――――――――――私は?






――――――――どうしてここにいるのかしら?







・・・・・・・・なんだかぼーっとする・・・・・・・・・













「目が覚めたか?」

横から声がする。振り向けば、いすに座り本を読んでいる長い銀髪の男の人がいた。

「気分はどうだ?」

こっちに寄ってくる。不思議と恐くはない。きっと過去に会ったことのある人なんだろ
う。

「ん?どーした?」

私のいるベッドに腰掛け、そっとほほに触れて笑う。
その顔はすごくキレイで・・・・・・間近に見つめられて、思わず目線を外した。



――――――――――どうして私ここにいるんだろう?




疑問を口にしてみる。



「あの、」
「ん?」
「ここは?」
「俺の家だよ。」
「私はどうしてここにいるの?」

「さあ?俺も聞きたいね。・・・・・・どうして行き倒れてたんだ?」




「・・・・・・私が?」





「覚えてないのか?名前は?」
「・・・ゼシカ。」
「ゼシカ?どっかで聞いたような・・・・ま、いっか。俺はククール。ほかは何か覚えてるか?」
「・・・・わからない・・・・・・・・かも。」
「・・・記憶喪失か・・・・・」






「あの、ごめんなさい、助けてもらったみたいで・・・・」
「いや?こんなカワイイ子だったらいつでも歓迎だよ。」

そう言って彼は満面の笑みを見せた。

「それにしても、記憶がないんじゃ送りようがないな・・・・・」
「んー・・・ゼシカ。」
「はい?」
「俺んちで働くか?」

「えっ!?」






結局他に頼る所もなく、とりあえず「生きるため」に、記憶が戻るまでここで働かせてもらうことになった。







「はい、これ着て。」
「えっ!?これってメイド服じゃ!?」
「不満?じゃあこっちの服にする?・・・・・俺的にはレースいっぱいの方がいいんだけどなぁ・・・・」
「ちょ、ちょっと待って。働くって、メイド?」
「あぁ、俺の世話してくれてた子が急用で実家に帰らなくちゃいけなくなってさ。ちょうど探してた所なんだ。」

確かに、身なりや家で身分が高いと分かるが、思った以上に高いかもしれない。

「わ、私メイドって何していいか分からないわ。それなら皿洗いとか掃除とか違う仕事の方が上手くできると思うけど・・・」
「いや、そっちはもう人足りてるからいーんだ。俺付きじゃ不満?」

そう言って私は顔を覗き込まれ、思わずドキっとしてしまった。

「いえ、不満っていうより・・・・不安・・・です・・・」
「大丈夫、すぐ慣れるよ。」






しばらくして、ここがどういう場所なのか、彼がどういう人なのか、を理解する。
どうやら彼は若い領主様らしく、なんでもご両親が早く亡くなって若くして継いだみたいだ。

そのせいかして、彼はときどき寂しそうにする。

そんな夜は決まって突然いなくなるのだ。




どこに行ってるんだろう?






ちょうど仕事にも慣れてきて、彼の部屋の明かりが消えないので飲み物でも持っていこうと、ノックをした。





返事がない。





ドアノブをひねる。

鍵はかかってない。



「・・・・失礼します。」

部屋に姿は見当たらない。しかも窓は開けっ放し・・・・・
窓を閉めようと近づく。そこから見える景色に銀色の髪が揺らめいた。

いつも突然いなくなると思ったら窓から出ていたのだ。


私は急いで後を追った。







向かう先は、幼い頃よく遊びに行ったというドニの酒場だった。
酒場の外から中の様子を見て・・・



私はそこで衝撃を受ける。




そこのバニーガールと普通にキスしてるではないか。

真剣なら何も言うまい。
でも、あれは明らかに遊びだ。

私は短い間だけど側にいて、彼の仕事に対する姿勢はすごいと感心した。彼という人を尊敬したのに。








裏切られた気がした。









他のメイドはもう知っていたのかもしれない。
だから夜いなくなっても誰も何も言わなかったのだ。



空回りする。




どうして私に一言でも酒場に行くと言ってくれなかったの?


何度もいなくなった次の日に尋ねているのに誤魔化されてばかり。

私は、まだ短いけど貴方のメイドなのよ?

何だかだんだん腹がたってきた。
どうして腹がたったのかなんてその時の私には考えることもできない。

とにかく腹が立って、ムカついて、様子を見にきた自分が馬鹿らしくなった。





屋敷に帰ろう・・・・・






心配した自分がバカみたいだわ。








酒場の窓に背を向けて町の出口に向かおうと・・・・・


「きゃぁっ!?」


何が起こったのか?


