第13章 「決戦」 その2

 

 

「どうだ!」

 誠はビームソードを高速で突きだした。目にもとまらぬ速さで繰り返し突き出す。技も何もない、ただの連撃。IMCSは誠の思考を読み取り正確に1号機の機体で再現する。

 黒騎士の<ゼロ・カスタム>はひねりやスウェー、時には二本のプラズマソードの剣先を使い、巧みに1号機のビームソードをかわし、または弾く。

誠は一撃離脱の繰り返しを止め、近接同行戦に持ち込んで力とスピードの勝負に持ち込んだ。

 アルベールの示した対策がこれだ。黒騎士が機体の性能差を経験と技量で埋めようというなら、相手がミスをするまで機体の性能差に頼った勝負を挑む。華麗な技の応酬ではなく、単純な力押し。

「行ける!」

 ビームソードの剣先が、黒騎士の機体を捉え始めた。斬撃の五回に一回くらいは<ゼロ・カスタム>の漆黒の装甲板を削り取っている。

 しかし、誠に余裕があるわけではない。攻撃し続けて、その全てを黒騎士にかわさせるなり、受けさせるなりさせ続け、反撃の余裕を与えてはならない。わずかな隙を与えたら、二本のプラズマソードのうちの一本が1号機の機体を捉えるだろう。一瞬の休みもない、過酷な消耗戦だった。

 

 敵軽巡との交戦中の<パイレーツ>の航空管制室。

 マリア・ブラウン博士とエリザベート・クラウゼ博士は乗艦の戦闘状況には目もくれず、ジャミングから回復した1号機からのライブ・データ・モニターを注視していた。

 機体と機体が衝突しそうな超至近距離での、文字通りの格闘戦。

 エリザベートは、気を抜くと閉じてしまいそうな両目を必死に見開いていた。目を開けてはいても、気が遠くなりそうだった。

「なぜ、この二人が戦わなければならないの?」

 隣にいるマリアは、その問いには答えてはくれなかった。そもそも聞いているのかどうか。人形のように美しいその横顔は、人形のように冷たく、何の感情も浮かべない瞳はただ冷たく、モニターを捉えていた。

 そのマリアの冷たい横顔。不意に口の端が僅かにつり上がった。

「!」

 気が付くと、マリアの右手の人差し指が、コンソールの上の一つ赤いスイッチにかかっていた。<D13>とシールの貼られた赤いスイッチだった。

「だめよ、それは!」

 エリザベートは慌ててマリアの右手を押さえにかかった。が、遅かった。マリアの指は、すでにスイッチを押したあとだった。

「…ああ」

 エリザベートがライブモニターを見ると、送られた信号が1号機に受信され、あるシステムが起動したことを知らせる返信信号が帰ってきていた。

 

「…何だ?」

 誠は違和感を感じた。

「何かが…うおっ!」

 激しい緊張状態にありながらも、冷静に戦闘を続行していた心に、不意に激情が沸き上がる。それは激しく猛り狂う、純粋な殺意だった。

『ソイツハ仇ダ。殺セ殺セ殺セ!』

 目前の黒騎士の機体に対し、目もくらむような激しい殺意が沸き上がった。

『引キ裂ケ!八ツ裂キニシロ!細切レニ刻メ刻メ刻メ!』

呪詛の言葉が脳裏に反響する。激情が煽られ、殺意が増幅する。

『押シ潰セ!轢キ潰セ!叩キ潰セ!肉片以下ニ磨リ潰セ!』

憎悪が脳裏に浸透し、意識を浸食する。

『劫火轟炎ニ放リ込メ!欠片モ残サズ、焼キ尽クセ!』

理性のヒューズが焼き切れる。

『刻メ刻メ刻メ!』

意識が殺意に占領される。

『潰セ潰セ潰セ!』

破壊衝動のスイッチが次々とオンになっていく。

『壊セ壊セ壊セ!』

殺人の禁忌を押さえ込んでいた安全装置が、音を立てて吹き飛ぶ。

『燃ヤセ燃ヤセ燃ヤセ!』

根底から人格が反転していく。

 非常識が常識へ。

非日常が日常へ。

非理性が理性へ。

非人情が人情へ。

『コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!…』

そして。

破壊と殺戮の神の代行者、滅殺マシーンが生まれ落ちた。

「うおぉぉぉーっ!」

 誠は雄叫びを上げた。

 知らない間にT−MAXが発動していた。あるいは誠がロックを解除したのかも知れない。どっちでも良かった。

 誠の激情のままに、1号機はT−MAX出力で黒騎士の<ゼロ・カスタム>に襲いかかった。

 

「たったの三機相手に、距離三百からSHRAAMを二十四発…」

 ハンスは、迫り来る二機の<ゼロ>を、望遠スコープの映像越しに睨みつけた。

「そんで、何で撃墜がたったの一機やねん!フツウやったら、なんぼ<ゼロ>やっちゅーても、全部戴きのごちそーさま、っちゅーコースやろが!」

 もともとSHRAAMは、従来機種で<ゼロ>と戦うために開発された近接戦用高機動ミサイルだ。それを一機あたりに八発。

「ったく、トランプフォースっちゅーのは、難儀な奴らや。」

 SHRAAMの標準的な交戦距離は、相対速度や相対加速度にもよるが、大体百五十キロ以下。撃つのが少々早かったかも知れない。到達前に半数以上が迎撃された。残弾の更に半数が間近で迎撃され、二機にはかわされ、一機を何とか撃墜した。

ハンスは思考を切り替えた。一機でも墜とせて良かったのかも知れない。

 残兵装を確認する。主兵装のロングレンジガンはとっくに弾切れ。放り出して機体を軽くしたいところだが、恐ろしく高価なので必ず持ち帰れと厳命されている。左右の肩の内側のランチャーの中距離ミサイルと外側のランチャーのSHRAAMは全弾撃ち尽くした。あとは…

「ガトリングガン、プラズマソード、パルスレーザー、ニードルガン、か…」

 見事に近接戦用兵装しかない。

「距離百五十。で、ミサイルが来ぇへん。…ははーん。奴らの手持ち兵装も、似たり寄ったりか」

 相対速度がマイナス毎秒三キロを越えた。近接点まで1分を切った。望遠スコープに映る敵機はクロス・シザースを始めた。その機影が時折スコープの範囲からはずれる。レーダー連動で倍率と焦点を調整しているが、どうにも敵機を捕捉しきれない。

「長距離攻撃優先の機体やからなぁ。近接戦用の制御ソフトが甘いわ」

 ハンスは2号機の長距離スコープバイザーを跳ね上げ、通常の高解像度デュアルカメラに切り替えた。

「目標視認。有効射程まで十秒」

 機体左腕、MFシールドの裏面に装着された五十ミリガトリングガンを射撃準備。この機関砲は五十ミリ無薬莢鉄甲弾、多段成形炸薬弾、超軟弾頭弾のブレンド弾を、初速秒速五キロ、毎分三千発の発射速度で発射する。携行弾数は二百発。連続射撃なら四秒で撃ち切る。

舌ですっかり乾いた唇を潤す。

「けっ。ゾクゾクしてきたでぇ。こんなにピリピリ来んのも、あのとき以来かもしれんなぁ」

 クロスシザースで軌道を交差させながら接近する敵機に、発砲発光が見えた。

「撃ってきたかぁ。奴らのレールガンの方が射程がちと長いな」

 至近弾が通り過ぎる。

「戦闘機動しながら、この集弾。全く難儀な奴らや。けどなぁ…」

 敵機が有効射程を割り込んだ。それでも引きつける。至近弾の集弾が増した。いつ当たってもおかしくない。

「ちょいと辛抱が、足らんわ!」

 引きつけるだけ引きつけた、ほぼ必殺の距離だ。敵の機影が重なるタイミングを狙ってトリガーを引いた。毎分三千発の勢いで五十ミリ弾が撃ち出される。弾幕は理想的な範囲に広がった。

