第12章 「ライトニング」

ガリレオ同盟の追跡部隊は、<パイレーツ>の軌道の右舷側、小惑星帯の内側で障害物の無い空間を、三Gという、鈍足の<パイレーツ>にとっては嫌味に見えるような高加速で減速し、軌道前方十万キロに相対速ほぼゼロに付けた。

<パイレーツ>艦長のコクラン大佐は、敵部隊の高加速パフォーマンスを、実際牽制と受け止めていた。「我々からは逃げられないぞ」、というわけだ。

 

十万キロという距離は、ガリレオ同盟軍の好む交戦距離だった。

遠距離レーダーの探知範囲ぎりぎりで、艦載兵装の射程外。おもな戦闘は艦載機同士の航空戦となる。そして、ガリレオ同盟軍は、艦載機である零式多用途戦闘機、通称<ゼロ>の能力に、絶対の自信を持っていた。対照的に、母艦である航空軽巡と航空重巡は、高加速力による快速以外には大した性能は持ち合わせていない。

 そのガリレオ同盟軍自慢の<ゼロ>の無敵伝説を完膚無きまでに崩壊させたのが、現在<パイレーツ>に搭載されている国連宇宙軍の試作多用途戦闘機<ファルコン>四機である。

先のSS156沖の遭遇戦で、ダグラス少佐の操るプロトFRが二機、ハンス・イェルペルセン准尉の試作2号機が一機、マコト・スガイ尉官候補生の試作1号機が一機、それぞれ<ゼロ>を撃墜し、スガイ候補生の1号機は、更に航空軽巡一隻を撃沈した。文句の付けようのない完勝である。しかも、破れたガリレオ同盟軍の部隊は、ガリレオ同盟軍最強の呼び名の高い教導部隊、通称<トランプ・フォース>の一角だった。

 そして、<パイレーツ>の軌道前方に陣取る敵部隊は、その<トランプ・フォース>の残りである。オリオン級航空重巡<ウィンタード>以下、オブライエン級航空軽巡が二隻の計三隻と搭載機の<ゼロ>十六機。

指揮官は「復讐の黒騎士」の異名持つ、ガリレオ同盟軍の若き英雄、リヒャルト・ヴィルハウツェン中佐。家族の半分を国連に奪われた彼は、国連軍に対する復讐鬼となり、彼の操る黒い<ゼロ>は国連軍戦闘機を二百機以上血祭りに上げた。

 対する国連宇宙軍は、特務航空重巡<パイレーツ>。

艦載機を含む新兵器のテストプラットフォームであるこの艦は、ベースこそ旧式巡洋艦二隻の双胴改装艦だが、双胴の間に格納デッキスペースを設け、艦載機の運用を可能にし、更にテスト用の戦艦主砲座、エンジン搭載スペースなどを増設し、あらゆる艦載用新兵装の運用試験を実施している。

目下の装備は、全て次世代艦のための試作機器で固めていた。そのため艦の扱いは困難を極め、乗員は艦長以下大半が航宙軍(通称:海軍)を中心に国連軍中から集められた百戦錬磨の熟練兵で占められていた。艦長のコクラン大佐は八年前の木星衛星軌道決戦に襲撃艦艦長として参加し、生き残った古参の軍艦乗りである。

 

(まぁ、勝率は三割強、というところか。)

 顔には出さないが、<パイレーツ>艦長、コクラン大佐は双方の戦力比から内心でそう分析していた。

<パイレーツ>の艦載機は敵の<ゼロ>十六機に対し、<ファルコン>が四機。他に従来型戦闘機の<コスモホーク>が八機、汎用輸送機<コスモストーク>が二機有るが、<ゼロ>に対しては直接戦力にならない。

<ファルコン>の開発者のブラウン博士、コクラン艦長の娘ぐらいの歳の博士は「四対十六でも楽勝」と、ずいぶん強気だが、コクラン艦長は楽観していなかった。実際は四対十六で良くて互角、あるいはやや不利、と踏んでいる。

 勝つためには敵の<ゼロ>を全機無力化し、かつ、<パイレーツ>と敵母艦三隻の艦隊戦に持ち込み、これに勝たなくてはならない。つまり、<ファルコン>隊が敵の<ゼロ>十六機全てを引きつけられるかどうかに全てがかかる。<ゼロ>が一機でも<パイレーツ>に向かえば、直援の<コスモホーク>八機では危ない。

 艦隊戦ならば勝算は十分にあった。三対一とはいえ、火力は互角以上に有利である。問題は機動力の差であった。優速の敵艦に射程外に逃げられては追いきれない。そのためには敵艦隊を騙し、こちらの有効射程内に引きずり込まなければならない。

