第3章 「海賊艦」
「ふぁあー、退屈。」
ヴィアンカはあくびを噛み殺した。
「……そうだな」
アルベールは壁に寄りかかったまま、ずっとパームトップ端末を触っている。
鉄格子の向こうを、MPが通りかかった。
「……」
目の周りに青アザを作ったそのMPは、二人を睨みつけ、黙って通り過ぎた。
「ねぇ、何分たった?」
「……ここに放り込まれてからなら一時間三十分、あの乱闘騒ぎからなら、二時間ってとこだな。」
アルベールは虚ろに応えた。
「そう……で、あと何分こうしてなきゃいけないわけ?」
「……知るか!」
アルベールは床に端末を叩きつけた。
「壊れるわよ。」
「軍用対衝撃スペックV仕様だ。これしきで壊れたりしねぇよ。」
「あ、そ。…で、なに落ち込んでのよ。喧嘩やってぶち込まれるなんて、しょっちゅうでしょ?」
「ほっといてくれ。」
「また自己嫌悪?ああ、そういえば『卒業したら喧嘩三昧は卒業するぜ』、とか言ってたもんね。あたしはできるわけない、って思ってたけど。」
「うるせぇっ!」
ヴィアンカはからかうような口調で、更に続けた。
「まぁ、もう士官学校生じゃないんだし、軍人になるからにはいつまでもバカやってるわけにはいかないわよね、やっぱし。」
「ヴィー、一緒に喜々として喧嘩してたおめぇが言っても、説得力ねぇよ。」
「…うるさいわね。」
アルベールの反撃が効いたのか、ヴィアンカは拗ねてそっぽを向いた。幾分気を持ち直したアルベールは、顔を上げた。
「今度こそ、喧嘩はやめよう。」
「無駄ね。」
ヴィアンカは拗ねたまま、ボソッと言った。
アルベールはヴィアンカを睨みつける。ヴィアンカは肩をすくめて返した。
廊下から足音が響いてきた。二人分。
二人の鉄格子の前で止まった。一人はMP。もう一人は海軍の艦隊勤務制服を着ていた。襟の階級章は青地に銀の横線が一本、その上に横並びに銀の星が三つ。大尉である。
「ヴィアンカ・エヴァンス候補生、アルベール・クートー候補生、ですね?」
まだ若い、二十代後半くらいの東洋系の大尉は、手にした書類と、二人を確かめるように見比べた。
二人は肯いた。
大尉は横のMPに振り向いた。
「それでは、出してもらえますか?」
「は。」
MPは拘置所のロックを手にしたコントローラーで解除した。
「出ろ。」
二人は安堵のため息と共に立ち上がった。
「はじめまして。直轄部隊群、第十三新兵器実験戦隊所属、特務巡洋艦“パイ・リーツァオ”、副長の石岡です。」
ヴィアンカ、アルベールの二人を拘置所から出してくれた大尉はそう名乗った。
「“パイ・リーツァオ”?」
ヴィアンカとアルベールは首を傾げた。
「私たち、乗艦の名は“パイレーツ”と聞いたんですけど…」
ヴィアンカの疑問に、石岡副長は腹を抱えた笑いで答えた。
「はははははははっ!」
「…あのー…」
笑い続ける石岡副長に、ヴィアンカは遠慮がちに声を掛けた。
「あー、失礼。くくくく…」
それでも、まだ笑っている。結局、石岡副長の笑いが収まるまで、たっぷり30秒はかかった。
「俗称…ですか?」
「そう。正式名は“白立曹”というんですが、響きが似ているせいか、いつの間にか、“パイレーツ”と呼ばれるようになって、国連軍の管制システムにすら、俗称が登録されているんです。まさか、空軍さんの方にも俗称で連絡が行っているとは思いませんでした。」
石岡副長は、咳払いを一つした。
「まぁ、与太話はその辺で。入港と同時にジュノーの警務隊から連絡がありましてね。派手な喧嘩やらかした空軍と海軍の尉官候補生が本艦の乗船票を持っているというので、これは連絡のあった候補生の内の三人だろうと。」
「はぁ。」
ヴィアンカは適当に相づちを打った。どんな顔をしていいものか解らない。
