第1章 「2178年7月末・地球静止軌道」
「ヤバい。どこ行った?」
ヴィアンカ・エヴァンスは焦っていた。また敵機を見失った。三度目だ。
『あせんなヴィ−。とにかく動け。いい的だぞ。背中、太陽あたりからチェックしろ。』
「わーってるわよ!」
無線機から流れる声に応えながら、ヴィアンカは機体を右へターンさせた。機体を横転させ、全天をスカイブブルーの瞳でくまなくチェックする。敵が近くならレーダーより目視の方があてになる。
静止軌道高度、星空の中にひと際鮮やかな青い地球を背景に、白いプラズマの輝きが瞬いた。
「居た。来る!」
ヴィアンカは右手の操縦桿を捻り倒し、左足のフットバーを蹴飛ばし、スロットルレバーを押し込んだ。
機体が横転しながら急に向きを変え、気が遠くなりそうなGが全身を襲う。
目の端でダメージコントロールモニターを見る。損害はない。銃撃はかわせたようだ。
『へたくそな相手に感謝しろ。三度目のラッキーだ。気ィ抜くな、ケツに張り付いたぞ!』
「後ろ?」
後方警戒センサーが警告音で喚いていた。
「いつの間に!」
後方モニターを睨みながらフェイントを混ぜた連続高G運動を続ける。
「振り切れない!」
それどころか間合いを詰められている。
(アレしかない)
ヴィアンカはスロットルレバーを握り締めた。
「チャンスは、一度しかないわね。」
『ヴィ−、アレやる気か?』
「文句あんの?」
『いや、それっきゃねぇな。タイミング外すな、度胸でいけ!』
「当然!」
ヴィアンカは徐々にフェイントの幅を狭めた。こちらが疲れたと見たのか、敵機が距離を詰めてきた。
「さぁ、来なさいよ。もうちょい!」
後方モニターの中の敵機が上へスライドした。射撃位置に着ける動きだ。
「今!」
ヴィアンカはスロットルレバーをフルパワーにしたまま、リバースポジションに叩き込んだ。スラスターが全開で逆噴射する。
「くぅ……」
食いしばった歯の間から空気が漏れた。凄まじいマイナスGが体を前に押しだす。ハーネスベルトが肩、胸、腹、腰に食い込み、目玉が飛び出しそうな気がした。
「奴は……」
一時的な強充血で赤く染まった視界の上方から前方へ、プラズマの噴射光が流れた。敵機が急減速したヴィアンカの機体を追い越したのだ。
「よぉし!」
ヴィアンカはスロットルレバーをノーマルポジションに戻した。今度は体がシートにたたきつけられる。
「捕まえたぁっ!」
射撃レーダーが敵機をロックした。
『ヴィ−、全弾ぶっぱなせ。出し惜しみは無しだっ!』
言われるまでもない。
ヴィアンカは操縦桿のトリムボタンを素早く操作した。
兵装セレクト、SRHAAM。四発の残弾を全て発射にセット。安全装置を解除する。
「この勝負、もらったわ。行けぇ!」
トリガーを気合いを込めて引く。
徹底的なチャンスが訪れるまで温存していた虎の子の高機動ミサイル四発は、放たれた猟犬さながらに敵機を追った。
接近戦用に高機動力を重視したこのミサイルから、近接距離で逃れることは難しい。それを四発同時。これでヴィアンカの勝ちは決まったも同然だった。が、敵機はただ者ではかった。
「回避機動?冗談でしょ。」
敵機は機体を振り回し始めた。それもヴィアンカの常識を超える高G運動で。
ミサイルを近接信管が作動するぎりぎりまで引き付け、機体を鋭角にターンさせる。ミサイルがターンして追いかけてくる前にさらに鋭角にターンし、ミサイルのシーカーの探知範囲外に機体を押し込む。一連の動作は一秒もかけてはいない。
四発のうち二発のミサイルが敵機をロストし、あさっての方向に飛び去った。
「…ちょっと。」
ヴィアンカも十Gくらいまでなら何とか連続機動できる自信があった。が、目の前の敵はどう少なく見積もっても十二、三Gくらいは出している。レーダー計測では瞬間で最高十五Gを記録していた。
敵機は残る二発のミサイルに対し、さらにダブルの鋭角ターンを仕掛けた。
「…マジ?」
そして、敵機はとうとうヴィアンカの必殺攻撃をかわし切った。
「ウソでしょ?」