エサは<ファルコン>のデータ。敵部隊の作戦目的の第一位は<ファルコン>そのものの奪取、あるいは機体データの回収にあると思われる。同時にそれは<パイレーツ>の生命線とも言えた。敵部隊が単に捕捉撃滅を目的としていたなら、勝率は二割を切るだろう。

 負けた場合、<ファルコン>はじめ機密の固まりとも言える<パイレーツ>ごと、跡形もなく始末しなければならず、特にブラウン博士は敵の手に落ちそうな状況ならば……

 そこまで考えて、コクラン艦長は嫌気がさした。二十歳にもならない娘を軍務のために殺せるようなら、自分は今頃海軍の要職にありつけている。こんな変な艦で荒くれ共のお守りしているのは、そんな自分の性格に起因していた。

(勝たねばならない)

 コクラン艦長は、改めてそう思った。手はずは整えている。二重、三重の要素が錯綜する難しい作戦だが、状況を思惑通りに持っていくことが出来れば何とか勝てるだろう。

 

 一方で、ガリレオ同盟軍宇宙艦隊、辺境連合艦隊、第七高速機動部隊司令、リヒャルト・ヴィルハウツェン中佐は、ここまでの展開に満足していた。

配下の一戦隊を犠牲にし、新型試作MPFをテスト中の国連軍秘密基地を突き止めたが、時間稼ぎの悪質なトラップにかかり、脱出した敵艦の痕跡は把握できず、追跡は困難を極めた。

結局は状況判断と推理がものをいい、国連の制圧圏下に逃げられる前に敵艦を捕捉できた。

撃破された味方艦、及び敵基地から情報は得られず、国連軍の新型試作MPFの能力は以前未知数だが、機数は五機以下と推定できる。十六機のゼロを持ってすれば、ましてや最精鋭の彼の部下達ならば、油断さえしなければ決して負けない、という自負があった。

「クラブ隊、ハート隊、第一種対空戦装備で発進。前方三万まで進出させろ。第三戦闘加速でいい。艦隊は引き続き単縦陣で待機。」

 とりあえず先手を打つ。これを見てどうでるかで、敵の指揮官のレベルが大体解る。ここまでの手腕は見事だったが、戦闘となるとどうか。

「さて、お手並み拝見だな」

 リヒャルトは楽しそうに口の端をつり上げた。

 

「かわいげのねぇ……」

 ガリレオ同盟軍が<ゼロ>八機を緩加速で出撃させたのを見て、コクラン艦長は呟いた。

「ダグラス少佐に連絡、ファルコン全機を対空兵装で出撃。緩加速で前方三万まで進出。編隊の散開は厳禁。それと航空隊に指示。ストーク一番をタンカー装備で、二番を対空兵装補給装備で準備させろ。ファルコン隊の三十分後に出撃、進出距離二万。護衛はホーク二機を特殊四番装備で出せ。以上だ」

 考え込んだ様子もなく、即座に命令を下す。

「前方三万で待機ですか?ゼロならば十分足らずで到達します。防衛線としては、浅くないですか?」

 隣に控える石岡副長が質問する。

「どうせ敵も三万出て止まる。その辺が母艦から援護できる範囲だ。こっちの出方を見て、残りのゼロを対艦兵装にするか対空兵装にするか決めようってんだろ」

「艦の援護射撃範囲なら、こちらは5万まで出せますが」

「阿呆。こっちの有効射程教えてどうする」

「……なるほど。それでは、ファルコンを全機出したのはまずくないですか?」

「ただでさえ少ない戦力だ。集中投入せんと意味が無い。それに、ファルコンの機数は大体バレてるからな。八機のゼロ相手に全機出さなきゃイカン、とまぁ、慌ててみせるわけだ。あとはファルコン次第だ。八機相手にがんばってくれりゃあ、敵の残存ゼロは対空兵装で援軍に出てくる。互角以下なら、対艦兵装で艦に向かってくる。そうなりゃ負けだ」

 コクラン艦長は両手を上げて“お手上げ”のポーズを取った。

「……ファルコン任せ、ですか」

 石岡副長は慎重に答えた。

 コクラン艦長は不敵に笑って返した。

「そうよ。全てはファルコンがゼロを全機引きつける、という前提の大バクチだ。ダグラス少佐と坊や達に賭けるしかない。レートは少々高めだがな」

「ハイリスク、ハイリターンというわけですか」

 石岡副長はため息混じりに答えた。

「ハイリスクはともかく、リターンは何です?」

 コクラン艦長は石岡副長を睨みつけた。

「命と勝利だ。ハイリターンだろうが」

 石岡副長は黙り込んだ。

 