「まぁ、補給の手当てやら入港と出港の手続きやらのついでに引き取ってこいと艦長に言われましてね。合計で百人近くを叩きのめしたって言うから、どんな荒くれかと思えば。かわいらしいお嬢さんにきゃしゃな美少年とはねぇ。ははは。」
石岡副長は二人の顔を見て、渇いた笑い声を上げた。
ヴィアンカは顔を赤くしてうつむいた。アルベールは気まずそうに顔をそらした。
「あの、大尉。スガイ候補生は……」
ヴィアンカは遠慮がちに訊いた。
「これから引き取りに行くんですよ。なんでも地下の重独房に入れられているとかでね。」
「重独房か。納得だな。」
アルベールは深く頷いた。
重独房は文字通り一人用の拘置所で、武装した看守が一人以上、二十四時間体制で監視に付いている。つまり危ない奴用の牢屋である。
「やっぱあいつ、大物だわ。」
ヴィアンカは感心した響きの声を上げた。
「けッ。ただの見境ねぇバカじゃねぇか。」
対して、アルベールはこき下ろした。
「…それもそうね。」
二人の間に渇いた笑いが響く。
「ああ、そこを曲がった所ですよ。」
角を曲がって突き当たりに、監視兵が二人付いた独房があった。
「あ、いたいた。」
誠は独房の、板一枚の上に毛布を敷いただけの粗末なベッドの上で、膝を抱えていた。
石岡副長は監視の兵に敬礼し、書類を手渡した。
「御苦労様です。“パイレーツ”の副長です。マコト・スガイ候補生を引き取りに来ました。」
「伺っています。少々お待ちを。」
監視兵は重独房のロックを解除した。
「出ろ。御出迎えだ。」
誠は、明かりのついていない暗い独房の奥から、血の色の瞳を向けた。本人は何気なく視線を向けただけなのだろうが、見る者にとってはひどく禍々しいものと写った。
ヴィアンカは、石岡副長が生つばを飲み込む音を聞いた。
「何だ、ありゃ?」
アルベールは一目でその奇異なシルエットに気付いた。ジュノーの港の窓から、その船は見えた。
「めずらしー。双胴の船体だわ。」
ヴィアンカも感嘆の声を上げる。
「あれがそうなんですか?」
石岡副長は肯いた。
「そう。我が特務巡洋艦、“パイレーツ”です。」
「なんか、すげぇ船だな。巡洋艦だってぇ?横幅だけなら正規空母並みはあるぜ。総トン数でも戦艦並じゃねぇのか?」
アルベールは眉を寄せた。どう見ても<巡洋艦>でくくられるカテゴリーには見えない。
「あれ?あれって、コロラド級の巡洋艦?」
ヴィアンカは原型も判別しづらいその艦の中に、懐かしいシルエットの面影を見つけた。
「ほう、よく解りましたね。そう。旧型のコロラド級の艦体を双胴にして、その間にデッキ・スペースを設けてあるんです。航宙機の運用も可能です。言わば航空巡洋艦ですね。まぁ、こんな船は国連宇宙軍広しと言えども、本艦だけです。」
「で、しょうね。」
空軍士官学校出のヴィアンカには、海軍の艦船の事はよく分からなかったが、これから乗ろうという艦が、とても珍しい船だというのはよく分かった。
「ふくちょーさぁん!」
展望スペースの奥の自動販売機コーナーから、黄色い声が飛んできた。空軍航空隊の整備服の上にフライト・ジャケットを羽織った小柄な少女が手を振っている。その横には大柄な男が立っていた。
「ちょっと遅刻だったかな。」
石岡副長は手を振り返した。
「誰なんですか?」
ヴィアンカは指さして訊いた。
「君達と同じ、ウチのフネのお客様です。ここで待ち合わせをね。」
「へぇー……」
小柄な少女と大柄な男はゆっくりとヴィアンカ達の方へ歩み寄ってきた。
少女の方はあどけなさの残る十四、五歳くらいのローティーンで、燃えるような赤毛のショートカット。大粒の瞳は青みがかったグレイで、鼻のあたりにはそばかすがある。にこにこした笑顔が眩しく、かわいらしい。対して服装の方はかわいらしさのカケラも無い整備用のツナギで、少女の服装としては、ミスマッチも甚だしかった。
