恨情歌(1995.5)

恨情歌

君たちの歓心を買おうとして
僕はいつも自分を忘れていた
感情というものは気違いじみているから
多ければいいと言うものじゃない
僕はいいかげんな気持ちで
楽しく軽やかに歌ったりはできないのさ
みんなラブソングが好きだと言う
それで心の中の苦しみを軽くするんだって

いたずらっ子のようなまねはやめて
自分のためにラブソングを歌えとよく言われるけれど
夜ひとりになるといつも
自分を見失うんじゃないかと心配だった
それに元々僕はどんな事でも好きな道楽者だ
もし僕がラブソングをやめてしまうような日がきたら
君たちは僕から離れていってしまうかい

じゃ、僕はラブソングなんて嫌いだと叫ぼう
全然平気なふりをして
あるいはもう君たちの歓心を買おうとはしない
僕はそんな自分が好きなんだ

じゃ、僕はラブソングなんて嫌いだと叫ぼう
全然平気なふりをして
君たちだって言わなかっただけかもしれないね
そう、僕はもっといろんな事を考えているんだよ

Vivien's note :
原詞の「Ni」を「君たち」と訳すのは腑に落ちないと、何度か質問されたことがあるので、一言、説明をしておきます。この詞を初めて訳したのは、1995年の夏、中国語を学び始めて一年ぐらいの時でしたが、「Ni」を「君」と訳すと、どうしてもこの詞の意味がとれませんでした。そこでふと思いついたのが、英語の「You」が二人称複数を意味するという用法。中日辞典を引いてみると、案の定「時としてNi們の意に用いる事もある」とありました。
これ以外にも、私の訳したような意味が暗喩としてあるのは理解できるけれど、「我」と「Ni」で書かれたラブソングである以上、そのように訳すべきではないか、という異議を唱えられたこともあります。しかし、この詞はラブソングであるという見方には、Vivien はどうしても頷くことができません。ただし、様々な解釈があっても当然だとは思いますが・・・・・。

以上のことは、Vivien の考えたこの歌の主題とともに、陳昇にも詳しく伝えました。何も言ってこないところを見ると、Vivien の見方、訳が陳昇の意図に添っているのではないかと思います。



凡人都寂寞

君の身辺に気をつけろ 美しい謎の微笑を浮かべた女の子
薔薇には刺が一杯 そして感情の傷は二三日では癒せない
うっとりしているうちに すぐに主張をなくし
どこにいるかも忘れてしまう

少しぐらい間違いを犯してもと君は思う
僕の味気ない日々には何もないのだからと
そのうえ愚かにも人の言葉を鵜呑みにしたりして
無邪気さこそ女性特有の美だなんて
夢中になっているうちに そのまま主張をなくし
どこにいるかも忘れてしまう

男の歓びと女の愛 どんな組み合わせでも
愉快なところが決してないわけではないし
腹ぺこの時に料理をあれこれ注文するものじゃないと
誰もがみんな忠告しようとしても
それは他人の葡萄は酸っぱいという心理
だからそんなことを言うんだともし思うなら
うーん 君はきっとそう思うんだ
分かってる だけど僕が注文したのはほんの少しさなんて

君の身辺に気をつけろ あの美しい孤独な感じの女の子
長い夜が明けないからといって
ムードたっぷりの幻想に浸ってはだめだ
楽しい時が過ぎれば 自分が馬鹿だったと感じるものさ
払った犠牲はいつも大き過ぎるのだから

友よ 君に分かるだろうか 感情というものは
絶対に無理やり手に入れようとしてはだめなんだ
足に合わない靴を履いてしまうなんて
その痛みは裸足でいるよりもっと辛いんだ
友よ 君は気づかなければ
幸福の絶頂という天国の側には実は地獄が待っている
孤独になったからって 僕を尋ねて来るのはやめてくれ
We are all alone
La La La La・・・・

Hey! 友よ 君は気づかなければ
幸福の絶頂という天国の側には地獄が待っている
孤独になったからって 僕を尋ねて来るのはやめてくれ
誰もがみんな寂しいのだから

Vivien's note :
Vivien が初めて Live で陳昇を見た記念すべき演唱会、「揺滾客家寶島旅・淡水洲子湾演唱會」(1995.10.21)でのエピソード。コンサートが始まった時からずっと、最前列で抱き合っているカップルがいたのですが、中盤を過ぎた頃、陳昇、やおらこのふたりを指差し、「君たち、いい加減にしろよな。そこでそんなにいちゃつかれたら、気が散るじゃないかあ」(あくまで想像ですが)と言ったあと、歌いだしたのがこの曲。場内は大受けでした。



農夫

あなたは門のそばに立ち 子供の後姿を見送っている
手の中の煙草を かすかに震わせながら
いつも黙っているだけで 言葉をかけたりはしないから
想像もしなかった あなたが愛おしんでいるということを
夜が明ける頃働きに出かけ なぜかと自問したこともなく
家への帰り道で転んだ日 初めて自分の老いに気がついた
あなたは家のそばに腰を下ろし 青い空を見上げている
手の中の煙草は すでに燃え尽きてしまった