「くくく。狸め」

 リヒャルト・ヴィルハウツェンは国連軍のリアクションを見て、楽しそうに笑った。

 MPF隊の進出距離はこちらと同じ。これで艦砲の援護射撃範囲をとぼけられた。そして、MPFの編隊は密集隊形。フォーメーションで格闘戦機、攻撃機、支援機などの編隊構成が有る程度わかるものだが、それもとぼけられた。しかし、MPF四機、おそらくは全機の出撃と、後方援護機の配置で、敵の意志は解った。

「徹底抗戦か」

 確認しようと思い立つ。

「敵艦に打電。降伏勧告を出せ」

 返電が待ち遠しかった。

 

「艦長、敵艦隊より入電。こりゃ降伏勧告ですぜ。読みますかい?」

通信長が振り返りながら言った。

「いらん」

 コクラン艦長は艦長席で腕を組んだまま答えた。

「何か返信なさいますか?」

石岡副長が控えめに訊く。

「交戦信号を打て」

「は?」

「交戦信号だ。戦時法に従って二分間の連続発信。復唱せんか」

「りょ、了解!交戦信号を打電します」

 コクラン艦長に敬礼し、復唱すると、石岡副長は慌てて指示を出した。

「通信長、広域帯で交戦信号を打電」

「あいあいさー」

 

 国連軍艦の発信した交戦信号を受信し、トランプフォース旗艦、航空重巡<ウィンタード>の艦橋では、リヒャルト・ヴィルハウツェン中佐が大声で笑いたい衝動を押さえていた。

「全く、粋な返電だな」

 敵艦の指揮官は、どうやらこれまでで一番油断できない相手のようだ。リヒャルトは気を引き締めた。

「全艦、総員直配置。艦隊陣形、右翼深角斜線陣に移行。第一種戦闘体制!」

 

「艦長、敵が動きやしたぜ」

発令所直配置の観測分隊長が声を上げた。

「ゼロが加速したのか?」

 コクラン艦長はブリッジ正面のスクリーンに視線を向けた。

「いえ、敵のゼロ隊に動きはありやせん。動いたのは敵艦隊でさ。短縦陣から一番艦と二番艦が加速、僅かに左翼方向にシフト。斜線陣ですかね?一番艦の加速量の方が大きいようですぜ」

「艦長、敵の意図は何でしょうか?」

 石岡副長が質問した。

 コクラン艦長は、それには答えず、逆に問い返した。

「副長、今出ている八機のゼロ、ありゃあ敵の一番艦と二番艦から出撃したんだったな」

 石岡副長は慌てて端末を操作し、データを確認した。

「はい、約一時間前、緩加速で出撃、約三万キロ進出の後、減速して相対速ほぼゼロ。本艦前方七万に付けています」

「敵の一番艦、二番艦が軽巡で、最後尾が旗艦の重巡、だったな」

 コクラン艦長は更に質問した。

「はい、赤外線データの解析の結果、間違い有りません」

「フム、するとガラクタ人形の残りの八機は最後尾の重巡の中か」

 コクラン艦長は艦長席に深くもたれ、腕を組んだ。そして小声でつぶやいた。

「黒騎士め、やってくれるな。ラムジィの野郎の入れ知恵か?」

「敵、二番艦停止。一番艦も逆制動、まもなく停止の模様……停止しゃした。艦列角度、当初単縦陣より2度ほど左翼に開きましたぜ。艦長、こいつは……深角斜線陣じゃねぇですかい?」

観測長は言いながら振り返って、確認するようにコクラン艦長を見た。

「……艦長、深角斜線陣とはなんです?単縦陣とさほど変わらないように思えますが」

 石岡副長は控えめに訊いた。コクラン艦長は感心した。この若い大尉は、専門外から副長職になったためか、解らないことはすぐに訊いてくる。順調に将校大学に進んだようなエリートにしては、良い心がけだ。

「狭角鶴翼陣、と言えばわかるか?」

 石岡副長は息を呑んだ。将校大学では主計科専攻だったが、主計科でも戦闘記録をやらねばならないので戦術学も受ける。“狭角鶴翼陣”とは、八年前のガリレオ独立戦争、木星衛星軌道決戦において、ガリレオ同盟軍艦隊が用いた艦隊陣形だった。

 “鶴翼陣”というのは、古代の、人類が地球から出る以前の地上戦で、歩兵や騎兵で集団戦を行っていた時代から使われている由緒ある陣形だ。羽ばたく鶴の翼のように、敵に対して逆ハの字に開いた陣形である。陣形を二重や三重にしたりする、“二重鶴翼陣”