隣の大男は北欧系の面長の顔立ちで、やや細目の瞳はグレイ、通った鼻筋、薄い唇。短く刈り上げた髪はブロンドである。顔に張りつけた笑顔がやや軽そうな印象を与えるが、どう控えめに見てもまずいい男で通る。服装は海兵隊の野戦服だった。
「副長さん、遅刻ですよぉ。」
赤毛の少女は口をとがらせていた。
「や、済まないね。」
「御苦労さんです、石岡副長。で、そちらの方々で?」
刈り上げの大男は猫背で、その特徴的なイントネーションは火星の商人訛だった。
「そう。君達と同じ、我が艦のお客様です。」
「そうなんですか。はじめまして。ボク、クリスティーン・クローチェ。空軍の二等整備軍曹です。」
赤毛の少女は元気一杯に名乗った。
「わてはハンス・イェルペルセン。警務隊准尉やけど、現在は海兵隊士官学校の航空科研修生ですわ。皆さん、特にスガイ候補生、お久しぶりでんなぁ。」
刈り上げの大男は、イントネーションそのままの火星商人を思わせる、人なつっこい笑顔だった。
「あら、知り合い?」
ヴィアンカは誠の顔を見てみた。
誠はハンスに目を向けた。
「……誰だ?」
誠は冗談抜きで−元々冗談を言わないキャラクターだが−初対面の眼差しでハンスを見ていた。
「おや、お忘れで?連れないなぁ。」
ハンスは笑顔のまま残念そうな表情をした。
「……イェルペルセン?……思い出したぜ!ジュニア戦競のスガイの準々決勝の対戦相手!」
アルベールはポンッと手を打った。
「ああ、あたしも思い出した。」
ヴィアンカがパチン、と左手の指を鳴らす。
「『スナイパー・ハンス』!海兵隊の代表。第一試合で大会の最短試合の記録保持者になった人だわ。」
「そうだぜ!あの信じられねぇ距離から銃撃を当てた……」
ヴィアンカとアルベールはハンスの笑顔を指さしながら、確認するように詰め寄った。
「ははは。やっと思い出してくれはりましたか。まぁ、スガイ候補生には、あっさりとかわされてもうたけどねぇ。」
アルベールは視線を誠に向け直した。
「フン。そいつは俺の『パペット・アタック』もヴィーのSRHAAM飽和攻撃もかわしやがった。ここにいる誰にも命中弾はもらってねぇ。」
「そんでもって、近接銃撃で仕留められてんのよねぇ。」
ヴィアンカは、ため息混じりに言った。
「てめぇは勝ったろうが。」
すかさずアルベールがツッコミを入れた。
「あんなの、勝ちじゃないわよ。」
ヴィアンカは吐き捨てるように言って、そっぽを向いた。
気まずい空気が漂った。
当の誠は無関心に窓の外を眺めている。
「あの、皆さん、お知り合い、なのですか?」
クリスティーンがおずおずと訪ねる。
「知り合い?」
アルベールが眉をひそめた。
「言われてみりゃあ、妙な取り合わせだぜ。全員戦競でスガイとやり合ったメンツだ。」
クリスティーンはパイロット一同の顔を見渡した。
「そうなんですか。戦いで知り合ったんだ。数奇な出会いですね。」
なんだかよく分からない納得の仕方で、一人うんうんと肯いていた。
「自己紹介は終わりましたか?さ、行きましょう。補給が終わればすぐに出港です。」
石岡副長は歩き出した。
「あの、それで船は何処へ向かうんでしょうか。」
アルベールは石岡副長に並んで訪ねた。
「そのことについては、艦長から説明があります。急ぎましょう。」
言いながら、石岡副長は<パイレーツ>への接続連絡橋に足を踏み入れた。
<パイレーツ>、ハンガー・デッキ。
「よぉ、副長。その坊や達かい?大暴れやってMPまでぶっ飛ばしたってぇのは。」
「そうです。大物ですよ。」
