三角谷は人と魔物とエルフが共存する世界でたったひとつの場所だった。
そしてラプソーンに命を奪われたチェルスの生まれ故郷。私たちがそのことをを知ったのは三角谷に着いてからだったけれど。
私たちは神鳥の力を借りて人跡未踏のこの隠れ谷のある場所近くに辿り着き、今までに見たこともないうえにこれまで戦ってきた魔物よりさらに強い魔物と戦いながら、夕方になってようやく三角谷に足を踏み入れることができたの。
「あ〜あ〜おっさん。あんなにはしゃいじまって」
「仕方ないわよ。あの姿で大手を振って歩ける場所なんてパルミド以来なんだから」
「まぁ、しばらくはおっさんの好きなようにさせてやろうぜ」
「そうだね。ここなら陛下が姫様のそばを離れられても危険じゃないだろうし」
三角谷で私たちが最初に言葉を交わしたのはエルフでも人間でもなく魔物だったわ。
私たちの姿を目にしても襲い掛かったり威嚇したりしてこなくて、私たちもいったんは武器に手を伸ばしたけれど、結局武器を使う必要はなかった。
谷の入り口で左右に飛び跳ねる魔物の道案内を聞いてから私たちは三角谷をあちこち歩き回ったの。
酒場ではこの三角谷がどうやって生まれたのかを聞くことができたし、行く先々で魔物たちは私たちに挨拶をしてくる。何となく落ち着かない気もしたけれど、この場所ではそれが当たり前なんだっていうことはすぐに受け入れられた。だって教会には魔物の神父までいたんだもの。
そしてこの三角谷の空気にすっかり慣れたころ、私たちは三角谷を賢者とともに作った二人―エルフのラジュさんとギガンテスの居場所を聞いて二人に会いに行ったの。
おそらくそこでラプソーンを追う手がかりが得られるんじゃないかって予感はしていた。
私たちを迎えてくれたラジュさんたちに私たちはチェルスの最期を伝えたの。
この三角谷ができた頃から生きているという二人にとって、偉大な賢者の子孫とは言っても寿命の短い人間はいつも自分たちより先に逝ってしまうから、見送るのはもう何度も経験しているんだろうと思う。だけどその中にはチェルスのように天寿を全うすることなくあんな最期を遂げた人間はいなかったみたいで、私たちの話を聞いている表情は痛々しかった。だから余計に私もあの時の記憶が鮮明に甦ってきて、くやしくて悲しくて自分が情けなかったあの気持ちを思い出していたの。私がもう少ししっかりしていればチェルスは死なずに済んだのかもしれないって今でも思っていたから。
そんなとき急にククールの能天気な声が聞こえて、私はそれにつられて顔を上げたの。その私の行動を予測していたのか顔を上げたとたんククールと目が合ったわ。
「ラジュさん、キレイだけどいくつなんだろうな。賢者が生きていた頃なんてもう何百年も前だよな」
「あんたっていっつもそういうことを…」
非難めいた口調で話し始めた私はすぐに黙ってしまったの。だってククールの表情が口調とは裏腹にとても真剣なものだったから。
「ククール・・・」
「またチェルスのことは自分の責任だとか考えてたんだろ?気にするなとは言わないけど、ゼシカが一人で責任を背負うことなんてないんだぜ。あの場所にはオレたちだっていたんだからな」
「うん・・・ありがと」
そう応えて顔を上げてみたらみんなにも心配かけてるんだなってわかったの。エイトもヤンガスもラジュさんも私を見つめていた。だから今はしっかりこの先のことを考えなくちゃって気持ちを切り替えることにしたの。チェルスのことは忘れちゃいけないけど、後悔して立ち止まっている間にもラプソーンは復活しようとしているに違いない。だから考え込むのはもっと後でいい、そう思うことにしたの。
ラジュさんは私たちと話した後、ラプソーンの居場所を示してくれるという暗黒大樹の葉を渡してくれて、この葉と神鳥の魂の力を借りればラプソーンを見つけられるはずだって教えてくれた。
そしてラジュさんと話をしているうちにすっかり夜になってしまったから、その日は三角谷で宿をとることにしたの。周り中魔物だらけの場所だけど、人とエルフと魔物が一緒に暮らすこの場所にいる間はとても穏やかな気持ちになれたから、昼間の疲れもあってその日は本当に良く眠れたわ。おかげで次の日の朝も自然と目が覚めて体も軽く感じられた私は、一人で宿を出てしばらく三角谷の中を歩いてみたの。その途中で魔物たちに挨拶をするのは楽しかった。
そして入り口近くまで来たとき、エイトたちの姿が見えたの。エイトたちはみんなで出発の準備やミーティア姫やトロデ王の支度を調えていたの。私が近づくとエイトが気付いて手を振っていたから私も手を挙げて応え、私はみんなのそばまで行った。
「おはよう、ゼシカ」
「おはよう、エイト。みんなも良く眠れたみたいね」
「夢も見ないで寝たぐらいでがすよ。あんなに良く眠れたのは久しぶりでやした」