ヴィアンカはしばらく呆然としていたが、敵機接近の警告音を聞いて、我に帰った。
『ヴィ−、ヴィアンカ!しっかりしろ!真正面から来る!』
「見えてるわよ。えーい、もうヤケよっ!」
開き直って、ヴィアンカは機首を敵機に向けた。トリムボタンを操作してビーム機銃のセーフティロックを解除する。
『バカ、落ち着け。奴は近接格闘戦のスペシャリストだ。ヘッドオンでガンファイトやって勝てる相手か!距離を取れ、距離を!仕切り直すんだ』
「仕切り直してどーすんのよ。ミサイルはもう無いのよ?」
『ケツに付かせて、もう一度オーバーシュートトラップだ。その方が勝機はある。』
「バカ言わないで!同じ手は効かないわよ。あんな出鱈目な奴に勝てるとしたら、もう擦れ違いざまのまぐれ当たりしかないわ。一か八かよっ!」
『あぁ、時間食っちまった、もう逃げられねぇぞ、このバカ女。行けっ!ぶつけるつもりで突っ込め!』
「バカ女ぁ?…アル、後で覚えてなさいよ。」
『ああ、てめぇが勝ったら、パンチでも蹴りでも好きにしな!』
「言ったわね!」
『男に二言はねぇ!』
「タコ殴りにしてやるわ。」
『オゥウィ。勝てばな。』
「勝つわよっ!」
ヴィアンカはスロットルを絞りながら、機体の軸線を敵機の方位に合わせた。機体の安定に神経を集中させる。
(奴が撃つ前に、有効射程外から撃つ。機体さえ安定すれば二、三発は当たるはず。致命傷は無理でも、後の主導権が取れる。でも、外れたら……)
ヴィアンカは不吉な考えを追い出すように、軽く頭を振った。
操縦桿を細かく刻むように操作して射撃軸線上に敵機を載せ、勢いよく減り続ける敵機までの残距離表示をちらちらと横目で睨み、タイミングを計る。
(まだよ、まだ……)
残距離表示が目安にした距離に近づいてゆく。ヴィアンカはトリガーにのせた指に力を込めた。
「今!」
発射。
「え?」
プラズマの瞬き。ヴィアンカは目を疑った。
「かわしたぁ?しまった!」
反射的に操縦桿を倒し、フットバーを蹴飛ばした。素早くカウンターをあて、機体に与えた捻りを止める。
「あちゃー……」
ダメージコントロールモニターを見たヴィアンカは、絶望的な気分に陥った。
「かわされて、すれ違いざまに撃たれた…」
素早く機体を捻ったためにエンジンへの被弾は免れたが、敵機の一連射は機体右後端のアポジモーター群を削り取り、四基あるメインエンジンのうち、二基の推進剤供給器を撃ち抜いていた。
「加速力、五十五パーセント、運動性、四十五パーセント低下。これまでかな?」
警告音が鳴り響いた。後方警戒レーダーが射撃レーダー波をキャッチしていた。
「ウソ、もう来たの?」
回避機動を試みるが、情けないほど動かない。後方モニターの中で、敵機のシルエットが大きくなってゆく。
ヴィアンカは目をつぶった。
唐突に警告音が消えた。妙な静けさがコクピットを覆う。
「……あれ?」
何事も無く数秒が過ぎた。
ヴィアンカは恐る恐る目を開けて、ダメージコントロールモニターをチェックした。
「まだやられてない……奴は?」
顔を上げて戦術モニターを見ようとした時だった。
「うわっ!」
頭のすぐ上を敵機が追い越していった。
「ヤローッ!」
機銃を撃とうとして、ヴィアンカは敵機の様子がおかしいのに気付いた。
「エンジンが止まってる?」
敵機は慣性で流れていた。六機あるエンジンのいずれもが、プラズマを噴いていない。
「推進剤切れ?……違う!」
目を凝らすと、エンジンまわりで細かい火花が散っているのが見えた。
「トラブルだ!」
小さな爆発が起って、敵機から何か飛び出した。それが何かは、察しがついた。
「脱出した。ってことは……ヤバッ!」
ヴィアンカは慌てて機体を転進させた。が、動きが鈍い。
「こら、しっかり動け!」
ふらふらと流れていた敵機が、唐突に閃光に包まれた。
「うわっ!」
数瞬後、機体が衝撃波に叩かれた。
ヴィアンカはダメージコントロールモニターに目をやった。
「よかった、破片は食らってない。」