 しかし、敵機は両機ともブレーク(緊急回避)

「なんやて!か・わ・す・かーっ!この距離で!……つーか、撃つタイミング誘われたか、クソ」

 二機同時に仕留めたいという、こちらの心理を利用された。そのためのクロスシザースだったのだ。外しようのない距離で同じように交錯すると見せかけて、あらかじめブレーク。

「やらしいハメ手や。ホンマに難儀な奴らやで」

 敵機は直ちに姿勢を回復。左右から最後のクロスアタックを仕掛けてきた。距離三十キロ。十秒。『差し違えても仕留める』と言う殺意が伝わってくるような気がした。背筋に鳥肌が立つ。

「冗談やないわ!」

 ハンスは弾の切れたガトリングガンをボルトアウトリリース。回避機動は取らない。ここで逃げたらやられる。

「これを使うハメになるとはなぁっ!」

 2号機最後の切り札の専用コンデンサーにジェネレーター電源を直結。充電は一秒未満で終わった。セイフティを解除すると、胸部装甲板パネルが跳ね上がった。充電完了と発射準備完了を知らせるランプがほぼ同時に点灯する。

 敵機が左右から三十度の開きで接近する。距離は二十キロを割った。この距離でレールガンをフルオートで交差射撃されたら、間違いなく命中弾を貰う。

「行けぇっ!」

 ハンスはトリガーを引き絞った。2号機の胸部から、太陽光の反射を瞬かせ、銀光の波が放たれた。銀光の波は2号機の胸部を中心にほぼ三十度の角度で円錐を型作り、その範囲に迫り来る二機の<ゼロ>を納めた。

 2号機最後の切り札、<胸部広角ニードルガン>。尖端にダイヤモンドチップを埋め込んだタングステン弾芯超硬焼成セラミック複合製の直径二十五ミリ、全長五百ミリの短針約千二百発を、リニアレールガンとMFカタパルトの併用で初速秒速十キロで広範囲に撃ち出す。短針の拡散は短針同士の電磁気反発による。コーティングされた電磁誘導体が剥離した後は無磁性でMFシールドの干渉は受けない。出撃一度につき使用は一度きり。次弾装填機構は無い。

 その射角範囲に収まった標的は、距離三十キロ以内ならかなりの確率で損害を与えられる。着弾距離十キロちょっとでは、最低でも数発は当たるはずだ。

しかし、敵機の発砲もほぼ同時だった。ハンスはニードルガンの発射した後、即座にMFシールドのスイッチを入れたが、MFシールドの展開までには若干のタイムラグがある。その若干の間に、数発の命中弾を食らった。着弾の衝撃で機体が踊った。シールドが展開した後は直撃こそ無かったが、MFシールドの干渉反動でやはり機体が揺さぶられる。ハンスはコクピットの中で数秒の間、激しくシェイクされた。その揺さぶられるコクピットの中で、ハンスは二機の敵機が近傍空間をパスして後方に去っていくのをかろうじて確認できた。

「とりあえず、俺も機体も生きとるな」

 機体の動揺が収まった。ダメージ・コントロールモニターをチェックする。

「…おいおい、マジかぁ?」

 ハンスは目を疑った。損害らしい損害は、ほとんど無かった。機体の右肩、左大腿部、それに左腕部のMFシールドにそれぞれ一発ずつ被弾していたが、装甲板に傷が付いた程度だった。

「呆れるほどタフなやっちゃな。」

 ハンスはセンターコンソールをポンポンと叩いた。

 次にレーダーで交錯した敵機を確認する。

「ち、向こうも生きとるか。」

 二機の敵はレーダー上で確認できた。ただし、二機とも加速は著しく低下し、赤外線発生量も落ち込んでいる。軌道も細かくふらついている。どうやら両方に相当深刻なダメージを与えたようだ。何とか母艦隊への帰還コースに乗せようとしているらしい。この様子ではたどり着けるかどうか五分五分だろう。

 次に味方の様子だ。戦闘中の通信記録に、3号機からの情報通信があった。

「なになに、『残存の敵一機が<パイレーツ>に向かった。我追撃す。可能ならば支援を請う』、か。」

 赤外線センサーに、それらしい高加速体が二機捉えられていた。

「悪いけどそっちで何とかしてくれ。もう弾あらへん。品切れや」

 ハンスはコクピットの中で「お手上げ」のポーズを取った。

 

 その瞬間、リヒャルト・ヴィルハウツェンは目の前の白銀の機体に死に神が降臨したのを見たような気がした。それまでのものとは違う戦慄が、瞬時に全身を駆けめぐる。逃れようのない『死』そのものに直面したような、純粋な恐怖感。

 少し前まで、白銀の敵機は技を捨て、単純な力押しに出た。リヒャルトが最も恐れていた手段で来たのだ。互いの機体の操作性と反応スペック差が如実に現れた。経験の蓄積による『勘』、反射的思考による先読みと反射的操作で致命傷は回避できたが、機体の損傷が徐々に拡大していった。敵のパイロットが先に息切れるか、こちらが先に息切れるか。互いに綱渡りをしているようなものだった。

 それが唐突に変化した。白銀の機体が一瞬止まった。そのチャンスを、リヒャルトは生かせなかった。白銀の機体がその一瞬に放った異様な鬼気に、気圧されたのだ。

 そして、死神が鎌を振り上げた。

 まず、最初に目の前から消えた。背筋に寒気を覚え、反射的に操作して機体を捻った時には遅かった。機体の左肘から先がプラズマソードを握ったまま無くなった。

「くっ…」

 絶望的な差を思い知った。同時にたまらなく悔しかった。

 生身の体で互いに剣を交えての勝負なら、あるいはここまでの差は無かったかも知れない。操縦技量で言えば、自分が勝っているだろう。つまり、差は機体性能の差が全てだった。自機の<零式>、ガリレオ同盟軍では最高峰の性能を誇る<ヴィルハウツェン・カスタム>だが、国連の白銀の機体との性能に、絶望的なまでの差がある。

 レーダーとセンサーがパニックを起こしている。近接レーダーは白銀の敵機の位置を正確に表示できなかった。その移動軌跡が線になる。線に線が重なり、現在位置表示のための処理が追いつかない。熱源センサーも同様だった。しきりにエラー表示が出る。

「速い…まるで、稲妻だ…」

 恐れていた、超二十G機動だった。卓越した動体視力を誇るリヒャルトの目でも追いきれない。

「来る!」

 それを殺気と呼ぶのは、あまりに生ぬるい表現だった。死神に襲われる時に感じるのはこうなのではないか、と思わせるような気配。押し寄せる『死』そのもの。リヒャルトが感じ取ったのは、あえて言うなれば『死気』とも呼ぶべき気配だった。

機体の足を振り、姿勢を変化させ、同時にエンジン全開。接触反動で機体が揺れた。

「まだ、生きてるな…」

 推力がかなり落ちていた。それもそのはずで、四基のメインエンジンの一基を兼ねる右脚部の、膝から先が無かった。ダメージコントロールシステムが自動で推進剤供給の停止や回路閉鎖、エンジンコントロールシステムのプログラム補正等、必要な措置を実行していく。致命傷は避けられたが、機体の運動性が著しく低下した。