「見えねぇなぁ。」
「でしょう?ははは。まぁ、宜しく面倒見てやってください。」
「あいよぉ。」
右舷船体、メイン通路、食堂前。
「いよぉーっ!ボーイズ&ガールズ。派手にやらかしたってなぁ。」
「百人も叩きのめしったって?若ぇのに中々やるじゃねぇか。」
「ひょーっ!そこのブロンドの姉ちゃん、イカしてるねぇ!」
ヴィアンカは苦笑いしつつ、手を振った。
「いやぁ、赤毛のじょーちゃんも可愛いじゃねぇか。」
クリスティーンは愛想笑いに投げキッスをつけた。
「へへへ。目の保養が増えてうれしぃねぇ。」
右舷船体、メインドライブシャフト内、一号リフト。
「ガラ悪ぅー。」
ヴィアンカは顔をしかめた。
「おいおい、海軍ってのはジェントルマンの集まりだとか言ってなかったかぁ?」
アルベールは海軍士官学校の誠に向かって文句を言った。
「それ、広報部の徴兵コピーですよ。」
誠は相手にしなかったが、海軍から出向の石岡副長が弁護した。
「いやぁ、実にリベラルな雰囲気でんなぁ。」
ハンスは笑顔を崩さなかった。
「楽しそうな船ですね。クルーの方々も楽しそうな人達ばかり。ボクは気に入ったよ。」
クリスティーンはお世辞抜きで、ニコニコしながら手を合わせた。
「ははは。私もこの艦に赴任して三ヵ月くらいですが、始めはあまり馴染めませんでしたよ。まぁ、今でも馴染み切っているとは言い難いのですが。……ああ、着きましたよ。」
右舷船体中央、第一発令所。
「イェーッ!ヤングファイターズの御登場だぜ!」
「ヒョウ。イカした坊や達に嬢ちゃん達だぜ!」
「てめぇら百人叩きのめしたってぇ?」
「すげぇぜ!」
「この船じゃあ、お手柔らかに頼むぜぇ?」
「全くだぁ。ハッハッハッ!」
ヴィアンカ達はリフトから降りるなり、気押されてしまった。
「てめぇら!ちったぁ、静かにしねぇか!」
凄い大声の一喝だった。発令所はたちまち静まり返った。
「全く、どいつもこいつも。しょうがねぇ野郎共だ。」
正面中央の指揮卓に腰かけた人物だった。
荒削りの岩のような風貌。宇宙焼けしてやや浅黒いが、ラテン系らしい。短く刈り込んだブラウンの髪に同じ色の瞳、太い眉。口の上には髭をたくわえていた。頑固な船乗りの典型のような印象を与える。細く鋭い目つきは、マフィアのボスさえ連想させた。
「諸君、ようこそ“パイレーツ”へ。艦長のコクランだ。」
ヴィアンカはコクラン艦長の襟の階級章を見た。青地に金の二本線、その間に金の星が三つ横並び。大佐である。
艦長の指揮卓の後ろの壁には、戦隊旗が飾ってあった。
(うわ、まんまだ。)
ヴィアンカは吹き出しかけた。戦隊旗は黒地に白の髑髏とクロスボーン。いわゆる<海賊旗>だった。
発令所を見渡して他のクルーを見てみる。裸や破れた原色のTシャツの上から、適当に袖や丈をカットした艦内作業着を着たり、陸戦服を着崩したり、上半身タンクトップ一枚だったり。まるで不良兵士の見本市である。来る途中で見かけたクルーも似たようなものだった。
それでも各人の服装の階章によると、この発令所にいるのは全員尉官で、各部所の分隊長クラスであった。
(叩き上げの集団か……)
階級章は幹部候補生上がりの青地に銀線、銀星と異なり、青地に線無しの銀星。星が線に乗らずに浮いているように見えることから<浮き星(フロートスター)>と呼ばれる、下士官上がりの、いわゆる<特務士官>を示すものが大半だった。
全員、一癖も二癖もありそうな面構えだった。線星(ラインスター)なのは石岡副長ぐらいだ。
ちなみにヴィアンカら士官学校上がりの尉官候補生は青地に銀線、星無しの階級章で、俗称は<L・O(ライン・オンリー)>だ。特務士官の手前に、緑地の<准尉>というのがあるが、尉官候補生はこれとは別になる。