や“三重鶴翼陣”といったバリエーションがある。

主に、突撃してくる敵に対する陣形である。鶴翼の陣形の中央に敵を誘い込み、タイミングを計って両翼を前進させ、敵の包囲殲滅を狙う。両翼を前進させるタイミングが難しく、一歩誤ると敵に中央突破、背面展開を許してしまう。

石岡副長の祖先の日本人では戦国の武将、武田信玄が得意とした。

武田信玄は当時好敵手であった上杉謙信が得意とする“車がかりの陣”を、この鶴翼陣で受けたのだった。

 “狭角鶴翼陣”というのは、文字通り“鶴翼陣”の両翼の角度が極端に狭いものである。発案者は現ガリレオ同盟軍、辺境連合艦隊司令官、マハト・ラムジィ少将(当時少佐)。木星衛星軌道決戦当時はガリレオ同盟軍艦隊の次席参謀であった。

 木星衛星軌道決戦時、兵力差は国連軍がガリレオ同盟軍の二倍を擁していた。緒戦の小競り合いでガリレオ同盟軍の艦隊運動に翻弄され、各個撃破を許した国連軍は、最終局面で艦隊を束ね、紡錘陣形で中央突破を図った。ガリレオ同盟軍は鶴翼陣形でこれを受けた。

 鶴翼陣の中央をめがけて殺到する国連軍艦艇に対し、これを受け止めずに引き、両翼をすぼめていって角度を深くする。国連軍の艦列を引き延ばし、左右から挟み込む。どちらかといえば縦深陣に近いと言える。これで国連軍の動きを止めた。国連軍の後方には、無防備な補給船団がいた。

 ここで、ガリレオ同盟軍が打って出た。鶴翼の中央に集中していた空母から、温存されていた攻撃機隊が対艦雷装で出撃する。狭角になった鶴翼の艦列が、一斉にMFカタパルトを展開。攻撃機隊は、艦列のMFカタパルトを飛び石をスキップするようにリレーし、短時間で秒速五百キロまで加速。カタパルト発進の後は進行方向に直交加速し、緩いクロソイド曲線を描いて国連軍艦隊の後方六万キロに待機していた補給船団に、出撃から三分足らずで殺到した。あまりの電撃的な攻撃に、国連軍は何の対抗策も打てなかった。

 鶴翼の左右の艦列から十秒のインターバルで計四波のクロスアタック。国連軍の補給船団は、四分足らずの間に全滅した。

 タイミングが絶妙だった。国連軍各艦艇の物資、特に推進剤が、戦闘による消費で残量が気になりだした頃だった。この時点で補給しなければ母港であるメタルハーバーにはたどり着けるかどうか、微妙なところだった。なので、全く突然に補給物資を失った国連軍は、恐慌状態に陥った。

各艦が我先に脱出しようとして秩序を失い、あちこちで国連軍艦艇同士が衝突した。冷静な指揮官は降伏信号を出して艦を動かさず、あきらめの悪い指揮官はあくまで脱出を試み、運と操舵手の操艦技量、的確な状況判断に恵まれた艦だけが脱出に成功したが、その数はガリレオ同盟軍が深追いしなかったにもかかわらず、二割に満たなかった。

 “狭角鶴翼陣”と艦載機のMFスキップリレー戦法は「魔の四分」として、国連軍将兵の脳裏に発案者マハト・ラムジィの名と共に、屈辱と戦慄の戦訓として刻み込まれた。

「それではこれは……」

 石岡副長は恐る恐るコクラン艦長に目を向けた。

 コクラン艦長は肯いた。

「深角斜線陣ってのは、単翼版の狭角鶴翼陣だ。今回のは小規模だが、それでも四千キロ程度の加速距離はとれる。要はファルコンさえかわせれば良いんだ。足りない加速はブースターでもつけて、残りのゼロを左翼から高速迂回、本艦に飛ばすつもりだろう」

 説明を聞きながら、石岡副長は先ほどのコクラン艦長の言葉を思い出していた。

(ゼロが一機でもパイレーツに来た次点で負ける……)