「次は、殺られる」

 リヒャルトは悟った。この白銀の機体は、国連軍の量産MPFの試作機などではない。零式の対抗機種に、ここまで出鱈目な高性能は必要ない。

量産が前提なら、同等程度の性能が有ればいい。その上で、数で上回ればいいのだ。国連の国力ならばそれが可能だ。単機で零式の小隊を一方的に殲滅する様な高性能など、量産機には必要ない。

量産機に必要なのは用兵側の要求を満たすスペックの他は、低コストと良好な生産性と良好な整備性と良好な運用性であって、コストの高騰を招くような突出した高性能ではない。

 零式の場合は事情が異なる。はじめから圧倒的な戦力差を誇る国連に挑むのが前提のため、零式には従来機を遙に上回るスペックが、物量差を覆す高性能と戦術が必要だった。そういう意味では、この白銀の機体の性能はガリレオ同盟軍にこそ必要と言える。国連軍に必要な道理はない。

それに、これほどの機体を操れるパイロットがどれだけいるのか。優れた技量を持つパイロットでも、そうそう操れるものではないだろう。どれだけ高性能を誇ろうとも、それを操縦できるパイロットがいなければ意味がない。

それら全ての状況が、この白銀の機体の量産を否定する。

では、この機体は何なのか。

(俺を葬り去るためだけの、死神か…)

 他に、この凄まじい機体の存在意義が思い浮かばない。

技術力のアピールと言うのもあるだろうが、それならば平凡なパイロットでも操れる機体にしてこそ意味がある。白銀の機体の兄弟機である他の国連試作MPFはそうだろう。しかし、白銀の機体のパイロットは、明らかに常軌を逸した存在であった。彼はリヒャルトを倒すためだけに選抜され、白銀の機体は彼が使いこなしてリヒャルトを倒すためだけに作られたのではないか。

 理屈ではそう考えられたし、理屈を越えたところでも、リヒャルトは底知れない執念のようなものを感じていた。

「俺は、死ぬのか?こんなところで…」

 軍人が戦場で死ぬのは有ることだ。決して理不尽なことではない。命を懸けて戦っている限り、当たり前と言ってもいい。戦場とはそういう所だ。リヒャルト自身、多くの国連軍将兵を戦場で葬ってきた。そして、この戦闘で多くの部下を失った。いつ自分の番が回ってきたところでおかしくはない。

 しかし、恐らくはワンオフの超高性能機と、二人といないような超人的パイロットを組み合わせた死神を向けられるなど、尋常ではない。

「俺が倒した国連のパイロットに、要人や高官の子息でもいたのか?」

 復讐。あり得ない話ではない。リヒャルト自身がそうだからだ。

しかし、戦場での死は軍人にとって付いてまわる宿命とも言える。確かにリヒャルトは国連軍将兵の死の一端を担ったが、その責は戦争という行為そのものに帰するものであって、リヒャルト個人が負うものではない。理屈はそうだが、感情はそうではない事は、リヒャルトにも解りすぎるほど解ることではあった。

「!」

 また死気が押し寄せてきた。勘で右の剣を振る。奇跡的に死神の鎌をそらすことに成功した。代わりに、機体の頭部が飛んだ。メインのレーダーとセンサー系が機能消失。かまわない。この状況では役に立っていなかった。

 いつまでも凌げるものでもない。死神に魅入られて、ここまで生きていられるのも奇跡的だ。しかし、諦められない。

「俺は、死ねない、死にたくない!」

 理不尽な死を強制された母、妹、そして弟と言ってもいい存在。

国連という巨大な組織の利益のために、死を強制されたリヒャルトの家族。その無念を晴らすため、これまで戦ってきた。否、やり場のない怒りや憎悪を、国連、その象徴でもある国連軍に叩きつけてきただけかも知れない。それでも。

「母さん、マリア、マコト!俺はまだそっちには行きたくない。俺に力を貸してくれ。この死に神を、はねのける力を!」

 胸に手をやった。ロケットが下げてある。中には、母の遺品の指輪と、妹の爪と3人が写った写真が入っている。パイロットスーツの上から触った。

「力を…貸してくれ!」

 心が澄み渡る。純粋な生存本能が余分な思考を捨てさせ、身体機能の全てが生存を目的に特化していく。

死気が押し寄せる。体に染みついた戦士としてのリヒャルトが、体を勝手に動かした。勘で剣を振るう。死神の鎌を受けた。

磁場干渉でプラズマソードが飛び、それた鎌が機体の左肩を根こそぎ持っていく。剣を失った機体の右腕で、巨大な鎌を持つ白銀の死神の両腕を挟み込んで捕まえる。その瞬間、猛烈な加速で気を失いそうになった。

「ぐおぉっ!」

食いしばった歯の奥から、声にならないうなりだけが漏れた。

白銀の死神はリヒャルトの零式を両腕に捕まらせたまま、稲妻のようなシザースを続けた。<ゼロ・カスタム>の質量が加わった分、加速は落ち、二十Gは下回ったが、ターンするたびに瞬間的に強烈なGに見舞われる。機体にかかる負担が設計限界を上回る。ダメージコントロールモニターがたちまち赤一色に染まっていく。特に右腕部は、いつもげ落ちてもおかしくなかった。

<ゼロ・カスタム>の機体がいつまで持つかわからない。加速による加重の方向がころころ変わる中で、リヒャルトはエンジンの制御系の操作に神経を集中した。

 

<パイレーツ>航空指揮所は騒然となった。

1号機のライブモニターに変化が現れていた。装備の投棄や燃料の消費によって減ることはあっても、増えるはずのない機体質量が、一瞬にして倍以上に増えていた。

「1号機が黒騎士の機体と接触している!」

 理由は<パイレーツ>航空隊隊長のヤン大尉が叫んだのでわかった。

 それを聞いて、エリザベートの顔からは血の気が引いた。恐る恐る、横のマリアの顔を盗み見るように見てみた。

 マリアは、薄ら笑いを浮かべていた。

「!」

 そして、マリアの右手が、またコンソールに向かって延びていた。人差し指が、今度は<F1>とシールの貼られた黒いスイッチにかかろうとしていた。

「ダメ…それだけはやめて!」

 エリザベートは、慌ててマリアにしがみついた。何とかマリアの右手を押さえようと手を伸ばす。航空指揮所の要員の視線が集まったが、気にも止めなかった。

マリアはしがみつくエリザベートを左腕で押しのけるようにして右手の自由を確保し、指を黒いスイッチにかけた。

「ダメよ…マリア…やめてぇぇーっ!」

 エリザベートの絶叫が航空指揮所に響き渡った。

「クラウゼ博士…おい、クラウゼ博士を医務室にお連れしろ。衛生兵を呼べ!」

 ヤン大尉の命令で、航空指揮所の要員二人がエリザベートを取り押さえ、マリアから引き剥がした。

「マリア、マリアーッ!」

 エリザベートが引きずられながらマリアの名を連呼したが、マリアは白衣の乱れを正すと、改めて黒いスイッチに右手を乗せた。やがて室外に連れ去られたのか、エリザベートの声は聞こえなくなった。戦況モニターを見た。1号機には、まだ黒騎士の<ゼロ・カスタム>がしがみついていた。

