第五章 「ファルコン・ライディング」
「艦長、ご苦労樣です。」
「うむ。」
コクラン艦長が直交代のため発令所に入室してきたとき、石岡副長はレポートの作成をまだ終えていなかった。
「あとどれぐらい掛かるかね?」
コクラン艦長はキーボードと格闘する石岡副長の姿に苦笑しつつ、声だけは気難しく尋ねた。
「間もなく……終わりました。転送します。」
コクラン艦長は艦長席の端末画面に視線を落とした。石岡副長の作成した半舷分(十二時間)の出来事をまとめたレポートが転送されていた。コクラン艦長は画面をスクロールさせて内容に目を通し始めた。
「むう……」
コクラン艦長の顔が曇る。レポートのトップ項目は、司令部からの定期連絡に有ったジュノー戦線の最新の戦況報告だった。
「こりゃあ、いかんな……」
「全くですね。少しばかりやられすぎです。」
石岡副長は副長席から離れて艦長席の左横についていた。レポートの内容を口頭で補足するためだ。
最新の戦闘情報では、味方の通商破壊部隊がメタルハーバーに向かう敵の輸送部隊を捕捉、襲撃し、護衛部隊の迎撃に逢って全滅したと有った。また、それに先だち、味方のジュノーへの輸送部隊は敵の通商破壊部隊に襲撃されて壊滅に近い損害を受けている。戦線が膠着して以来、希に見る大損害だった。
「物資が届かなくて、ジュノーの方面軍司令部はパニックですよ。」
「だろうな……」
コクラン艦長は深いため息をついた。<パイレーツ>がジュノーを後にした時期より、味方の損害が急増している。一方、味方の戦果は減少する一方だ。
「そう言えば、坊や達はどうしてる?」
ふと思い出して、尋ねてみた。
石岡副長は、外部映像を映しだしている正面スクリーンを指した。
「今日も元気に、飛び回ってますよ。」
石岡副長の指した先に、高速で乱舞する光点が飛び回っていた。
「うわぁっ!」
後席からアルベールの悲鳴が飛び込んできた。
「ヴィー!もうちょい静かにやれねぇのかよ!」
「うるさい!男がガタガタ言わないの!」
ヴィアンカとしても予想外の加速Gに当惑していたところだった。そんなに強くスロットルペダルを踏み込んだ覚えはない。
(何てタイトでデリケートなセッティング……)
ペダルを戻し、操縦桿を軽くひねる。機体は鮮やかに回った。独楽のように。捻った手から力を抜くと、機体はカウンターモーメントを与えられ、綺麗に百八十度回ったところで回転から静止した。今度は操縦桿を軽く右にスライドさせる。即座に横Gが掛かり、機体は正面を向いたまま右へ横滑りに動き出した。操縦桿のモードセレクターを親指で操作して慣性モードに入れ、操縦桿にかけた力を抜いてフリーに戻す。機体は慣性で右に流れ続けた。
(シビアなのはメインエンジンだけか……)
機体を回転させたり横滑りさせる推進系統はアポジモーター。メインエンジンとは出力が別系統である。
ヴィアンカは左手のエンジンモードセレクターのレベルを一つ下げた。タキシングモード。これより下はアイドリングモードしかない。事実上の最低出力帯である。そして再び右足のスロットルペダルをそろそろと押し込んでいく。
機体はするすると加速を始めた。
「よしよし、いい子いい子。」
イメージ通りの加速感覚に満足したヴィアンカは、1センチほどクイックにスロットルを踏んだ。
「!」
背中がシートに沈んだ。
「嘘つき!これのどこがタキシングモードよ!」
正面パネルのCRTには1G以上の数値が表示されていた。
「あ〜あ、扱いの難しいエンジンだな。」
アルベールの声はため息混じりで、半ば諦めの響きが含まれていた。
「ヴィー、もういいからスロットル戻せよ。先にアビオニクスのテストやっちまおうぜ。」
諭すようなアルベールの口調に、ヴィアンカは反発を覚えた。
「いやよ!このクソッタレなジャジャ馬エンジンの出力特性だけでも掴んでおかないと……」
『言ってくれるわね。』
冷ややかな美声が割り込んできた。通信モニターにマリアの顔が映し出された。
『エンジン本体は念入りに整備済み、スロットルの反応はシミュレーションの時のあなたの操縦データを参考にして調整したわ。』
