「予想以上だな」
<パイレーツ>の艦橋で、コクラン艦長は満足げに戦況モニターを眺めていた。
「全くですね。ファルコンがここまで強いとは」
隣に立つ副長の石岡大尉も肯く。
第一ラウンドは国連軍ファルコン隊の圧勝に終わった。開始僅かに五分足らずの間で、敵ガリレオ同盟軍の<ゼロ>、一個飛行隊四機を撃墜し、損害無し。
ファルコン隊、正式には第666実験戦闘飛行隊は、緒戦の勝利がまぐれでないことを証明した。
現在、ファルコン各機は警戒態勢についている3号機を除いて後方の補給隊とランデブーし、補給中である。
敵はといえば、残りの<ゼロ>全機と補給機を出し、敵艦隊の前方2万キロに展開させて、先行して出撃した編隊は補給していた。
「敵はどう出ますかね」
石岡副長はコクラン艦長に尋ねた。
「ガラクタ人形全機、ファルコンにぶつけてくる。そして、黒騎士の専用機は1号機をマークしてくる」
石岡副長には、答えるコクラン艦長の顔が、笑っているようにみえた。
「目論見通り、ですね」
「ああ。ここまではな」
<パイレーツ>と敵艦隊との相対速度は、現在毎秒マイナス十キロ。ファルコン隊の進撃に前後して加速したためだ。
加速開始より一時間ほどたった今では、双方の距離は六万キロ近くになっている。前方四万キロ前後に布陣する敵<ゼロ>隊は、<パイレーツ>の艦載砲で最大の射程を持つ次世代戦艦主砲用の試作ビーム砲の射程に入っていたが、コクラン艦長は作戦上の理由から発砲を禁じていた。第一、撃っても効果は期待できない。
「艦長、Fリーダー、ダグラス少佐より入電!」
通信長が声を上げた。
「読め」
「ヘイ。『FリーダーよりP1。我補給完了。進撃再開する』以上ですぜ」
艦橋正面の大スクリーンに映し出された戦況図にも、<パイレーツ>前方二万キロに展開していた<コスモストーク>隊より離れて加速していく三機のファルコンの様子が映っていた。
「艦長、敵編隊も加速、十二機全部ですぜ!」
今度は観測長が声を上げた。
石岡副長は、第二ラウンドのゴングが鳴ったことを知った。
「航空分隊、補給用コンテナを残してストーク1番、2番を下がらせろ。ホーク1番、2番は本艦前方一万になるまで現位置をキープ。本艦も詰めるぞ。敵艦隊を誘い出す。第二戦闘加速五百秒。相対速度マイナス十五につけろ。針路3−5−0−0!」
艦長の命令を復唱しながら、石岡副長はファルコン隊の勝利を心より祈った。
『Fリーダーより各機、太陽を取るぞ!』
誠は了解を返しながら、通常推進の最大加速でプロトFRを追い抜き、太陽を目指した。
『太陽を取る』とは、『太陽を背にして戦う』、という意味だ。太陽を背負うことで敵の目をくらます。地球の大気中で戦闘機同士が空戦をしていた時代から変わらない鉄則である。ましてや宇宙では太陽は強烈な光源であると同時に強大な赤外線源であり、そして強力な電波発信源でもある。
目の端で敵編隊の輝点を捉えた。3号機の情報通りの方位にいた。近い。千キロちょっと。敵編隊も太陽を目指して、同方向に加速している。
敵編隊が軌道をちょこまかと変えながら加速している分、こちらが先に太陽をとれる。敵機の軌道がふらついているのは、2号機から攻撃を受けているためだ。
やがて誠の1号機は、敵機と太陽の間に割り込んだ。姿勢制御。
左手のエンジンモードセレクターについているT−maxモードの解除ボタンを押し込み、右足のスロットルペダルを床まで踏み込んだ。強烈な加速Gが誠を襲う。二〇Gで設定リミッターが作動。敵機に対してどんどん減速し、やがて相対加速はマイナスにシフトする。
戦術モニターに表示される敵機までの距離表示が三百キロを切った。2号機の攻撃のためにこちらに集中できない敵編隊の攻撃は、至近弾もなかった。散発的に飛んでくるSHRAAMだけを視線照準連動の頭部パルスレーザーで迎撃する。
相対速はマイナス五キロ。敵編隊まで一分。T−maxをカット。シザース機動で敵弾を回避しながら接近する。
二〇秒。機体右手の試作ビーム機銃のモードを切り替える。誠のリクエストにマリアが応え、用意してくれた新作だ。
銃が変形を始める。収束銃身部が上下に開き、制御ワイヤーが繰り出される。ワイヤーは独立したMFジェネレータで、磁場干渉により細長い輪を銃身方向に形作る。グリップが回転し、銃本体が九〇度起きあがる。グリップはストック方向に水平になり、ストックエンドと一体化する。銃口からビームがほとばしった。制御ワイヤーに沿って展開し、輪を描いてまた銃口部に戻る。ワイヤーに織り込まれた冷却パイプから漏れだしたガスにビームが干渉し、発光する。それは、1号機の身の丈ほどの光刃を持つ、巨大な剣だった。
機構的には、カセット式加速リングで保持されているビーム弾体を、磁場制御ワイヤーで銃本体より引きだした形になる。仮名称は『ビームソード』だが、『ビームチェンソー』という方が実像に近いだろう。秒速三百キロのビーム粒子があらゆるものを瞬間に削り取っていくその切れ味はすさまじく、テストでは分厚いだけが取り得の<パイレーツ>の補修用装甲版を、瞬く間に真っ二つにした。
先の戦闘では、この剣で三機の<ゼロ>を倒した。三機とも、ただの一振りでいともたやすく切り裂いた。
敵編隊が散開した。十二機中八機が全力減速を始める。狙いはプロトFR、2号機、3号機だろう。残り四機は誠の1号機を目指して迎撃フォーメーションを取っている。1トップ3バックフォーメーション。ダグラスの講義にあった、<ゼロ>編隊の迎撃フォーメーションの一つだ。先頭の一機が攻撃される間に後続の三機が回り込んでクロスアタックをかける。
「無意味だ……」
誠は呟いた。相対速がマイナス毎秒五キロに達した。敵先頭機の距離が百キロを切る。敵編隊がレールガンの猛射を浴びせかけてきた。誠はT−maxを再発動。機体を振り回して<ライトニング・シザース>に入る。レールガンの射線は誠の1号機を追いきれない。