「さよなら」

 口元に笑みを浮かべ、呟くように言うと、マリアは黒いスイッチを押し込んだ。そして、航空指揮所の壁面を占有する戦況モニターをゆっくりと見上げた。

「……」

 しばらく眺めていたが、相変わらず1号機が黒騎士の機体を捕まらせたまま、ライトニング・シザースを続けていた。

 マリアはもう一度黒いスイッチを押した。赤い<D13>のスイッチと違い、受信確認の信号は帰ってこない。黒いスイッチに受信確認は必要ない。そういうスイッチだからだ。

 モニターの状況に変化はない。マリアはもう一度押した。モニターを見る。相変わらず変化はない。

もう一度、もう一度。

 マリアは憑かれたようにスイッチを押し続けた。

「やだなぁ、ドクター。やめてよ。危ないじゃない」

 航空指揮所の入り口から、声がした。

「な、おい!貴様、戦闘中に何をやっている!貴様の配置は格納庫だろう、さっさと持ち場に戻れ!」

 ヤン大尉が声の主を怒鳴りつけた。

「失礼しました。ドクター・ブラウンに急用です。入室許可を下さい」

「…よろしい。クローチェ二等軍曹、入室を許可する」

 その名を聞いて、マリアは航空指揮所の入り口を振り返った。

「は、ありがとうございます、大尉」

 航空指揮所に入ってきたのはクリスだった。手に、何か持っていた。

「ブラウン博士。お忙しいところ、大変申し訳有りません。これのことなんですが」

 マリアの側に来たクリスが、手に持っているものをマリアに差し出した。<ファルコン>の整備中に、マリアが取り付けを指示した金属ケースだった。

「…これが、どうしたの?」

 マリアの声は多少上ずっていた。

「はい。<ファルコン>に取り付けを指示されていたのですが、申し訳有りません。エンジンのチェックと取り付け、配線のチェックなどに思ったより時間がかかりまして、その、取り付ける時間がなかったのです。というか、多忙のあまり、失念しておりました。伺ったお話ですと、その、大して重要性もなかったようですし」

 内容とは裏腹に、クリスの顔も声にも、申し訳なさのかけらもなかった。

マリアは怒りに拳をふるわせ、振り上げた。クリスは臆することなく前に進み、マリアの耳もとに口を寄せた。そのまま、小声で呟くように話す。

「ああ、それと、その、整備が終わったあと、これがなんなのかも失念してまして、お言い付けを破って中身を開けてしまいました。センサー系のバックアップ部品と言うようなお話を伺ったような気がしたのですが、中身がまるで違って、その、大変に物騒な品物だったので、イェルペルセン准尉に協力を願って全部無力化しておきました。一体、何であんな物とセンサー系の部品をお間違えになったのですか?」

 そこまで言って、すっと身を引いた。振り上げていたマリアの腕をつかみ、引き寄せて手に持ったケースをマリアの手に掴ませた。

「とりあえずこれをお返ししておきます。残りは弾薬庫の片隅にしまっておきました。」

クリスは、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

「…そう。でもこれだけ言っておくわ。ファルコンは機密兵器よ。もし敵の手に落ちそうになったら、処分するが当たり前よ。そのための保険なのよ」

 クリスの目つきが厳しい物に変わった。

「そうおっしゃるなら、自爆装置の存在をパイロットに承知させた上で、機体の処分は彼ら自身の判断に任せるべきです。勝手に遠隔操作するなんて最後の最後でしょう?それに…」

 クリスは額をぶつけそうなほど近くまで、マリアに詰め寄った。

「先ほど、ドクターがその黒いスイッチを押していたのは、おっしゃる機密漏れの危機的状況とは異なるように思えますが?」

 鼻の頭が触れそうな近距離で、クリスとマリアは視線を戦わせた。

 じきにマリアが一歩引き、目を逸らした。

「理由はどうあれ、指示を忘れたり、破ったりするのは問題よ。時間が無かったなんて、言い訳にならないわ。…今回は目をつぶるけど、以後、気を付けて頂戴…」

 うつむいたマリアの声は、震えていた。

 クリスはマリアに向かって敬礼した。

「は。寛大なお言葉、ありがとうございます。以後、気を付けます。大変申し訳ありませんでした」

「…じき、戦闘が終わってファルコンが帰ってくるわ。整備の準備を始めて頂戴…それと、パイロット達には…」

 マリアはうつむいたまま言った。

「言いません。いえ、言えませんよ。ああ、イェルペルセン准尉は知ってますから。別に言い含めてくださいね。では、失礼します」

 クリスはきびすを返して出入り口に向かった。クリスが航空指揮所を退室すると、マリアは金属ケースを持った右手を振り上げた。

「あぁぁーっっ!」

 大声を絞り出し、ケースを床に投げつけた。指揮所の要員が、壊れずに跳ね返って指揮所を飛び回るケースを取り押さえようと、右往左往した。

 

 リヒャルトは歯を食いしばって耐えていた。

機体も限界なら、リヒャルトの体も限界だった。気を抜くと体中の骨が砕け散る。揺さぶられ続けた脳は、正常な判断を下すのが難しくなってきた。内臓は、意識するのも嫌だ。生きて帰れても、しばらくは流動食だろう。

 準備は何とか整っていた。コクピットから一番遠い左脚部のエンジンを選んだ。さっきから臨界点運転を続けている。緊急始動用の推進剤供給バルブは、スイッチ一つで開く様にプログラムを改編し、暴走防止の安全装置を沈黙させた。

 この猛烈な加速さえ僅かな時間でも収まってくれれば、いつでも始められる。

(それにしても、この機体はどれだけの時間、全力加速を続けられるんだ)

 リヒャルトは朦朧としてきた頭の片隅で、そんなことを考えていた。

果てしなく感じられる時間が経った後、待っていた機会と、破局がほぼ同時に訪れた。

 加速が徐々に鈍り、唐突に停止した。その瞬間的な見かけのマイナスGで、限界を超える加重にさらされ続けた零式の右腕部が逝った。

肩の先から上腕部ごともげ落ちた。当然、零式の機体は白銀の死神から離れ、押さえ込んでいたその両腕部も解放した。

「しまった!」

 次の瞬間、リヒャルトは死を覚悟した。死神の鎌に瞬時に両断される自機の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「ドクター!1号機のIMCSにレッドアラート!」

 スタッフの声に、マリアは我に返った。<D13>システム起動からの時間を確認する。

「…ちょっと、長くなったかしら」

「パイロットのライブモニター、イエロー!」

 別のスタッフが叫んだ。Dシステムを切らなければ、流石にまずい。マリアは制御卓に手を伸ばした。

「IMCS、ダウン!」

 遅かった。

「パイロットは?」

「気絶しています」

「起こせるかしら?」

「電気ショックと強壮剤がありますが…」

「両方やって」

「しかし!」

「早く!」

 

「……?」

 しばらく経っても、死は訪れない。リヒャルトは恐る恐る、閉じてしまっていた目を開けると、半分程度映らなくなってしまっていたモニターに、動きを止めた白銀の機体が映っていた。近い。

 どうやらパイロットかメカにトラブルが発生したらしい。ぴくりとも動かない。

「チャンスだ。これで貴様がくたばるかどうかはわからんが…」

 リヒャルトは左脚部エンジンの緊急始動用バルブを解放した。大量の推進剤が臨界状態のエンジンに供給され、爆発的なプラズマ化が発生する。左脚部を白銀の機体に向けてボルトアウトリリース。生き残った機体背面のエンジンに点火。可能な限りの加速で離脱を図る。両腕両脚を失った零式はバランス補正が思うに任せず、思うように加速してくれない。

白銀の機体からいくらも離れていないのに、切り離した左脚部のエンジンが暴走を始めた。膨れあがる内圧にMFとエンジンの外殻材が耐えきれなくなり、唐突に爆散した。

「うおぉぉぉーっ!」

 爆散の衝撃が機体を叩きつけた。激しく揺さぶれるコクピットの中で、リヒャルトは白銀の機体の姿を探し求めた。爆散による加速で距離が開いて小さくなっていくなか、閃光が収まった向こうに、

