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この道に入って二十年、陳昇はずっと別格の存在だった。厳密にいえば、大ヒットを飛ばしたことがあると思われてはいない。しかし「音楽界のゴッドファーザー」にも似た地位を維持してきたからである。そしてアルバムにしろ、コンサートにしろ、常に一定の安定したセールスを維持している。結局、八年以上、夏休みには「上山下海」野外コンサート、年末には年越しコンサートというように、少なくとも一年に二回の大規模なソロコンサートを挙行できる者が、香港台湾にふたりといるであろうか。
「僕はやるだけさ」
陳昇はこの種の質問については、実に簡単なことだと考えている。
「コンサートについては、たくさんの人が質問する。年越しコンサートは何年続けるつもりなのか？ いつまでやるのか？ どう答えればよいのか分らないよ。この問題については考えたこともないんだ。最初の年にやったのは、会社にその必要があったからやったまでさ。二年目は、去年やったけど、今年はどうするって尋ねられたんだ。で、答えた。『やるなら、やろう』。そういうわけでやったんだ。それからあとは毎年同じさ。いつまでやるのか？ 多分、誰かが『陳昇、もういいよ』と言うまでは、やめないよ！」
年齢は陳昇にとっては完全に問題ではないようだ。ファンが彼を好きになったり嫌いになったりする要素にはなっていない。陳昇はすこぶる誇らしげに言う。
「なぜなら、僕は自分が誰か分っているからだ」
陳昇は歌謡界の天王、天后を喩えて言う。
「彼らは蟻の中の女王蟻だ。みんなに担ぎ上げられたあと、自分が誰かを忘れてしまう」
陳昇の比喩の中で、天王、天后はレコード会社のスタッフによって押し上げられたり、担ぎ上げられたりして、頂上に到る。しかしレコード会社の人手は限られているから、山頂に押し上げたあと、これらのスタッフはまた別のアルバムを作りに山を下りなければならない。天王、天后はどうする？ 山頂でひとりボーッとするのだ。なぜなら他人に押し上げてもらったので、どう山を下りればいいのか、自分では分らないからだ。
「しかし僕にはそんな障害はない。僕はとっくに天王、天后なんて屁でもない（原文では「天王、天后なんて屁だ」。『屁でもない』『屁だ』、どっちがキツイ？）と見破っている。僕は自分自身であり続けるだけだ。いつも僕の夫人（陳昇は自分の奥さんを夫人と呼ぶ）や会社の人間に言うんだ。君たちには僕が他人と触れ合う権利を邪魔することは出来ない。もし僕が天王、天后のように、あまり外出さえしようとしないなら、どうして物を書いたりできるだろう？」
最近、脚に怪我をしたため、外に仕事に行く時便利なように、陳昇のレコード会社はわざわざ大型車を借りた。
「あんなに大きな車を見て、僕はすぐに友達に電話した。乗りに来いよって。そうしないと、シートが無駄になっちゃうじゃないか」
こんな物はみな不必要だと、陳昇は思っている。
「だけど考えてもみろよ。もし今大きな車に乗せてもらって、ひと月たったらなしだなんてことになれば、僕は不満に思うかもしれない。礼儀知らずな扱いと思うかもしれない。贅沢の味を覚えるとつましくはできないってことさ」（陳昇、Ni 説得很對）
自己の物欲を、陳昇は極力抑えようとしているかのようだ。
「なぜならひとつの道理を弁えているからだ。例えば今、必死になってレンジローバーを買うのもいいだろう。だけど四十を出たとこでこんな車に乗ったら、六十歳になったら何に乗るんだ？ ジェット機か？」
小さなジープからロデオに乗り換えても、陳昇は自分が何歳で何をしているのか自覚している。
「僕がロデオに乗り換えたあと、金城武も一台買ったことに気づき、僕の考えを金城武に話したんだ。俺は何歳だ？ この仕事について何年だ？ 今こんな車に乗って、あとは何に乗るつもりなんだ？ 金城武は聞いたあと、激しくうなずいたよ。彼も僕が正しいと思ったんだ」
人生はゆっくりやるべし。これが陳昇の哲学である。
「車もそう、恋愛もそうさ。恋愛も度が過ぎると、興味をなくしてしまう。そのあとはどうすればいい？ 同性愛に鞍替えか」
みんなが笑い転げるのを見て、陳昇はすぐに厳かに証拠を挙げた。
「僕にはゲイの友達がいる。いつも僕をつかまえて言うんだ。『昇哥、試してごらんよ。本当に試さないと分らないだろ。今日すぐ試してごらんよ。試したこともないのにさ』。分るだろ。たくさんの人は本当に異性との遊びに度が過ぎて、興味をなくし、目先を変えようと同性と試してみるんだ。（ホンマかいな！？）だから人生はゆっくりやるべし。すぐに使い果たしてしまうなんて、老け込むなんて辛いよ」
過去には深い印象を残すラブソングをたくさん書いてきた彼だが、今はラブソングは多くはない。そのうえ彼の歌の中には、愛情に対して疲れたという気配が窺えるかのようだ。陳昇は大きな頭を振って言う。
「諦めたのさ。疲れたんじゃないよ」
陳昇は率直に言う。結局、自分は四十を越えた人間だ。彼は大真面目に言う。
「諦めないでどうする？ まさかジャン・レノのように、『レオン』（これより前のリュック・ベッソンは好きだった）や広末涼子と出た『ＷＡＳＡＢＩ』（この映画ではジャン・レノと広末は父と娘。これを訳す参考に観に行ったけど、退屈した。笑）みたいに、オヤジがあんなに若い女の子と恋愛できるとでもいうのかい？ 人間は一定の年齢になっても、もし節制しなければ、面倒なことになる。『ダメージ』（これは未見。ジュリエット・ビノシュは見たくない。笑）の中で息子の恋人と密かに通じた父親のように、つかの間の激情が人生最後の致命的な一撃となり、何もかもなくしてしまうのさ」
