「…どうしよう…」
途方に暮れるっていうのはこういう気分かもしれないって私はため息をつきながら考えていた。
別に命に関わることでもないし、急がないといけないわけでもない。だけどこのままじゃ何より
自分が落ち着かないからやっぱりなんとかしたかった。そんなことを考えていたせいで、少し周囲に
対する注意がおろそかになっていた私はいつのまにか背後に人が立っていることに全然気が付いて
いなかった。
「ゼシカ?」
「…っ!び、びっくりするじゃない!」
急に名前を呼ばれたことと、ぽんと軽く肩に置かれた手の感触に私はみっともないほど驚いて
思わず大きな声を出してしまっていた。
「そんなに驚かなくたっていいだろ」
「…ちょっと考え事してたのっ」
ぷい、とそっぽを向いたのはたったあれだけのことでもう顔が赤くなっていてそれをククールに
見られたくないせいだった。ククールは一瞬変な顔をしていたけど、私はそれに気付かなかった
ふりをしてさっさと歩き始めた。

昨日の昼過ぎにリーザス村にやってきたククールは、たまにはどこか他の街にでも行かないかって
私に言ってきたの。一緒に旅をしていた頃には立ち寄らなかった所にとても綺麗な街並みを見る
ことが出来る街があるとかで。いつもはどこかに行くと言ってもリーザスの近くやトロデーンくらい
だから、たまにはそれもいいかもって私も二つ返事で賛成した。そしてククールがルーラを使って
連れてきてくれた街は、しばらく前にククールが旅の途中で立ち寄ったところで、緑が多く噴水も
何ヶ所かあって、街をあげて普通の家の周囲にも花をたくさん植えようという呼び掛けをしていた。
その呼び掛けと街の有志の人たちが花の世話をしているおかげで、確かにただ街を歩くだけでも
十分楽しめるような―そんな街だった。私も旅や仕事と関係なく街を見て回るなんてめったにないから、
今まで見たことのない街並を眺めているのは楽しかった。だけどどうしても気になることがあって
落ち着かなくもあったの。もちろん落ち着かない気持ちの原因は私にあって、ククールのせいじゃ
ないんだけど。
「こんなふうにのんびり街を見て回るだけなんて初めてかも…」
「そうだな。いつもはあちこち見て回りはするけど、こうやって特に目的もなく歩くなんてオレも
初めてかもしれない」
そんな話をしながら、初秋を迎え秋の花や色付き始めた木々に飾られた街をただ歩く私たちは、
他の人からどう見えるんだろうって私は頭の隅で考えてた。私たちは知らない人が見たらまるで
ごく当たり前の恋人同士のように見えるかもしれない―そんな風に考えてしまうと自然と顔が赤く
なりそうで、私は慌ててその考えを振り払った。そしてしばらく他愛もない話をしながら街を
歩いていると、急に雲が広がって空が暗くなり、その急な変化に驚いている間にもぽつぽつと雨が
降り出してきたの。そしてあっという間に雨は激しくなり、私たちは急いで大きな木の下に駆け
込んだ。だけどその時にはもうかなりびしょぬれになってしまっていた。
「まいったな…」
木の間からククールが空を透かし見てつぶやく。空は真っ暗で雨の勢いはさっきから全く弱まって
いなかった。
「すぐ止むわよ。ここで雨宿りしてればいいじゃない」
「濡れた服でか?カゼひくぜ」
「だって着替えも何も持ってないし…」
確かに濡れた服は少し冷たかったけれど、我慢できないほどでもないってそのときは思っていた。
だから私は雨が止むまでしばらくの間雨をしのげればいいんじゃないかしらってそう思っていた。
「濡れた服のまま帰れないだろ。どこかで乾かそう」
そう言ったククールには何か考えがあるみたいで、しばらく建物が集まって建っている方を見渡していた。
そしてああ、とつぶやくと私の手を引いたの。
「少し走るから足元に気を付けろよ」
「え?」
ククールは私がどこへ行くのか聞けないうちに私の手を握って雨の中を走りだした。私はククールに
着いて行くのがやっとで、周りを見てる余裕なんてなかった。そして着いたのはどうやら宿屋みたいだった。