「副長、御苦労だった。報告を頼む。」
「は。報告します。推進剤の補給と物資の搬入はあと二時間で終了します。出港はその一時間後、ヒトハチマルマルと言うことで港湾局と話をつけました。その際緊急用医療アルコールを二本ほど都合しました。領収書は主計に回しておきますので、よろしくお願いします。タグ・ボートは三隻手配しました。ヒトナナヨンゴーには接続します。……それから、警務隊から連絡のあった件ですが……」
石岡副長はちらりとヴィアンカ達の方を見た。
「司令部から連絡のあった本艦の臨時乗船員の内、三名の身柄を引き取ってきました。取り調べ報告書も受け取っています。処置はこちらでしてくれとの事です。合わせて臨時乗船員、計五名をお連れしました。以上です。」
「フム。この場に各分隊長は揃っているか?」
コクラン艦長の問いに、石岡副長は発令所を見渡した。
「欠員、ありません。」
コクラン艦長は肯いた。
「では、紹介がてら、坊や達の戦果を聞こうか。」
石岡副長は手元のファイルを開いた。
「は。では向かって右から。ヴィアンカ・エヴァンス候補生。撃沈八、大破一、中破二。損害軽微。」
「ハハハ。やるなぁ、嬢ちゃん。」
「結構な戦果じゃねぇか。」
「俺には負けるがなぁ。」
特務士官達から声が上がる。この場合、中破は軽傷、大破は医務室送り、撃沈は要入院。兵士のスラングである。
「次、アルベール・クートー候補生。撃沈十一、大破三、中破一。損害軽微。次……」
石岡は一息置いた。咳払いをする。
「マコト・スガイ候補生。撃沈七十三、大破四。損害皆無……」
おお〜っ……
発令所にどよめきが起った。石岡副長はどよめきが収まるまで、しばらく待った。
「それにハンス・イェルペルセン准尉。隣がクリスティーン・クローチェ二等軍曹。戦果は無しです。以上。」
「はっはっはっ!各員、大層な戦果だ。イェルペルセン准尉とクローチェ二曹は次回の健闘を楽しみにしよう。……特にどうこうは言わんが、店の修理費は諸君の俸給から天引きになる。以上だ。」
ヴィアンカはクラクラするような感覚になると共に呆れるという、何ともいいようのない精神状態にあった。給料が引かれるが、重独房くらいは覚悟していたのに、お咎めは無し。むしろ喧嘩を勧められた気さえする。
隣に目をやると、アルベールは天を仰いでいた。誠は相変わらずだ。ハンスとクリスティーンは声を殺して笑っている。
「さて、野郎共。坊や達の紹介も終わったところで、ミーティングをやるぞ。いいな。」
「へぇい。」
各員は異口同音に応えた。
「正式任官はまだだが、坊や達も士官だ。ここに居ろ。クローチェ二曹も同席を認める。始めるぞ。」
輪になった全員の中央の床が、スクリーンに切り替わり、ジュノー周辺宙域のマップが映し出された。
「目的地はここだ。」
マップ上に赤いマーキングが点滅し、ジュノーからの航路が示された。
「小惑星SS156?ちいせえ観測基地以外、何にもねぇとこですぜ、親分。」
応えた髭面の男は航海長らしかった。
「そういうことになっとる。航宙図ではな。」
コクラン艦長は意味ありげに笑った。
「何があるんで?」
髭面の航海長は、楽しそうに聞き返した。
「くっくっくっ。この艦の所属は新兵器実験戦隊。お客さんは優秀なパイロットの卵達。解りそうなモンだろうが。ええ?」
「では!」
その声は石岡副長のものだったが、発令所の全員が色めきたっていた。視線がコクラン艦長に集まっていた。
「そう言うことだ。SS156には科学アカデミーの研究所がある。ようやくあのクソ忌々しいガラクタ人形野郎に、一泡吹かせられるらしい。」
歓声が沸き起こった。
「やはりな。そうじゃねぇかたぁ思ってたけどよ。」
