第4章 「ゼロ・ハンター」

 

「センサ、パッシヴはどうか。」

 発令所正面の戦況図を睨んだまま、コクラン艦長は訪ねた。

「オールクリア。綺麗なモンですぜ。」

 観測長はセンサー画面を見ながら、振り返らずに声を上げた。

「やれやれ、ようやくまけましたかね。コース転回からかれこれ二十時間。囮の方に喰らい付いたようですね。」

 石岡はほっと息をついた。

「どうだかな。油断は出来んぞ。」

 そう言うコクラン艦長の声には、それほど緊迫した響きはなかった。

「百二十時間も喰らいつきやがった野郎だ。簡単にゃ諦めんだろうよ。」

 コクラン艦長の言葉に、石岡副長は副長卓の端末画面に航海記録を引き出した。

「…爆雷攻撃が二回、航空隊を差し向けたのが三回。追い散らしたと思ったら五時間以内に触接位置についてましたからね。見上げた根性ですよ、全く。」

 石岡副長は、敵の触接艦がこちらを見失ったと考えるのは、早計のような気がしてきた。

「センサ、目を離すな。わずかな反応も見逃すなよ。」

「あいあいさぁー。」

 観測長は間延びした返事を返した。それでも目は画面から離さなかった。

「……チッ」

 石岡副長にだけ、そのコクラン艦長の舌打ちが聞こえた。

「艦長、何か気になることでも?」

「あぁ?いや何、ちょっと背中に寒けがな。」

「風邪ですか?」

「風邪なぁ。……副長、後を頼む。俺は少し休む。」

「は。お大事に。」

 石岡副長は、発令所を退室するコクラン艦長を見送った。

 

「ひゃくじゅういち、ひゃくじゅうに……」

「おらおら、しっかりやれ。」

「うるさい。ひゃくじゅうよん、ひゃくじゅうご……」

「ホレ、あと五回だぜ。」

「うるさぁい!ひゃくじゅうろく、ひゃくじゅうなな……」

 ローイングマシンのシリンダーが軋んだ音を立てる。

「ひゃくにじゅう!終わったぁ!」

「おおー、お見事。」

「あー、つかれた。……アル、もうひと勝負!」

 ヴィアンカは腕を揉みながらアルベールの座っているテーブルの向かいに座った。

「何だぁ、まだやる気か?」

 アルベールはにやにや笑いながら手にしたカードの束を切り始めた。

「次は何を賭けるんだ?」

「あれよ」

 ヴィアンカはトレーニングルームの一画を指した。

「バタフライだな。よし、のったぜ。」

 カードを伏せて一枚ずつ交互に配る。

 ヴィアンカは配られた五枚のカードを手に取った。暫し考え込む。

「チェンジするか?」

「……二枚」

「ほらよ。……俺は一枚」

 アルベールも自分の持ちカードから一枚抜き取り、テーブルに置いたカードの束から一枚取った。

「じゃ、十回からな。」

 お互い並べたカードの一枚目を開けた。ヴィアンカ、エース。アルベール、キング。

「レイズ、二十。」

 ヴィアンカは上乗せした。

「コール。」

 アルベールは受けた。

 二枚目。ヴィアンカ、エース。アルベール、キング。

「レイズ、三十。」

 ヴィアンカは更に上乗せした。

「コール。」

 アルベールはこれも受けた。

「レイズ、さらに三十。」

 都合九十回。

「コール。」

 アルベール無表情に受けた。

「……」

「三枚目、いこうか?」

 ヴィアンカは頷いて三枚目のカードを開けた。エース。アルベールの三枚目はキング。ここまでお互いスリーカード。

「……レイズ、五十。」

 ヴィアンカはアルベールの顔色を伺いながら言った。

「コール。」

 アルベールは誠に負けない無表情だった。

「レイズ!五十よ。」

「コール。」

 四枚目。ヴィアンカ、クィーン。アルベール、ジャック。

 ヴィアンカの額に知らずに汗が浮かんだ。あと一枚はただの7のカード。アルベールのカードがジャックならスリーカード対フルハウスでヴィアンカの負けである。ヴィアンカは始めにスリーカードが出来ていたのでカードを二枚換えたが、アルベールが換えたのは一枚。始めにツーペアだった可能性が高い。

(ってことは、アルの手はやはりフルハウス?)