ククールは急いでドアを開け中に入ると、宿屋の人に声をかけてさっさと部屋を一つとってしまったの。
「ククールってば!帰らなくちゃいけないのに」
「泊まるってわけじゃない。服が乾くまでの間だけだって」
「で、でも…」
「あいにく個室に空きがないんだ」
ククールはそれで私との話を切り上げてしまい、また宿屋の人との話に戻ってしまった。私は半分放り
出されてしまって、それ以上話すきっかけを失ってしまった。そしてしばらくするとククールは服と
それにタオルを手にして戻ってきたの。
「タオルと…こっちは?」
「服を乾かすまでの間の着替えを貸してくれって頼んだんだ。あと暖炉に火を入れてもらうことに
したから、とりあえず部屋でこれに着替えて服を乾かそうぜ」
そう言ってククールは私を促したけれど、私は同じ部屋で着替えなきゃいけないってことに少し抵抗を
感じていた。だけどやっぱり濡れた服が気持ち悪かったから、結局ククールの後について行ったの。
通された部屋はあまり広くなかったけれど、もう暖炉には火が入れられていて部屋は暖かくなり始めていた。
ククールは私に着替えとタオルを渡すと、私に背を向けて躊躇する事無く着替え始めた。私はその無駄な
筋肉の付いていない引き締まったククールの背中や広い肩に、うっかりしばらく見とれてしまっていたん
だけどそのことに気が付くと慌てて背中を向けたの。
「ゼシカ」
「な、何?」
「着替え終わったら声かけてくれ。それまでそっちは見ないから」
「あ、うん…」
ぎし、とベッドがきしむ音が聞こえ、ククールがベッドに腰掛けたことがわかる。私がまごまごしている
うちに着替えてしまったんだろう。私はとりあえず髪を下ろして軽く拭き、背後を気にしながらも振り
返れなくて、なんだかいつもより着替えに時間がかかってしまった。ようやく着替え終えて振り返ると、
ククールは相変わらずこっちに背中を向けて座っていた。
「ククール…」
「着替え済んだのか?」
「ええ」
「それならこっちに椅子があるから、暖炉の前で服を乾かせよ」
ククールはもう自分の服を椅子に掛けて乾かし始めていた。私は脱いだ服をククールの視界に入るところに
置くってことが恥ずかしかったんだけど、結局ククールの言う通りにした。
「ほら。こっち」
「え」
ククールは空いている自分の隣、つまり自分が座っているのと同じベッドを指し示した。ようするにそっちの
ほうが暖炉に近くて暖かいからそこに座れってことなんだろうけど、私がそんなところに座るなんてできないって
思って立ち尽くしているとククールは急に笑いだしたの。
「な、何がおかしいのよ?」
「そんなに警戒しなくたって何もしないぜ。同じベッドの上、っていうのが嫌ならオレがそっちに行くし」
「そんなつもりじゃ…それにこっちじゃ暖炉から遠いじゃない」
私は何かされるかもっていうことより自分のことが気になっていたの。今日ずっと、というよりしばらく
前から続いている自分の状態のほうが気になっていて、他のことまで考えられなかった。でも考えても仕方
ないし、濡れた髪も乾かしたかったから結局ククールの隣に座ることにしたの。ただしぎりぎり体が触れない
くらいの距離は空けておいたけど。
「寒くないか?」
「大丈夫。あったかいもの、ここ」
実を言うと暖炉の前に座るまでは少し肌寒かったんだけど、火の近くに来るとやっぱり暖かくてほっとした。
そしてそのまましばらく私は目を閉じて火の暖かさを感じていたんだけど、ククールが不意に話し掛けてきたの。
「ゼシカ」
「うん?」
「オレの気のせいかもしれないけどさ、なんか最近オレと一緒にいる時、妙にびくびくおどおどしてないか?」
「えっ…?」
「さっきも言ったけど、そんなに警戒しなくてもいきなり何かしたりなんてするつもりはないぜ。だからもう少し
リラックスしてろって」
ククールの言葉に私ははっとする。私の状態がククールにはそんなふうに見えていたなんて思っていなかった。
「ククール、違うの」
「違うって?」
「別に何かされるとかどうとかそういうことを気にしてるわけじゃないの。私が落ち着かないように見えたと