敵の先頭機が射撃を止めた。そして、誠の視力は二本の光の線を認めた。プラズマソードの光だ。
「二刀流…」
その瞬間、誠は悟った。
「黒騎士」
距離一〇キロ。接触まで二秒。誠は機体にビームソードを構えさせた。視界の中心に漆黒の<ゼロ>を捉える。
「うおおおおっ!」
目前でシザース、機体を振り、敵の視界から消えるのを狙う。瞬時にスライド機動。抜き胴払いの要領でビームソードを一閃。次の瞬間、機体が激しくスピンを始めた。
誠はスロットルをカット、機体が自動で姿勢回復モードに入る。
「流石だ」
誠が斬り込んだ瞬間、黒騎士は<ゼロ>の機体を横転させ、クロスに構えたプラズマソードで誠の斬撃を受け流した。ビームソードとプラズマソードの磁場が干渉し、誠の機体は弾かれた、というわけだ。
次第にスピンが緩やかになり始める頃、ロックオン警報と接近警報がうるさいほど響いた。敵後続の三機だ。
「邪魔だ!」
誠は自動姿勢回復をカット、操縦桿のひねり一発でスピンを止めた。体がよじれるようなGをねじ伏せ、素早く全天をチェック、敵機の位置を確認。三方向から迫り来る敵機への対処を瞬時に判断。スロットルオン。T−max作動。スパイラルロール。一機目の敵はこちらを見失ったらしく、動きが一瞬止まった。次の瞬間、こちらに気付く。レールガンを構える動作が、ひどく緩慢に見えた。
「遅い!」
交錯。敵機が射撃姿勢に入る前に斬り伏せた。爆散。残りの二機がレールガンの連射を浴びせてくるが、こちらの動きを追い切れていない。弾丸は1号機の後方を虚しく通過している。
鋭角ターン。二機目の敵機は視界から消えたこちらを捜している。
「貰った!」
斬撃動作に入った。次の瞬間、警報。
「なにっ!」
視界の隅に、漆黒の機体。
「!」
横転、MFシールドオン。間に合わない。黒騎士の右の斬撃をビームソードで受けた。続けて左。
「くっ!」
MFの展開が間に合わないシールドを突き出す。黒騎士の<ゼロ>の右手首をシールドで受けた。続いて蹴りが1号機の腹部に来た。これは受けられなかった。まともに食らって弾かれる。
ようやくMFを展開したシールドを構える。黒騎士の<ゼロ>は1号機を蹴りつけた姿勢のまま、エンジンの可変ノズルを兼ねる脚部から高熱のプラズマ排気炎を浴びせかけてきた。誠の1号機はそれをMFシールドの磁場で受け、反動で後方押される。エンジンを吹かした黒騎士の<ゼロ>は、1号機に斬られるところだった敵機
を自機の背中で押しながら後方へ流れ、誠の1号機と距離を広げていく。
「あの交錯から、追いつかれたか。」
黒騎士の機体はちょっと性能のいい、チューン・アップされた<ゼロ>と考えていたが、どうやら違うようだ。航法システムに簡単に荒計算させただけでも一五G近い加速性能がなければ二機目の敵機を斬る前に追いつかれるはずはなかった。
誠は軽く頭を振ってから、機体のダメージを素早くチェックした。
オールグリーンとは行かないが、とりあえず戦闘の続行に支障はない。
「続きだ」
誠はスティックを握りなおした。
「訓練通りには行かぬものだな」
離れていく敵機を見ながら、リヒャルトは呟いた。MPF同士の格闘戦、訓練では行うものの、国連軍はこれまでMPFを戦場に出したことはないから、実戦ではこれが初になる。
リヒャルトの機体は、通常の零式とは違う。見ためは塗装色が異なるだけだが(通常の零式は灰色)、中身は装甲材質からエンジン、制御システムに至るまで別物で構成されている。<ヴィルハウツェン・カスタム>と呼ばれているが、実質は後継機開発用の実戦用実験機だ。実戦で試作エンジンの性能をフルに使ったのは、これが初めてだった。
「さて……」
リヒャルトは接触通信回線に切り替えた。
「ユルゲンス、付いてくるな、と言ったはずだ!」
自機の背中に接触しているジョーカー隊二番機のクルト・ユルゲンス大尉を叱責する。
『しかし司令、いくら何でもお一人では……』
「おまえのその判断で、セルゲイがやられたんだぞ!ついでに言うなら、お前も死んでいたところだ!」
『……ハ、申し訳有りません』
「セルゲイの家族へは、お前が通知を出せ。もう邪魔をするな。あの化け物は私がやる。お前はヴィントとスペード隊の援護に行け」
『ハッ!司令、ご武運を!』
「互いにな。行けッ!」
リヒャルトは機体の肩を振って、ユルゲンス大尉の機体を突き飛ばすように離した。その間も離れていく敵機からは目を離さなかった。機体の姿勢を直した以外はそのまま慣性で離れていっている。
「待たせたな」
待機モードにしていたプラズマソードの電源を入れ直した。
プラズマソードの輝きを確認したのか、敵機は排気炎を吹き出した。加速態勢に入ったようだ。長大な光剣を振りかざし、みるみる迫ってくる。
「行くぞ」
スロットルオン。戦場でこれまでにない強敵と遭遇し、リヒャルトは笑っていた。
「ボギー4、爆散確認!FR、二機目の撃墜だ」
後席のアルベールが声に出すまでもなく、目の前の戦術モニターにその結果は表示されていた。敵八機を相手にし、ダグラス少佐は早くも二機を撃墜した。2号機のハンスも長距離牽制射撃が1機に命中し、撃墜はならなかったが、母艦後退に追い込んだ。正面の敵機は五機に減っている。
前方一万キロの宙域での熾烈なドッグファイト。ヴィアンカといえば、もっぱら観戦しているだけである。
「F3FOよりF2、方位一時、距離一万二千、新たな機影が接近中。コードB9、10。留意せよ。AC更新、送信する」
『F2了解。やれやれ、忙しいこっちゃ』
「アル、新たな敵影って?」
ヴィアンカは疑問に思ったので聞いてみた。敵は、全機来ていたはずだ。
「マックの野郎のトコに行ってた奴らだ」
「え?マック、やられたの?」