高加速で爆散の衝撃波から離脱する白銀の機体を見たような気がしていた。

 

「F1、離脱しました。損傷は軽微。敵機も後退しています。」

 マリアはため息をついた。

「パイロットは?」

「また気絶しましたが…起こしますか?」

 Dシステムのパイロットへの負担は、当初の予想を上回っているようだ。IMCSを介して強制的にパイロットの思考に介入するシステム。実戦テストはまずまず。チャンスはまた来る。

「今はダメね。またすぐ気絶するわ。自動で戻れそう?」

 スタッフは肩をすくめた。

「ダメです。IMCSの道連れでシステムが半分死んでます。自動制御はカテゴリUまでですね」

 マリアはため息をついて、少し考え込んだ。IMCSを統合制御システムの中枢に置くことで機体の動きがスムースになる反面、IMCSが機能不全を起こすと機体の全てがそれに引きずられる。

カテゴリUでは母艦への誘導はともかく、自力着艦は難しい。

(やっぱり起こそうかしら)

 それから、唐突に思い出した。

「プロトFRと2号機は?」

 言いながら、マリアは戦況モニターに目をやった。

「プロトFRは補給が終わって、3号機が追撃中の敵機に向かって加速しています。計算では敵機の本艦到達時には間に合いません。3号機が敵機を足止めできれば別ですが。2号機は弾薬切れで戦闘続行不可能。現在帰投中」

 敵機は一機。3号機が追撃中。状況からして、敵機が<パイレーツ>に到達する十分手前で3号機は追いつきそうだった。その状況を見た上で、マリアは即断した。

「プロトFRと2号機に連絡。追跡と帰投は中止。転進して、1号機の回収をして貰うわ」

「敵機はどうします?」

「3号機に任せましょう。あの二人ならやるわ」

 

「おい、ヴィー、雲行きが怪しいぜ。」

 キーボードを叩く音が聞こえないと思ったら、アルベールが話しかけてきた。

「なに?どういうこと?」

 レーダーとセンサーから目を離す訳にもいかない。振り返らずに聞き返す。

「ちいと概算してみたんだが、野郎の“ゼロ”じゃ、これ以上の加速は帰還不可能のハズだ」

「それって…帰還減速用の推進剤まで使っちゃってる?」

「ああ、これ以上加速を続けりゃ、ガス切れで漂流、のハズだ」

「ちょっとぉ、こっちは大丈夫なの?」

 ヴィアンカは慌てて残燃料と流入計をチェックした。とりあえず帰還に支障はなさそうだ。が、燃料は四分の一を切っている。

「けっ、フレキシウム使用で小型軽量化と高効率を極めようが、“ゼロ”のエンジンは所詮熱核ロケット。こちとらのTM式と比較になるかよ。ましてやこの3号機のエンジンは長時間行動重視だぜ?」

「でも、私たち無補給よ?」

「まぁ、確かにこっちもあんまり余裕があるわけじゃねぇ。戦闘が長引くとマズいことは確かだ。速攻で決めるぞ!」

 お気楽なアルベールのセリフに、ヴィアンカは眉を寄せた。

「“トランプフォース”が、そんな簡単な相手?」

 半分は自分に言い聞かせるように言う。もう策は無いのだ。小道具は使い切った。一対一、単純に機動戦闘力の勝負。誠やダグラスが複数の敵機を撃墜して見せているが、自分が対するとなると、決して容易な相手ではない。

「わかってらぁ。だが、早めに決めなきゃマズい」

 少々浮かれていたように聞こえたアルベールの声が、落ち着きを取り戻した。

「そうね。…ところで、やっこさん、全然加速停止の気配、無いわよ?」

 敵機は加速し続けている。

「あの野郎、“パイレーツ”と心中する気か?」

「それとも、推進剤切れにも気が回らないほど、ネジがぶっ飛んじゃってるか、ね…」

「まさか、特攻でもやらかそうってか?冗談じゃねぇ!」

「させないわよ、そんなこと」

「ああ。…だが、このペースなら追いつくのはパイレーツの千キロ手前ってトコだぜ。パイレーツとの相対速はマイナス六十を越えるな。チャンスは十五秒くらいしかねぇ。」

「ギリギリね…でも、十五秒もあれば十分よ。手持ちの弾を全部撃ってお釣りが来るわ。そのうち一発でも奴の急所にあたりゃいいんだから、どうとでもなるわよ」

 ヴィアンカは高解像スクリーン越しに敵機を睨み付けた。距離約五百キロ。エンジンの噴射炎発光がかろうじて見える。周囲の星の光に紛れそうになるが、動いているので識別できる。相対速度マイナス一キロ未満。追いつくまで、十分近くかかる。

「言ったからには、やってみせろよ」

「やってやるわよ。いくら撃っても当たらないマックの奴を相手にするよりは、楽なはずよ」

「ははは。違ぇねぇや」

 アルベールは、たまらずに吹き出した。

 

「敵艦隊、距離三万二千を越えましたぜ。主砲の有効射程外!」

 観測長の声が発令所全体に響いた。

「敵の様子はどうだ?」

「敵一番艦、健在。二発も魚雷喰らったクセに、しぶとい野郎ですぜ。MFシールドは出力低下。赤外線発生量も低下。鎮火しつつあるようですぜ。二番は、ありゃダメですな。小規模な誘爆を確認。そのうち弾薬庫に火が回りやすぜ。お、赤外線源の分離加速を多数確認。救命ボートか?敵二番、どうやら総員退艦ですぜ、親分」

「よし、攻撃終了。転針、針路0−4−0。第三巡航加速。最終的には当初針路に復帰する。警戒態勢は維持」

「待ってください!」

 石岡副長はコクラン艦長の前に出た。

「なんだ、副長。復唱はどうした」

「試砲はまだ交戦可能距離です。敵にとどめを刺すべきです」

 コクラン艦長はため息をついた。

「副長、潮時だ。敵はもう戦闘の継続は不可能だ。こちらを追撃する余力もない。これ以上の攻撃は不要だ」

「しかし、艦長、我が軍を苦しめ続けた、あのトランプフォースを撃滅できるんですよ?何故逃がすんですか。負け続きの全軍の士気も高揚します。奴らを血祭りに上げるべきです!」

 石岡副長はなおも食い下がった。

「私の同期も、もう何人も奴らにやられました。弔いなんです」

 石岡副長の目は、血走っていた。

(初陣で血に酔ったか?)

 新米の士官にたまに見られる傾向だ。石岡副長は新米ではないが、前線勤務が無かったという点では新米と変わらない。コクラン艦長は石岡副長の肩に手を置いた。

「気持ちは、解らなくも無いがな。二隻を沈め、ガラクタ人形は半分以上撃墜した。全軍の戦意高揚にも、弔いにも、十分だろう。これ以上の攻撃は無用だ」

 コクラン艦長はなだめるように言った。とにかく落ち着かせなくてはならない。

「艦長、十分ではありません!敵はまだ残っています。叩きましょう、艦長!」

 石岡副長は冷静とはほど遠かった。今は話を聞ける状態ではなかった。

一息吸って、コクラン艦長は石岡副長の襟首を掴み上げた。

「のぼせ上がるな、若僧!」

 一喝した。発令所全体が震えた。石岡副長は硬直した。

「いいか!よく見ろ!見えるか?解らないか?」

 コクラン艦長は石岡副長の襟首を掴んだまま、強引に戦況スクリーンに目を向けさせた。スクリーンには自艦を中心に、半径五万キロの戦況が映っていた。

十時方向三万二千キロに敵艦二。二時方向約三万キロに1号機と接触、回収し、帰投中のファルコン隊プロトFRと2号機。十二時方向二万五千キロに合流し、敵艦隊へ向けて後退中の<ゼロ>が四機。一時方向二万八千キロ、後退中の黒騎士の<ゼロ・カスタム>。