良く眠れたという言葉どおりエイトもヤンガスも顔色が良く、にこにこ笑っているトロデ王もミーティア姫も元気そうだった。やっぱりこの谷は人を優しく包み込んでくれる場所なのかもしれない―そんなことを考えながら私はククールの姿を目で探していた。
ここにいないということはまだ宿屋で眠っているのかもしれない。そんな私にエイトがタイミング良くククールのことを話してくれた。
「僕らは早く目が覚めたんだよ。ククールは昨日魔法を使いっぱなしだったからね。きっと一番疲れてるんだろうな」
だから目を覚ますまでは眠らせておいてあげたいんだけど―とエイトはトロデ王には聞こえないようにつぶやいた。
昨日から上機嫌だったトロデ王はすっかり張り切って今にも出発するぞと言い出しかねないみたい。エイトはそんなトロデ王の気を上手く逸らしているけど、それにも限界がある。良く眠っているのにちょっとかわいそうだけど早めにククールを起こしてきたほうがいいかもしれない。
私はトロデ王がヤンガスと何か話をしている隙にエイトを小さい声でこっそり呼んで、宿屋の方を指差しうなずいてみせた。私がククールを起こしてくるって伝えようとしたんだけど、さすがにエイトは察しが良くて、すぐにうなずきかえしてくれたから、それから私はみんなのいるところから離れて宿屋へ戻ったわ。
昨日、他に宿泊客がいなかったおかげで、私はみんなと別々の部屋を取り、一人部屋で休むことができた。エイトたちは結局三人部屋にしたみたいだったけど、朝から他の二人が起きだしていたのに、ククールは目を覚まさなかったのかしら、なんて考えているうちに三人が泊まった部屋の前まで来ていたの。
とりあえずノックをしてみたけど、三回繰り返しても反応がない。三回目なんて少し大きな音になるよう強くドアを叩いたのに、相変わらず中からは返事はおろか物音一つ聞こえてこなかった。
「どこかで入れ違いになったのかな・・・」
歩いてきた道を思い出してみたけど、エイトたちがいたところから宿屋までは確か一本道だったから、ククールが宿屋を出て入り口に向かえば途中で必ず出会うはずで、そうでなかったということはククールはまだ宿屋にいて寝ているか、それとも入り口ではない方向―たとえばラジュさんのいるところへ向かったかそのどちらかだと思う。だけどそれを確かめるには部屋に入ってみなければならない。
「仕方ない、わね・・・」
ため息をひとつついてからドアをゆっくり開けると、ドアから一番遠いベッドに人が横になっていた。こちらからでは背中しか見えないけれど、見えている銀色の髪はいつもはひとつにまとめているククールの長い髪に間違いない。
私がククールがいるベッドに近づいていくと、部屋の中には他に誰もいなかったせいか、私の靴がたてるコツコツという音がやけに大きく響いていた。
ククールは自分のベッドでドアの方に背中を向けて眠っていたから私は反対側に回ったの。そうすると静かな寝息をたてて眠っている顔が良く見えたわ。その顔にはキザったらしい笑みも皮肉っぽい表情も浮かんでいなくて、無心に眠っているせいかなんだかいつもより少し幼く見えた。
でもいつもはひとつに括っている髪が流れ落ちていて雰囲気は違っていたの。
「ホント腹が立つくらい顔の良い男よね・・・」
日頃は見慣れて何とも思わなくなってしまったけれど、こんなふうに眺めていると改めてそう思う。だからって別にどうってわけでもないけど。
しばらく眺めて待ってみたけれど、ククールは一向に目を覚ます気配はない。やっぱり声をかけるなりして起こさなくちゃって思った私はとりあえず名前を呼んでみた。
「ククール、起きて。早く起きないとトロデ王に置いてかれるわよ」
声をかけてから顔を見ていると何かつぶやきながら目を開けようとしている。もう一押しで起きるだろうなって思ったから、私は軽く肩に手を置いて揺さぶってみたの。
「う・・・」
ククールはのろのろとだけどなんとか起き上がったから、それを見た私は肩から手を離した。できるだけ早く身支度をさせてみんなのところへ行かなくちゃ、って思ったその時だった。
「・・・・・・え?」
私がククールに背を向けたとたんにぐい、と強い力で腕が引っ張られたの。そのせいで私はベッドの上に尻餅を付いてしまった。
何が起こったのかわからないうちに、背後から伸ばされたククールの両腕の中に私はあっさり閉じ込められていた。
「・・・・・・・・・っ!」
あんまり急なことだったから、声さえうまく出せなくてしかも体も思い通りになんて動いてくれない。
あせればあせるほど私は混乱してしまって、急に体温が上がっていくように頬が熱くなった。
ククールはあまり強い力で私を捕まえていたわけじゃないけれど、しっかりと両腕の中に入ってしまえば簡単に抜け出せるわけがない。しかも少しずつ力が加えられ、ますます強く抱きしめられてしまう。