誠の1号機には、敵は四機向かっていた。二機と差し違えて撃墜されたのだろうか。ヴィアンカは瞬間にそう考えた。
「違ぇよ。奴は一機撃墜してる。今は黒騎士とガチンコタイマンの最中だ。あー、ヤダヤダ。十五Gの超高速格闘戦だぜ?化け物同士の勝負に、人間が割って入れるかよ。黒騎士の野郎が邪魔になる部下をこっちへ追いやったんだろうよ」
「……」
言葉もなかった。次元が違いすぎる。ヴィアンカは目の前の仕事に集中する事にした。
アルベールはセンサードローン<ウィング>のオペレーションや攻撃データコードの作成、通信指示で忙しい。無駄話をしている間も、両手が忙しくキーボードを操作する音が聞こえてくる。前方五千キロにいる2号機のハンスは、休み無く援護射撃を続けている。ヴィアンカのしていることと言えば、戦闘記録の保存の手伝いとか、<パイレーツ>へのデータ送信とかの雑用だ。
「ヴィー、出番だ。W2に接近警告。針路2−7−0−0−4−5、第一加速」
「了解。針路2−7−0−0−4−5。第一加速」
散開配置した<ウィング>に、敵機や敵艦から対レーダーミサイルを思い出したように撃ってくる。
「目標視認。迎撃する」
加速停止させ、ビームガンの射撃姿勢をとる。狙われている<ウィング>から目標情報が送られてくるので、3号機自体の照準用レーダーは使わなくていい。第一、アクティブ照準などしたらミサイルにかわされる。
「ファイヤ」
火器管制装置の指示通りに偏差射撃。五百キロほど先の空間をレーダー発信源である<ウィング>に向かって突き進んでいた敵の対レーダーミサイルは、突如横合いから飛んできたビーム弾に貫かれ、むなしく爆散した。
「命中確認。お見事。十五発目だな。」
「どうも。」
ほめられても嬉しくない。こんなのは雑用であって、できて当然だった。苛烈な格闘戦中の誠やダグラス少佐、精神的緊張の連続を強いられているハンスとは、比較するのもばかばかしい。
「“ウィング”にも自衛用火器ぐらい付けてぇなぁ。そうすりゃ、いちいち本体が動いて排除、なんてやらずに済む。」
「そうね。」
アルベールが忙しい合間に言うのを、生返事で応える。ヴィアンカは心の中で、
(そうなると、また一つ仕事が減るわね。)
などと考えていた。
「よし、マリア嬢ちゃんに申請してみるぜ。」
「そうね。敵と空戦になっても、ウィングで攻撃できるわね。」
気のない返事で、
(それって、ますますする事無くなるじゃない。)
などと考える。しかし、その一言でアルベールの手の動きが一瞬止まった。すぐに作業を再開するが、アルベールはぶつぶつと独り言を始める。
「そうだ、何で気付かなかったんだ?武装ドローン遠隔攻撃。俺の得意なパペットアタック。ウィングに武装すりゃあ、攻防にすげえことになるぜ。問題はハード面だけじゃねぇか。AI組んである程度自立させて……」
これでアルベールは本来の仕事は十二分に行っている。頭の中で三つも四つも同時に考え事ことをするなど、ヴィアンカにはとても真似できない行為だ。
ヴィアンカは、自分一人だけ蚊帳の外に置かれているような、そんな気分だった。
もちろん、組織戦闘のなんたるかなど解っている。3号機は後方支援機で、自分はそのパイロット。それぞれの役目に徹することで組織は成り立つ。ここで3号機が戦闘に参加して敵機を何機か撃墜できても、情報支援を失った隊は窮地に立つ。それは解る。
別に「直接戦闘がしたい」、というわけでもない。命がけで戦火に直面する僚友達に対し、それを見ているだけの自分の立場が、どうにも申し訳ないような気がしてもどかしいのだ。
「……ふぅ。」
ヴィアンカは何度目かのため息をついた。
胡麻粒以下だった漆黒の機体が、瞬く間に視界一杯に広がる。上段のフェイントからひき胴払い。九条流<稲妻返し>。IMCSは誠の技のイメージを忠実に1号機の機体で再現する。しかし、
「なに?」
磁場に弾かれ、機体がスピンする。それをマニュアル操作で瞬時に回復。離れ行く黒騎士の対処を反芻する。
縦にクロスした二刀の剣で上段、下段、いずれの横薙ぎが来ても受ける。九条二刀流<縦一文字>。通常はそこから受けなかった方の剣で逆襲するのだが、一瞬以下の交錯ではその余裕は無いようだ。
しかし、交錯の瞬間に<稲妻返し>を読まなければ<縦一文字>は出せない。
「強い」
減速、姿勢制御。そしてまた加速。胡麻粒以下だった黒騎士専用機が瞬時に接近。左右にクロスした構えから左右スライド機動。
「左か!」
三度目の左へのスライドと共に来た薙ぎ払いをビームソードで受け、ほぼ同時に来る背後からの右の振り下ろしを急ロールでかわす。ロールが少しでも遅ければ、機体の左腕を持って行かれたところだった。九条二刀流<霞十字>。
こんな斬撃を、二〜五秒おきにもう百合は繰り返している。誠の方は黒騎士を自分に引きつけるのが役目だから、これでいい。しかし、攻め手に欠いているのは事実だった。T−maxモードは使っていない。使えば勝率は上がるが、T−maxの制限時間内に決着が付けられなければ、圧倒的に不利になる。それに、T−maxに入るのに若干の移行時間がいる。その隙が作れない。
斬撃の合間に3号機より送信されてきている戦況をチェックすると、作戦通りに進んでいるようだ。ならば、このまま黒騎士と斬り合って拘束し続けるのが上策か。
「百合でも千合でも、やってやる」
IMCSが誠の脳波を読みとり、機体をコントロールする。九条流<尖影>。迫る黒騎士に斬り込む。
「くっ!」
神速のコマンド入力。白銀の国連機の突きを左剣で受け、瞬時に切り返してくる左薙ぎを右剣で受ける。九条二刀流<影崩し>。
敵の手は九条流<尖影>。また受けに回った。速い。あまりに速すぎる。
「間違いないな、九条流だ。…こんなところで、しかもMPFでやり合うことになるとはな」