だから現在の陳昇は愛情を運命とあきらめ、結婚に対してもまた、彼なりの独特な哲学を持っている。
「僕の友達がある時、妻のことを罵って言った。『彼女はまったく分っちゃいない。彼女なんか僕からみれば二万二千七百何人目かの女だということを。前に二万人目の女が現れでもしたら、彼女なんか取るに足りなくなるのさ』。そうだよ。枕邊人（横で寝る人。奥さんのことですね）が自分から見れば一番の女でないからって、まさか悲観すべきなのか？ 僕も妻に言ったことがある。ある日、もしかしたら彼女、あるいは僕は、突然、出会うかもしれない。人生でこの人を待ち続けていたんだと思える人に。しかしその人はこんなに遅れてやっと現れた。僕たちはどうすべきなのか？ これはよく考えて選択しなければならないことだ」
というわけで、陳昇と夫人の間には、常に彼らだけのゲームの規則があった。陳昇は自由でなければならない。友達と車を飛ばしあちこちへ遊びに行くこともできれば、酒を飲みながら語り合うこともできる。自分だけの空間を持たねばならない。夫人はその自由を彼に与える。ただし、週末はいつも家族とともに過ごすことを求め、陳昇もそれに応じる。これこそ彼らが互いに尊重する、上手くやって行く秘訣なのだ。
家族や友達から見ると、永遠に大人にならない子供。それは今回のアルバム「五十米深藍」にも表れている。誰もが感じている。彼は大人にはならない。そして彼もまた、ただ海に潜りもうひとつの世界に身を隠したいと願う。陳昇はさも当然だとばかりにこう述べる。
「僕が大人にならないのは家族の遺伝さ。僕の個性は父さんにそっくり。そのうえどんなに大きくなっても、今、家に帰れば、母さんが僕の頬をつねって言うんだ。『食べたご飯はどこへ行ってしまうんだい。そんなに痩せて』」（面白い一家ですね）
自分が大人にならない子供である以上、息子とのつきあいもきっと普通ではないだろう。将来どの高校に通うべきかという、父子ふたりの話し合いから、それが見てとれる。陳昇は息子に言った。
「通学の便利な学校を選ぶといい。そうすれば毎朝、ゆっくり寝ていられるし、起きてからも、家を出たらすぐ学校に着く。そんな風だと、とてもハッピーだぜ」
息子は楽しげにうなずき同意する。陳昇はまた続けて言う。
「しかし、建中はやめた方がいい。僕は建中は好きじゃない」
息子は言う。「僕も建中は好きじゃない」。陳昇は愉快そうに笑いながら言う。
「そうだよ。前に建中の学生を見て、殴ってやりたくなった。師大附中が悪くないと思うよ。バンドも作れるし、女の子もいれば、家からも近い」
息子はすぐに、またうれしそうにうなずき、同意した。しかし、かたわらの夫人は当然、聞き流すことはできない。陳昇は夫人に言う。
「君には分らないよ。これは Men's talk だ。構わないでくれよ」
大人にならない陳昇は、憂鬱な中年男性に見える時もあれば、手に負えないいたずら小僧のような童心を露にする時もある。どういう人間に見えても、陳昇には彼なりの独特の風格と、軽視することのできない音楽的な魅力がある。それゆえ今でも、舞台に立ってひとりで色香を発散することができるのだ。もちろん、インタビューの時には、憂鬱な中年という感じが強かった。潜水で腰を痛め、自分が中年であるという事実に気づいたからである。しかし、人生の視野が広がるにつれ、歌曲に歌われる範囲も広がった。これもまた中年の人生経験が生み出したものである。ただし、陳昇が老いに服することはないはず。なぜなら、彼は「大人にならない陳昇」なのだから。（對、對！）
インタビューの前、実を言うと、私はとても緊張していた。インタビューしにくい人だという噂を前から耳にしていたからだ。東と言えば西、ポテトと言えばトマトと答える人だというのだ。
しかし陳昇と話し始めると、とても話しやすい人だと感じた。もしかしたら彼の視野があまりに大きいので、質問すると、途方もないことを考えつくからかもしれない。そのあと、こんな風に考える人もいたのかという発見に驚くのである。（Vivien も歌詞を読んでいて、そう思うことがあります）
自分が中年だと気づいたのはいつですかという問いに、陳昇は答えた。
「気づいたばかりさ」
というのは、先ごろ、フカの命乞いのために、WILD AID （野生救援保護組織）とともにエクアドルの西にあるガラパゴス諸島に赴き、潜水した時に腰を痛めたため、台湾に帰ったあと医者に言われたからである。「中年とはそういうものなのです。頭は自分に、行こう、行こう、と言うけれど、筋肉はついて行けない」。その後、腰を痛めたまま、インタビューや写真撮影に応じると、痛くてたまらず、自分の身体が中年になってしまったことを自覚したというのだ。（中年の身体に少年の心、それもまたよし。笑）
しかし、彼とこうして話してみると、確かに憂鬱な中年ではあるが、何を見ても公平ではないと感じ、心中安らかでない陳昇は、怒れる中年（！）であるともいえる。ただし実を言うと、私は確信している。彼の中年は腰が治るにつれて終わりを告げ、またあの永遠に大人にならない中年子供に戻るだろうと。（我也這麼希望･･･）
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