敵機の居た空間に目をやると、閃光が収まった後にはガスと破片が漂っていた。
『ヴィ−、どうした、何があった?いきなり赤外線がフラッシュして、奴がモニターから消えたぞ?』
「事故よ。あいつの機体が吹っ飛んだの」
『何ィ?おまえ、大丈夫か?』
「こっちは何ともない。」
『奴は?』
「脱出を確認したわ。これから救助する。アル、この無線、大会本部につないで!」
『解った。ちょっと待て。……いいぞ。』
「大会本部、こちらTTCF−117、ヴィアンカ・エヴァンス。緊急事態発生、繰り返す、緊急事態発生!」
『こちらジュニア戦競大会本部。TTCF−117、何があった。』
「事故です。TTNF−291が爆発しました。パイロットの脱出を確認、当機はただいまより救助行動に移ります。模擬戦闘プログラムの解除と、救援を要請します。」
『了解した。要請を受諾する。データリンクを解放し、当方の指示に従え。救助を支援する。』
「了解。」
ヴィアンカは通信機のパネルに手をのばした。必要な処置を済ますと、周辺空域のあらゆる情報が各モニターに表示され、鈍かった機体の反応が被弾前の状態に戻った。
「よし。」
『ヴィ−、奴の相対位置を割り出す。データをくれ。』
「そっちでやってよ。あんたの得意分野でしょ、アル。」
『検索までしろってのか?』
「見当はつけてるわ。あたしはすぐにもそこへ向かいたいの。わかる?検索してあんたにデータ送ってやる時間なんて、な・い・の。」
『ああ、わかった。わかったから早く行きやがれ。こっちで勝手にやる。正確な位置が解ったら、相対位置データにしてそっちに送ってやるよ。』
「よろしくねー。」
『とっとと行けっ!』
ヴィアンカは進行方向を定め、そろそろとスロットルを開けた。
(地球の位置、月があっち、始めの進行方向、機の速度差、射出座席の射出方向、奴の機の爆発と衝撃波、回避機動、流された方向と加速度……)
再度確かめるように頭の中で概算しながら、時系列と位置関係の変化をイメージし、自機の現在位置と速度、加速度から脱出した敵機のパイロットの現在位置を計算する。
レーダーをパッシヴモードにし、受信周波数を共通規格の救難ビーコンに合わせる。脱出した直後にフライトスーツのサバイバルユニットがオートで発信しているはずである。
「つかまんないなぁ……こっちでいいはずだけど。」
救難ビーコンは元々出力が大きい方ではないが、そんなに距離が離れているはずもない。
「広域スキャンにしてみるか。」
ヴィアンカは自分の概算に自信を持っていたので、レーダーの受信角度を絞り、感度を上げていた。
レーダーを操作しようとした時、唐突に無線機のコールランプが点いた。
『おい、ヴィ−。計算結果が出た。右に三十度、上に五度ほど振ってみろ。』
「三十?そんなに?」
ヴィアンカは首を傾げながら言われた通りに操縦桿を操作して機首を振った。どこで計算がそれほどずれたのか。
『お前の暗算もいいセンいってたんだがな。やっこさん、爆発のあと、かなり派手に加速してたんだ。ガス銃か、小銃の無反動システム切って撃ったかだな。見えてなかったろ。』
「ええ。でも、何で動いたのかしら。動かない方が早く発見してもらえるのに。」
『信じる、信じないは別だけどな、聞きたいか?』
「随分もったいつけるわね。何?」
『奴は爆発の破片をかわしたんだ。その加速で。』
驚きのあまり、しばらく言葉が出なかった。
「え?」
『だから、ちょうど直撃コースに飛んできた破片を、ガス銃かライフル撃った反動でかわしたんだよ。』
破片の速度にもよるが、爆発によるものなら拳銃の弾ぐらいのスピードは出ているものと考えていい。
「……ウソ」
『レーダーの記録に一部始終が残ってる。』
「……勝てないはずだわ。」
妙に清々しい気分だった。
『何言ってんだ。お前の……』
「アル、待った。見つけたわ。」
無線機の声を遮って、ヴィアンカはレーダーモニターに現れた輝点を見つめた。
「間違いない、救難ビーコン。彼だわ。」
ヴィアンカは自機を中心とした三次元モニター上に目標の位置を表示させた。