リヒャルトは楽しんでいた。十代の、まだ地球にいた頃、師匠と仰いだ祖父の友人である老武道家に習った剣技、九条二刀流。師匠は九条流剣術と九条二刀流の免許皆伝だった。
古武術はこの時代、滅びかけていたが、伝承者が細々と弟子をとり、生きながらえているものも少なくない。
師匠が亡くなったため、リヒャルトは免許皆伝まで収得できなかったが、それでも「目録くらいかの」と、師匠は言っていた。
九条流と九条二刀流、併せて七、八人程度の免許皆伝がいるらしいとは聞いていた。いずれもリヒャルトが生まれる前の話らしいが。
リヒャルトは九条二刀流では師匠の最後の弟子だった。
そして、九条流最後の弟子は師匠の孫だった。
その孫はとんでもない能力と才能の持ち主で、十歳の頃にもう免許皆伝だった。何度となく練習で打ち合ったが、六歳年長のリヒャルトと互角以上の使い手だった。
もっともその能力にはタネがあり、八年前の事件以後、ガリレオ同盟に来てから父に聞かされた。医学者だったリヒャルトの祖父が関わっていたのだ。今はリヒャルト自身の身体にも、受け継いだ父が施した。師匠の孫ほどではないが、それに近い身体能力を得ることができた。
その能力を得てからというもの、国連への復讐心を抱きながら戦いつつも、リヒャルトは幾分退屈していた。敵として強大無比と思われた国連軍は、戦場においては弱すぎた。
いつの間にか、リヒャルトは復讐者として、そして武道家として、より強い敵を求めていた。
その強敵が、今、目の前にいる。
「それにしても」
百を越える斬り合い。一瞬も気が抜けない。読みがはずれたらその場で終わる。
「良くできた機体だ」
国連軍の技術力を素直に評価する。リヒャルトの父に匹敵する科学者など国連にいないと思っていたが、この白銀の機体は凄い。
「上段返しか」
動作パターンが人間そっくりだ。おかげで、技の出だしのクセが読める。これまで師匠の孫以外の九条流とやり合ったことはないが、技のクセは同じだ。懐かしく感じるくらいに。
素早く受け技のコマンドを入力する。戦術研究の名目で、半ば遊び心でインプットしておいた機体の動作パターンが、まさか役に立つとは思わなかった。瞬間に稲妻の閃きにも似た鋭い動作で滑り込んでくるビームの剣先。リヒャルトの機体のプラズマソードがかろうじて受け流す。スピードレンジは恐ろしいほど速くなっているが、感覚的には九年前の道場と変わらない。目前の敵機があの頃の少年のような錯覚に陥る。
「……まさかな。あいつはもういない。」
十二歳の時に、リヒャルトの母、妹と共に国連のCIAに殺された。この目で見たわけではないが、そう聞いた。
すさまじい使い手だったが、やはり子供だ。それに母と妹が一緒ではどうしようもなかっただろう。無念だったと思う。仮に師匠の孫が生きていたら二十歳。生きているとしても、国連軍のパイロットになっているなど、考えられない。
再び交錯の瞬間。回想に浸っていては不覚をとる。リヒャルトは集中することにした。
ファルコン隊が敵<ゼロ>編隊と熾烈な戦闘に入った頃、<パイレーツ>は加速を終え、敵艦隊との砲戦距離になりつつあった。
「敵一番艦、距離三万一千!相対速マイナス十五!距離三万まで約一分!」
観測長がだみ声を張り上げる。
「艦長、いつまで待たせるんですかい!とっくに主砲の射程内ですぜ!」
砲術長が負けじと叫んだ。
「まだだ」
コクラン艦長は、低いがよく通る声で静かに言う。
「航空隊に伝令。ホーク1,2に雷撃指示。終わったら引き上げさせろ」
「アイアイサー」
石岡副長は艦内通信用インカムのスイッチを切り替えて、航空管制室を呼び出し、命令を伝えた。しばらくして戦況モニターに、<パイレーツ>前方一万キロに位置する、航空隊の二機のコスモホークが、装備した特殊弾頭魚雷を発射した様子が映し出された。
魚雷は敵艦隊に向けてではなく、左舷方向に直交して放たれた。
「転進、針路2−7−0−0。急速回頭!」
「転進アイ。左舷九十度回頭、取り舵一杯!」
コクラン艦長の命令に、操舵長が瞬時に反応した。戦闘時など非常時には、各班員は副長の復唱を待たずに命令に対処して良いことになっている。
急激に左に回頭する艦体に対し、右方向に体が持って行かれるGがかかる。石岡副長は慌ててバーにしがみついた。
「機関長、試機関7番作動準備!回頭終了と同時に始動、全力運転!」
「七番準備アイ。磁圧上昇、燃料インジェクター正常作動確認。点火コンデンサー臨界へ充電開始。」
「砲術課、主砲の敵追尾は怠るな。いつでも撃てるようにしておけ!」
「ばっちり、狙ってまさ!」
唐突に回頭のGが逆向きになる。逆制動だ。
「回頭終了!」
「七番始動、点火確認!全力運転へ。」
操舵長のコールに機関長が即座に反応し、艦体の姿勢が安定すると共に、今度は加速によって艦尾方向にGが掛かる。
「総員、対G姿勢!」
コクラン艦長のその命令に、石岡副長は目を剥いた。対G姿勢といえば、全力加速時の警戒命令だ。
「総員、対G姿勢!」
復唱しながら、石岡副長は慌てて副長席に座り、シートベルトをかけた。
じわじわと加速Gが上がり、Gの上昇感が止まる。しかし、加速自体は続く。体が重い。石岡副長はGメーターを見て再び目を剥いた。
(三.五Gだって?)
<パイレーツ>の主機関は次世代重巡洋艦用の試作エンジンだ。現役艦のものに比べ、高い推進力と効率を誇るが、それでもこの双胴の巨大な船体を現在の質量ならせいぜい一.二Gに加速させるのが精一杯のはずだ。
試7番機関といえば、船体後尾の中央トラス部分に搭載されたそう大きくないテスト用試作エンジンだったはずだが、これまでマトモに試験運転されたことはない。しかしそのエンジンが単体の運転で主機関の三倍近い加速を実現している。
「ホークの魚雷、煙幕展張中、有効範囲拡散まで約三十秒!」
観測長が報告の声を上げた。
(煙幕だって?)