「……艦長」

「情けない声を出すな、副長。奴らがこの手で来ることを読めなかったわけじゃない」

 コクラン艦長は落ち着いていた。

「対抗策が有るのですか?」

 石岡副長は訊いてみた。声が少し震えていた。

「言ったろうが。ファルコンに賭けるしかないと」

 言って、コクラン艦長は通信長に向き直った。

「ブラウン博士はどこだ?」

「航空隊管制室でさ」

「呼び出せ。俺の端末だ」

「へぇ」

 二十秒ほどして、艦長席の端末にコール音が響いた。

『お呼びかしら?』

石岡副長はコクラン艦長の隣に移動した。涼やかなその声は、ブラウン博士のものだった。

「博士、敵はゼロの高速迂回を狙ってます」

 コクラン艦長はいきなり本題に入った。

『ええ、ヤン隊長に聞いたわ』

「無駄を教えてやりたいんですが、1号機、かまいませんか」

 画面の向こうのマリアは腕を組んで少し考え込み、あきらめたようにため息をついた。

『仕方ないわね。早い内に、余り手の内を見せたくないんだけど』

 マリアは、微笑みながら言った。

「では、始めます」

『よろしくお願いします、艦長』

 コクラン艦長は艦内通信を切った。

「どういうことです?」

 石岡副長は、不安な面もちで訊く。

「こっちから仕掛ける。ファルコン1号機の機動力と戦闘力を見せつける。1号機のT−MAX、あれなら高速迂回するゼロを捕らえることが出来る。それを教えてやる。黒騎士の野郎も出てくる」

 コクラン艦長は、不敵に笑った。

「ファルコン隊にレーザー信号。『C−5』を連続発信」

 コクラン艦長の命令を受け、通信長は直ちにレーザー信号を打電した。

「ストーク隊にも前進を指示。本艦も出るぞ。総員直、第一種戦闘態勢。第二戦闘加速。針路0−0−0−0」

 矢継ぎ早なコクラン艦長の指示を、石岡副長は慌てて復唱した。艦内に総員直配置と第一種戦闘態勢を知らせる警報が鳴り響いた。

 

『Fリーダーより各機へ。受信したか?』

 通信機から、ダグラス少佐の声が響いた。

「こちらF3FO。作戦信号『C−5』受信確認」

 3号機ではレーダーオペレーターのアルベールが答える。

『F1。受信確認』

『F2。同じく受信確認』

 誠とハンスの声が続いた。

『よし、手はず通り始めるぞ。各機、発進!』

『あいあいさ』

『アイ・サー』

「ラジャー」

 それぞれ好き勝手に答える。ハンスは海兵隊、誠は海軍、ヴィアンカは空軍の“了解”だった。

 四機のファルコンは一斉にエンジンに点火、猛然と加速し、前方四万キロにいる<ゼロ>の編隊に向かった。

 

 リヒャルト・ヴィルハウツェンは満足だった。戦況図には加速して前衛のクラブ・ハート隊に接近する敵のMPF隊、その後方で、やはり前進する敵の支援隊、及び敵艦が映っている。

「やっと、動いてくれたな」

 敵MPFのデータを取るため、JMMの使用は禁止している。もとより、数的有利な戦況で攪乱兵器を使用することもない。

 時間と共に国連軍MPF隊の編隊がばらけてきた。意図的に加速度差を付け、編隊フォーメーションを取りつつある。

前衛が二機、これは格闘戦戦闘機だろう。

中衛が一機、これは恐らく支援攻撃機。

後衛が一機、これは後方支援機か。

同型機を作戦装備でその様に割り振ったのか。違うだろう、とリヒャルトは推定した。同型機を揃えているならば、数で負けている分、戦力分散になるこの様なフォーメーションは取らない。同様の対空戦装備で密集隊形のまま来る。

(国連軍は用途別の機体を開発し、各作戦分野で零式を上回る機体バリエーションを作ったという訳か)

 それが最も考えられる答えだった。しかし、MPF(マルチ・パーパス・ファイター:多用途戦闘機)という本来のカテゴリーからすれば、少々はずれた開発目的だろう。MPFの概念は、一種類の機体を装備交換によって様々な作戦目的に使い廻す、というものだ。

数的劣勢、及び総合国力に劣るガリレオ同盟ならではの戦略構想から生まれた機体である。

 が、その気になればいくらでも数を揃えられる国連では、発想が異なるらしい。

 敵MPF隊の編隊構成が解った以上、対抗手段は決まった。

「クラブ隊、ハート隊に打電。敵前衛と後衛を分断、各個撃破を狙わせろ」

 同数ならともかく、倍の数の零式が戦力分散した敵MPFに劣るとは思わなかった。この時点では。

 

「けっ。ようやく動きやがったぜ」

 アルベールが毒づいた。先頭を切る誠のファルコン1号機が対敵距離五千キロを割った時点で敵の編隊が動き出した。

四機ずつ左右に分かれ、単機で飛び込む1号機を挟む体制だ。

ダグラスのプロトFRは1号機の後方千キロ。その後方三千キロにハンスの2号機。アルベールとヴィアンカの3号機は2号機の更に一万キロ後方に居た。2号機と3号機は加速を終え、慣性飛翔に入っている。1号機とプロトFRがなお加速を続行し、<ゼロ>の編隊に向かっていた。

