第10章 「脱出」

 

「あー、シャワーが浴びたい」

 ヴィアンカはふてくされていた。パイロットスーツの上半身をはだけ、袖を腰で巻き、ノースリーブのアンダーシャツという格好だ。汗の臭いが気になるのか、時折タオルで腕を拭く。

「俺はまともな飯が食いてぇよ」

 アルベールは手にしたクラッカーサンドの袋とコーヒーのチューブを投げ出した。どちらも不味いことで知られる軍用レーションである。

 推進剤タンクと供給ユニットをつけたタンカー仕様の<<コスモストーク>>とランデブーして1時間。3号機は便乗してきた整備班によって整備中だ。二人は<コスモストーク>の居住室で待機を言い渡され、する事もなく暇を持て余していた。

 SS156は現在ほぼ無人となっている。要員は機材ごと<パイレーツ>に積み込まれ、<パイレーツ>はすでに出航していた。

 プロトFRと2号機はすでに<パイレーツ>に着艦し、点検整備と補給を受けているはずだ。1号機もつい先ほど着艦したところだ。だが、3号機は推進剤の補給が終わっても<パイレーツ>への着艦は許されない。そのまま<パイレーツ>の進路前方へ進出し、哨戒を行うことになっている。タンカー仕様の<コスモストーク>は、3号機用のビーム機銃まで持ってきていた。

「ったく、なんで私たちだけ……」

「ヴィー、そのセリフ、3度目だぞ」

「うるさい」

 ハンスや誠やダグラス少佐は、今頃シャワーを浴びて、士官食堂でちゃんとした食事をしてるに違いない。なのに、自分たちは演習からずっと3号機の狭いコクピットに詰め、戦闘が終わっても<コスモストーク>の決して広くはない居住区でシャワーも浴びられず、不味いレーションのコーヒーをすすり、クラッカーサンドを囓っているのだ。ふてくされるのも無理は無いというものだ。

「はぁ。クリス、ちゃんと私の荷物積み込んでくれたかなぁ……」

「信じるしかねょ。忘れてないのを、な」

 SS156に戻れなかったヴィアンカとアルベールは、自分たちの私物の積み込みをそれぞれのルームメイトに頼んだ。荷物といっても、任地での私物の所持は極力制限されるから、ほとんどが着替え、それも制服やトレーニング用のジャージで、私服はほとんどない。あとは些細な小物というところだ。全部で鞄一つで間に合うほどでしかない。だが、忘れられていると、艦に戻ってもパイロットスーツ以外に着るものがないということになる。財布がないので、PXで買うこともできない。

「……はぁ」

 ヴィアンカはため息を付いた。

「おう、待たせたな坊や達。整備班が作業を終わらせたぞ」

 居住室に<コスモストーク>の機長の中尉が顔を出してそう告げた。

「了解。ヴィー、行こうぜ」

 アルベールは開けていたパイロットスーツの機密ファスナーを閉め、ヘルメットを手にとってエアロックに向かった。

「あー、シャワーが浴びれるのはいつかしら」

 ぼやきながらヴィアンカはスーツの袖に腕を通し、アルベールの後を追う。

「おまえらが敵を倒せば好きなだけ浴びれるさ。がんばれよ」

 <コスモストーク>の機長の言葉に背中越しに手を振って応え、ヴィアンカはエアロックに入った。

 

「艦長、F3が補給を終了。指示を求めてますぜ」

「予定進路のコースデータを送信して、前方7万に付けといっておけ」

「へぇい。了解でさ」

 SS156から退避を行うにあたり、統一指揮は<パイレーツ>の艦長であるコクラン大佐がとることになった。元々第666実験戦闘飛行隊は第13新兵器実験戦隊の下位組織であるから問題はない。<ファルコン>のテスト中、独立していた指揮権を、上位組織の管轄に戻すだけだ。

 微加速を続ける<パイレーツ>の艦内は、にわかな慌ただしさに満ちていた。研究所の資材を一切合切格納庫に放り込み、あわただしく出航したせいだ。当直体勢は左舷直のままだが、右舷直の要員全員が駆り出されて艦の倉庫への片づけをさせられている。事実上総員直となっていた。

 資材はまだSS156に残っており、艦載の<コスモストーク>や<ファルコン>さえも動員して出航した<パイレーツ>に運び込んでいる。

大型コンテナを手に持って運べる<ファルコン>は、こういう場合重宝された。ダグラスはじめ、戦闘から休みのないパイロット達は渋ったが、格納庫が片づかなければ<ファルコン>を格納、整備するスペースすら作れないのだから仕方がない。