マリアの顔は、明らかにヴィアンカを避難していた。
「うそよぉっ!」
むっときたヴィアンカは、思わず叫んだ。
『嘘なわけないでしょ。』
マリアの視線は相変わらず冷ややかだ。
「じゃあ何、この扱いにくさ!」
『……変ねぇ』
モニター越しにマリアが何やら操作してるらしい様子が伺えた。
『……あら、ご免なさい。スロットルの制御プログラム、間違ってるわ。』
マリアの声に、言葉ほどの謝罪の意は感じられなかった。
「やっぱり。」
ヴィアンカは通信モニター越しに胸を張って見せた。
『間違えて1号機用のプログラムをインストールしてしまったようね。』
マリアは何気なく原因を言った。
「へ?」
ヴィアンカはその言葉の内容に引っかかりを覚えた。
「おいおい、博士。こいつは三号機だぜ。」
アルベールが呆れた感じの声で言った
『全くのイージーミスね。謝るわ。』
「……ってことは、あいつはこんなシビアなペダルタッチで操縦してるの?」
一体どうやればそんなことが可能なのか。ヴィアンカにはよく理解できなかった。
『さあ……3号機と1号機ではエンジン自体の仕様が違うから何とも言えないけど、クローチェ二曹は1号機のペダルを随分固めに調整したと言ってたわ。』
マリアはどうでもいい、と言いたげな口調だった。
「野郎、ペダルはハードタッチがお好みか。操作もスピード優先ってわけだ。徹底してるぜ。」
確かに、ペダルのストローク量が小さい方が迅速な出力変化が可能だろう。理屈は解る。しかしストローク量が小さいと、微妙なコントロールが難しくなる。アナログ入力の意味が無くなり、全開か全閉か、のデジタルな感覚に近くなってしまう。それを、ペダルの感触を重くすることで補おうというのだ。
「どーゆー思考回路してんのよ、あいつは。」
ヴィアンカは呆れた。自分なら、そんなチューニングは思いつかない。きっと操縦桿も重いのだろう。
『とにかく、そのままの状態ではまともな3号機の機動データは得られないわ。後で書き換えるから機動テストはパスして、電子兵装のテストを先にしましょう。』
マリアは面倒くさそうに言った。
「3号機了解。ヴィー、スロットルカット。エンジンをアイドリングモードにしてくれ。ジェネレーターコントロール、もらうぞ。」
「いいわよ。ご勝手に。」
ヴィアンカはスロットルペダルから右足を離し、モードセレクターをアイドリングモードに入れた。
「こちらファルコン3号機。“ベース”、“パイレーツ”、並びにテスト中、及び展開中の各機に警告。ただいまよりメインレーダーの全力発信テストをやる。レーダー、及びセンサーのパンクに注意されたし。繰り返す。ファルコン3号機はレーダーの全力発信をやる。各担当、レーダーブッ壊さないよう、注意されたし。以上!」
アルベールは言い放つとカウントダウンを発信しはじめた。
CRTに通信機のコールサインが点滅した。することが無くなったヴィアンカは通信機パネルのスイッチを押し、呼び出された相手との回線を開いた。
「はーい。こちらF3。どなたぁ?」
『こちらF1。』
モニターには〈SOUND ONLY〉と表示され、顔は出なかったが、高すぎず、低すぎないその声の心地の良さは相変わらずだ。
『そちらのレーダーテストに合わせて全力加速テストをしたい。外部計測を頼む。』
「だってさ、アル。聞いてた?」
「ああ。こちらF3FO。データリンクでテスト開始のカウントダウンを流しているから、勝手にタイミング取れ。観測は引き受けた。全センサーでバッチリ計ってやるよ。」
『了解した。宜しく頼む。』
回線は向こうから切られた。ヴィアンカはため息をついた。よくよく余計なお喋りをする気が無いらしい。
「つくづく愛想のねぇ野郎だな。」
アルベールも同じ感想を抱いていたようだ。
「同感。」
ヴィアンカは、後席のアルベールには見えないが肯いていた。
それきり通信もなく、カウントだけが流れていた。
「おっし、ボチボチだぜ。レーダーテスト、カウントアップ。5、4、3、2、1、0!」
