俺はいつも通りに声をかける。
一緒に旅するようになって、もうどれくらいだろう?
・・・・・別にゼシカに惚れてるわけではない。
俺の女性に対する挨拶みたいなもんだろ?
いつも通りじゃないか。
対するゼシカの返事も分かってる。
もう何回こうしてあしらわれてる?
俺は、今までと反応の違う彼女にムキになってるだけだ。
―――――イライラする。
最初は呆気に取られた。
俺の誘いを断るなんて。
こんな女もいるんだと初めて知った。
だから俺は余計ムキになってるんだ。
今日も軽く流された。
そんな彼女はエイトと楽しそうに話してる。
普通に話してたら俺にも笑ってくれるのに、
口説こうと思った途端にあしらわれて・・・・・いつもエイトの方へ行きやがる。
・・・・・・・あぁ、ホントにイライラする。
そんな事を考えながらも・・・
ゼシカを目で追い掛けてしまう。
どうしてだ?
「ねえククール、今日の見張り番の順番を代わって欲しいんだけど・・・・」
「俺は別に構わないが、ゼシカが嫌がるんじゃねーの?」
「 もうゼシカには言ってあるんだ。だからいいかな?」
「あぁ、それならいーよ。」
ゼシカは極端に俺と二人きりになるのを避ける。
だから、見張り番を一緒に組むのは仲間になりたての時以来だ。
それが今回はどうしたのか・・・・・・どうやら一緒に見張り番をするらしい。
――― この際聞いてみるのもいいかもな・・・
―――――――――――◆
彼女はテキパキと慣れた手付きで火をつけ、薪に広げる。
俺は敵がよらないように聖水をまき、魔法陣を作る。
それぞれの役目を終えて火に向かい合う。
・・・・・・・・・・・・・・無言・・・・・・・・・・・・・・
俺は何をしてるんだ?
こんなチャンス滅多にないぞ。
でも・・・・・・・・・何て声をかける?
軽口を叩けばまた嫌な顔をされるに決まってる。
そんな事を考えてるとゼシカが重い口を開いた。
「ねえ、ククール・・・」
そう話しかける彼女は、何だか思い詰めた表情をしてる気がする。
俺はいつも通り返す。
「何だい、ハニー?」
「はぁ・・・」
「何だよ、溜め息なんてついて。」
「そのハニーっていう呼び方をやめて欲しいんだけど。」
「いいじゃないか、ゼシカは俺のハニーなんだから。」
そう言って、思わずいつもの女を口説く顔になってしまった。
「・・・・・・・そうやって、何人の人に同じ事を言ってきたの?」
やはりこういう話になると嫌な顔をする。
もうそんな顔はコリゴリだ。
「何人の人にも言ってない。」
「それでも嫌なの!私にはゼシカっていう名前があるんだから・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・そう呼んで欲しい。」
「分かったよ、ゼシカ。・・・・・・・ごめん。」
「ん・・・。
あと、私を口説こうとするのをやめて欲しいの・・・」
「どうして?」
「私、軽薄な人って駄目なの。」
「俺はいつでも真剣だけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・信じられない。」
痛かった。
ゼシカは目を伏せめがちで、視線を合わせようともしない。
でも、「イタイ」なんて俺のプライドが許さない。そう思う。
何事もなかったように返事をする。
「じゃあ、どうすれば信じてくれる?」
彼女がビックリしたように顔を上げる。
「信じて・・・・・欲しいの?」
「もちろん。」
「・・・・・・・・・ダメ・・・・・・・・やっぱり信じられない。」
あぁ、痛ぇや・・・
「・・・理由、教えてくれる?」
「・・・仮面を被ってるように思えるの。
でも、普段はそんな事ないわ。戦闘の時とかはすごく頼りにしてるし、信用もしてる。
でも・・・・・私を口説こうとしてる時は普段とは違うのよ・・・だから、信じられない。」
何も返せない。
俺は自分でもその仮面がある事を知ってる。
むしろ、俺が作り上げたものだ。
ゼシカが意を決したように俺を見つめて言う。
「私のこと、好きでもなんでもないんでしょ?」
泣きそうに見えるのは炎に揺られているからか?
「ただの好みの女なだけなんでしょ?」
視線が落ちていく・・・・
そんな彼女を抱き締めたいと思った。
泣かせたくない。
笑っていて欲しい。
俺はゼシカが好きなんだろうか?