戦況モニターを確認する。敵艦方向約一万キロ、左舷方向の宙域に、JMM及び赤外線吸収ガスを混入した不可視ガス、つまり<煙幕>による横長の壁が広がりつつあった。これの向こう側はレーダー、赤外線センサー、光学観測、いずれも探知不可能になる。そして、<パイレーツ>は敵艦からすればその壁の向こうに隠れつつある。
コクラン艦長は何をしようとしているのか。石岡副長は図りかねていた。
「7番、三十秒後一旦停止。再始動は可能か?」
「バッチリです!」
コクラン艦長の問いかけに、機関長は即座に答えた。目は計器を睨んだまま、手はアナログ式のダイヤルを操作したままだ。
「再始動後、出力八〇%でいい、十二分保つか?」
「保たせて見せまさぁ!」
「上出来だ。主機関も始動準備。」
「アイサー!」
機関長は計器を睨んだまま振り返りもしないで叫んだ。
「煙幕展張、有効範囲到達!敵艦隊ロスト!」
観測長が声を張り上げた。
「7番停止!針路0−9−0−0!急げ!」
「面舵一杯!針路0−9−0−0、アイ」
加速が止まり、左へのGが掛かる。
「砲術課、出番近いぞ!回頭終了時十時に主砲を向けておけ!」
「主砲指向十時アイ。左舷砲戦準備。待ちくびれましたぜ!」
「艦長、一体何をしようというんですか!」
たまりかねて石岡副長は艦長席に駆け寄った。
「しょうがねぇ野郎だな、おめぇは」
コクラン艦長はため息一つ付いて、口を開いた。
「黙って見てろ、と言いたいところだが、特別に教えてやる。急速転舵、煙幕張って、ちらりと三.五Gなんて高加速を見せてやった。これで敵はどう考える?」
「こちらが逃亡を図る、ですか?」
「そう。じゃあどう行動する?」
「それはもちろん、追跡に……」
「そうだな。」
コクラン艦長は意地悪く笑った。
「三対一で喧嘩を売るとは、普通は考えんだろうな。黒騎士の坊やならこれしきの引っかけにはかからんだろうが、やっこさんは忙しそうだしな。」
石岡副長は悟った。敵艦隊は一連のこちらの高加速パフォーマンスで慌てている。こちらが逃亡を図ったと思われる方角へ転舵し、全速で追跡に掛かるだろう。つまり、煙幕の向こうで横腹を見せている。そこへ、煙幕を突破して急襲をかけようというのだ。
敵が乗ってくれればいいが、見破られて煙幕の向こうで待ち伏せられていることもあり得る。
「大博打だ……」
石岡副長のその呟きに、コクラン艦長は大笑いした。それを聞いて、艦橋の各員も楽しそうに笑い声を上げる。
自分以外の要員は、何故こうも余裕でいられるのか。自分も前線に居続ければ、いつかそうなれるのか。
石岡副長は複雑な心境だった。
「回頭終了!」
「試7機関再始動、出力八十%へ。主機関両舷全速!」
「全主砲塔群、十時指向。射撃準備良し!」
国連軍一のベテラン乗組員揃いの謳い文句は伊達ではない。石岡副長自身の練習艦隊所属時の乗艦とは練度が桁違いだ。
試7機関の八十%運転と主機関の全速運転で、艦の加速は三.五Gに達している。このままだと十二分後には前方一万キロの煙幕帯を抜ける。その時には博打に勝ったか負けたか解る。石岡副長は、心の中で匙を投げた。
斬り合いの衝撃。機体がスピンに見舞われる。姿勢回復、減速、再加速。そして斬り合い。
「ええい、先手が取れん!」
機体の動作の機敏さが、国連の白銀の機体の方が上だ。敵は反射で対応しているようだが、こちらは完全に先読み。二刀流独自の返し技も、敵の動作が速すぎて空を切る。フェイントで敵の動作を一瞬でも止めないと、こちらが先手を打てない。攻めることができたのは五回に一回にも満たない。
はじめは楽しんでいた白銀の機体との果たし合いだが、リヒャルトは次第に焦りを感じていた。
白銀の敵機は切り札を温存している。あの、二十G越えるすさまじい機動力だ。あの稲妻のようなすさまじいシザースから技を出されては、さすがにかわしきる自信がない。
それをしてこない理由を、リヒャルトは戦況から感じ取った。トランプフォース全体の指揮官でもある、リヒャルト自身を釘付けにするためだ。スペード隊、ハート隊は二機撃墜され、一機が後退中。敵に損害は出せてない。八対三でこの有様だ。ジョーカー隊の二機を向かわせたが、心許ない。ユルゲンス大尉が加わって指揮を執れば状況は好転するかもしれないが、楽観できる要素はない。
何より母艦戦隊だ。敵の罠にはまりつつある。まずい状況だった。
指揮を任せたジェルジ少佐は優秀な艦長だが、いささか型通りな対応に終始する性質だ。歴戦の古狸のような敵艦の艦長を相手にしては分が悪い。
通信は中間宙域で敵の後方支援機に妨害されて不能になっている。
何とか白銀の機体を振り切って、戦隊全体の指揮を執らなければ危うい。しかし、そんな隙は微塵もない。
「コイツめ!」
何回目なのか。もう千年もやり続けているような気すらしてきた。
白銀の機体の技を見切り、受け技のコマンドを入力。ビームソードとプラズマソードが交錯し、衝撃で機体がスピンする。
『Fリーダーより各機、聞こえるか?』
唐突に、ダグラスから通信が入った。
「F3感度良好」
ヴィアンカは間髪入れずに応えた。
『F2聞こえてまっせー。』
しばらく待っても誠の1号機からの返信はない。
「F1は応える余裕がなさそうです。」
レーダーをモニターしているアルベールが告げる。
『各機、ちとまずいことになった。』
ダグラス少佐も五機の敵と入り乱れて激しい機動戦の最中のハズだが、通信を続ける。
『こっちは、弾がもう無い。敵の新手が合流する前に離脱したい。F2、俺が戻ってくるまで敵を押さえられるか?』
『F2より各機。実はこっちも長距離火器は品切れ寸前や。が、近接火器は十分や。まだまだいけるでー』
ハンスの声には余裕が感じられるが、近接戦闘ならば2号機が対処できる敵は限られる。新たな二機が合流しつつある敵は計七機。正直、荷が重いだろう。1号機の救援も期待できない。
3号機の後方約五千キロに、引き上げた補給機の残した武装コンテナがある。ダグラスのプロトFRからコンテナまで約一万五千キロ。最速の全行程加速、十G加速で秒速約三十五キロまで加速し、減速しても十三分ほどかかる。補給の時間、そして再出撃。プロトFRの再戦闘参加まで少なく見積もって三十分近く。
「F3FOより各機。戦術D7を提案する。」
「え?」
アルベールの提案に、ヴィアンカは驚いた。D7というのは苦肉の戦術パターンだ。3号機が全域ジャミングをかけ、ありったけの熱源ダミーをばらまき、完全有視界戦闘に持ち込む。対ECM戦の常道である電波源攻撃も、<ウィング>を分離させることでかわせる。スポットジャミング&スポットサーチを用いれば、3号機は状況の把握が可能だが、敵がJMMをばらまけばそれも不可能だ。
敵を煙に巻く時に用いる戦術、D1の変形で、そこで戦闘を行うバージョンだ。そしてこの場合、3号機も直接戦闘に参加することを意味する。完全有視界下なら、後方で待機していても遊兵になるだけだ。
しかし、完全有視界戦闘であればガリレオ同盟軍に一日の長がある。1号機、誠がいれば、彼一人で敵を全滅に追い込むかもしれない。しかし、現状で敵は七機、こちらは長距離攻撃のできない2号機と、攻撃火力はビームガンのみの3号機の二機。ダグラスのプロトFRの戦線復帰は早くて三十分後。退却は論外。時間稼ぎにしても博打だ。
「ファルコンリーダー、俺に考えがあります。やらせて下さい!」