何気なく全天スクリーンを眺めていたヴィアンカの視界に、光の線が現れた。正確には、高速で移動する光点から、進行方向とは逆方向に光線が伸びている。
光点は全力加速を始めた<ファルコン>1号機のメインエンジンの噴射光。光線は強力な磁気ノズルで極限まで絞られたプラズマ噴射炎であろう。
ヴィアンカ達が今まで見たり乗ったりした事のある宇宙戦闘機の、ガス体を吹き出すようなエンジン噴射炎とは明らかに異なる。
「まるで大出力のビーム砲ね。」
ヴィアンカは感想を口にした。
「それだけの収束度と指向性、噴射速度があるぜ。噴射炎はほぼ亜光速、かつ数千から数万度のプラズマだ。充分武器にもなる。ただし、機体の向きを制御しなきゃならんがな。…と、発信テスト良好。」
アルベールは観測データを取りながらレーダー機器をモニターしていた。
「難しいわよ。そんなの」
ヴィアンカは暇をもてあまして手を頭の後ろに組んだ。
「そうだな。あくまでエンジンの噴射炎だ。実際にゃ、武器には使えねぇ。ま、旧来の熱核ロケットエンジンとは次元が違うけどな。
全くあのねーちゃん、とんでもねぇモノ作りやがったぜ。」
「機載用サイズの、タンデムミラー型核ロケットね。」
加速を続け、わずかな時間でただの光点になってきた1号機を見ながら、ヴィアンカはSS156に着いたときのマリアのレクチャーを思い出していた。
「この時代、航宙機や航宙艦船に使用されている核融合エンジンは、大まかに三つのタイプが有ります。」
空き部屋に長机とパイプ椅子、そして余り大きくない電子黒板。
マリアは講師宜しく、レーザーペンで黒板に字を書いていく。
(まるで授業だわ)
ヴィアンカは端末にメモを取りながら思った。
「すなわち“熱核ロケットエンジン”、“核パルスロケットエンジン”、そして“タンデムミラー型核ロケットエンジン”の三つです。」
「『ドクター・マリアの核エンジン講座』、だな。ネオ・ダカールでなら受講希望者殺到するぜ」
となりのアルベールが耳打ちしてきた。ヴィアンカは心の中で頷いた。士官学校生の多数派を占める野郎共には、禿や白髪のじじいの講義より、美少女の方がいいに決まっている。最も士官学校では少数派の女性だったヴィアンカは、(いい男なら、なおいいわ。)と、心中で付け足した。
「“熱核ロケットエンジン”の推進原理は、トカマク型の核融合炉の炉心に推進剤を吹きつけ、その高熱でプラズマ化した推進剤ガスを磁場誘導で一方向噴射し、反動推進として推力を得ます。効率は他のタイプに劣りますが、核炉の出力、推進材の供給量という二重の調整機構が有り、推進力をコントロールしやすいという長所が有ります。近年小型化が進み、主に航宙機に用いられています。」
ヴィアンカは聞きながら、練習機のエンジンコントロールパネルに、スロットルレバーの他に出力調整レバーが付いているのを思い出した。パイロットが操作するのは3モードで、それぞれアイドリングモード、クルーズモード、ミリタリーモードである。
「ガリレオ同盟軍の主力汎用戦闘機、”ゼロ”のエンジンもこのタイプです。ただし、“ゼロ”のものはフレキシウムの使用により、非常に小型軽量で大出力かつ高効率です。国連軍の最新鋭戦闘機、コスモホークVのエンジン、ARE−67型を、あらゆる機能で三百五十%上回っていると推定されます。」
「ほえー。」
ハンスが唸った。勝負にならない。
「次に、“核パルスエンジン”は燃料ペレットに形成した融合系核燃料に、周囲からレーザーや電子ビームなどを照射し、瞬時に蒸発、爆発的にプラズマ化させ、その爆発の反力で中心に集中する慣性力でプラズマ化した水素、ヘリウムなどの核融合を引き起こします。言わば超小型水爆の爆発を連続させ、その爆発を物理的な受け皿、又は強磁場で形成された受け皿で受け止め、反動推進とします。推進剤効率は三つのタイプの内最も良いのですが、最小推力が大きく、燃料ペレットの規格統一の観点から単位時間当たりの爆発量という形でしか推力のコントロールが出来ないため、航宙機などには向きません。主に大質量の惑星間航行用航宙艦船の巡航用メインエンジンに用いられています。」