 換えた一枚がキングのツーペアをスリーカードにしたのか。

「ヴィー。レイズ、百な。」

 アルベールは無表情を変えずに言った。

(ああっ!やっぱりフルハウスなんだ!)

 ヴィアンカは確信した。

「どうすんだ?受けるのか?降りんのか?」

「……負けた。」

「よっしゃあ!三連勝。……バタフライ、百九十回な。」

 ヴィアンカはため息をついて、アルベールの残ったカードをめくった。

「ああーっ!」

 スペードの4。

「読みがあめぇんだよ、おめぇは。俺も始めはキングのスリーカードだったんだ。おめぇが二枚換えたのを見て俺も二枚換えようと思ってたのを一枚にしたのさ。へへへ。」

「……この、ペテン師!」

「バタフライ、百九十回だぜ。張り切っていきましょう。」

「やるわよっ!」

 ヴィアンカはバタフライマシンの方へずかずかと歩いて行った。

「……後な、顔に出過ぎなんだよ。まぁ、そこがあいつのいいとこなんだが……」

 アルベールはヴィアンカの後ろ姿を眺めながら、聞こえないように呟いた。

「ほおう。」

「なっ……」

 突然背中から掛けられた声に、アルベールは驚いて振り向いた。そこにいたのは、金髪を短く刈り上げた猫背の大男だった。

「ハンス!あんたいつからそこに居た?」

「『顔に出過ぎなんだよ』ってとこからですわ。」

 ハンスはニヤニヤと笑っている。

「あんたなぁ……」

 アルベールはばつが悪そうに俯いた。

「あんた、気配無かったぜ?」

「おやぁ、そうでっか?」

「……次から気配出して近付いてくれ。」

「善処しましょ。」

 ハンスは笑顔で肯いた。

「で、何しに来たんだよ。」

 アルベールは口をとがらせていた。

「そりゃ、トレーニングルームに来たぐらいやから、運動しに来たんやけど。」

「あ、そう。」

「ジュノーを出港してからもうぼちぼち一週間やからね。船室と食堂を往復してるだけやと、体がなまりまんがな。」

 ハンスはそう言って両手を上げて背筋を伸ばした。

「そうだな。」

「それにこの服、データ貯めなアカンらしいし。」

 ハンスはそう言って、トレーニングウェアの二の腕をまくり上げ、下に着込んだオレンジ色のボディースーツを叩いた。

「全く、何なんだろうな。」

 アルベールも袖をまくり上げ、オレンジ色のボディースーツを出した。<パイレーツ>に乗艦した日に、指定された部屋に置いてあった<機材>というのがこれだった。セミフィットの全身タイツのようなボディースーツ。そこそこの厚みはあるが、運動を損なうほどのものではない。

 指示書には、就寝時と入浴時以外、可能な限り着用せよ、と書かれていた。それから、着用したままの肉体訓練を推奨していた。可能ならば射撃や格闘技戦の組み手もやれ、と書かれていた。

 支給は誠、ヴィアンカ、アルベール、ハンスのパイロット出身者のみで、整備士であるクリスの分はなかった。

 それで、パイロットの身体データ収集用の機材だと言うことは想像がついた。しかし、ライフモニター用なら、肉体訓練はともかく、射撃だの格闘技だのを推奨する理由が見えてこなかった。

今バタフライマシンに取り組んでいるヴィアンカも、トレーニングウェアの下に着込んでいる。このボディースーツのまま過ごすのは、体のラインが出るのでちょっと恥ずかしかった。