したら、それは私自身のせいなの」
「ゼシカの…せい?」
「うん…ね、私しばらく前から本当にちょっとしたことでもどきどきして落ち着かないことが多くて」
「たとえばどんな?」
「…笑わないでよ?」
「笑わないって」
私の顔を覗き込んで尋ねるククールにうなずくと、私は落ち着かなかったわけを話したの。私たちがなんとか
お互いに自分の気持ちを伝えあってからは、ククールは前より私に触れることにためらいを見せなくなった。
といっても手をつなぐとか軽く肩を抱き寄せるとかその程度なんだけど、私はいちいちそれに反応してしまって、
毎回どきどきしてちっとも慣れなくて、少し手や体が触れただけでもそのことを妙に意識してしまって、ククールが
傍にいてくれるのは嬉しいのに、近すぎると落ち着かない―そういう状態になってしまっていた。今だって
ぎりぎり体が触れないようにしているのはそのせいで、でもそうやっていても間近で見つめられたり、名前を
呼ばれたりしたら結局同じでどきどきして苦しいくらい。でもすぐ傍にククールがいてくれるってことはやっぱり
嬉しくて―そんなふうに近くにいたいけど、どうしても緊張するっていう自分の状態を私はここのところずっと
何とかしたいのにどうにもできないでいたの。
「ククールは別に平気なんでしょ?でも私はこうやって隣にいるとかそんなちょっとしたことでももう…」
それ以上続ける言葉が見つからなくて黙ってしまった私をしばらく見つめていたククールは、私の手をつかむと
自分の方へと引き寄せた。
「ゼシカ。ここ」
そう言ってククールが私の手を置いたのはちょうどククールの心臓の上あたりだった。
「わかる?ゼシカはどきどきしてんの自分だけだと思ってるんだろ?でもそうじゃない」
それはもしかしてククールもどきどきしてるってことなのかなって思った私は、目を閉じて手のひらから伝わる
ククールの心臓の音に集中してみたの。そして感じた鼓動は私とあまり変わらないくらい早かった。
「ククール、も…?」
「そ。今だってどきどきしてる。オレが何ともないように見えるとしたら、そりゃ結構必死に冷静なふりをしてる
からだぜ?」
そう言いながら少し照れたようにククールが笑ったから、私もそれにつられて笑っていた。どきどきしているのは
相変わらずだけど、さっきまでみたいな落ち着かない気持ちはもう消えていた。
「どきどきしてるの私だけかと思ってた…」
「そんなわけねーだろ。今だって前言撤回したいなとか思ってんのに」
「前言撤回?」
「ああ。たとえばこういうふうに―」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ククールは私の肩に手を回して自分の方へ抱き寄せていた。
「ククール…」
「…肩、やっぱり冷えてるな」
「そう…?」
「ああ」
ククールの腕が触れた部分にじんわりと体温がしみこんでいくような感覚に私はほっとしていた。自分ではあまり
わかっていなかったけれど確かに肩が冷えていた。抱き寄せられた姿勢のまま、私はしばらく目を閉じて体の力も
抜いてククールにもたれかかっていた。今はもう苦しいようなどきどきした感じじゃなくて、どきどきしてるけど
ほっとするような―そんな気持ちだったの。
「ゼシカ」
「なに?」
「やっぱさっきの前言撤回する」
「…うん」
前言撤回する、って言った時のククールの表情がなんだか真剣で私はついそれにつられるようにうなずいてしまった。
そして私がうなずいたのを確かめたククールは、もう少し自分の方へ私を抱き寄せてから唇を重ねてきた。私は
そうやって重ねられた唇さえ少し熱く感じるほどに体が冷えていたらしく、ククールの腕の中で染み込むように
伝わってくる体温を感じていた。










----------------

AQUAのりゅー様から頂きました!!!

うふふふふふふvvvv ラブラブですよ、ラブラブ!!
私がリクエストしたのより断然ラブラブでニヤニヤです(笑)
ありがとうございました!!!ニャー!!