ヴィアンカはチラッと誠の方を盗み見た。こんな座学は苦手なのじゃないか、と思ったのだが、意外な事に、真摯にマリアの講義を聞いていた。
「最後に“タンデムミラー型核ロケット”は、トカマク型核融合炉の一種です。前後二つに並べた磁気コイルを用いて強力な磁場の部屋を作り、その中にプラズマ化した融合系核燃料を注入し、磁場で押さえつけて核融合爆発を起します。後方の磁場を緩め、爆発力を逃がしてやることで反動推進とします。これを連続でサイクルさせます。核爆発を直接推力に転換する点で推進剤効率は核パルスエンジンと同等ですが、その機構の複雑さから来るコスト高の点で核パルスエンジンに劣ります。反面、核融合爆発の過程で発生した遊離電子を、磁場誘導コンバーターで直接取り出すことで電力エネルギーが得やすく、核パルスエンジンと異なって核燃料の供給量で推力を細かくコントール出来るなどの利点が多くあるので、主に艦船の補助エンジン兼ジェネレーターとして用いられています。」
ヴィアンカは士官学校の技術の授業を思い出した。あの頃、アルベールは…
「こら。」
昔と同じく、船をこぎかけていたアルベールのわき腹を、ヴィアンカは肘で小突いた。持ち直したアルベールが電子黒板をにらみつける。
「そして、“ファルコン”のエンジンは、フレキシウムの使用により超小型化に成功した、タンデムミラー型核ロケットです。」
「え?」
驚いたのは、ヴィアンカだけではなかった。アルベールもハンスもクリスも、驚いた表情でマリアの顔を見ている。誠は…解らない。
<タンデムミラー型核ロケット>、通称<TM式エンジン>を軍用といえども小型航宙機に使うなんて、初耳を通り越して、非常識な話だった。そもそも大きさのスケールが違う。これまでのTM式といえば、どんなに小さいものでも戦闘機より大きい。それこそ、『大型船舶用のエンジンを小型航空機に使う』という感覚だ。
「これにより“ファルコン”は“ゼロ”を遥かに上回る最大推力、燃料効率、ジェネレーター出力を獲得し、加速力、稼働時間、駆動力、積載力、火力など、あらゆる面で大きなアドバンテージを得ました。」
皆の驚きなど意に介さず、マリアは講義を続けた。
「しかし、難点もあります。標準装備重量が百トン程度の戦闘機に、核爆発によるエンジンを用いるので、細かい推力のコントロールが難しい点です。核燃料の供給量による推力変化の幅が、機体の質量に対して大き過ぎるのです。」
これは納得できる話だった。微妙な機動をコントロールできなければ、どんなに出力が大きくて加速が良かろうが、戦闘機のエンジンには使えない。
「わたしはこの問題を解決しました。機体の冷却に使用した推進剤の気化ガス、通常はただ捨てるだけのこのガスを、エンジンの噴射炎に供給し、その熱でプラズマ化させた際の断熱膨張力を推力の一部とすることでガス供給量による推力の細かなコントロールを可能としたのです。」
なるほど。ヴィアンカは納得した。発想の転換だ。要するに、熱核ロケットの推力コントロール法を取り入れた、ハイブリットエンジンというわけだ。
「あの野郎……」
アルベールの声で回想から引き戻された。
「アル、どしたの?」
「1号機の加速Gが十五を超えてやがんだよ。」
「ええっ!」
機動時の瞬間的なGではなく、連続する加速である。全力加速テストといってもやりすぎだ。
「嘘だろ、まだ上がる……死ぬぞっ!」
すでに体重が1G下の十五倍。誠の体重が標準Gで七十キロくらいなら、今は一トンを越えている。中型のEカーくらいだ。
そんなに重くなった体を動かすのは、想像外の世界だ。
『心配はいらないわ。』
通信で割り込んだのはマリアの声だった。
『そろそろGリミッターが作動するわ』
別に何の心配もしていない、普通の声だった。
「そろそろって、あなた一体Gリミッターの作動数値、幾らに設定したの?」
ヴィアンカはいらただしげに尋ねた。
『十七…』
「十七って、十七G?」
(あたしなら死んでるわ!)