「ポーカー、お強いでんなあ。」

 ハンスは話題を変えた。

「ギャンブルはね。昔から得意なんだよ。特に、カードゲームな。」

「へぇええ。」

 ハンスはさも意外、と言いたげな顔をした。

「ところで、マックの奴と赤毛の嬢ちゃん見かけねぇけど、あんた知ってるか?」

「クリスはハンガー・デッキや。整備班を手伝っとる。機械いじりがよっぽど好きなんやね。」

 ハンスは即答した。右舷船体の士官居住区から左舷船体のトレーニングルームに来るにはいやでも船体中央のハンガーデッキを通る。きっぱり言い切るからには、見てきたのだろう。

「ほんと。まるでメカ・ジャンキーだな、あの娘。で、マックの奴は?」

「途中、展望室で見かけたわ。床に足を組んで座り込んどってね。『何をしてんや』、って訊いたら、『瞑想だ』って言われてね。」

「メイソウ?」

 アルベールの知らない言葉だった。

「わても解らなかったんで訊いたんやわ。奴が言うには、一種のイメージ・トレーニングやそうや。」

「ふーん……」

「アル、終わったわよ。バタフライ百九十回。」

 ヴィアンカがすたすたと歩いてきた。

「まいど。」

 ハンスはヴィアンカに会釈した。

「あら、ハンス。あなたもトレーニング?」

 ヴィアンカはハンスに手を振って返した。

「へぇ。しかしカードでトレーニングを賭けるやなんて、オモロイことをしてまんなぁ。」

「健全でしょ?」

 ヴィアンカはドリンク・サーバーからスポーツドリンクを取り出した。

「ホンマに。」

「こうでもしねぇとトレーニングなんて面白かねぇからな。」

 長距離航宙を行う航宙船舶では、長期にわたる無重量状態での筋力低下を防ぐため、乗員に筋力保持のためのトレーニングを義務付けている。軍艦も例外ではない。

「カルシウム流失防止剤はあるのに、筋力低下防止剤ってのは出来なかったのかしら。」

「そんな都合のいいモンがホイホイできるわきゃねぇだろ。」

 言いながら、アルベールは傍らに置いてあったヴィアンカのタオルを投げて寄越した。

「言ってみただけじゃない。」

 ヴィアンカはタオルを受け取り、汗を吸わせながらスポーツドリンクを一気に飲み干した。

「あと五十年もしたら、できるかも知れへんね。」

 ハンスは肩をすくめていった。

「そんなに?」

 ヴィアンカは眉を寄せた。

「真に受けるなよ。ハンスは地道に鍛えろ、って言ってるんだよ。」

 アルベールはため息をついた。

「そうなの?」

「ええ、まぁ、ね。」

 ハンスは、苦笑いを返した。

「でも、マックをここで見たこと無いわね。」

 ヴィアンカは気にした風もなく、ここにいない人物の名を挙げた。

「聞いたところによるとやね、毎朝起きた後と毎晩寝る前に、ストレッチを十分間と何やら怪しげな東洋風の体操みたいな事を十分間やっているそうや。」

「……どっから聞いてくんだか」

 アルベールは怪しむ目つきでハンスを見た。

「ふーん。それだけで筋力が維持できるなら、随分と効率いいわね。教えてもらおうかしら。」

 ヴィアンカはタオルで顔の汗を拭った。

「奴のやることだからな。簡単そうに見えて実はすげぇきついんじゃねぇか?」

 アルベールは、言いながらカードをシャッフルした。

「……そうかもね。さ、続きよ。アル、今度は負けないからね。」

 アルベールは肩をすくめた。

「おいおい、もうよそうぜ。お前とカード勝負続けてたら、俺がトレーニングできねぇよ。」

「言ったわね!じゃあ、次はブラックジャックで勝負よ!」

 ヴィアンカはアルベールの正面に陣取って腰掛けた。

「やれやれ、解ったよ。ハンス、あんたも混ざるか?」

「ふむ。楽しそうやね。混ぜて貰うわ。」

 その時、艦内放送を告げるチャイム音が鳴った。

『全乗員に告げる。本艦はこれより約二時間後、目的地に到着、接岸する。各員は上陸準備に備えよ。繰り返す……』

「……トレーニングはお預けだな。」

 アルベールはため息をついた。

「そのようね。」

 ヴィアンカはテーブルから立ち上がった。

「やれやれ。せっかくやる気になったっちゅーに。」

 ハンスもため息をつき、開けかけたバッグの口を閉じた。

「行こうぜ。」

「ええ。」

「せやね。」

 三人はトレーニング・ルームを後にした。

 