位置関係をスケールアップした俯瞰図で把握しながら、機体を操作して近づける。その方が目標を直視しながら近づくより相対距離が掴みやすい。
頃合いを見て、ヴィアンカは三次元モニターから顔を上げ、全天スクリーンモニターを見た。
「あれか……」
太陽光を反射する輝点が見えた。近づくに連れて段々と人の形になっていく。
『おい、エンジン切んの、忘れんなよ』
「解ってるわよ。」
航宙機のメインエンジンである熱核ロケットエンジンは、亜光速に近い高熱プラズマを噴射する。どんなに出力を絞っても、噴射口に近づいただけで人間なんて消えてしまう。
ヴィアンカはメインエンジンを切り、アポジモーターだけを使って慎重に目標に接近した。
「呼びかけてみるか……アル、無線をレスキューバンドに変えるわよ」
『解った。』
ヴィアンカは無線のチャンネルを救難帯に切り替えた。
「こちらTTCF−117。TTNF−291、応答されたし。」 ヴィアンカはしばらく待ってみた。しかし、ヘルメットのレシーバーにはわずかな空電ノイズが混じるのみだ。
「無線が壊れてるのかしら……」
『寝てんじゃねーのか?』
「バカ言ってんじゃないわよ。コホン。TTNF−291、応答されたし。こちらTTCF−117、救難行動のため、そちらに接近中。繰り返す、応答されたし!」
空電ノイズに変化は現れない。
『返事、ねぇな。』
「そうね。アプローチを変えてみるわ。……TTNF−291、もしこの無線が聞こえていて、応答が不可能なら手を振るか、もしくは信号銃を撃つとか、発光モールスとか、何でもいい、行動で示して。」
『どうだ?』
「ちょっと待って」
ヴィアンカはメインスクリーンの映像をズーミングした。
「あ!手を振ってるわ!」
『じゃあ、無線の送信がイカれたのか。』
「そう言うことみたいね。TTNF−291、しょうがないから一方的に通告するわよ。現在相対速毎秒マイナス20メートルで接近中、後五分ほどでランデブーよ。いいわね」
ズーム映像の中の人影は再び手を振った。
「いいわ、掴まって!」
ヴィアンカはすぐ目の前に迫った人影に向かって手をのばした。機体から十メートル程度離れての空間遊泳。命綱は開け放したコクピットのシートのグリップにフックを掛けてある。
救助対象の人物は、一緒に射出されたはずのサヴァイバルキットを詰め込んだシートからも離れて、フライトスーツに包まれた身一つで漂っていた。移動手段は完全に喪失しているらしく、ガス銃の一丁も持っていないらしい。
ヴィアンカは機体を十数メートル離れたところに相対速度を合わせて停止させ、そこからガス銃による宇宙遊泳にて慎重に接近した。
指先が触れた。やがて互いの手首をがっしりと掴んだ。
ヴィアンカは自分のヘルメットの通信ユニットから有線交信用のコードを引き出し、彼に渡した。彼はそれを自分のヘルメットの通信ユニットのジャックに差し込んだ。
「助かった。礼を言う。」
ヘルメットのバイザーは明るさに応じて自動的に色が変化する。太陽光の直射を受ける現在では濃すぎて顔は見えなかったが、つい先刻まで全力で戦っていた相手の声は、高過ぎず、低過ぎず、不思議な聞き心地よさがした。
「当然の事をしたまでよ。」
嘘ではなかった。宇宙に生きる者の掟だ。
「機体まで戻りましょう。この命綱を持って。」
二人は綱を手繰ってヴィアンカの機体のコクピットにたどり着いた。
「ちょっと狭いけど、そこに入って。」
ヴィアンカは自分はシートに座ってハーネスベルトを賭け、彼にはシートの後ろの隙間を指さした。人一人が立って足を入れるくらいのスペースがある。彼は言われた通りに体を押し込んだ。その状態では彼の体がシートの上に上半身を出してしまうので、コクピットのハッチは閉められない。
「大会本部、こちらTTCF−117。TTNF−291のパイロットを救出。これよりベースに帰還します。」
『こちら大会本部、TTCF−117、御苦労だった。気をつけて帰還してくれ給え。医療スタッフの待機を要するか?』