『それしかないな。三十分だ、持たせろ。いいな!』
ダグラスの決断は早かった。前方宙域で閃光が炸裂する。プロトFRが目眩ましの閃光弾を使用したのだ。続いて戦場からの離脱を図るプロトFRの最大加速がレーダーに捉えられる。そして、それを追撃する敵編隊。ハンスの2号機がそうはさせじとダグラスの離脱を援護する。
『F2よりF3、あと三発でロングレンジライフル弾切れや。ジャミング頼むで!』
「F3了解。熱源ダミー全弾発射!」
アルベールの操作で、3号機右肩のランチャーにミサイルの代わりに搭載された子弾頭仕様の中距離熱源ダミーミサイルが6発、全弾撃ち出された。敵に向かって散開して突き進み、2号機の手前で子弾頭のダミ−熱源を分離する。慣性で進む熱源ダミー体群は2号機、そして離脱してくるプロトFRを包み込む。
「F2!宙域マップを送信する。俺達がトラップエリアに敵を誘い込む。指定ポイントで待機してくれ!」
アルベールは喚きながらキーボードを忙しく操作している。
『F2了解!』
ハンスの返信と共に、レーダー上で2号機がアルベールの指定したポイントに向けて移動を開始した。
「通信パッケージ、よし。送信!」
ヴィアンカが通信機をチェックすると、アルベールは1号機宛に半指向性通信で情報パックを送信していた。
「何を送ったの?」
「マックの奴からの頼まれものだ。黒騎士の傾向と対策」
「呆れた。あんた、あのクソ忙しそうな中で、そんなのもまとめてたの?」
「芸の内さ。さぁ、始めるぜ」
アルベールは電子機器のコマンドオペレーションを始めた。ジェネレータの出力が、たちまち電子兵装に食われて行く。
「ダミー、ランダムアクティヴ、ジャミングオン!」
熱源センサー画面上ではダミー群がでたらめに動きはじめ、レーダー画面は真っ白になった。それに紛れて2号機とプロトFRもランダムパターンで機動を始める。しばらくするとダミーと見分けが付かなくなった。
「ヴィー、右ショルダーランチャー投棄。針路0−0−0−0、戦闘加速!」
「え?あ、ラジャー。ライトショルダーボルトアウト。バランス補正。ミリタリーパワー。針路0−0−0−0」
「ヴィー、俺はウィングのコントロールで忙しい。機雷の散布を頼む。エリアマップは戦術システムMAD7てファイルに入れといた。散布パターンはD7−14だ」
「わかったわ」
ヴィアンカは3号機の機体を有視界戦闘エリアに向けて加速させながら、戦術戦闘システムに機雷散布のコマンドを入力し始めた。
心の準備がどうこういう前に、ヴィアンカの戦場が刻々と近づいてきた。
「煙幕帯突入、突破まで二十秒!」
観測長の声に、発令所全体に緊張が走る。
「試7及び主機関両舷停止!補機ジェネレータ最大出力、主砲連続斉射に備え。観測班、索敵レーダー準備。砲術課、ケツッぺたの重巡から狙え!照準レーダー照射から初弾発射まで十秒以上掛けるな!」
「アイアイサー!」「アイアイサー!」「アイアイサー!」
機関長、観測長、砲術長の返答が見事にハモッた。
「煙幕帯抜けますぜ。3、2、1、今!アクティブ発信!……敵艦隊確認!十時の方向距離約一万!相対速プラス四七q!」
ノイズだらけだったメインスクリーンの戦況図がクリアになり、敵艦隊の現在位置が出た。ほとんどコクラン艦長の読み通りだった。<パイレーツ>は賭けに勝った。
「照準誤差補正。主砲射撃準備完了!」
「撃ェーッ!」
艦全体に振動が走った。<パイレーツ>の主砲は次世代重巡用の加速リング径三五mのビーム砲、連装砲塔が双胴の片艦体に五、計十砲塔二十門。軌道平面水平の十時方向には八砲塔十六門まで斉射できる。ビーム弾体の初速は秒速二千八百qを超え、有効射程は三万二千q。現用砲のスペックを二十%ほど越えている。更に中央デッキ前面に、次世代砲撃艦用の試作五五m径ビーム砲が、単装砲塔で一門有る。こちらは初速秒速三千七百q。有効射程も五万二千qに達する。
これらビーム砲は、質量体である電荷した重金属粒子を加速して発射するので、当然発射に伴う反動がある。それを、各砲塔の砲口の対面裏側にあるカウンターブラスターより、反動を相殺するガスを噴出して押さえ込む。しかし完全相殺ができるわけではなく、艦体はビーム砲発射の度に微妙に姿勢が狂う。それをいかに速く安定状態に復帰させることができるかによって、主砲の連射速度が決まる。国連軍の現用艦で復帰時間は平均十一秒。そこに、再照準と誤差補正の時間がプラスされて再砲撃間隔が出される。
コクラン艦長の号令から三秒未満。まず五五m砲の弾体が敵重巡の艦尾を掠めた。続けて一秒未満の間に主砲弾体が合計三弾、重巡の艦体を貫く。
「初弾命中!」
観測長が叫んだ。発令所が沸いた。歓声が上がる。
「推進剤タンクの内圧爆散確認!その他急速拡大する赤外線反応多数確認、艦体変形率三五%以上を確認!轟沈確実!」
「次斉射、目標、敵二番艦」
その艦長の声で発令所が静まる。戦闘は終わってない。
「艦動揺復帰!」
石岡副長は復帰時間を確認した。九秒を切っていた。
「敵、一番、二番艦、加速停止。回頭及びMFフィールドの展開を確認!」
「馬鹿め」
コクラン艦長がぼそりと呟いたのを、石岡副長は聞いた。
「目標変更、主砲一群、二群は敵二番艦。三群及び試砲は敵一番艦。照準終わり次第斉射。以降連続砲撃。砲術長、任せる」
「目標変更了解。再照準、誤差修正よし。撃ェーッ!」
コクラン艦長より砲撃指揮権を委任された砲術長は、嬉々として発砲命令を下した。
敵一番、二番艦を襲ったビーム弾体は、いずれも狭錯した。命中コースの弾体もそれぞれ複数出たが、いずれもMFフィールドによりコースをねじ曲げられ、艦体を掠るのが精一杯で、命中はしなかった。砲撃距離一万q程度の中距離砲戦とは言え、<パイレーツ>の砲術課は驚異的な練度だ。
「砲術長、雷撃用意。砲雷同時戦、行くぞ。弾頭磁場探知、目標敵二番艦」
「雷撃準備アイ。魚雷一番から四番、磁場探知。目標諸元入力」
「航空隊、ホーク待機全機対空一番装備で発進急げ。敵の雷撃に備えよ」
石岡副長はコクラン艦長が敵を馬鹿呼ばわりした理由を悟った。砲撃反動による艦体の動揺を復帰させるのでさえ十秒近くの時間を要するのに、敵艦の砲撃を受けては、命中は避けられてもMFへの干渉のカウンター反動で、艦体は激しく動揺する。連続して狭錯弾、至近弾を受け続ければ、艦体安定の機会を失い、砲撃で反撃する機会が激減する。
現在の敵艦隊に<ゼロ>が無い以上、反撃は魚雷による攻撃しかないはずだ。コクラン艦長はその対策も航空隊の展開で行おうとしている。そして、敵艦がMFフィールドを展開させ続ける限り、磁場探知魚雷のいい的である。
敵艦はシザース機動で最大加速を続け、こちらの砲撃をかわしながら逃げるべきだったのだ。敵は知らないことだが、こちらの試7機関は臨終し、超三Gの加速はもう不可能なのだから。思えばそれすらも、コクラン艦長の心理的な罠だった。敵艦はこちらの超三Gパフォーマンスにより、最大加速しても逃げ切れないと思いこんでいるのだ。だから、踏みとどまって応戦するという選択をした。
「ある機材を最大限利用すれば、勝機はある」
石岡副長は、戦闘前に聞いたそのコクラン艦長の言葉を噛みしめた。どれもこれも海軍士官学校では全然習わなかった戦法だらけだが、現実は圧倒的不利な戦況を覆している。
(自分に、同じようなことができる日が来るのか?)