「最終減速終了!進入コースの微調整に入りやすぜ。」

「主機両舷停止!補機の出力を上げろ。景気良くな!」

「進入路クリア。障害物無し!」

「接近中のタグボートにビーコン出してやれ。」

「曳航準備!艦首デッキクルーは艦外作業の用意急げ。グズグズしてる奴ぁ宇宙に叩き出すぞ!」

 目前に目的地の小惑星SS156を望み、パイ・リーツァオの発令所はにわかに騒がしくなっていた。

「……何とか、無事に着きましたね。」

 石岡は袖で額の汗をぬぐった。

「フン、まぁな。ところで副長、入港したら弾薬の補給は受けられるのか?」

 石岡副長は呆れた。冗談かと思った。

「無茶を言わないで下さい。科学アカデミーの研究所ですよ?糧食や推進剤ならともかく、魚雷や爆雷は無理ですよ。」

 コクラン艦長は不思議そうに聞き返す。

「何でだ?新型戦闘機の開発とテストをやっとるんだろう?弾薬が無くてどうする。」

「それはまぁ、機載用の奴はあるでしょうが、艦載兵器の弾薬はないんじゃないですか?」

 そもそも、事前の補給品リストに載ってもいない。

「そうか……」

 コクラン艦長は顎に手をやって考え込んだ。石岡副長は訊いてみたくなった。

「何がそんなに気になるんですか?弾薬は航空隊用の物も含めて七割近く残ってますよ。まだ二、三回は充分に戦闘可能です。」

「そうだな……SS156にはどれくらいの人間が居るんだ?」

 石岡副長は慌てて端末画面に情報を呼び出した。

「…資料によると研究員や技術員、整備員なんか含めて三十人ぐらいですかね。」

「ふむ。」

 コクラン艦長は軽く頭を振った。

「副長、入港したら手空きの連中に言って倉庫や格納庫を充分に片付けさせろ。未使用の区画もだ。出来るだけ艦内のスペースを確保させろ。余分なガラクタなんかは捨てちまえ。」

 この艦長は突然何を言い出すのか。石岡副長は、軽いため息を吐いた。

「はぁ。かまいませんが……理由をお聞かせ願えますか?」

「カンだ。」

 コクラン艦長は自分のこめかみを指した。

「カン、ですか……」

 石岡副長は、首を傾げた。

「ま、無駄に終われば、それ越したことはないんだがな。」

 艦長には、何か深い考えがあるのだろう。命令は命令だ。石岡副長は肯いて見せた。

「はい、了解です。」

 正面のスクリーンにはごつごつした岩で作ったじゃがいものような小惑星が一杯に広がっていた。

 

「やれやれ、やっと着いたぜ。」

 <パイレーツ>の艦体が完全にドックに固定された感触が伝わってきたのを、アルベールは感じた。

「長かったわね。」

 ヴィアンカは、あくびをした。

「もう一週間ですかぁ。」

 クリスは指折り数えた。

「クリス、君は起きてる間ずっと機械いじりしてたんやろ?」

 ハンスは日数を数えるクリスの指を覗き込んで話しかけた。

「うん。」

 クリスは屈託のない笑顔で答える。

「好きやねぇ。」

 ハンスも笑みを返した。

 <パイレーツ>がSS156に入港し、五人はタラップを渡ってようやく上陸を果たした。

「諸君、長旅御苦労。待っていたぞ。」

 送迎デッキには、五人の部隊長となるサミュエル・ダグラス少佐その人が出迎えに来ていた。濃いサングラスをしているので目もとの人相が解らないが、細面の顔立ちは鋭さを感じさせる。ブロンドの髪はオールバックになでつけてあった。体格はハンスに近く、大柄でがっしりとしている。しかし全体に陽気な雰囲気の漂う人物であった。