僕は分かっていると思ってた 水の中の魚のように何もかも
だけど蝶々は泣くのだろうか 答は風の中に舞っている
あなたは考えたことがあるだろうか 生命の美とは何なのか
それは娘の笑った顔か それとも心の中の田の実りか
あなたは自分の生命で歌を書くだけ 歌に歌われることはない
言葉にしようとしなかったのなら 詩人の力が足りないからだ
そんな風に静かな顔で 心の中には何を隠しているのか
言葉にしようとしなかったのなら 詩歌の内容が貧しいからだ

あなたは生命で歌を書くだけ どうして疑いを抱きもしないのか
話そうとしなかったのなら 答は風の中に留めておけばよい

もしかしたら 答はそこに そう 風の中に

Vivien's note :
陳昇が自分のお祖父ちゃんを歌い、同時に、敬愛するボブ・ディランにもオマージュを捧げています。



姑姑

黄昏の風の中に 立ち込めている香箔の匂い
舞い踊る幡布の陰で あなたがこっそり泣いていた
僕は思う 人に心配をかけたくないからだ
彼らの話でもあの日 あなたはやはり涙を堪えていた
最愛の長男が最後の衣装を着ることになったのに
その後落ち着いて涙を拭い 明日に向った
空の虹が消えても 人が笑いを失っても
おばさんは寒風の中で 誰よりも美しい
その日僕の肩で静かに泣いたあなた
誰にも理解できない それが本当はどんな痛みなのか
手に入れたその時から 失い始めることになる
それが定めなのか
あなたは言う 運命のなすがままだなんて承服できない
神様が夫を 最愛の長男を連れ去ったのだから
誇りと尊厳を持って生きることに決めたのだと
空の虹が消えても 人が笑いを失っても
おばさんは寒風の中で晴れやかに笑っている

おばさんは寒風の中で 誰よりも美しい

昨日僕は見た あなたの顔に浮かぶ晴れやかな笑い
運命は多くのものを奪っても あなたの笑顔は奪えない
おばさんは僕の心の中で
誰よりも 誰よりも美しい人だ



十七號省道

名前も知らないホテルで君は目覚める
頭の上にはやりきれないほど眩しい陽光
ホテル中で議論の的になっている
想像を振り払い車で向かう省道十七号線
東石と六脚の間は鳥の糞さえない僻地
堪え切れずに習慣を破り酒に手を伸ばす
夕陽の下を時速八十マイル
君が泣くことは許されない
泣くにも理由が必要なのだ
だけど君の理由がどこにある
自分が八流の国民であるような気がして
顔に浮かべている一流の憂鬱

名前も知らない小さな町へ君は歩いて行く
門の隙間から次々覗く問い質すような二つの目
道の真ん中でじっと君は息を潜めてしまう
十七号線にはあらゆる思い出がある
南投と雲林の間の激しいアップダウン
その感覚に圧倒されるのが君はかって好きだった
心中の苦悶がどこにあるのか言葉にならない
黄昏の中では野鳩が息を潜めている
憤怒するにも理由がいるのだ
女を買うのはまるで ××× みたいで
真っ平ごめんだと君は言うのか
道徳と魂の欲するものはイコールではない
気骨については議論するまでもないと

名前も知らないホテルで君は眠りに落ちる
テレビにちらつくモザイク模様の光と影
誰に電話をすれば慰めてくれるのか思いつかない
君を愛する人は どこにいる
精神と肉体の境目にのさばっているのは悪魔
He takes your soul and lefts your body.
こんな日々は今日に始まったことではない
君の両親が出会ったその日すでに決定されたこと
悲しみにくれるにも理由がいるのだ
悲しみ愛おしむこと それが君のあつらえた衣装
その衣装で自分を包み込んでるそのザマを見ろよ
君は元々自分自身でさえないというのに
誇りを持つにも理由がいるのだ
くだらない芸術の意味さえ理解できない君
だけど娼婦は男と敏感なあそこについて心得ている
君のこの人生 どこもかしこもペテンだらけだ

Vivien's note :
十七號省道は台湾西岸の最も海よりを走る公道で、僕たちは海線と呼び習わしている。その一帯の地方は生活が苦しいために、流氓(やくざやごろつきといった感じでしょうか)になる者も多い(by 陳昇)。

陳昇の歌にしては珍しく、この歌詞の中には「我」という存在が出て来ませんが、「話し手」も「君」も陳昇自身、つまり、これは陳昇の自問自答なのではないかと思います。「君が泣くことは許されない」や「悲しみ愛おしむこと それが君のあつらえた衣装」といった言葉が、Vivien の胸の痛いところを突きます。自分を取り巻く世界に対して無力感を覚えながら、自問自答を繰り返す陳昇に大きな共感を覚えます。大げさに言えば、これは同時代を生きる人間としての共感だと思います。台湾の一地方のことを題材にしながら、このような共感を呼び起こす。Vivien が陳昇に強烈に惹かれる理由のひとつが、ここにあります。



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