突然抱き抱えられて相手を見る。酔っ払った男が私を見てニヤニヤしている。

そうだ、メイド服のままだ・・・・

「姉ちゃん可愛いかっこしてるじゃねーの。ちょっと俺に付き合えよ。」

冗談じゃないわ。

私は抱き抱えられてる男の頭部に膝蹴りをかまして脱出した。と思った。
地面に着地したと思ったら、手首を捕まれる。

「いたっ!」

思わず声を上げてしまった。




◆―――――






「どこかケンカでもやってるのか?」
「何言ってるのーククール様ぁ?乱闘騒ぎなんて始まったらすぐ分かるでしょー?」
「いや、違うんだ。




         ・・・・・・・・・・ごめん、ちょっと外行く。」
「あーん、早く帰ってきてねー?」









気のせいか?









酒場を出て右手。男と女の子がいる。気のせいじゃなかった。




ゼシカだ。




なんだってこんな所に?
いや、今はそんな事どうでもいい。

彼女を助けなければ。










「何をしてる?その子は俺のメイドなんだが?」
「く、ククール様!?」

彼は常に帯刀しているレイピアをこちらに向けている。
お飾りかと思ってたのにそうではないみたい・・・すごい殺気だわ。
私は相手がその殺気に怯んだのを感じて、捕まれてる腕を思いっきりひっぱたいた。
その手が緩んだ瞬間、おまけに蹴りを入れて彼の横まで駆け寄ったの。

「大丈夫か?」
「はい、すみません。」

「それにしても、こんな所にいてビックリしてるんだが?」
「あ、それは、その・・・」
「まぁ、いいよ。理由は後で聞く。とりあえずこいつのお仕置きだな。」







「おい」







「俺のモノに手を出そうとした罪は重いぜ?」










少し緩んでいた殺気がまた男に向けられる。
私に向けられてる訳じゃないのに、ピリピリ感じるわ。きっとまともに向かい合ってる男はたまったもんじゃないでしょうね。

ほら、汗かきながら動けないみたい。




「・・・もう少し賢くなるんだな。失せろ。」





そう言われて男は去っていったわ。いい気味!







レイピアをしまい、こちらに顔を向けた彼の顔は・・・・怒っていた。






「ゼシカ。」

「はい・・・」

「たまたま俺が気付いたからよかったものの、気付かなければどうなってたか分かるな?」
「・・・はい、すみません・・・・」


沈黙が辺りを支配する。


私は顔を上げることができなくて・・・・・・・・・・・・・・・・申し訳なさでいっぱいになる。



「はぁ・・・・もう心配はかけさせないでくれ・・・・・」



そう言って抱き締められた。




なんだか・・・・・・心臓がドキドキいってる気がする。
なんだか・・・・・・顔も熱くなってくる気がした。





怒られてるのに、心配されてるのが嬉しいなんて・・・・・










「ククール様ぁー?何してるのー?」

酒場からバニーが出てくる。
思わず体を押して離れてしまった。

暗いから顔が赤いのなんて分からないわよね?

「その子だぁれ?」
「あぁ、俺のメイドだよ。」

バニーガールは私をじっと見て言った。

「専属なんていたのぉー?」


え?


私は彼の顔を見上げた。しまった・・・・・といったように顔を手で覆っている。

「ごめん、俺この子帰らせるから。」
「うん、わかったぁー♪」

それを聞いてバニーは機嫌よく酒場へ戻っていった。

「さて、帰るか。」
「えっ!?一人で帰れます!」
「ダメだ。今みたいな事があったらどうするんだ?」
「ビ、ビンタかます・・・・」
「あのな、俺にこれ以上心配かけさせるなって言ったろ?」
「う・・・・はい・・・」








結局二人で屋敷までの道を歩くことになった。






彼は無言で歩いている。
私はその後ろを歩きながら気になっていたバニーの言葉を思い出した。

「専属なんていたのぉー?」

知らなかったのかしら?でも私の前にもいたはずよね?私みたいにお節介じゃなかったのかしら?

どんな仕事をしてたのか参考までに聞いてみようと彼に話し掛けた。

「あの、私の前のメイドってどんな人だったんですか?」







彼の歩みが止まった。








どうしたのかしら?