 英雄を前にして誠とクリスを除く三人はがちがちに緊張していた。アルベールとハンスが互いのわき腹を肘で小突きあった。ヴィアンカはアルベールの背中を軽く押した。

 一歩前にでてしまったアルベールは、仕方なく踵を打ち揃え、ダグラスに敬礼した。

「申告します!アルベール・クートー尉官候補生以下五名、本日を持って統合作戦本部直轄部隊群・独立第666実験戦闘飛行隊に配属になりました。着任許可願います!」

「うむ。着任を許可する。……よく来てくれた。」

「わざわざのお出迎え、恐縮であります。」

 アルベールはがちがちに“気を付け”の姿勢をとった。

「まぁ、そう固くなるな。」

 それでもアルベールは“気を付け”の姿勢を崩さなかった。

「は、ありがとうございます。」

 ダグラスはつかつかと歩み寄ってきた。

「よぉ、クリス。久しぶりだなぁ。元気だったか?」

 ダグラスはクリスの正面に回った。

「ハイ。少佐も思ったよりお元気そうで。安心しましたぁ。」

「相変わらず可愛いなぁ、おまえ。ちったぁ背、伸びたか?」

 ダグラスはクリスの頭をぽんぽんと撫でた。

「もう。身長の事は言わないでって、言ったじゃないですかぁ。」

 クリスは拗ねて見せたが、目は笑っていた。

「そうだっけなぁ。いやぁ、すまんな。ところで……」

 ダグラスはパイロット記章を礼装制服の胸につけた四人の顔を見渡した。まずハンスの顔に視線を止める。

「ハンサムなアンちゃんに……」

「これはどうも。」

 次に誠。

「ミステリアスな美形に……」

「……」

 最後にヴィアンカとアルベール。

「美女が二人。」

「あら。」

 ヴィアンカは頬に手をやった。

「自分は男です!」

 アルベールはむくれて声を上げた。

「声聞きゃ解るよ。冗談だ。」

 アルベールはそっぽを向いた。

「全く、揃いも揃って。お前ら顔で選ばれたんじゃないだろうな。」

 ダグラスは四人を見渡してにやにやと笑った。

「心外です!」

 今度はヴィアンカが声を上げた。

「はは。すまん。気にしないでくれ。見せてもらった資料と貴様らのイメージが合わなくてな。ま、諸君の実力はこれからじっくり見せてもらうとして、付いて来い。良い物を見せてやる。」

「し、新型?」

 クリスが身を乗り出した。

「がっつくな。付いて来れば解る。」

 ダグラスは身を翻して歩き出した。

 

「この扉の向こうだ。お前ら、見て腰を抜かすなよ。」

 ダグラスは扉を指さしてニヤニヤと笑った。

「焦らすのはもう結構です。早く見せて下さいよ。」

 アルベールは居ても立っても居られないかのように、足踏みをしていた。

「せや。早う見して下さい。」

 ハンスは火星商人よろしくもみ手をしていた。

「あたしの新型、見たぁい。」

 クリスは扉に向かって進もうとして、ダグラスに襟首を捕まれて止まった。

「しょうの無い奴等だ。さ、開けるぞ。」

 散々もったいつけた後、ダグラスは扉の開閉ボタンを押した。

「いっちば〜ん!」

 小柄なクリスが真っ先にダッシュを決めた。

「クリス?す、素早い!」

「お先に!」

 そのあとにヴィアンカが続いた。

「あ、ヴィー、てめぇ!ズリィぞ!」

 アルベールが続く。

「わ、わても!」

 大柄なハンスが割を食って四番目に入った。

「やれやれ、そんなに慌てなくても逃げやせん。なぁ」

 ダグラスは誠に同意を求めるように顔を向けたが、誠は聞こえていないようにすたすたと歩いて中に入った。

「……クールな奴だな。」

 肩をすくめ、ダグラスも中へ入った。

 

