengeance





片腕カンフー対空飛ぶギロチン 2004年1月31日 梅田ガーデンシネマ

上映が終わり、コートを着ようとしたら、後ろの人の顔が目に入ってしまったんですけど、ちょっと笑い顔。多分、私の顔もゆるんでいたと思います。隣に座っていた二人連れの男の子は「主役が一番動きが悪いやん」。ホンマやなあ。エレベーターで一緒になった女の子の二人連れは「あんなん、ヒーローちゃうわ」。ホンマに変やったなあ。そやけど、やっぱり面白かったやん!?。

「修羅雪姫」や「修羅雪姫 怨み恋歌」の時とは違って、今回のミニシアターでのレイトショーは、グループや二人連れで来ている若者が多く、反応が早い、早い! 私は同じ映画館で上映中の「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス」と連チャンにしたので、それに普段ならそろそろお布団に入る時間とあって、若干遅れ勝ち。その昔、YMOのコンサートで、坂本龍一、高橋幸宏にワンテンポ遅れて現れる細野さんを思い出してしまいました(笑)。

みなさん反応が早いだけでなくて、よく笑うんです。確かに笑いどころ満載の映画でしたが、みんながなぜ笑うのか分からない箇所もありました。あとで考えてみると、私はけっこうマジに見ていたんだと思います。たとえば、鉈で竹を切ろうとしているのを見て考え込む主人公。鉈の刃がボロボロになり、主人公は「ううむ、竹は強い」と独り言。次の場面では、空飛ぶギロチンの刃をボロボロにせんものと、竹の砦を築いている。ここで笑い声をあげる若者たちとは対照的に、私は「ううむ、なるほど」と納得していたのでした(笑)。でも、製作当時はみんなマジに観ていた場面ではないかなあ(!?)。

清の時代、登場人物は、明の復活を目指しカンフー道場主として身を潜めている片腕のジミー・ウォング。弟子を殺したジミーを仇とつけ狙う、空飛ぶギロチン(ゴーゴーボールの元ネタ)を操る清側の盲目の坊主。舞台となるのは異種格闘技トーナメントの会場で、その試合に出場するのが、腕がぐわーんと伸びるインドのヨガ行者(メタルインドカレーを彷彿)、笛の音が聞こえると踊りださずにはいられないタイのムエタイ使い(自分で笛を吹き、踊りながら現れるシーンには爆笑)、無刀流と称しながら手品のように刀を隠し持つ躍馬次郎という日本サムライ(こいつは女たらし、武士道を何と心得るか)、と書いているだけで、つい笑ってしまう怪しい面々。

その怪しい面々の戦いぶりを観戦しながら、反則技にも「ううむ、あの手は使える」とうなづく、これも怪しいジミー・ウォング。敵味方がそれぞれ繰り出す反則技の数々にはホンマに笑えました。でも、どことなく愛嬌があって和むんですよ。これは今ではあまりお目にかからない味わいです。

ジミー・ウォングはなぜ人気があったのか、今ではちょっと首をひねってしまいますが、映画の冒頭、道場で門弟たちに見せる技の数々が、「そんなアホな!?」とツッコミたくなる楽しさで、ツイ・ハークの「天地大乱」を思い出したりしました(「恋愛準決勝戦」のフレッド・アステアばりの壁面天井歩行の術もある)。その脚本も書いたりしているわけですから、きっと面白い人なのでしょう。でも、実は黒社会のエライ人だったりするんですよね。そうそう、杭の上で闘う魔刀陣のシーンは、ドニー・イエンの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ<外伝>アイアンモンキー」でも同じようなことをしてましたが、「アイアンモンキー」の方がずーっと、ずーっと凄かった。カンフー映画はエスカレートしながら進化を続けているジャンルだということを再確認した次第です。

私が一番好きだったのはギロチン坊主。笠智衆みたない顔に白い山羊ひげ。赤い袈裟にコーディネートした赤い空飛ぶギロチンを携え、いざという時には僧服にタスキがけして奮戦し、怒り心頭に発するや、屋根を突き破って飛び出したりもするお茶目なキャラクター(!?)。しかし、盲目の悲しさ、何回も間違えて別人を殺してしまうんですよ。しかしめげずに「片腕の男はみな殺してしまおう」とあくまでもポジティブシンキングなのです。これから挫けそうになったら、私もギロチン坊主を見習いたいと思います(笑)。

ムエタイ使いはかわいそうでした。ジミーの門弟の吹く笛の音におびき出され、鉄板を敷いた小屋に閉じ込められて、下でぼうぼう火を燃やされるんです。裸足のムエタイ、たまらず窓から逃げようとすると、槍を持った門弟たちが串刺しにしようと待ち構えており、あえなく靴を履いているジミーに負かされてしまうんですけど、足の裏一面が水ぶくれ(でも蝋で細工してあるのが一目瞭然、笑)。闘い終えたジミーも小屋から飛び出すと水桶に飛び込み、「あやうく火傷するところだった」、足元には湯気がじわーっと・・・・・。いゃあ、やっぱり可笑しかった、和みました。

で結論ですが、ノレない人には「何じゃ、こりゃ!?」、しかしノッてしまえば極楽気分! この感じ、まさに「キル・ビルVol.1」と共通しているではあ〜りませんか。キャラクターやディテールには確かに日本映画の影響が大でありますが、基調はバカバカしくも愛おしい香港映画ということなのでしょう。だから、ショウブラザーズのロゴで始まるわけですね。

それはそれとして、コメディータッチのカンフー映画って、私、やっぱり大好きかも・・・・(笑)。

One-Armed Boxer vs
The Flying Guillotine



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