影を掴む者
熱気をはらんだ風が肩の上まである髪を揺らす。
首筋がじりじりと焼けていく感覚にナタリアは、溜息をついた。
はあ…−−。
アクゼリュスへ向かうルーク一行に半ば強引についてきたのはいいが、慣れぬ旅と戦闘に少々まいっていた。
おまけに身体中に砂埃のシャワーを浴び、殺人的な日差しに晒されてはいやでも体力を消耗させる。
それでもアクゼリュスの民は今も障気に苦しんでいることを思えば、ともすれば立ち止まりそうになる足も前に動かせた。
負けませんわ!
挑むようにナタリアは照り付ける太陽を睨み付ける。と、ナタリアの耳にいかにもだらけた締まりのない声が入ってきた。
「あ〜、うぜーっなぁ……。やっぱり師匠と一緒に行けばよかったぜ」
親善大使を任された者としての自覚のないルークに、照り付ける太陽の熱さとは真逆の冷たい声がぴしゃりと叩いた。
「陸路を行くと決めたのはあなたでしょう。文句を言わないで」
熱さに頬を少し赤らめているが、瞳にはどこか冷たい輝きがあるのはティア・グランツだ。
「それにイオン様も助けないとですし〜。ルーク様ぁお願いします〜」
猫撫で声は導師守護役である少女アニス・タトリン。
甘ったるい声も熱さのせいかわずかに干からびている。
ルークは欝陶しいげに朱色の、毛先にともなうにつれ色が抜けて美しいグラデーションになっている赤毛をかきあげた。
「へいへい、わーったよ」
不満そうにちっと舌打ちをしただけで、それ以上は何も言わない。
余計なおしゃべりは体力を消費するだけだとルークもわかっているのだろう。
ルークの不満そうな表情を最後列にしながら、六人と一匹のアクゼリュス救援隊は砂漠を歩き続ける。
暑さに軽い眩暈をおこしナタリアは砂に足をとられそうになり、よろけた。
「きゃ……」
倒れる、そう思った瞬間ナタリアの身体は青に抱き抱えられていた。
「あ、ありがとう、ジェイド」
至近距離に緋色の瞳と目が合い、思わず頬に朱色が上った。
もともと端整な顔立ちの軍人ではあるが、近くで見ると整っていることがよくわかる。
ジェイドはこの暑さの中汗一つ流さず、常の涼しげな微笑を浮かべている。
「気をつけてください。砂漠の砂で火傷することもありますから」
日中ともなれば砂漠の表面温度は七〇度を越えることもある。そこに手をついたりなどすれば、火傷を負う危険性もあるのだ。
「ええ……わかりましたわ」
ジェイドの手をつかんだままナタリアは足でしっかと目の粗い砂を踏みしめた。
眩暈はいまだ尾をひいているようで頭がくらくらする。
しっかりなさい! ナタリア・L・K・ランバルディア!
この程度のことで根を上げてどうします!
ぐ、とジェイドから離した手を拳にし、覚束ない足に力を入れ再び歩き出した。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。アクゼリュスの民は更なる命の危険に晒されているのだから。
「何ですか〜ガイ。そんなに恐い顔をして」
陰険鬼畜眼鏡――本名をジェイド・カーティスという――が楽しそうにガイに近づいた。
「いいや、別に」
含みのある口調におや、とジェイドが肩を竦める。
「もしかして、ナタリアに嫉妬ですか?」
「どうして俺がナタリアに嫉妬するんだい?」
「隠さずともわかりますよ。安心なさい。私の心はガイ一筋ですからv」
「気持ち悪いこと言うなっ!!! それに嫉妬する方向が違うだろ!!」
ガイはジェイドからあとずさった。
ジェイドにからかわれていることに気がつかないわけではない。
それでも律儀に突っ込んでしまうのは、ガイの誠実さの表れか、はたまた突っ込み気質ゆえか。
「ほぅ……。では私に嫉妬していたんですか。なるほどなるほど」
意味深にジェイドは頷く。
「いやぁ〜、若いっていいですね☆」
にっこり、とジェイドはガイに笑みを向けたが、ガイはそれを無視して何も言わずに歩き出した。
ジェイドを相手にするだけこっちが体力を消耗するだけなのだ。無視するに限る。
もっとも無視したらしたで後が恐いのだが、今は無駄に騒いで体力を使うのは得策ではない。ジェイドのからかいが原因で、砂漠で干からびて死ぬのはごめんだ。
「おやおや。無視されるとは……傷つきますねえ」
すたすたと歩き出すガイの後姿を眺めやり、ジェイドは微塵も傷ついていないように肩を竦めた。
熱い……。
ナタリアの額から噴出した汗が雫となって滑り落ち、砂に染みこんで黒くなったが、すぐに砂は乾いてもとの色に戻った。
だめ、頭がくらくらとして……。
頭の中が溶けてしまったように思考が回らない。
とにかく進まなければ、という意思だけでナタリアは足を動かしていた。
ルークなどは不満すら口にできないどころか表情にも出せないほど疲れきっている。
ティアとアニスも同じようなもので、ガイもいつもより歩調が少し遅い。
ジェイドにあっては歩く様子からも表情からも疲労は窺えない。どこまでも鉄面皮の男だ。
「はぁ……」
「ナタリア、大丈夫かい」
気遣わしげな視線に優しい声はガイだ。
ナタリアはガイの背中をぼーっと見上げ、わずかに暗くなっていることに気付き、それがガイが自分の前に立ち影を作ってくれているのだと理解した。
「えぇ……。私は平気ですわ……」
表情も声も言葉とはまったく逆で疲れきっているのが窺える。
歩む足もふらふらとして今にも倒れそうだ。
「もう少しでオアシスに着く。それまで頑張れ」
肩越しに笑むガイにナタリアは笑みを返そうとした、そのとき大きくナタリアの視界がぶれ世界が回転した。
「ナタリア!」
とっさにガイは手を差し出そうとしたがナタリアに触れる刹那、身体が自らの意思ではないところで硬直してしまう。
そのまま倒れこむ身体に触れられずナタリアはどさり、と砂の上に手をつき倒れこんだ。
四つんばいになっているナタリアに手を貸して助け起こしてやりたいが、いかんせん身体の自由が効かない。
見えない糸で縛られているかのように微塵も動かせず、ナタリアに触れようとすればいやな汗が一気に噴出す。
(くそ……っ! 動け!!)