「ブラウン博士は今どこだ?」

 コクランは通信士官に訪ねた。

「副長とSS156でさ。帰るのは最終のストーク便だそうで」

「そうか」

 艦はまだSS156から1万キロ程度しか離れていない。SS156の撤収作業が終わらない限り、巡航加速に移れないのだ。

 そうまでして出航を早めたのは、SS156への敵襲と前後してジュノーの国連軍基地が敵の猛攻にさらされたためだ。

 ガリレオ同盟軍の辺境連合艦隊、事実上の主力といわれるこの艦隊の戦力、全八個戦隊の内七個戦隊が確認された。戦闘艦艇28隻、ゼロ140機。ジュノー駐留の国連軍は全力で迎撃したが、先の輸送戦隊の壊滅により物資の備蓄が少なく、継戦能力が低下しており、戦闘不能に陥るのは時間の問題だった。

 コクラン艦長はジュノー陥落まで2日と持たないと判断し、撤退を急ぐこととした。それに、ガリレオ同盟軍の辺境連合艦隊、動向が未確認の残り一個戦隊が気になっていた。

 未確認の一個戦隊は辺境連合艦隊所属になっているものの、ほとんど独立戦隊扱いでおそらく同行していない。その独立戦隊が<ファルコン>開発部隊の探索任務に就いているのであろう。先刻撃破したオブライエン級航空軽巡はその内の一隻。

 国連軍にも名の轟く、その独立部隊のマークが、間近で戦ったダグラス少佐と誠の<ファルコン>の映像記録に映っていた。

「まさか、トランプ・フォースだったとはな…」

ため息混じりの独り言になった。

 ガリレオ同盟軍の精鋭中の精鋭部隊、辺境連合艦隊・第7高速機動戦隊。通称“トランプ・フォース”。

 編成は通常の高速機動戦隊と同様で、オリオン級重巡1、オブライエン級軽巡3、ゼロ5個小隊。

 ゼロ小隊それぞれにスペード、ダイヤ、ハート、クラブ、ジョーカーのコードネームがあり、それぞれ母艦も同様のマークをつける。

(スペードとジョーカーの小隊はオリオン級に同居)

 戦技研究と教導が目的の部隊で、ガリレオ同盟軍の選りすぐりのゼロドライバーが集められている。そこまで詳しくわかっているのは、敵の宣伝によるところが大であるが。

 誠が撃破したオブライエン級には、ダイヤのマークが刻まれていた。よって、推定される探索部隊の残存兵力はオリオン級航空重巡1、オブライエン級航空軽巡2、ゼロ16機。

 兵の手前、顔には出さないが、コクラン大佐は焦りを感じていた。いくら<ファルコン>の戦闘力がゼロを大きく凌駕していようが、敵の最精鋭部隊を相手に戦力比4対16では分が悪すぎる。1隻ずつ各個撃破できればいいが、敵もそこまで甘くはない。1隻が完全撃破されたとあっては、おそらく集結してからSS156に来る。

 出来れば逃げ切りたかったが、戦闘が不可避ならば時間が稼ぎたかった。急な撤退のため、現在は混乱の極みである。体制を整える時間が欲しかった。

「ブラウン博士の策がうまくいくか……」

 うまくいけば時間が稼げる。コクラン艦長は神に祈りたい心境だった。

 

『ブラウン博士、こちらの方は終わりました』

 管制室の石岡副長からの通信だった。

「わかったわ大尉。あとは私とイェルペルセン准尉、クローチェ二曹でやります。石岡大尉は格納庫の方をお願いします」

『了解しました。最終便は30分後に出します。急いで下さい』

「25分で行きます」

『では、後ほど』

 モニターの通信ウィンドウが閉じた。

「で、わてら何したらええんでっか?」

「うん。何やればいいんですか?」

 マリアの後ろに手持ちぶさた……両手は手荷物で一杯だが、とにかく暇を持て余したハンスとクリスが立っていた。

「これよ」

 マリアは黒い小箱を取り出した。

「爆弾?」

 ハンスの顔色が変わった。マリアは口元に笑みを浮かべた。

「さすがは専門家ね」

「え?」

 クリスが怪訝な表情を浮かべる。

「ハンスって、爆弾の専門家なの?」

「へ?ああ、いや。警務隊の研修で対破壊工作の訓練は受けたんけど、別に専門家ちゅうわけやないで」

「十分よ。これをこの研究室に仕掛けるから、手伝って欲しいの」

「あー、ボクは爆弾なんてさわったこともないですよー。あはは……」

「あなたにやって欲しいのは配線関係よ。クローチェ二曹」

「……はい」

「今から20分くらいしかないわ」

 マリアは配線図を広げた。

「説明を始めるけど、二人とも、その荷物は何?」

 問われてハンスとクリスはお互い顔を見合わせ、共に苦笑を浮かべた。

「私物ですわ。わてとクートー候補生の」

「ボクも、エヴァンス候補生と自分の荷物です。結局最後に残っちゃって」

 マリアは興味を失ったように図面に向き直った。

「とりあえず、そこに置きなさい。持ったままじゃ作業できないわ」

 ハンスとクリスは互いにため息を付き、荷物を床に置き、図面を覗き込んだ。

 