同時に心の中で叫んでいた。
『彼のフィジカルデータによると、まだまだ余裕の数値よ。』
「嘘だろ?」
ヴィアンカはアルベールの意見に賛成した。
『ドクタークラウゼの保証だけど?』
マリアは、さらりと言ってのけた。
「そんな…」
ヴィアンカには信じられなかった。あの先生が、そんなにヤブなもんか。
「十七Gで平気な人間が、どこの世界に居るってんだ!」
アルベールの意見はもっともだ。
『こちらF1。Gリミッターの作動を確認。加速テストを終了、帰投する。機体各部、問題無し。以上。』
レシーバーから流れる誠の声は、まともな人間なら呼吸は愚か、心拍すら不可能な高G環境に居るとは思えないほど普通だった。
『一人、居るみたいね。あなた達ももう戻ってらっしゃい。レーダーのテスト、もういいでしょ?』
通信は向こうから切れた。
ヴィアンカもアルベールも、しばし<ファルコン>3号機のタンデムコクピットの中で呆然としていた。
「ちっ、レーダー発信テスト終了。各部問題無し。ヴィー、ジェネレーターコントロール、返すぞ」
先に我に帰ったアルベールが、多少いらただしげに機器を操作する。
「りょ、了解。こちらF3、テスト終了、帰投します。」
ヴィアンカは外部通信をオフにして、帰投シークエンスの操作を始めた。
「あの野郎、本当に人間かよ。」
アルベールが電装品のチェックをしながら、一人ごとのように言った。
「さぁ、サイボーグやアンドロイドのようには見えないけど?」
無愛想なところは機械のようだが、ヴィアンカの見る限り、誠は見た目は人間だった。
「じゃあお前、十七Gの状況下で機体の操作が出来るか?」
「出来るわけないでしょ。」
ヴィアンカは即答した。
「あたしだったら、せいぜい十か十一Gまでよ。耐えるだけなら十二、三くらいかしら?」
それ以上は意識が持たないだろう。気絶している内にジ・エンドだ。
「ああ、俺だってそんなもんだ。言うまでもねぇが、数有る航宙機のパイロットの中でも、俺達戦闘機パイロットは特にフィジカルなエリートだ。選抜された連中は、誰もが何か競技をやりゃ、オリンピック選手になれるような素質が有る。
そんな連中がパイロット用の特別な訓練メニューで、体組織丸ごと造り替えるようなしごきをうけて、耐G特性はせいぜい十二、三G止まりだ。これは人間の限界のはずだ。」
ヴィアンカは肯いた。それが、一般的な考えだ。理論的な限界値に近いはずだ。それでも、戦闘機パイロットはかなり特異な人種に上げられている。
「けど、あいつはその上を行く。」
信じられないが、現実にいるのだから、認めざるを得ない。
「ああ、十七Gで余裕だと?冗談きついぜ。人間じゃあ不可能だ。」
「強化人間とか?」
「有り得る話しさ。その方が信じられる。」
アルベールは結論をそこへ持っていきたいようだ。変に現実的だな、と、ヴィアンカは思った。
「その手の人体実験って、国際医学倫理……なんだっけ?とにかく、その辺の法律違反じゃなかった?」
ヴィアンカは記憶をたどった。戦時法学の授業で、確かそのような事をやったような記憶があった。
「戦争だからな。国連軍も裏で何してるかわかんねぇぜ。」
「いやな事言わないでよ。」
ヴィアンカは普段の食事にも実験薬が一服盛られているのを想像して、胸が悪くなった。
二人が話している内に、正面のスクリーンには、小惑星SS156が大映しになっていた。