そして、三時方向、距離約一万五千キロに、高加速で接近中の高熱源体が二。<ゼロ>と<ファルコン>3号機。

「ゼロが…来ている」

 石岡副長は呆然と呟いた。

「フン、一応見えてはいるな。そうだ。わずかでもチャンスがあれば、例え一機でも逆転を狙う、そういう奴らが敵だ。後退中の敵にしても本艦の前方を横切るコースを取っている。なぜだか解るか?いざとなれば母艦の盾になるためだ」

 コクラン艦長は、石岡副長の襟首から手を離した。

「奴らの帰るところを無くして見ろ。どうなると思う?」

 石岡副長はしばらく考え込んだ。

「投降を呼びかければ、応じるのでは…」

 コクラン艦長は小さくため息をついた。

「奴らがそんなタマか。特攻してでも、この艦を止めに来る」

「まさか、そんな…」

「それがガリレオ同盟軍の軍人だ。“ゼロ乗り”だ。サムライ、と言う奴だ。生きて敵の捕虜になるくらいなら、もろともに道連れにする方を選ぶ、そういう奴らだ」

「…クレイジーだ…」

 石岡副長は絶句した。

「ああ、そうだな。わかったか?」

 石岡副長は悟った。優勢には違いないが、勝利が確定したわけではない。<パイレーツ>は独力で国連軍の勢力圏下に逃れなければならないが、敵は占領したジュノーからじきに後続の大規模な侵攻部隊が来る。<ファルコン>、又はそのデータの奪取と言う目的からすれば、大局的には敵はどれだけ犠牲を払おうが、最低限<パイレーツ>の足を止めれば戦略的勝利なのだ。

「はい…敵艦への攻撃は、適切ではありません…本艦を、危機に追い込む恐れがあります…」

 石岡副長は、力無くうつむいた。

「ついでに言っておくとな」

 コクラン艦長は石岡副長の耳に口を寄せた。声を小さくする。

「これで“トランプフォース”は壊滅。再建に半年はかかる。十分過ぎる戦果だ。それとだ、これでファルコンは戦場伝説になる」

「戦場…伝説?」

 石岡副長は眉をひそめた。コクラン艦長は笑っていた。

「そうだ。恐れ知らずの“ゼロ乗り”どもが、ファルコンの影に脅えるようになる」

「…艦長?」

「戦場伝説ってのはな、生き証人が居た方が色々と尾ひれが付きやすいもんだ」

「だから、奴らを生かして帰すのですか?」

 コクラン艦長はいたずらっぽく笑った。

「長期的な、心理戦略だ」

 コクラン艦長は、石岡副長から離れた。

「さて、後はアイツだな」

 コクラン艦長がしゃくったあごの先には、戦況スクリーン上を移動する、接近中の敵機と追撃する3号機のシンボルマークが有った。

「アレを何とかすれば、とりあえず戦闘終了だ」

「対空戦、ですか?」

「あのガラクタ人形が対空砲火で落ちるようなら、苦労はない」

「では…」

「3号機のやんちゃ共に任せるさ」

 コクラン艦長は“お手上げ”のポーズを取った。

 

 唐突に敵機との距離が詰まった。<パイレーツ>までは約一万キロ。敵機との距離は瞬く間に五十キロを切る。相対速度マイナス五キロ。交錯まで十秒。

「減速しやがった!射撃レーダー波探知、撃ってくるぞ、かわせ!」

胡麻粒大から急激に大きくなる敵機の機影。レールガン発砲の銃口炎が見える前に、ヴィアンカは操縦桿を捻っていた。

回避成功。すれ違いざまに視線連動照準でビームガンをフルオートで射撃する。十発を切ったビーム弾は撃ちきるのに一秒とかからない。敵機は鮮やかな機動でかわした。

「ヴィー、減速!“パイレーツ”と奴の間に割り込め!」

「了解!」

 姿勢制御、反転。これまでの進行方向にエンジンを向け、減速に入る。離れ続けた敵機との距離が収まっていく。

「ヴィー、距離五十を保持だ。奴と加速度を合わせろ」

ヴィアンカはアルベールの指示通りに機体を減速させながら、弾切れの加速リング弾倉を投棄し、ビームガンを機体左腕に持ち替えさせ、右腕で左腕部MFシールド裏から予備の弾倉を取りだし、ビームガンに装弾した。再び銃を機体の右腕部に持ち替えさせる。その間にも敵機からの攻撃を予想して回避機動を取っていたが、攻撃はなかった。

(ちゃんとできた。訓練通り、ちゃんとできた!)

 ヴィアンカは跳ね回りそうな心臓をなだめるのに必死だった。訓練ではない、実戦だ。さっきの銃撃が当たっていたら、死んでいたかも知れない。そう考えると、背筋に冷や汗が伝う。

「ち、“ゼロ”の予想データが甘かったか?今頃減速とはな。野郎の推進材搭載量、ドクター・マリアの推定より二割は多いんじゃねぇか?」

 悔しそうな内容のセリフとは裏腹に、アルベールの声は嬉しそうだった。

「なに、にやけてんのよ。気色悪いわね」

 後席のアルベールの顔が見えているわけではないが、ヴィアンカはアルベールが笑っているのが解っていた。対して、自分の声は少々震えているかも知れない。

「へっ。確かに嬉しいぜ。奴だって死ぬのを恐れない特攻野郎じゃなくて、生きて帰るのを望んでいるっているのが解ったからな」

「どういうこと?」

 ヴィアンカは敵機から目を離さずに訊いた。というより、目を離せない。いつ銃口炎が瞬くか解らない。レーダー計測によれば、<ゼロ>のレールガンの初速は秒速三十キロ以上四十キロ未満。距離五十キロで相対速0なら発射から着弾まで一秒強。戦闘機乗りの反射速度なら、銃口炎発光を確認してからでもかわせないことはない。

「アイツは俺達と同じだって事さ。普通の人間だ。死ぬのも怖くないような奴は何をしてくるのかわかんねぇが、普通の人間なら何考えてんのか解る。減速したって事は、母艦への帰投を考えている、って事だ。あと、“パイレーツ”との相対速を落として攻撃精度を上げる、ってトコだな。てことは、攻撃はハンドマインか」

 アルベールの言うとおりだった。減速という行動一つで、敵の意図がそこまで絞り込める。先刻までは特攻と言う手段も考えられたのだ。

「十分に射程内のハズだが、ちっとも撃ってこねぇな。弾も惜しいんだろうが、俺達は適当にあしらうつもりか。へっ、ナメられてるぜ、ヴィー」

「上等じゃない。実力を見せてやるわ!」

 ヴィアンカは精一杯強がって見せた。声どころか足も震えている気がする。

「OK。俺に考えがあるんだが」

 アルベールの声に、いたずらっぽい響きが混じっていた。

「…今度はどんなサギを思いついたの?」

 つられてヴィアンカの口元も緩んだ。

「ひでぇな。まぁ、見てな」

 アルベールは<パイレーツ>への通信回線を開いた。

 

「F3より入電!」

 通信長が声を上げた。その顔は、なにやら楽しそうに笑っていた。

「ははん。早速なんか面白そうなことを言ってきたな。で、あの坊や達はなんと言っている?」

 戦況モニターを見つめていたコクラン艦長の顔に笑みが浮かんだ。

「へぇ、全く人を食ったガキ共ですぜ。『パイレーツをよこせ』、とかぬかしてますぜ」

「ほほう」

 コクラン艦長は楽しそうに笑った。

「面白い。いいだろう。くれてやる」

 