そんなことを考えて、頭を振ってすぐに追い払った。こんなことができるのは、国連軍全軍でもコクラン艦長だけではないのか。
「魚雷、一番から四番、順次発射。撃ェーッ!」
砲撃の合間に、砲術長が雷撃命令を出した。4本の磁場探知魚雷が、矢のような加速で敵二番艦めがけて飛翔していく。
「ん?」
視界の隅で、通信端末の着信ランプが点滅していた。3号機からのデータパッケージ通信だった。ずいぶん前に着信していたようだ。
「展開、表示」
音声でマネージメントシステムにコマンドを入力した。戦術モニターに『展開中』の表示が出る。
黒騎士の<ゼロ・カスタム>とは、一定の距離を置いて対峙していた。数秒の加速で斬りにかかれる距離、つまりはお互いの間合いだった。
きっかけは、3号機の大出力ジャミングだった。レーダーが真っ白になり、戦術システムが若干影響を受けた。それで、黒騎士が先に動きを止めた。斬り結んだあと、反転せずに加速を止めたのだ。つられて誠も動きを止めてしまった。
ちょっとでも油断すれば、相手がたちまち斬り込んでくる。互いに、迂闊に動けなくなった。剣先を動かしたりして、互いに牽制する。精神戦だった。
黒騎士から目が離せないから、データパッケージの中身を見るのに抵抗があったが、見てみることにした。
中身は数値データとテキストデータだった。数値を戦術モニターにグラフ化して表示させ、テキストは音声出力させることにした。
アルベールは、まず結論を述べていた。曰く、『動きが読まれている』。言われるまでもなかった。でなかったら、二百合以上も斬り合って、その全てが受け流されるわけがない。
そして次に、『敵の動作はプログラムによるものだ』、と、結論づけていた。それは誠も感じていた。黒騎士の技の一つ一つが、あまりにも正確だからだ。数値データの方はそれらの結論を証明する統計データだった。
そして、最後に対策が書かれていた。
「……なるほどな。別に目新しい手ではないが、やってみる価値はありそうだ」
戦闘は最終局面に入りつつあった。どうやら<パイレーツ>の方は敵艦隊との砲撃戦に勝利しつつある。敵艦隊に<パイレーツ>を追撃する余力はすでにないと見ていい。その事実をもって、この会戦は国連側の勝利と言えた。あとは、敵の<ゼロ>隊を無力化できれば上々だ。
黒騎士の<ゼロ・カスタム>も相当推進剤を消耗したはずだ。ここで母艦隊への帰投をはじめても、全力加速での帰投は不可能だろう。時間を掛けての帰投になる。事実上再出撃は不可能のはずだ。
仕掛け時だった。
「いくぞ」
誠は、スロットルレバーのT−maxのリミッターロックを解除した。
「アル、F2よりレーザー発光信号よ!内容、『指定位置到着、準備良シ』」
「よし、始めるぜ!ヴィー、コースは頭に入ってんな?」
「フン。模擬戦の時のコースパターン、ぺースダウンしただけじゃない。楽勝よ。」
「上等だ。各部チェック!」
「オールグリーンよ。いつでもOK!」
「よし、カウント行くぜ。……3,2,1、GO!」
アルベールのGOサインと共に、ヴィアンカはスロットルをめいっぱい踏み込んだ。手慣れた操作でエンジンの反応サイクルを高く保ったままモードセレクターを切り替える。たちまち最高出力に達し、加速は上昇し続ける。
「食いついた!来るぞ、七機全部だ。後方二千!タイミングを一.五秒遅延修正!」
「一.五レイト、了解!」
レーダー全盲状態の中、慎重に前進してきた敵ガリレオ同盟軍機は、二千キロという、比較的近距離で突然膨張した熱反応体が高加速で逃げて行くのに気付き、全力で追撃してきた。
『ECMと囮熱源を使って隠れ、やり過ごそうとしたが、接近する敵に脅え、慌てて逃げ出した』そのように見えたはずだ。
「へっ。二手に別れやがった。予定通りだな。ヴィー、次のターンからパターン変更、8Bの3!」
「OK。」
3号機が分散配置したウィングにより実施した全波長域のECMで、敵は可視光と赤外線探知以外は全盲状態。3号機はあらかじめランダムパターンでプログラムしたタイミングでECMをミリ秒単位でカット、その間に波長変調をランダム設定したレーダー探知で敵の位置を把握している。このランダムスポット&サーチはまだ敵に露見していないようだ。気付けば敵はJMMを撒いてくる。
全波長域の弾幕ジャミングと囮熱源により、ファルコン隊全機を突然失探し、浮き足立った敵は、3号機の誘いにあっさりと乗った。『煙に巻かれて逃げられたと思った敵が、ノコノコとしっぽを出した』様に見せたのだ。
『この一機だけでも逃がすものか』とばかりに追跡してきた。二手に分かれて挟み込もうとするところまで読み通りだった。
「うまく行きすぎて怖いぜ!」
「ホント。アル、あんた詐欺師の才能有るわよ」
「オイおい、詐欺師はねーだろ。未来の参謀総長ぐらい言えねーのか?」
「あんた、そんな人望があるタマなの?」
「人望がいるのは司令長官。参謀総長は頭が切れりゃいいのさ」
「悪賢いの、間違いでしょ!」
いいながらターンを切る。
「なら司令長官をてめぇがやれよ。悪賢い俺が参謀総長してやらぁ」
「あはは。なかなか楽しい未来図ね、それ」
ヴィアンカは後方モニターを見た。輝点が4つ。
「けど、その前に…」
「ああ、目の前の、敵だな」
「タイミングは?」
「四機とも檻に入った。そろそろ頃合いだ。やるぞ」
「まかせたわ」
「次のターンで行く。点火と同時に最大加速だ」
「了解。行くわよ」
言うと同時に、ヴィアンカは操縦桿を捻った。3号機が左旋回を打つ。
「点火!」
同時にアルベールはジャミングを解除、爆雷の起爆コードを送信する。後方に迫る敵<ゼロ>編隊の周囲の空間に、次々と閃光が瞬いた。