「す、凄い!」

 ヴィアンカは見とれて硬直した。

「ゼロの対抗機種だからな。もしやたぁ思ったが……」

 アルベールは自分の予想が当たって満足したように肯いていた。

「かっこいい!」

 クリスは恍惚とした表情で見上げていた。

「は〜、こらすごいわ」

 ハンスはぽかーんと口を開けて見上げた。

「…ほう。」

 誠はクールに見つめた。

 <パイレーツ>の格納甲板の倍はあろうかというスペースの格納庫に、それは四体並んでいた。

「対“ゼロ”用の汎用戦闘機、試作“Fシリーズ”だ。」

 ダグラスは一番左端の機体を指した。

「左から試作原型機、一号機、二号機、三号機。通称“ファルコン”、我が連合軍のゼロ・ハンターだ。もう解っていると思うが、お前達にはこいつのテストパイロットをやってもらう。」

「ヒュウ。燃えてきたぜぇ!」

 アルベールは左手の指をパチンと鳴らした。

「ふぇ〜、ほんとに人型。ゼロよりはスタイルいいけど。」

 ヴィアンカは資料で見たことがあるガリレオ同盟軍の主力MPF、<ゼロ>こと<零式多用途戦闘機>のフォルムを脳裏に浮かべてみた。

 <ゼロ>は全体に多少角張った、わりと無骨なフォルムをしている。そこからは、内容積と生産性を重視した様なコンセプトが見受けられる。

 国連軍が廬獲に成功した機体は無く、諜報活動でも情報を得ることは出来なかったので、国連軍が持つ<ゼロ>のデータは、全て推定値でしかない。ヴィアンカが見た資料も、実はガリレオ同盟軍のプロパガンダ映像である。

 全高は頭頂部まで約十七メートル。作戦時の推定質量は百四十トン。主な構造材料はチタン・セラミック複合材と見られ、フレキシウムセラミックはエンジンなど主要部分のみに使用されているのみと言われている。

 <ゼロ>の機体コンセプトはいわゆる<ブロックシステム>で、機体を構成する各パーツがブロック構造となっており、そのブロックを組み立てたようになっている。故に故障した個所や戦闘で損傷部分を切り離したり、即座に交換することが可能であり、機体の整備性や生存性はかなり高いと推定されている。

 各ブロックは、まず頭部がメインのセンサー系ユニットとなっている。もちろん、機体各所に予備のセンサーも配されている。

胸部・胴部はコクピット及び制御システム、推進剤タンクなど重要なユニットが集中している。機体背面には四基のメインエンジンの内、二基が配されている。

腕部は作業用マニピュレーターで、主な武装は手部分に保持する。

その他上腕部に固定兵装が内蔵され、人体と比較して上腕部が六角の断面を持つ太い構造になっている。

そして脚部は歩行装置の他、メインエンジンの残りの二機が左右の脚部に一基ずつ収まり、足の裏の開口部はメインスラスターノズルとなっている。このため、脚部はやはり人体と比較して太い構造となっており、上腕部同様に六角断面構造となっている。

主推力の半分がフレキシブルに可動する脚部にあることで、<ゼロ>は自由度の高い高機動性能を得ている。

 ヴィアンカの持つ<ゼロ>のイメージは、太く角張った手足から受ける、増加装甲を張り付けた戦闘車両のような「重厚さ」だった。

 しかし、実際のゼロは高い機動力が売りの、軽快な機体なのだ。

ヴィアンカは、その記憶にある<ゼロ>と眼前の<ファルコン>を比べてみた。

「十五、いや、十六メートルってとこか。<ゼロ>より若干小さいのか。戦闘機にゃ三十メートルもあるようなのがあるが、縦にしてみるとこっちの方が意外とでかく見えるな。」