本部の管制官の問いに、ヴィアンカは後ろ上方に振り返った。
「必要ない。心身に異常はない。」
『了解した。無事の帰還を祈る。』
コードは繋いだままだったので、そのまま聞こえたらしい。
「さて、帰るわよ。命綱、掛けたわね?」
「ああ」
ヴィアンカはメインエンジンを点火した。出力を絞りながらスタートし、機体は加速を開始した。
「……残推進剤量チェック。ベースまでの最適軌道は、0.3Gの全行程加速でおつりがくる。時間が四十分というところね。」
返事はなかった。
「聞いてる?」
「ああ」
「無口なのね。ま、男はアルみたいなお喋りより、寡黙な方がいいと思うけどね。」
ヴィアンカは言いながらコースの設定を航法コンピューターに入力した。
「アル?」
「アルベール・クートー。あんたが準決勝でケチョンケチョンにやっつけたあたしの同期よ。」
「ああ、彼か。」
その時、無線機のコールランプが瞬いた。
「噂をすれば、よ。」
ヴィアンカは無線のスイッチを切り替えた。
「何?」
無線の向こうから、息を飲んだような気配が伝わって来た。
『…ご挨拶だな。』
無線の向こうのアルベールの声の機嫌は、いきなり傾いた。
『じゃあ、用件だけな。大会本部から帰還のフライトプラン出せって催促だ。大雑把なモンでイイからデータ寄越せ。こっちでやってやる。』
「そりゃ、ご丁寧に、どーも。四十分後に帰投予定よ。細かい所は任せたわ。」
『了解。祝勝祝いに付けといてやらぁ。とっとと帰ってこい。空軍士官学校参加チーム全員でパーティーの準備中だ。おめぇが来ねぇと始まらないんだからな!』
ヴィアンカは首を捻った。
「祝勝?パーティー?」
なんでそう言うことになるのか解らない。
「何よそれ。ノーゲームでしょ?」
『ああ?寝ぼけるなよ。お前の勝ちだ。優勝だ、バカ。』
無線はそこで切れた。
ヴィアンカは後方を振り返った。彼と視線が合う。コクピットハッチの陰になっているのでバイザーの色が落ちていて、今度は顔が見えた。
整った顔だちに白すぎる肌と、血色の赤い瞳。大理石のアポロン像の彫刻かと思える、文句無い美形だった。無表情が少々マイナスに思えるが。
ヴィアンカは二、三秒ほど思わず見とれてしまったあと、気まずそうに言い出した。
「勝ったなんて、思ってないからね。」
彼は意外そうな表情を浮かべた。
「何でだ?」
「何でって……勝負はあたしの方が完璧に負けてたじゃない。必勝を確信したミサイルは全部かわされたし、一か八かの銃撃もかわされて逆に有効弾食らった。最後に後方につかれた時、あんたの機体にトラブルが起きなきゃ、とどめ食らってあたしの負け。パーフェクトにね。」
「勝負は結果が全てだ。現実に俺の機体は壊れた。試合続行不可能。負けは負けだ。」
「そう言うことを言ってるんじゃないわ!これが戦競じゃなくて実戦なら、あたしは成す術も無く殺られてた。悔しいけれど、完璧に負け。あたしが勝ったなんて内容じゃないわ。」
「実戦でもマシントラブルはある。仮定を前提に事実を覆すのは無意味だ。」
「わかんない人ね。あたしは勝ったなんて気がまるでしないの。いえ、敗北感でいっぱいよ。」
「……解らないな。」
「あたしは実力であんたに完璧に負けているわ。運で勝ちを拾ったからって、そんなのはほんとの勝ちじゃない。……こんな事まで言わせないでよ。」
「俺の機体は壊れて、俺は宇宙を漂った。君の機体は健在で動いている。俺を拾ってな。……戦場では最後に生き残った者が勝者だ。過程は問題じゃない。」
平行線だった。
「……もう、いいわ。ただ、覚えておいて。勝ったのはあたしかも知れないけど、この大会、最強の名にふさわしいのは間違いなくあんただわ。」
ヴィアンカはそう言うと前を向いてシートに座り直しかけ、思い出したようにもう一度振り返った。
「あんた、なんて名前だったっけ?」
「宇宙海軍士官学校、航宙機科四年、菅生誠。」
「そうだったわね。マコト・スガイ。もう忘れないわ」
ヴィアンカは今度こそシートに座り直した。