「最大戦闘加速!」
爆雷破片拡散の影響範囲から逃れるべく、ヴィアンカはスロットルペダルをめいっぱい踏み込んだ。回復したレーダーをちらりと見ると、後方の空間では爆雷破片の檻に閉じこめられた四機の<ゼロ>が、周囲より迫り来る高速の破片群から逃れようと、あるいは檻に穴を開けようと藻掻いていた。
唐突なレーダーの回復と共に、3号機の飛行経路後方に閃光が瞬いたのが確認できた。その閃光群を背景に、三つの人型のシルエットが浮かび上がった。前方三百キロ。囮となった3号機を追い回し、二手に分かれた敵<ゼロ>の別動隊だ。何とも絶妙なポジションに誘導してくれたものだ。
敵編隊は突然の機雷の爆発に驚いたのか、加速を停止している。
「そんなトコで止まっててええのか?」
ハンスは笑いながら、2号機の両肩に装着されたSHRAAMの多連装ランチャーを解放した。目標をロックオン。狙撃用のスコープで拡大投影した敵<ゼロ>が慌てて振り返る様子が見えた。
「遅いわ、ボケ。」
ハンスは左右のランチャー合わせて二四発、全弾を斉射した。
戦闘宙域全体を覆っていた広域ジャミングが途切れた。その途端、リヒャルトは絶望的な展開となっている戦況を理解した。
母艦<ウィンタード>の姿がなく、雷撃に見舞われた<リトバルスキー>も損傷を被っている。艦隊では<ガント>のみが敵艦と交戦していたが、旗色が悪い。会敵時より毎秒五十キロ近い相対速であったから砲戦有効時間は七分ほどだが、その時間はまだ二分ほど残っている。しかし防戦に徹すれば逃げ切れるはずだ。慌てて無線でそのように指示を出した。
そして、零式隊の方も深刻だった。敵の一機が後方に退いたにもかかわらず、爆雷の包囲攻撃に誘い込まれた四機の内一機が撃墜され、二機が破損し後退、残る一機が交戦を続行していた。別動の三機はミサイルの飽和攻撃により一機が撃墜され、残る二機が敵機に格闘戦を仕掛けようとしていた。
五分足らずのジャミングの間に、零式七機の戦力が半分以下。たった二機の敵機に。
「……悪夢だな。」
唐突に接近警報が響いた。
「しまった!」
白銀の敵機が、目前に肉薄していた。
クルト・ユルゲンス大尉は焦っていた。これまで無敵を誇っていた<トランプフォース>が、壊滅の危機に瀕している。たった四機の、国連軍の新鋭機によって。
ユルゲンス大尉が爆雷破片の檻から逃れられたのも、咄嗟の機転だった。空対空ミサイルを、最小安全距離にセットして発射し、自爆させ、破片の檻に穴を開け、そこから抜け出したのだ。機動回避を試みた二機は逃れられず、一機は撃墜され、一機は破片を食らったが致命傷とはならず、戦線を離脱した。ユルゲンス大尉と同じ手段を試した僚機はミサイルの自爆タイミングがずれ、エンジン一基に破片を食らったので下がらせた。
別動に廻した三機も隠れていた敵機の待ち伏せに会い、一機が撃墜された。残る二機は交戦中だ。首尾良く撃墜してくれればいいが、楽観する気にはなれなかった。
自機に残った兵装は、レールガンと予備弾倉が二、ミサイルは撃ち尽くし、あとは投擲機雷が二発あるだけだ。
ユルゲンス大尉は選択を迫られた。正面にいる敵機、後方支援機のクセに加速力、機動力は零式と互角かそれ以上、兵装は電子兵装がやたらと充実しているらしいこの敵機と差し違えるか、それともこの敵機を振り切って敵の母艦を狙うか。
ここまでやられて戦果無しでは、ヴィルハウツェン中佐に合わせる顔がなかった。
「敵の母艦だ。それしか、ない!」
対空戦用の投擲機雷でも、肉薄してエンジンを狙えば艦船の足を止められる。ユルゲンス大尉は覚悟を決めた。全力加速で敵艦を目指した。
「やったの?」
爆雷破片の影響範囲外に出たのを確認したヴィアンカは、加速を停止した。
「待て。確認すっから…爆散確認。撃墜一。二機損傷だな。エンジンをやったらしい。低加速で後退中。判定は中破ってところか」
「あと一機は?」
「生き延びやがった。なるほど、ミサイルの自爆で檻に穴を開けやがったのか。もともと機動回避しか頭にないマックの野郎用の戦術だからなぁ。あんな回避の仕方は想定外だぜ。流石<トランプフォース>のパイロット」
「感心してる場合じゃないでしょ。そいつ、どうしたの?」
「慌てるな。ノイズが酷くてよ。解析中だ。二秒待て…と、全力加速中、だな。」
「加速シフトは?」
ヴィアンカは身構えた。残存兵装を確認する。機動爆雷を詰め込んだ左肩のランチャーはこの作戦で全弾使って空になったので投棄した。残るのは残弾が十発を切った機体右手のビームガンと、予備の加速リング弾倉が機体左腕のMFシールドの裏に2つと対空戦用の投擲機雷が2つ。それと近接戦用プラズマソードと機体頭部のパルスレーザー。
いずれにせよ、近接格闘戦に持ち込むしかない。補給はしてないが、観戦モードが長かった分、戦闘に必要な燃料は残っている。
「ヴィー、追うぞ!」
「へ?追う?」
ヴィアンカは首を捻った。敵は全力加速でこっちに来ているんじゃないの?
「加速シフトがプラスだ。野郎、<パイレーツ>目指して一直線に向かってやがる。止めるぞ!」
ようやく事態が飲み込めた。
「プロトFRは…ダグラス少佐は?」
「まだ補給が終わってねぇ!」
「ハンスは?」
「二機を相手に交戦中だ!」
「マックは?」
「まだ黒騎士とやり合ってる!俺達しかいねぇんだ、ぐだぐだ言う前にいけぇっ!」
「わかったわっ!」
ヴィアンカはスロットルペダルを蹴っ飛ばした。
「アル、ウィングの回収はどうすんの?」
「そんな時間ねぇっ!自力帰還させる。大体、余分な質量ぶら下げたら追いつけねぇ。気にすんな!」
「了解!」
ヴィアンカはエンジンモードセレクターを遠慮なく高加速モードに引き上げた。