 ヴィアンカの思考に、アルベールの声が割り込んだ。アルベールは目算で大きさを測ろうと、立ったりしゃがんだりして視点を換えていた。

「こいつは……ゼロとはまた違ったコンセプトやな。同じ人型やけど、こいつの方が運動性は高そうや。」

 さらにハンスの声がした。ハンスは機体の形から機能を類推しようとしていた。

「このスタイルだと末端質量が小さいから質量移動が速いし、重心が機体中央にあって質量が集中してるから、転回速度が速そう。」

 クリスの声も聞こえた。クリスはメカニックらしい、鋭い分析眼を披露した。

 ヴィアンカは<ファルコン>の外観から受ける印象をまとめてみた。<ファルコン>は、四機とも細部に差は有るものの、大体の外観は共通していた。

 曲線を多用した流麗なフォルム、先端に向かって先細りになる手足は、人間のそれに酷似していた。そのせいで<ゼロ>と比べると幾分華奢な印象を受ける。だが、それはむしろシャープさを端的に現しているともとれ、クリスの言うように素早い動きを連想させた。

 脚部が細いことから、<ゼロ>と違ってメインスラスターは背面にまとめられているのだろう。そうすると脚部の役割は歩行装置の他は機動用の可動バランサーというところか。だが、ヴィアンカは人間のように本当の意味での『格闘戦』が出来るのではないか、と考えた。いかにも『蹴り』が出来そうな脚部だ。

 高速でミサイルの撃ち合いや銃撃戦を行う空間機動戦ならともかく、惑星上やスペースコロニー内での地上戦ともなれば、そういうこともあるかも知れない。

「…あるかなぁ?」

 ヴィアンカは軽く息を付いて、<ゼロ>と<ファルコン>が殴る蹴るのケンカをしている想像を、脳裏から追い払った。

 共通した外観上の特徴はその肩で、頭部ほども有る球体となっている。

 上半身の下半分、腹部は下向きの半球状で、両足を繋ぐ腰部部分の上部の皿状の部分にはまり、上半身の回転、縦、横の屈伸の高い自由度を実現する。総じて、やはり<ゼロ>より人体に近いイメージがあり、洗練された印象を受ける。

一種の芸術的工業製品のような<ファルコン>に比べれば、<ゼロ>は戦闘機を強引に人型に組んだ、出来の悪い機械人形のようだ。逆に言えば、<ゼロ>の方がより『戦闘機械』らしいとも言える。

「何か……繊細さと大胆さが同居したイメージね。」

 ヴィアンカは抽象的ながら全体の印象をまとめようとした。

「合理的かつ意欲的な機体と見た。なるほど、これなら“ゼロ”に引けはとらねぇな。」

 なんだかんだ言いながら、アルベールは気に入った様子で<ファルコン>を見上げていた。

「あんなガラクタと一緒にしないでほしいわね。」

 四体並んだ人型メカの、右から二つ目、<1号機>と紹介された機体の頭の位置付近から、その声は聞こえた。抑揚の余り無い話し方には氷のような冷たさを感じるが、声自体は鈴を転がしたような美声だった。

 ヴィアンカはその<ファルコン1号機>自体が声を発したような錯覚に捕われた。

「この“ファルコン”は、あんなチャチな代物とは次元が違うわ。」

 そこにコクピットが有るのか、人型の胸のあたりから、先ほどの美声と共に、黒髪のロングヘアーの人影が現れた。全身を現した人影は、白衣をまとっていた。

 白衣の彼女は整備用のリフトに乗り移ると、フロアに降りてきた。

「ヒュウ。」

 アルベールが短く、感嘆の口笛を吹いた。

 白衣の人影は、掛け値無しの美少女だった。

 小さめの卵型の顔に磁器を思わせる白い肌。艶やかな長い黒髪。何より印象的な大粒の青い瞳。鼻や口が小作りなのは東洋系の血を引いているのか。

 背は高い方ではない。クリスよりやや高いか。いずれにしても小柄な方だが、背筋を伸ばした堂々とした姿勢が、いや、内からあふれる自信のような物が、彼女を実像以上に大きく見せていた。