「ヴィー、コース修正、マイナス〇.三度。」
「マイナス〇.三度、ラジャー。最終減速シークエンス、ステップ3スタート。…ん?」
ヴィアンカは視界に何かを認めた。
「どした?ヴィー。」
「SS156の北天方向、約三十度。輝点が三つ見えるんだけど、何かと思って。」
「ああ、ターゲットドローンだろ?射撃訓練用の。フライトプランが出てらぁ。2号機の兵装テスト用だな。」
アルベールがキーボードを操作する音が聞こえる。
「2号機。てーと、ハンスね。」
<ファルコン>の搭乗割りは、1号機が誠、2号機がハンスだった。この二機と、ダグラス少佐の<プロトタイプファルコン>は単座機だった。複座の<ファルコン>は、ヴィアンカとアルベールの乗る3号機だけだった。
「しかし、相変わらず目ぇ良いな、お前。軽く百キロ以上離れてるぞ。」
「宇宙で百キロなんて、目と鼻の先よ。」
空気のない宇宙空間では視程が長い。視力が良ければかなり先のものでも見える。
「そーだけどな。肉眼で星と見分けるとなると、大昔のマサイ族並だぞ。」
空気が無いせいで星もよく見えるので、無数の星々と移動物体を区別するのが困難なのだ。
「何よそれ。でもこのスクリーン、肉眼で見るのと違和感無いわ。すっごい解像度。士官学校の訓練機なんて、ドットの数が数えられたのに。」
ヴィアンカの先祖に、アフリカの狩猟民族はいない…はずであった。<ファルコン>は密閉型コクピットシェルと高性能CCDカメラと高解像度モニタースクリーンを採用していた。
この時代の航宙機は宇宙放射線を磁場の展開で防ぐ技術が発達し、防御磁場が電荷を帯びたスペースダストにも有効なせいで、シースルーカバーによる目視コクピットのものも多い。
「へー。おっと、二時方向にフラッシュ、遠い。高速質量熱源体を確認、ビーム砲だな。」
<ファルコン3号機>の二人から見てSS156の上方にあった三つの輝点の内の一つに、まばらに光る輝線が重なり、チカッと一瞬を輝きを増してから消えた。
「あ、当たった。」
この時代の宇宙戦闘の主力兵装であるビーム砲は、重金属粒子群に荷電し、電磁加速機で加速して打ち出す質量兵器である。大気中では空気の粒子と干渉して発光するが、宇宙空間ではまばらに点在する星間物質しか干渉するものが無いため、その軌跡はまばらに発光する輝点の連なりに見える。発射時の閃光は、強電圧の放電によるものである。
発射初速は機載用の小型砲でも秒速百〜千キロ程度、戦艦や砲艦の主砲クラスなら、光速の一〜二%に達する。射程は理論上ほぼ無限であるが、発射時の荷電粒子の消磁が技術的に不十分であり、あるていどの時間が経つと粒子間にわずかに残留した負電荷の反発力により、粒子群の収束率が低下、戦艦の主砲クラスでも十万キロ前後より威力が無くなる。それ以前に、直接射撃の管制限界はせいぜい五千キロ、砲精度誤差を含んだ同口径多数砲門による着弾観測同時砲撃を行っても五万キロが有効砲戦距離となる。
重金属粒子は着弾して装甲板に食い込み、その猛速故に熱摩擦で融解、プラズマ化し、膨張して、装甲を破壊する。
「2号機の位置は?見えないんだけど。」
ヴィアンカは二時方向を捜してみたが、2号機は確認できなかった。
「お前の目でも見えねぇだろうよ。五千キロ以上離れてるぜ。」
「五千?」
ヴィアンカは驚いた。