「・・・いない。」
「え?」
「俺のそばに付きっきりのメイドなんていなかった。」
「え?でも実家に帰ったって・・・・・」
「あれは専属じゃなくて、屋敷のメイドの事。」



足が固まった。



「じゃあ・・・・私にウソついたんですか?・・・・・・・・・どうして!?」


悲しかった。



何も言ってもらえない、さらには嘘までつかれていた。








憤りを感じる。










こんな人に私は今まで尽くしてきたの?










「私、そんなに信用ないですか・・・・?」

「違う。」

「何が違うんですか?・・・・・私は貴方を信用してたし、感謝もしてたし、尊敬もしていたわ・・・それを・・・・」

「信用してないわけじゃない。」

「じゃあどうして!?」



彼がこっちを向く。




「・・・・・・・・・」

「どうして何も言ってくれないんですか?」





「・・・・・・・・・・・・・」





「私は・・・・・・貴方の便利な人形じゃないわ!!」

「ゼシカ!!」








――――――――――――くそっ!











言えるわけないじゃないか。







婚約者がいるのに一目惚れしたなんて・・・・・











「・・・・・・・・・・・・・婚約者?」










・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・だから聞いたことある名前だったんだ!



―――――――――――――俺は何やってるんだ!







「ゼシカっ!!」




◆―――――





私・・・・・・・・・・これからどうすればいいんだろう・・・・・・・・・・・・・








よく考えたら帰る場所なんて他にないじゃない・・・・・・・・・・・・・・






かと言って、屋敷に戻る気にはなれない。

暗い夜道を一人とぼとぼ歩く。











私・・・・・・・・・・・・誰なんだろう?








不安が頭を支配する。

気付いてからずっと彼のそばにいて、ほとんど不安は感じていなかった。
そんなモノ感じないくらい、記憶の手がかりを、と仕事がてらに色々な所へ連れていかれたから・・・・





冷静になって考えてみたら矛盾を感じた。






彼は私の為に色々気を遣ってくれていた。
色んな仕事も与えてくれた。

それを思えば、私の事を考えてくれてるのだとすごく感じられる。









人形だなんて・・・・思ってない証拠よね・・・・・・・・・・・・









戻って謝ろう。













来た道を振り返ると、彼が走ってきていた。









「ゼシカ!」

「ククール様、あの・・・・・・」

「君の家がわかった。」

「え?」

「俺の話を聞いてくれ。
 俺が君を側においていた理由は、側にいて欲しかったから。」

「えっ!?」

「その・・・・・・・・一目惚れしたんだ。
 でも、俺には婚約者がいるから・・・・・早く君の家を見つけて正式に俺の家で働いて欲しかった。これは勝手なワガママだけどな。
 でも、状況が変わった。君をすぐにでも家へ送り届けたい。」

「それは・・・・・・・もう私はいらないってことですか?」

「違う。



 俺の婚約者の名前はゼシカ・アルバート。」



「ゼシカ・アルバート・・・?」





彼は私の前に跪いて手を取った。





「どうか、俺の所へ来てくれないか?」

「え、私、ですか?」


混乱している。

私が彼の婚約者?

でも、アルバートという名は何だかしっくりくる。


「あ、あの、ククール様・・・・・・」

「その様はもういらないんだぜ?     で、返事は?」

「えっ、あの、そりゃ、信頼してるし感謝もしてるし、尊敬もしてるけど・・・・・・」

「けど?俺のこと嫌い?」

「そんなことないです!でも・・・・」

「じゃあどうしてそんなに顔が赤いんだ?」


気付けば体温は上昇し、顔も赤くなっていた。






「俺と結婚してくれ。」







頭がおかしくなりそう。










「私、ずっと側にいてもいいんですか?」


「あぁ。ずっと側にいて欲しい。」












それから私は家へ帰り、記憶を少し取り戻す。
私、結婚が嫌で家を飛び出したみたい。それがまさかこんな風に落ち着くなんて。
お母さんたらビックリしてたわ。




それから私達は結婚したんだけど・・・・・・













「ククール、そういえばどうして私に内緒で酒場になんて行ってたの?」

「えっ!?それはそのー・・・・・・」

「嘘ついたらビンタよ?」

「うっ・・・・ゼシカの身代わりを求めて・・・・」

「はぁ!?」

「だって、従業員に手出すわけにはいかないだろ!?いや、むしろ出したかったが、嫌われるのが恐かったんだよっ!」

「そんな理由で・・・・・・・・・・私の悩みはなんだったのかしら・・・・・・」

「だからもう行かないって。

           







             その代わり、存分にゼシカを味わうけどな?」




「きゃっ!!」








めでたしめでたし。