「そろそろね」

 ヴィアンカが呟いた。

1号機と敵編隊の相対距離が四千キロを割り込み、後続の2号機と敵編隊の距離が八千キロに近づいた。

「よし、やるぜ!」

 アルベールは僚機にレーザー信号を発信した。信号パターンは『エンゲージ』。交戦宣言だ。

レーザー発信のきっかり五秒後にレーダーを戦闘出力で発信。今まで赤外線センサーのみで捕らえて敵編隊の、正確な位置、加速度が克明に判明する。3号機の戦術戦闘システムは直ちに敵機の未来位置、想定コースを算出。データリンクを通じて2号機にデータを転送する。

「ハンス!ショータイム、一幕だ!」

 アルベールは興奮した声を上げた。

 

「来た来た」

 ファルコン2号機のハンスは、3号機からのデータ受信を確認した。戦術戦闘システムがデータを解析し、敵編隊の攻撃優先順位を指定。火器管制装置が自動制御で超々遠距離狙撃スコープと2号機主兵装のロングレンジガンを連動で第一目標に指向する。

 ハンスはヘルメットのHUDにスコープの映像を出した。ほぼ中央に胡麻粒大のゼロが捕らえられている。敵編隊右翼側の1番機。推定される右翼編隊の隊長機だ。

映像の隅に、『手動照準』のサインが点滅する。

「出番やなぁ。」

 IMCSに制御を変更。ロングレンジガンを構えて狙うイメージを浮かべ、HUDに表示される対敵距離、相対速などの様々なデータを見ながら、照準を合わせる。ロングレンジガンの発射準備は整っている。

 安全装置を解除した。

「もらった」

 ハンスはほくそ笑みながら、トリガーを引いた。

 

ガリレオ同盟軍トランプフォース所属、クラブ隊隊長ヘルマン大尉はツイていなかった。

二万キロは離れていた敵MPF隊の四番機から、信じられないような大出力のレーダー波を浴び、全センサーが損傷しかけた。予備回路に切り替えてセンサーを回復させると、赤外線センサーが八千キロ近く離れている敵三番機の砲炎発光を確認したところだった。

「何を慌ててやがる。そんな距離から撃ったって、あたるわけが無いだろう?」

 警報が鳴った。最も近い敵一番機の接近警報ではなかった。

「なに?」

 正面スクリーンに、敵三番機のビーム光弾の軌跡が広がった。

 回避機動は間に合わなかった。ヘルマン大尉が操縦桿に力を入れかけたところで、敵のビームは機体右肩のミサイルランチャーに命中、弾頭が誘爆し、ヘルマン機、クラブ1は爆散した。

 

「やりやがった。初弾から命中とは、さすがハンス」

 アルベールの賛辞には、所々口笛が混じっていた。

電子作戦艦並の出力を誇る3号機のレーダーは、半径五万キロの物体を正確に測定出来る能力を持つ。たかだか二万キロ程度先の戦闘機の動きなど、姿勢の変化まで捕らえることが出来た。3号機は敵機の機動情報を定期的に指向性通信波のデータリンクで2号機に送り続け、2号機はその情報を元に、遠距離狙撃を続行した。

「二射目以降は、当たらないわね」

 3号機パイロット担当のヴィアンカは、する事がない。

「そりゃ、敵が回避機動を始めたからな」

 3号機レーダーオペレーターのアルベールはセンサーとレーダーの調整で忙しい。

「お、撃墜したのは右翼編隊の隊長機だったみたいだな。左翼編隊に比べて残った三機の動きがバラバラだ」

 先行する1号機の対敵距離が千キロを切った。

「はじまるぜ。ショータイムの第二幕がよ」

 赤外線センサーが、1号機の発生する大量の熱を捉えた。

「T−maxね。すごい、二十G近く出てるわ」

 誠のファルコン1号機は、T−max出力で全力減速を始めた。対敵相対速度毎秒二十キロが、みるみる落ちる。二十Gの加速力なら、相対速秒速二十キロをゼロにするのにたったの百秒。減速距離はちょうど千キロ。ただし、二十Gというのは致死交通事故の衝撃を遙かに越える。百秒も続けば、普通、人間は生きていられない。

「俺が医者なら、あの野郎、絶対解剖したいぜ」

 アルベールは物騒な感想を口にした。

 ヴィアンカは、五時間ほど前に言葉を交わした同僚が本当に1号機に乗っているのか、疑いたくなった。

「生きるために足掻いている」

 そう語った人間らしい彼が、非人間的なパフォーマンスを見せている。戦場にいることも交え、現実感が薄れていた。

 