「凄いのね、2号機って。五千からあんな小さい目標を一撃。」
しかも、長距離ミサイルならともかく、ビーム砲だ。
「機体の性能、プラス、ハンスの腕だろう?」
ハンスはジュニア戦競の時にも安定に重視を置いたセッティングの機体と狙撃仕様にカスタムチューンしたビーム銃で、長距離銃撃を得意とした。
「さすが”スナイパー・ハンス”ってとこね。あ、残ったターゲットドローン、動く」
二機残ったターゲットドローンのうちの一機が、若干の加速の後、単純な等速直線移動を始めた。
「そりゃあ、移動目標を射たなきゃ訓練にならんだろ。お、射った。フラッシュ確認。高速熱源体接近。と、命中。」
輝点と輝線が重なり、ひと際輝きを増した。
「弾着、速いわね。三秒掛かってないんじゃない?」
「すげー初速。秒速二千キロ未満ってとこか。」
「軽巡の主砲並みね。」
残った一機のターゲットドローンがランダムな加速を始めた。
「これはちょっと当たんないんじゃないかしら。」
いきなりハードルが高くなったが、確かに実戦では相手はのんびり飛んでいるわけではない。
「俺もそう思う。俺達ぐらいの距離からならともかく、五千キロ以上も離れてちゃな。」
ヴィアンカは視界に一瞬の閃光を認めた。
「あ、フラッシュ。射ったわね。」
「見えたのか?」
アルベールが驚きの声を上げる。
「三射目ともなると、さすがに解るわよ。射線見えてるし、フラッシュぐらいは。と、外れた。でも、惜しいなぁ。」
アルベールの肉眼では、全く見えない。3号機のセンサーは克明に捉えていたが。
「ったく、どーゆー眼してんだ。と、来た。第四射。」
「あ、かすった。惜しい。」
3号機はSS156に接近しているのでさすがにもう百キロは割っているが、それにしても五十キロ以上離れていることには違いない。ヴィアンカの眼は、その距離をおいてビームが掠めたことによるターゲットドローンの微妙な軌道のゆらめきをも捉えていた。
そして通算五射目、ランダム加速を行うターゲットドローンの狙撃をはじめて三射目で、2号機のビームはついに目標を捉えた。
「当てやがった。」
アルベールの声は呆れていた。
「凄いわね。」
ヴィアンカは正直に感嘆した。
「どれ、褒めてやるか」
そう言ってアルベールは通信のチャンネルを開いた。
「F2、こちらF3FO。」
『F2や。アルか?』
「おう。見てたぜぇ。お見事。」
『ありがとさん。ちゅーても、わいがやったん、照準の微調整だけやけどな。ごっつい機体やで。目標の選定から追尾まで勝手にしよる。照準もある程度オートや。』
「そりゃ、すげーな。」
アルベールは口笛を混ぜた。
「ねぇ、ハンス。照準って、レーダー?」
ヴィアンカは疑問を口にした。艦載のレーダーならば可能だが、機載サイズレーダーでこの距離の精密照準が可能だとは思えなかった。
『いんや。何とレンズスコープや。原始的やろ。』
ヴィアンカは耳を疑った。それが本当なら、五千キロの直接目視照準ということになる。
「……ウソ」
『ウソやあるかい。今も3号機がよー見えとるで。ちゅーても、最大望遠で胡麻粒みたいやけどなぁ。』
ヴィアンカとアルベールはぞっとした。ハンスの2号機から、3号機はさっきのターゲットドローンとほぼ変わらない距離に居るのだ。つまり、狙撃できる距離である。
「奴が味方で良かったぜ。」
アルベールの正直な感想だった。
「全くね」
ヴィアンカは肯いた。