今まで感じた事のない衝動が俺を襲う。
―――――「好みの女なだけ・・・・・」
「そんなんじゃない。」
今までの女とは明らかに違う。そう伝えたかった。
でも、これが恋かどうかなんて分からない。
でも・・・・・・違うんだ。
少しでもこの気持ちが伝わるように、ゼシカの隣へ行きもう一度言う。
「そんなのじゃないよ。」
そう言いながらも、俺は仮面を被ってる気がする。
でも、本心は本当に違うんだ。
「ウソ・・・」
「嘘じゃないって。」
「・・・・・・・・・・・・・・無理よ、やっぱり信じられない。」
顔を背けられ、それでも俺は話しかける。
「どうすれば信じてもらえる?」
――――― この本心を。
「・・・ なぁ、ゼシカ。」
・・・・・分かってる。
この仮面を剥がせばいいんだろ?
でも無理なんだよ。これはもう俺の一部になってしまった。
「今日の見張り番、エイトとククールに代わって貰ったのは私が頼んだの。」
突然ゼシカが呟いた。
「今まで避けててごめんなさい。
でも、このままじゃやっぱりダメだと思って。」
彼女の呟きに耳を傾ける。
俺が聞きたかった理由が聞けるかもしれない。
「二人きりになるとククールはいつも仮面を被る。私はそれが嫌だったの。
初めて一緒に見張り番した時、ククールは私を褒めてくれたわよね?キレイだ、って。」
「あぁ、覚えてるよ。」
「嬉しかったわ。
そんな事を男の人に、面と向かって真剣に言われた事なかったから。」
「なら、どうして?」
――――― どうして避ける?
「・・・・・分かったのよ。
ククールのその顔は、女性には必ず向けられるものなんだって。
それを理解した時は・・・・・・・本当にショックだったわ。
あぁ、私は酒場の女の人達と同じなんだ、って。
私は・・・仲間なのは・・・・・・皆といるから仲間なんだ、って・・・・・
それから、二人きりになるのが嫌だったの。
二人の時は仲間じゃなく、ただの女として見られてるんだ、って・・・思って・・・
だから・・・・・・
・・・・・・口説くのはやめて?」
俺を見上げる、少し寂しそうな顔を見た。
・・・・・・・気がした。
多分、思考回路なんて働いてなかった。
勝手に体が動いたんだ。
俺がずっと彼女を傷付けていた。
その事を詫びる気持ちでいっぱいだった。
ただ、言葉より先に、頭より先に・・・・・・・
―――――抱き締めて触れ合った所から、全て伝わればいいのに。
本当にそう思った。
そう思うと同時に悟った。
―――――きっとこれが恋するという事なんだ。
「ごめん、口説くのはやめれない。
・・・・・・・・どうすれば信じてくれる?」
思わず腕に力が籠る。
「それは、私を好きって事?」
「あぁ。」
「嘘よ、信じられない。」
「なら、俺を見て。」
ただ、信じて欲しい。
それだけを思う。
ゼシカは俺を見つめる。
不安げに見つめる瞳。
一瞬ゆらめいたように見えたのは、やはり炎のせいだろうか?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に?」
「誓えるよ。」
ゼシカは強ばってた肩を落とし、それと同時に視線も落とした。
「・・・・・・・私・・・・・ククールが本気じゃないと思ってたから、ずっと言わなかったんだけど・・・・・
私、も、ククールが好き・・・・・・・・・みたいで・・・・・・・・・」
「うん。」
そう言いながらゼシカを再び抱き締める。
初めて満ちたりた感じがする。
「・・・・・・・ククールのバカ・・・・・・」
突然発せられた台詞に我に返りながら、
それでも、俺の後ろに回された細い腕を感じて再び幸せに浸る。
こんな幸せ、初めてかもしれない。
思わず過去の自分を振り返り、改めてそう思う。
こんな幸せ、俺にもあったんだ。
ゼシカの体温をいっぱいに感じて、もっと触れたくなる。
「ゼシカ、キスしたい。」
「えっ!?あのっ・・・」
こうして赤くなる彼女を愛しく思う。
真っ赤になって戸惑いながらも、恐る恐る目を閉じる。
そんな彼女を怖がらせないように、優しく触れる唇。
微かに漏れる吐息に、理性が飛びそうになるのを堪えながら・・・・・
――――― 大切にしよう。
――――― 初めて手に入れた幸せを。