 T−max出力で二十G減速を続ける1号機のコクピットで、誠は歯を食いしばって耐えていた。

 優れた肉体パフォーマンスを誇る彼でさえ、並の人間ならば即死しかねないこの高Gは、かなりの重圧である。この環境下では、彼とて操縦桿やペダルを正確に扱うのは、かなりの困難を伴う。

ファルコンのコクピットは機体の腰部〜胸部付近にあるコアブロックの一角を占めている。縦置きのドラム型で、作戦時には周囲の空間から五十センチ程度の離隔で電磁浮遊ホールドされる。ドラムブロック自体が縦方向に自由回転する事により、機体の加速方向に関わらず、パイロットの対G姿勢を最適姿勢で保ってくれる。

無論、その機構で体感Gが軽減されるわけではない。戦闘機動時にくるくる向きを変える加速方向を、限られた方向だけにしてくれるだけだ。

1号機は他の機体と違って、IMCSによる機体のコントロール領域が広い。2号機や3号機は機体の操舵や加減速は操縦桿とスロットルペダルで行い、基本的に機体姿勢は自動制御。IMCSは随時起動して補助的な機体姿勢制御を行う機能に過ぎない。これに対し、1号機のIMCSは操舵・加減速にも及ぶ。要するに誠は体を全く動かさず、脳裏に浮かべたイメージだけで1号機の全機能をコントロールできるのである。極端な話、誠はコクピットでただGに耐えれば良いのだが、その中で正確な動作をイメージするというのも、途方もない集中力を要する。

 誠自身、自らの手足で正確な操縦動作ができるぎりぎりのG環境は18Gくらいまでである。誠は以前、海軍士官学校での対G訓練の時、機械の故障で30Gを体験したことがあった。全身の筋組織を限界まで張りつめて耐えたが、眼球は水晶体が変形し、視界はまともに得られず、内臓は体積が半分以下になったのが感じられた。肺はまともに機能せず、腹式呼吸で強引に最低限の呼吸を確保した。胸骨を胸筋で支えていなければ、胸骨の自重で背骨とサンドイッチになった心臓は破裂していたかもしれない。

 教官が訓練装置の電源を落として止めてくれるまで約一分間。もう一分続けば死んでいたかも知れない。

 

 敵に背を向けて減速するという状況は、心理的に相当なプレッシャーだった。自機の推進排気炎のせいでセンサー情報は全く得られない。敵機の動向は、3号機からの情報支援が頼りだった。

 後方のダグラス少佐のプロトFRも1号機と同時期に減速に入っていた。1号機の半分の十G加速で減速。減速時間も倍なら減速距離も倍。誠が減速を終了し、敵の<ゼロ>隊と交戦に入ってからダグラスが加わるまで百秒。その百秒の間は一人で持たせなければならない。その間は2号機の支援攻撃と3号機の電子戦攻撃しか味方の援護はない。

 3号機からの情報では、敵編隊は2号機の狙撃を散開・各個回避機動で対応している。左翼編隊はまだしも統率がとれているが、右翼の三機はそれこそバラバラだった。

「右の三機からやるか。最右翼の機体からだな」

 誠は最初の獲物を決めた。

 

「あれは、本当に有人機なのか?」

 トランプフォース旗艦<ウィンタード>艦長、ジェルジ少佐は驚きを隠せずに呟いた。

 正直、リヒャルトも同じ思いだった。単機で切り込んで来た敵の一番機、一撃離脱戦法をしかけてくるのかと思いきや、なんと二十Gなどというとんでもない加速力で減速し始めた。計算ではあと一分足らずでこちらのクラブ隊、ハート隊と相対速度が均衡し、近接格闘戦に入る。

 これではっきりした。敵の一番機は機動力で零式を遙かに上回る。クラブ1を八千キロ以上の距離からビーム砲の狙撃で撃墜した敵三番機の攻撃能力も驚嘆に値した。さらには、電子戦艦並のレーダー能力を持つ四番機だ。あの出力のレーダーの前には、果たしてJMMが有効かどうか、疑わしかった。零式と性能的に互角なのは、敵の二番機だけではないのか。

 国連軍は、とんでもない<零式殺し>を開発したものだ。

 相対速が毎秒二キロを切ったところで敵一番機は向きを変えた。同時に敵三番機の支援攻撃がハート隊への牽制攻撃のみなった。

そこに減速を切り上げた敵二番機が中距離牽制攻撃に加わり、ハート隊はクラブ隊との連携を絶たれた。敵を分断するつもりが、こちらが分断されてしまった。

クラブ隊はクラブ2、副隊長のリューカス中尉が指揮を引き継ぎ、三角編隊に組み直す。敵一番機は零式のレールガンの射程に入り、クラブ隊三機は猛烈な弾幕で敵一番機に射撃を開始した。