アルベールは興奮した声を上げた。
「何?つまりは対ゼロ用の新型機に乗れるの?あたし達が?」
ヴィアンカは『信じられない』といった顔を見せた。
「そう言うことらしいでんなぁ。いやはや、オモロいことになってきた。」
ハンスは相変わらずの笑顔を見せていた。
「新型が整備できるなんて、ボク…幸せ。」
クリスティーンは恍惚とした顔をした。
「静まれっ!」
コクラン艦長が再び一喝した。
発令所が静まるのを見はからって、艦長は続けた。
「事は早々めでたしめでたし、とはいかん。何せ坊や達は少々目立ち過ぎた。あの馬鹿騒ぎはジュノー中に広まっているからな。」
士官達、ヴィアンカ達も顔を引き締めた。
「敵に、気付かれたということですか?」
代表して石岡副長が訪ねた。
「ジュニア戦競で過去希に見る素晴らしい戦いを展開した若き天才達と、国連宇宙軍一のろくでなし所帯だが、新兵器実験戦隊所属の特務艦の取り合わせだ。気付かなかったら、敵の情報部は怠け者揃いだな。」
コクラン艦長は、ため息をついた。
「うちの上層部は、さしづめ間抜け揃いですか。」
そう言ったのは、観測分隊長だった。
「その通りだ。」
コクラン艦長は苦い笑顔で即答した。
誰も笑わなかった。笑えなかった。
「と言うわけで、出港したら背中に注意だ。幸い、出港時刻を大幅に切り上げたお陰で、入港指定時刻まで間がある。欺瞞航路を取りつつ、SS156に向かう。航宙日程がそれに伴い、若干増える。各分隊、そのつもりで準備を進めろ。航宙分隊は出港までに航路プランを作成しろ。それから言うまでもないが、行き先は艦の外には絶対に漏らすな。以上だ。解散!」
ばらばらと分隊長達が散っていった。ヴィアンカ達は行く宛ても無く発令所に佇んでいた。
「諸君は俺について来い。副長、発令所を頼む。」
艦長はそう言うとシートから立ち上がり、リフトへ向かった。ヴィアンカ達は慌てて艦長の後を追ってリフトに乗り込んだ。
「さて、諸君は詳しいことは何も知らないまま、この艦に乗れと言われたろう。違うか?」
お世辞にも広いとは言いかねる艦長室で、コクラン艦長は切り出した。
「我々は、配属先はこちらで聞け、と言われました。」
ヴィアンカと視線を交わしあった後、アルベールが応えた。
「わてもおんなじですわ。」
ハンスは肯いた。
「自分もです。」
誠も同様に答える。
コクラン艦長は肯くと、机の引き出しから封筒を取り出した。中身を机の上に広げる。
「俺が諸君にと、戦隊司令から預かった辞令書だ。」
ヴィアンカ達は自分の名前の書かれた物をそれぞれ手に取った。
「……第666実験戦闘飛行隊に配属を命ず……」
「聞いたことねぇなぁ。」
「変わった隊名やなぁ。」
「聞き覚えが無いのも無理はない。諸君らの配属を持って新設される部隊だ。部隊長は……クローチェ二曹。君は知っとるな。確か彼の直々の指名だろ、君は。」
全員の視線がクリスティーンに集中した。
「あ、はい。サミュエル・ダグラス少佐ですぅ。」
「えええっ!”キング”ダグラスなの?」
クリスティーンの答えを聞いて、ヴィアンカは飛び上がって驚いた。
「『サム・ザ・サヴァイバー』?マジかよ!」
アルベールは目を剥いた。
「驚いたわ。」
ハンスは笑顔は崩さなかったが、少し引きつっていた。
「……誰だ、それ。」
全員がこけかけた。アルベールは即座に誠に駆け寄った。
「スガイ、てめぇ、それでもマジで海軍士官学校卒業生かぁ、あぁ?何で海軍航空隊の英雄を知らねぇんだ!」
アルベールは誠の胸ぐらを掴んで締め上げた。
「知らん。何者だ?」
誠の顔に、冗談のかけらもなかった。
「……クローチェ二曹、頼む……」
アルベールは誠から手を離した。何かを諦めたようにうつむく。