気が付いた時にはククールの髪が私の背中に落ちかかっていた。背中や私の体に回されている腕と触れているところからククールの体温を感じてしまうと、息苦しくさえあったわ。
「はな、して・・・」
「・・・・・・か・・・」
私がようやく出せた声とククールの声が重なって、私はククールが何を言ったのかは良く聞き取れなかった。
私の名前を呼んだような気もしたけれどよくわからなかったの。そして私の言葉が伝わったのかどうかも。
それからすぐに首筋に何かが触れたから、私がほんの少しだけ顔を動かしてみると視界の端に入ったのは、ククールの唇が私の首筋に押し当てられている様子だった。
「・・・・・・ちょ、ちょっと!?」
触れられた瞬間にもしかしたら、とは思っていたけれど自分の目で見てしまうともうどうしていいのかわからない。
今まで魔法とか武器とかで静止すればこんな行動には出なかったのに、どうして今日はこんなことをするんだろう。だけど今大事なのはどうしてこんなことになったのかじゃなくてこの状況から何とか逃れることだから、私はどうしよう、どうすればって必死で考えることで意識をそらそうとした。
そんなことを考えながら何とか体を動かせる範囲でもがいているとかくんと右肩が重くなり、代わりに首筋に触れられていた感触が消えた。
「あ、れ・・・?」
どうして右肩が重くなるんだろうって思った私がもう一度良く見てみると、ククールの頭が私の右肩に載っていた。そして私の体を背後から抱きしめていた腕の力が急に抜けていく。
そして静かな寝息が聞こえ始めていたの。
「・・・起きてたわけじゃなかったの・・・?」
さっきのろのろとでも起き上がったから目を覚ましたと私は思っていたけれど、実際はまだククールは起きていなかったみたいだった。
だから背後から私を抱きしめたのも、あんなことをしたのも多分寝ぼけてやったことなんだわ。私だとわかっててやったんじゃない。
「なに、よ・・・もう・・・」
いきなりあんなことをされて、こっちは心臓が止まるくらい驚いたのに。ただ寝ぼけてただけなんて。
でもそうだとわかってしまえば血が上っていた頭も冷えて心臓の鼓動も収まっていく。
だけど何だか悔しかったから私は立ち上がる時に反動をつけてついでにククールを後ろへ倒した。おかげで私にもたれかかる格好になっていたククールは支えを失い、勢い良くベッドから落っこちたの。
「・・・ってぇ!何だよ!?」
「あら。寝相が悪いんじゃない?さっさと起きなさい。もうみんな待ってるんだから」
床で体を打ちつけたらしくククールは肩の辺りを押さえていたけれど、すっかり目を覚ましたようだったわ。
そしてベッドに手をかけて立ち上がるとやっとククールは私に気が付いた。
「・・・ん?ああ。ゼシカか。おはよう」
「・・・おはよう。もう目は覚めた?」
「ああ。バッチリね。良く眠れたよ」
「そう。良かったわね。それじゃさっさと支度して」
淡々と答えてさっさと部屋を出ようとする私にククールが髪をかきあげながら声をかけてきた。
「・・・なんかいつにもまして冷たくねぇ?ゼシカちゃん」
「別に。みんなを待たせてるんだから早くしなさいって」
「へーへー。せっかくいい夢見てたのなぁ」
いい夢、という言葉に私の体が一瞬硬直する。
ククールはちょうどそれを見ていなかったみたいだけど、私はその夢がどんなものだったか聞かずにはいられなかった。
「どんな夢を見てたの・・・?」
「え?いや。内容は覚えてないんだけどさ。時々あるだろそういうのって。どんな夢だったかは思い出せないけど、目が覚めたらなんかいい気分だったっての」
「ふうん。どうせスケベな夢でしょ?」
「ひっでー。そんなんじゃねぇよ。そうだな、なんつーかあったかい気持ちになるというか、そんなの」
「・・・覚えてないのに?」
「ああ。内容は思い出せないけど、夢の中での気持ちだけは何となく、な」
「そう・・・」
それだけ聞いて私は後ろ手にドアを閉め、私の反応におかしな顔をしていたククールを残して部屋を出て行った。
階段を下りる間もさっきのことを思い出しては赤くなりそうになるのを何とか抑える。あれは私だとわかってしたことじゃない。誰かと間違えていたんだって、そんな風に自分に言い聞かせていた。
でも、もしかしたら、という気持ちはなかなか打ち消せなかった。だって寝ぼけていたククールが一度だけ口にした言葉は、私の名前だったような気がしたから。



























――――――――――――――――

 AQUA の りゅー様から頂いてしまいましたっっっ!!!

多くは語りませぬ・・・!!
ほんっとぉぉぉーーーーーーにありがとうございましたっ!!
ゼシカちゃんラブっ!!!




りゅー様のサイトはDQリンクから飛べます。