必死に動かそういう意思と無意識の女性に対する恐怖が拮抗しガイを余計に動けなくする。
ジェイドがこちらに駆けつけてくるのがみえたが、その前にナタリアは自らの身体を起こした。
「ナタリア、どこか痛むところは?」
すぐさまジェイドがナタリアの無事を確かめる。
ナタリアは相変わらずふらふらしていたが、怪我はないようで首を横にふるふると振り、何ともないことを伝えた。
「私は大丈夫ですわ……」
「……そうですか」
ジェイドの緋色の瞳が安堵のためか、緩められた。
ガイもナタリアが無事だと聞き、無理に動かそうとしていた力を抜く。しかしその表情はいまだ固く、苦虫を噛み潰したようだ。
「さあ、参りましょう……」
言っているそばから、足取りは危うい。
ガイは一呼吸置いてナタリアに近づき、再び前にたつと影を作りナタリアをそこに入れた。
悔しいが、これぐらいしかないのだ。自分にできることは。
「ガイ……」
「少しはマシだろう?」
「……ええ、ありがとう」
「では、行きますよ」
ジェイドは二人のやりとりを見終えるとさっさと前を歩いていたティアとアニス、ルークのもとに戻っていった。
ガイと同じようにジェイドもティアの前に立ち影を作りルークもアニスの前に、というよりはアニスがルークの後ろについている感じではあったが、同じようにして歩いてい
る。
黙々と歩いていたガイをくん、と後ろに引っ張る力が歩む足を止めさせた。
後ろを振り返り、引っ張った正体を確かめる。
「ナタリア?」
ナタリアはガイの燕尾の服の端をつまみあげ握りしめている。それが引っ張る力の正体だった。
「ごめんなさい。このまま、よろしいかしら……」
そう言うナタリアの表情は真っ赤だ。
「あ、ああ……」
直に触れられるよりはまだ幾分かマシではあるが、それでも女性に服の一部ではあるが触れられているという事実に、ガイの身体は否応なしに反応する。
しかし今にも倒れそうなナタリアを振り払うことなどできるはずもなく、そのまま服の端を引っ張られながらガイは歩く羽目になった。
何とも格好悪い状況である。
早くこの状況から解放されたいと思う心に反して、身体の硬直、震え――当然、ナタリアへの気遣いもあったが――によって歩む足が悲しいほどに遅くなる。
それでもナタリアにしてやれることといえば、影をつくり彼女を少しでも砂漠の熱から守って服の端を貸してやることくらい。
ただでさえ、自分が彼女にしてやれることなど少ないのだ。そう思えばこの状況にも耐えられる。
ガイの長身に守られナタリアは歩いていた。
自分の手を引くのが燕尾服の端だというのがたまに傷だが、それも仕方のないこと。
彼の優しさにこれ以上負担をかけさせるわけにはいかない。
それでも――。
「ガイ」
ナタリアに引っ張られながら歩いているガイは振り向いた。
「なんだい?」
「いつか、この手をちゃんと引いてくださいましね」
いつか、その指先に触れる日が来ることを願ってしまう。
綺麗に笑むナタリアにひくり、とガイの顔がひきつった。
「努力してみるよ……」
なんとも力ない返事にナタリアのため息が砂漠に埋もれた。
当分、彼のエスコートは燕尾服の端が頼りらしい。
それでもガイに引っ張られ影を踏みながら歩く心地よさに、ナタリアは砂漠の熱をわずかでも忘れることができた。
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染井麻未さまから頂きました!!!
ガ イ ナ タ ・・・!!!!
日ごろから煩くガイナタガイナタ言ってみるもんです。
でも、私が捧げたのに対して釣りあってない気がしてなりません・・・orz
でも絶対返しませんからね!!!
私の単品で大好きなジェイド氏が出張ってて?かなりウハウハでした!
ありがとうございました!!!