「海軍航空隊のパイロットですよ。421TFSの隊長さんで、メタル・ハーバー会戦から第三次ジュノー・ライン攻防戦まで参加して個人スコア5、チームスコア8。連合全軍のトップ・エース。」
クリスティーンがにこにこしながら解説した。
「確か、ダグラス少佐は戦闘で負傷して後方送りになったんじゃねぇのか?」
「そうそう。無事帰還出来たのが奇跡的な重傷だったって聞いたけど……」
アルベールとヴィアンカはそれぞれ疑問を口にした。
「そうだが、本人がじっとしとれんタチでな。後遺症が残っとるから実戦には支障があるが、新型機のテストぐらいなら出来ると言い張って退院してな。諸君の到着を首を長くして待っとる。」
コクラン艦長が答えた。
「……そりゃまた。えらい贅沢なテストパイロットでんな。」
ハンスは火星の商人よろしく、算盤を弾くフリをした。
「諸君の仕事は”ゼロ・ハンター”のベビー・シッターになる。SS156に着くまでは手持ち無沙汰だろうが、しばらくの辛抱だ。我慢したまえ。これは諸君の部屋割だ。」
コクラン艦長はレポート用紙をアルベールに手渡した。
「……士官用の二人部屋が三部屋ですか。俺とイェルペルセン准尉、ヴィーとクローチェ二曹。と、スガイ候補生」
アルベールは内容を読み上げた。
「妥当な部屋割でんな。それにしても士官用二人部屋。いいんでっか?そんな贅沢をさせてもうて。」
ハンスは破格の待遇に笑顔を輝かせた。
「お客さんは余計な心配せずに、ドンと構えていればいい。……ま、実の所は、この船は双胴になっとるから部屋が余っとってな。遠慮無く使い給え。」
コクラン艦長は、ひらひらと手を振った。
「御配慮、感謝いたします。」
年長のハンスが代表で敬礼した。
「うむ。私は出港の準備があるから発令所に戻る。諸君も部屋へ行き給え。ああ、それから、パイロットの諸君には部屋に開発テスト用の機材がある。航海中に付属の指示書に従ってくれとのことだ。」
「開発用の機材?…一体、何ですか?」
ヴィアンカは不安な表情を浮かべた。
「詳しいことは私も知らん。パイロットデータを取るためのものとしか聞いとらん。それも含めて、他に解らん事は副長にでも訊くように。以上、解散!」
ヴィアンカ達はコクラン艦長に敬礼し、それぞれの荷物を持つと艦長室を後にした。
「えーっと、士官居住区……こっちであってんだよな」
アルベールは目の前の分岐道と手元の地図を見比べた。
「え?こっちとちゃうかな?」
ハンスは右の分岐道に首を突っ込んだ。
「そっちは倉庫だろう。」
「あ、ホンマや。」
壁の表記を確かめたハンスは、地図を持つアルベールの隣まで戻った。
「ねぇ、クローチェ二曹。」
ヴィアンカはクリスティーンの横に並んで話しかけた。
「はい?何ですか、エヴァンス候補生。」
クリスティーンは、その屈託のない笑顔をヴィアンカに向けた。
「あはは。その、『エヴァンス候補生』っての、やめてくれる?ヴィーでいいわ。あ、他の皆さんも。」
ヴィアンカはパタパタと手を振りながら言った。
「なら、ボクもクリス、って呼んでください。」
「クリス、ね。わかった。」
「俺はアルでいい。」
ついでにアルベールも口を挟んだ。
「わても、ハンスでええで。」
ハンスも便乗した。
「……てめぇは何てよびゃいいんだ?スガイ候補生」
乗ってこなかったもう一人に、アルベールは水を向けた。
「誠でいい。」
誠は、面倒くさそうに、それだけを言った。
「マクォトゥ?……言いずれぇな」
アルベールは、嫌みったらしく、ことさら変な発音で返した。
「……マックでいい。」
誠は無表情にそう言ったが、なんだか本当は嫌そうだった。
「マックね。……マック・スガイか。」