「イヤッホゥ!流石は海賊の親分。話が解るぜ!」

 後席から、アルベールの歓喜の声が上がった。忙しくキーボードを叩く音が続く。

「アル、何やらかす気?」

「“パイレーツ”のコントロールを貰った。アレやるぞ、ヴィー。距離千キロまで引きずり込むぜ」

 アルベールの声はずいぶんと興奮していた。

「アレ?…って何よ」

 ヴィアンカは首を捻りたかったが、敵機から目を離せない。

「アレったら、アレだ。解れ、バカ」

 一心不乱にキボードを叩く音が聞こえる。こういう時のアルベールに、普段の似つかわしくない気遣いは無い。ヴィアンカはムッとして言い返した。

「ちゃんと言え、バカ」

「MFTだ!やるからな!」

「…あ、ソレのこと…」

 アルベールの言いたいことが解って、少しほっとした。その意味をもう一度考える。

「…えーっ!やるの?アレを?ちょっとアル、あんた正気?これ実戦よ、実戦!何考えてんのよ!バッカじゃないの?うまく行くわけないじゃない、失敗したらどーすんのよっ!」

 一気にまくし立てた。混乱しかかった頭でも、敵機からは目を離さない。

「アホか、てめぇは!実戦だからやるんじゃねぇか!おめぇ、なんか勘違いしてねぇか?目の前の敵はこっちより遙に実戦経験豊富なエースだぞ?機体の性能差なんざねぇも同然、模擬戦を何戦かやっただけの、ケツに殻付けたヒヨコもいいトコの俺達が、まともに戦って勝てる相手か?度肝抜いてスキ作ってつけ込むしかねぇだろうがっ!ああ?違うかっ!」

 アルベールが負けじと言い返す。

「…でも、そんな賭みたいな事…」

 それくらいしか言い返せない。アルベールの言い分は正しい。ヴィアンカにもそれは解るが、不安が拭えない。

「心配すんな。クリスと改良したんだ。バッチリだぜ。俺を信じろ、俺に任せろ。賭けにはめっぽう強いんだ。忘れたか?」

 そうだった。こと賭けに関しては、アルベールはめっぽう強かった。ヴィアンカは一度も勝てなかった。運だけに頼らない、勝ちを引き寄せる知略に裏打ちされた巧妙な駆け引き。

 ヴィアンカは決心した。自分の命と言うチップを、アルベールに預ける。人生で初の大勝負だ。

「その賭け、乗ったわ!」

「よしっ、やるぜ!…システムのセットアップにもうちょいかかる。奴の機体と“パイレーツ”との間に、機体を保持しろ。色々と揺さぶってくるだろうが、誘いには乗るな。後百五十秒で千キロを切る」

「解ったわ」

 度胸を決めて、震えは止まった。

 

 クルト・ユルゲンス大尉は慎重に計算をした。残存艦の<ガント>は残存の零式隊回収のため、敵艦との交戦エリアを脱すると減速を開始していた。

一方で敵母艦を対空用投擲機雷で攻撃するには、正確にエンジンを狙わなければならない。そのためには、相対速度をマイナス二十キロ以下に押さえたい。

残推進材量が心許ない。現在の減速では敵艦の手前千キロ強で相対速がマイナス二十キロになる。それ以上の噴射は速度を落としすぎる。敵艦をパスしたら、全力加速は三分も出来ない。その三分が命綱だ。

「邪魔な奴だ」

 前方五十キロに居座る敵機を睨みつけた。投擲機雷の発射タイミングは目標の百キロ手前ぐらいがベストだ。それ以上からだとピンポイントのコントロールは難しい。母艦の千キロ手前の減速停止から百キロ手前まで約九百キロ、時間にして四十五秒が勝負になる。この間に敵機を墜とすなりかわすなりして、フリーの安定した姿勢で発射しなければならない。

 機体性能は恐らく敵機が上。パイロットの腕も、先ほどの減速時の交錯戦闘を見る限りでは悪くない。射撃レーダーの発信からこちらの発砲タイミングを読んだ上で最小限の回避機動を取り、すぐさま攻撃態勢に移った。そして攻撃時には射撃レーダーを使うようなこともしなかった。そのくせ、射撃は正確。正確故に、こちらも最小限の機動でかわせた。ずば抜けた動体視力と射撃センスの持ち主だ。ガリレオ同盟軍の<零式乗り>ならば、<トランプ・フォース>の選抜資格はある。後方支援機のパイロットをやらせておくのはもったいない腕だ。

「だが、新米だな、あれは」

 教科書通りの交錯戦闘だった。白銀の機体や他の機体ほどの「場慣れ」が感じられない。

 だが、油断する気は毛頭なかった。<トランプ・フォース>の零式隊も、自分を含めて残存六機。司令すらも大破している。

(全力でやらなければ、やられる。)

 ユルゲンス大尉は敵母艦までの残距離カウンターに目をやった。

まもなく千キロを切る。

「…3、2、1…行くぞ!」

 千キロを切った。ユルゲンス大尉は減速を停止した。機体を反転。減速を続ける敵機との距離が急激に詰まる。機体にレールガンを構えさせ、射撃レーダー波を浴びせた。慌てた敵機が減速と同時にブレーク。

「かかったな!」

 ユルゲンス大尉は敵機の回避方向の逆に機体を微加速させ、横をパスした。同時にエンジンカット、熱源ダミーとJMMをばらまく。

「青いな!」

 射撃レーダーを使ったフェイントなど、初歩の初歩だ。JMM散布下での戦闘経験が有れば、射撃レーダーなど使わない。<トランプ・フォース>の<零式乗り>なら新人でもかからない。投擲ポイントまで残り四十秒。こんな初歩のフェイントでも、時間が稼げれば御の字だ。

「!」

 ユルゲンス大尉は殺気を感じ、反射的に操縦桿を捻った。次の瞬間、機体をビーム弾の三連射が掠めた。射撃レーダーは無し。目視照準だ。

「大した集中力だ!」

 慌てて回避機動を取ったクセに、一瞬たりとも目は離さなかったらしい。ダミーにもJMMの攪乱にもかからないとは誤算だった。敵機のパイロットは、全くいい目をしている。

 目視で確認。ぴったり後方に張り付いている。メインエンジンを再点火し、ユルゲンス大尉は戦闘機動を開始した。

 

「逃がさないわ!」

 ヴィアンカは機体を振り回し始めた<ゼロ>の後方に、必死に張り付いた。互いの絶え間ない激しい機動で、距離が数百メートルから十キロ程度まで、激しく変化する。目まぐるしく変化する距離感の最中、敵機の姿勢の変化に集中する。マックバックスによる機体姿勢の変化。それとエンジンスラストやアポジモーターのスラスト発光を見逃したら負ける。

ダグラス少佐は模擬戦で<マックバックス>とアポジモーターによる反動機動を織り交ぜたフェイントをさんざん披露してくれた。それが<ゼロ>の高機動戦闘の基本的なスタイルだ。<ファルコン>の場合も基本的には同じだが、機体の特性上、少々異なる。

 <ゼロ>は機体背面と両脚部にエンジンを分散配置し、<ファルコン>は機体背面にエンジンを集中配置する。これは双方メリットとデメリットがある。

<ゼロ>の場合はエンジンの分散により機体の生存性が高く、脚部のエンジンを直接振り回せる事による機動能力の応用性が高い。反面、<マックバックス>との整合性を取るため複雑な質量バランスのコントロールが要求され、脚部の末端質量が大きいことによる慣性力制御上の問題が残る。