 ヴィアンカはジュニアスクール時代に日系の友人に見せてもらった日本人形を思い出した。

 しかし、見る者に冷たさを抱かせる視線が、彼女のイメージを冷徹な物にしていた。

「こりゃまたえらいべっぴんさんですねぇ。見た所随分とお若いようですが、少佐、こちらのお嬢さんは?」

 ハンスはダグラスを振り返って尋ねた。

「はは。聞いて驚くなよ。」

 ダグラスは咳払いをしてひと呼吸置いた。

「紹介しよう。こちらはマリア・ブラウン博士。このファルコンの開発主任だ。」

 ヴィアンカ達は目を見開いた。

「は?」

 ヴィアンカはあんぐりと口を開けてダグラスを振り返った。無表情な誠を除く全員が、おなじ顔をしていた。ダグラスは満足げに肯いた。

「ははは。やっぱり驚いたな。ドクター・マリアは連合科学アカデミー秘蔵の天才なんだよ。」

 その言い方は、かつてダグラス自身も驚かされたことを指しているようであった。

「はぁ……科学アカデミー、ですか……」

 ヴィアンカは首を傾げた。目の前の青い目をした日本人形のような美少女と、科学アカデミーとか開発主任とか言った言葉が、どうしても結びつかなかった。

「SS156にようこそ。マリア・ブラウンです。あなた達を待っていたわ。この……」

 マリアは背後を振り返った。長い黒髪が宙を漂う。

「“ファルコン”がね。」

 背後の巨大な人型機械を不敵な視線で見あげるマリアの横顔は、ゾッとするほど美しかった。

「長旅御苦労でしたけど、休んでもらっている暇は無いの。」

 マリアは言いながら視線をヴィアンカ達に戻した。

「早速レクチャーから始めたいのだけど、少佐、よろしくて?」

 ダグラスは肩をすくめた。

「荷物を部屋に置いて来る時間くらいはやりたいんですがね。なにせ下船してから真っすぐここへ連れてきたもんで。……三十分後にブリーフィングルームって事でどうでしょう?」

「それで結構よ。」

 マリア・ブラウンという名の天才美少女は、やや不満そうに肯いた。

「どうも。」

 ダグラスはマリアに敬礼し、ヴィアンカ達の方に振り向いた。

「と言うわけだ。ヤサに案内してやる。ついて来い。」

「あ、少佐ぁ!」

 ダグラスが一歩踏み出しかけた時、クリスが手を挙げた。

「何だ?」

 ダグラスはまたか、と言いたげな視線をクリスに向けた。

「あたし、時間までここに居ていいですかぁ?」

 クリスは今にもファルコンの方へ駆け出しそうに足をうずうずさせている。

「後にしろ。」

「え〜っ!」

「レクチャーが終わったらパイロット達はシミュレーションだ。お前はその時にこっちに来ればいい。」

「……はぁ〜い」

 クリスは渋々床に置いたバックを持ち上げた。

「行くぞ」

 ヴィアンカ達はダグラスの後について歩きはじめた。

 最後尾のヴィアンカは、ふと足音が少ない気がして、格納庫の扉から中を振り返った。

「マック……」

 誠が残って立っていた。

「何してんのかしら。」

 誠はファルコンを見上げていた。

「……違うわ……あの娘?」

 よくよく見ると、誠が見つめているのは、ファルコンのコクピットの辺りで何かの作業をしているマリアだった。

「へえ……」

 ヴィアンカは誠の側へ戻るように足を進めた。忍び足で近寄り、横顔を盗み見る。

「!」

 ヴィアンカは少なからず驚いた。いつでも無表情で感情らしきものを見た覚えの無い誠の顔に、その口もとに、ごくわずかながら笑みが浮かんでいた。そして目元はこちらもごくわずかながら細まっている。

「うっそお〜」

 思わず声に出た。誠がヴィアンカに振り向く。振り向いた誠の顔は、いつもの無表情だった。

「あれ?」

 ヴィアンカは目をこすった。でも誠はやはり無表情だった。

「どうした?」

 その声も、いつものクールそのものだった。

「あぁ……あの、置いていかれるわよ?」

「……ああ、解った。」

 誠は床に置いた自分のズタ袋と細長い包みを持ち上げ、出口に向かって歩き出した。ヴィアンカも後に続く。

(確かに、微笑んでたわよねぇ?)

 前を歩く誠のあまり揺れない背中を見てると、ヴィアンカは自信が無くなって来るのを感じていた。

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