アルベールは確認するように言った。
「アハハハッ!」
突然ヴィーが吹き出した。
「何だよ、ヴィー?」
「ハハハ。だって、マック・スガイ、MAX・GUY、”最速の男”、名前通りじゃない?」
おかしくてたまらない、というように、ヴィアンカは笑い続けた。
「……ちげぇねぇや。ハハハハ。」
つられてアルベールも笑い出す。それにハンスが続いた。誠と、ジュニア戦競の経過を良く知らないクリスを除いて、三人はしばらくの間、笑い続けた。
「……所でヴィーさん、私に何を訊きたかったんですか?」
頃合をはかって、クリスはヴィアンカに訊いた。
「ああ、大したことじゃないのよ。空軍整備兵曹のあなたが、何で海軍航空隊のダグラス少佐と知り合いなのかと思って。それだけ。」
ヴィアンカは笑いを納め、笑いすぎて引きつりかけた腹を押さえながら訊いた。
「ああ、言ってませんでした?ジュノーで一緒だったんですよ。少佐の機体も整備しました。」
「へっ?」
ヴィアンカは目を丸くした。
「ジュノーに追いやられてからは、整備に空軍も海軍も海兵隊も無かったからですから。あはは。ボク、全軍の全機種を整備できちゃいますよぉ。」
それはそれで凄いが、ヴィアンカはもう少し手前のところで引っかかっていた。
「あ、あなた、前線帰りなの?」
話の流れからすれば訊くまでもなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「ハイ。メタル・ハーバーからずっと転戦です。」
「え〜〜〜〜〜っ!!」
誠とクリスを除く三人が、驚きの声を上げた。
「ガキっぽいから訓練学校中途だと思ったぜ」
アルベールはクリスの顔をまじまじと覗き込んだ。
「それにしちゃ階級が高いとは思ったけど……」
ヴィアンカもしげしげとクリスの顔を眺めた。
「あの、失礼やけど、おいくつですか?」
ハンスはストレートに訊いた。
「……17」
クリスは、渋々答えた。
「へぇ、14、5くれぇかと思った。」
アルベールは正直すぎた。クリスは顔を伏せた。童顔なのを気にしているらしい。
「アルっ!」
ヴィアンカはアルベールの脇を肘でついた。
「いやぁ、見えまへんなぁ。お若いねぇ。」
ハンスが追い打ちをかけた。
「准尉、それ、フォローになってねぇよ。」
アルベールのツッコミに、ハンスは天を仰いだ。
「……」
クリスは俯いて黙ってしまった。
「……そう言えば、聞いたことがある。ジュノーにとんでもない整備士が居るってな。」
アルベールは思い出すように言った。
「とんでもない?」
ヴィアンカは首を傾げた。
「ああ。何でも第3次ジュノー攻防戦の時、Cクラス破損の一個飛行隊分、十機のコスモ・ホークを、ほとんど一人で、たった24時間でロール・アウトしたとかってな。」
「確かにすごいわね。並みの軽く5倍よ。」
ヴィアンカはわざとらしく感心して見せた。そこまで行くと、もはや人間業ではない。噂にしても酷い。
「ああ。それがまた、年端も行かない少女だというのは、幾ら何でも悪質なデマだと思ってたんだが……」
そこでハンスがぽん、と手を合わせた。
「それ、わても聞いた事ありますわ。天才少女整備士の噂でんな。戦闘のどさくさの戦場伝説の類やとおもとった。」
「それが、この子?」
ヴィアンカは、クリスを指さした。
クリスはうつむいたまま、話し始めた。
「……その話は正確じゃないです。あの時は確かにボクが指揮を取りました。上官や先輩達、みんな怪我しちゃって……エンジンやジェネレーター何かは確かに全部ボクが見ましたけど、5人のチームでやったんです。……それと、十機じゃなくて二十機です。」
俯いたまま照れくさそうにもじもじと話すクリスティーンに、他の四人は声も無かった。