「速すぎる……」

 敵一番機はレーダー上に残像を残す、とんでもない連続シザース機動で飛び回っていた。偏差射撃どころではない。射撃するどころか、動きを捉えることさえ出来ないのではないか。

『クソ、何処だ!』

『右だ、右!』

『いないぞ!』

『下、いや上だ!』

 オープンになった無線から、クラブ隊三機の乗員の恐慌する様子が伝わってきた。データリンクをモニターすると、乗員どころか、機載の戦術戦闘システムすら混乱していた。

 戦況モニター上で、敵一番機の輝点がクラブ2、リューカス中尉の機体に重なった。

『この、死に神めぇ!』

 次の瞬間、クラブ2の反応が消失した。

「どうした、リューカス!」

 リヒャルトはインカムを握って叫んでいた。返事はなかった。

「一撃か……いったい、何でやられたのだ?」

 ジェルジ少佐は惚けたように言った。戦況モニターに戦術システムの解析結果が出ていた。

「近接戦闘用の斬撃兵器、だと?プラズマソードだというのか?」

 信じられなかった。相対速度が秒速数キロにも及ぶような超高速格闘戦で、そんなことが可能なのか。飛んでいる弾丸を叩き落とすようなものだ。

『こちらクラブ3、司令、撤退許可を!……クソ、来るな!うわぁあああ!』

 クラブ3の反応も消失した。

 クラブ4、モーリス少尉は撤退許可を求める前に全力加速で逃亡にかかった。なりふりかまわず、増槽を投棄し、ミサイルランチャーも捨てて重量軽減を図った。しかし、振り切れない。機体右腕のレールガンをフルオートで背後に迫る敵一番機に向け、追い払おうとするが、無駄だった。敵一番機の超高速シザース機動に対し、一発もかすりもしない。モーリス少尉はついにレールガンも投棄した。それでも直線加速で逃げるクラブ4より、シザース機動しながら追う敵一番機の方が速い。画面上でクラブ4に、敵一番機の輝点が重なった。

 クラブ4は爆散し、反応消失。敵一番機の反応だけが残った。

 クラブ1が撃墜されてからクラブ隊全滅まで、四分とかからなかった。クラブ2、3、4の三機は、まとめて一分ももたなかった。

 

「化け物め!」

 リヒャルトは奥歯を噛みしめた。「敵MPFの性能は零式と大差ない」という、自身の見通しの甘さを噛みしめていた。その甘さで、部下を四人も失った。敵に降伏を促すどころではない。このままではこちらが全滅しかねない。リヒャルトは総力戦を覚悟した。

「ハート隊を本隊前方二万キロまで下がらせろ。ありったけのJMMをばらまけと言え。<ガント>に援護射撃を指示。敵一番機とハート隊の間に弾幕を張らせろ。艦隊陣形、単縦陣に戻せ。カタパルト軸線を前方戦闘宙域に向けろ。スペード隊、ジョーカー隊は全機第三種対空戦装備。私の機体は第四種対空戦装備に換装させろ。緊急発進準備!」

 矢継ぎ早に命令を下しながら艦橋を出ていこうとするリヒャルトを、副司令をかねるジェルジ少佐は慌てて止めようとした。腕を掴む。

「司令、おやめください!」

「放せ艦長!」

「敵の母艦を突きましょう!何も司令自らお出になることは……」

「無駄だ。敵一番機のあの加速、高速迂回に十分追いつく。見ただろう。奴は零式の死神だ。追いつかれたら殺られる。部下ではな」

 リヒャルトはジェルジ艦長の目を見返した。

「奴は私が押さえるしかない。後は任せる、艦長」

 ジェルジ艦長は掴んだリヒャルトの腕を放した。リヒャルトは、<ウィンタード>の艦橋を後にした。

 

 敵艦からの猛烈な砲撃に遮られるまでもなく、誠は敵の左翼編隊の追撃を諦めていた。

最初の減速から敵右翼編隊の殲滅まで、T−maxの連続使用時間が五分を越えた。マリアはエンジン配管の新素材への交換で、八分の連続使用を保証したが、耐熱関係のセンサーモニターが四分の一近くイエロー表示になっている。推進力よりは機体の冷却に多量に使用したため、残燃料も半分を切った。一度タンカーと合流して、補給しておきたかった。

『こちらFリーダー。F1、聞こえるか』

 プロトFR、ダグラス少佐からの通信だった。

「F1。感度良好」

『深追いするな。退くぞ。後続のストークと合流する』

「了解」

 誠は機体の向きを変え、通常推進で後退した。敵艦からの砲撃も止んだ。

(次は黒騎士とだな。)

 誠は、漠然とそう思った。



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