<ファルコン>の場合はエンジンを始め、機体の質量を中心部に集中配置する事により腕部・脚部など末端質量が軽く、<マックバックス>による姿勢制御速度は<ゼロ>を遙に上回る。<ゼロ>との機動性能差の根本はこの点にある。逆に、重要部分の集中する胴部はそれだけで生存性上での大きな弱点である。

 敵機は恐ろしく狡猾だった。<マックバックス>と反動制御の組み合わせのバリエーションが驚くほど多い。ヴィアンカは瞬きすら出来なかった。〇.一秒でも目を離せば見失う。そうすれば、いつの間にか横か後ろに回られる。動きが複雑すぎて、銃撃のタイミングも掴めない。時間がない。<パイレーツ>は近い。

「ヴィー!何チンタラやってんだっ!とっくに準備出来てるぜ。とっとと仕掛けろっ!」

 アルベールの声が聞こえるまで忘れていた。短い間だったが、いつの間にか一人で戦っていた。

 3号機は複座だった。1号機や2号機のような単座ではない。ヴィアンカは一人ではなかった。

(アルが後席に居てくれる)

 心強かった。ヴィアンカは操縦桿を握り直した。

「OK、つっこむわよっ!フォローよろしくっ!」

「任せとけっ!」

 ヴィアンカはスロットルペダルを蹴っ飛ばし、一気に敵機との距離を詰めた。トリガーを引き絞り、三点連射を敵機に叩き込む。

 敵機は寸前でかわした。かわす動作から連続して<マックバックス>からスライド機動のフェイント。魔法のような鮮やかさで後ろを取られる。

「行くぜ!見て驚け、このガラクタ野郎!」

 アルベールはその声を合図に、待機状態からシステムを起動した。

 

「ヤケクソか?そんなつっこみじゃ、掠りもせんぞ!」

 ユルゲンス大尉は敵機の攻撃をかわすと後ろに付けた。その途端に警告音が鳴った。

『警告。大出力の磁場を検知』

 音声出力の言うとおり、周辺に大規模な磁場が展開されている。敵の母艦のものだった。

「MFだと?」

 敵機から目を離さず、しかしユルゲンス大尉は少々混乱した。MPFのMFシールドならともかく、レールガンの弾丸はこの近距離では大してMFの影響を受けない。援護にしても妙だ。敵の意図が解らなかった。

「かまわん、墜ちろ!」

 考えるのはやめた。敵機に照準。敵機が動く。<マックバックス>で左に向きを変える。その動きは<零式>に比べてやたらと速い。

しかし、あの悪魔か死神のような白銀の機体と違って、ユルゲンス大尉が見失うほどではない。

敵機の機体の進行方向にアポジモーターの発光炎。

「甘い!」

 <マックバックス>で向きを変えておいて進路変更すると見せかけた小減速。見え見えのフェイントだ。ユルゲンス大尉は同様に小減速をかけた。

「何?」

 敵機が消えた。ユルゲンス大尉の視界から消え失せた。小減速と見せかけて、実は加速したのか?ならば、メインスラスターの発光炎を見逃すはずはない。

「クソ、どこだ!」

 ユルゲンス大尉はレーダーとセンサーの履歴情報を確認した。

「何?」

 敵機はユルゲンス大尉が見失った時間から左方向に旋回し、減速していた。ただし、赤外線センサーはその間の敵機のメインスラスターやアポジモーターの発熱は捉えてなかった。肝心の敵機の現在位置は……

「いつの間に!」

 後方警戒レーダーの警告音がコクピットに鳴り響くのと、ユルゲンス大尉が振り向いたのはほとんど同時だった。驚くほどの近距離で、敵機は手にしたビーム銃をこちらに向けていた。ユルゲンス大尉は反射的に操縦桿をひねり倒した。

 

「遅いわよ!」

 急激に回避行動をとろうとした敵機の姿勢が変わり終わる前に、ヴィアンカはトリガーを引いた。周囲に展開されているMFはビーム弾の軌道に影響を与えるとは言え、百メートルを切ったこの近距離では関係ない。緊急回避する敵機の少し先の軌道を読んで視線連動照準で偏差射撃。フルオートで放った十八発の残弾の内、四発が命中した。

「イヤッホゥーッ!やったぜっ!」

 後席でアルベールが歓声を上げた。四発の命中の内訳は、敵機の頭部、右碗部、左脚部、右腰部。撃墜はほぼ間違いない。

「まだよ!」

 あちこちに小爆発を繰り返し、そのたびに軌道がふらつくような有様で、敵機はまだ<パイレーツ>に向かって進路変更をしようとしていた。

ヴィアンカは空になったビームガンの弾倉を投棄した。銃を持ち替える慎重な交換作業はしてられない。左腕部のMFシールド裏に残った最後の予備弾倉をラッチアウトして宙に浮かせ、それを左手で掴む操作をイメージした。IMCSが作動し、ヴィアンカのイメージそのままの作業で3号機の左腕が予備弾倉を掴む。後は通常の換装コマンドを実行した。

「野郎、脱出しねぇな。もう爆発するぞ」

 もはや<ゼロ>に戦闘力は残っていない。それどころか、今にも爆散しそうだった。とどめを刺すのはためらわれた。

「まさか、このまま<パイレーツ>にぶつける気か?」

「そこまで保たないわよ」

百メートルの距離を保ったまま、ヴィアンカは照準を合わせ続けた。

「いや、“ゼロ”はしぶといぜ。ヴィー、遠慮はいらねぇ。百キロ切ったらトドメだ」

「わかったわ」

 <パイレーツ>まで約二百キロ。百キロ地点まで五秒だ。

「何かしら?」

 <ゼロ>は残った左腕部を<パイレーツ>に向けてのばしていた。

「百キロ切ったぞ、撃て」

 ヴィアンカがトリガーを引こうとした時、<ゼロ>が伸ばした左腕部から、何かが発射された。

「!」

 ヴィアンカは姿勢変更し、スロットルペダルを蹴っ飛ばして加速、発射された物体を追った。

「ヴィー、どうした?」

「ハンドマインよ!二発!」

「何ィッ?」

 アルベールが慌てて何か操作している。

「おわ、命中まで三秒!ヴィーッ!」

「MFカット!」

「おう!」

 目は離さなかった。黒くて小さいが、二つとも捉えている。その向こうに距離三十キロまで迫った<パイレーツ>見えていた。流れ弾が当たらないように若干スライド機動。磁場消失。精密照準。後一秒。

「当たれ!」

 トリガーを引いた。一回、二回。命中確認せず、緊急回避。回避機動をしながら爆発を二つ確認した。思ったより爆発規模が小さい。

「命中。やったぜ、ヴィー。しかし、あのマインは対空戦用だな」

 破壊力の小さい対空戦用の投擲機雷で艦船を攻撃するなら、狙うのはエンジンしかない。それでここまで近づいたのだ。

一瞬後に<パイレーツ>をパス。ヴィアンカは機体を反転、減速しながら敵機を捜した。見あたらない。

「アル、<ゼロ>は?」

「そこ」

 アルベールはポイントシグナルをスクリーンに投影した。ヴィアンカが目を向けると、太陽光を反射する破片群が漂いながら、減速する3号機の近傍空間をパスしていった。

「ハンドマインの発射の後、すぐだな。爆散、気が付かなかったのか?」

「……うん」

 パイロットは脱出しなかった。最後の最後まで任務を果たそうとした。投擲機雷を発射してから、力尽きた様に爆散した。

こちらに<MFターン>と言う切り札がなければ、破片になっていたのはこっちかも知れなかった。

 ヴィアンカは流れ去る破片群を、見えなくなるまで見つめていた。


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