『認めたくない現実というのは、あるものだな、ヴィルハウツェン中佐』

 モニターの向こうの将官が軽くため息をついた。

「私とて認めたくはありませんが、ダイヤ隊が交戦信号を最後に音信を絶って24時間になるのは事実です」

『国連軍のMPF、わが軍の“零式”を遙かに上回る性能と言うことなのか?』

 通信相手の将官、ガリレオ同盟軍・辺境連合艦隊司令長官、シンドゥラ・マハト・ラムジィ少将は、浅黒の、東洋系の仏像を思わせるのっぺりとした顔立ちに、感情の抑揚があまり見えない切れ長の瞳の視線を宙に漂わせていた。

「状況が不明です。敵はすでに多数の機体を用意していたのかも知れません」

『いや、それはないな、リヒャルト。軍情報部、外務省、行政府調査室。複数のソースから、国連の試作MPFは少数、ということで情報が一致している』

 ガリレオ同盟軍“トランプ・フォース”司令、リヒャルト・ヴィルハウツェン中佐は、同意するようにうなずいた。

「同感です、長官。ジュノーに潜入した諜報員から、三名ないし四名のテスト・パイロットを確認したとの情報もあります。実用に耐える試作機は5機を越えないでしょう。それと、軍務中にファースト・ネームはおやめ下さい。兵が見ています」

 モニターのラムジィ少将は切れ長の瞳にわずかに笑みを浮かべた。

『すまんな、中佐』

 そして漂わせていた視線をリヒャルトに向けた。

『では、ダイヤ隊はほぼ同数と思われる敵MPFに敗北したことになるが』

 リヒャルトは、モニターのカメラの死角になる位置で、拳をきつく握った。

「“零式”の対抗機種としての試作機ならば、個体の性能が“零式”を上回る可能性は否定できません。ですが、ノウハウの無い国連が、それほど性能に格差のある機体を、この短期間に用意できたとも思えません」

『では、中佐は敗因は何だと思うのだ?』

「小官は、最大の敗因は油断にあると思います」

『油断?』

「我が軍は、開戦以来、少々勝ちすぎました。ほとんど損害を受けず、勝ち続けてここまで来ました。慢心するなと、訓令はしてきましたが、敵を侮るのも無理からぬことです」

『ふむ』

「部下を失ったのは心苦しい限りですが、全軍に活を入れるには、むしろいい機会だとも思います」

『そうだな。国連軍とて、いつまでも手をこまねいているわけでもあるまい。で、どうだ。その国連軍の試作機、奪取できるか』

「隊の総力を挙げて捜索します。兵力差があるので降伏に追い込めるかと。敵があくまで抗戦する場合は撃破もやむ無しとお考え下さい」

『任せる。こちらはジュノー攻略の大詰めだ。そちらに援軍を回す余裕はない』

「心得ております。御武運を」

 リヒャルト・ヴィルハウツェンは切れた通信モニターから視線をあげ、艦橋の作戦モニターを見上げた。

「司令、左舷にクラブ戦隊“ガント”舷側灯火を確認」

「右舷、ハート戦隊“リトバルスキー”確認しました!」

「時間通りだな。……戦隊合同、単横陣。両翼7千につけ。進路060」

「進路060、サー。おもかーじ」

「両舷、発光信号。僚艦に伝え」

「レーザー信号燈スタンバイ。発光信号、送信良し!」

 若干27歳にて中佐。独立戦隊“トランプ・フォース”司令官。典型的なドイツ系の彫りの深い端整な顔立ちにヘイゼル・ブルーの瞳、顔立ちと瞳の色と対照的な黒髪。ガリレオ同盟軍のトップ・エースは、麾下の全戦力を束ね、ダイヤ隊が最後に連絡を絶った場所へ向かっていた。

 

「あー、生き返る!」

 演習でSS156を飛び立ってから40時間以上。ヴィアンカは<パイレーツ>の浴室で、念願のシャワーを浴びていた。

 <コスモストーク>から補給を受けた後、12時間の哨戒任務。アルベールと交代で仮眠を取ったとはいえ、コクピットのシートは睡眠に適しているとは言えない。

 交代の電子装備<コスモストーク>に引き継いで、ようやく帰艦が許可された。帰ってくるなりアフターミーティング。それからも解放され、割り当てられた以前と同じ部屋にたどり着き、クリスがちゃんと持ってきてくれた私物から着替えを取り出してカプセルベッドに直行した。

 カプセルベッドとは、体温よりちょっと高めの生理塩水を満たしたもので、睡眠導入剤を浸透注射した上で呼吸用のマスクを付けて入る。人工の子宮のような環境で、短時間で深い睡眠に入り、特殊な呼吸ガスと皮下浸透液を通じて、半ば強引に体内の老廃物を排出し、新陳代謝を促す。1時間程度の使用で8時間睡眠に匹敵する効果がある。

 システムが場所をとるので数が少なく、<パイレーツ>には十二床しかない。多用すると体調に変調を来すので、基本的に戦闘時などのやむを得ない場合に使用が許可される。ヴィアンカと入れ違いに、発令所要員の何人かが出てきたところだった。

 ヴィアンカは1時間経ってカプセルから這い出すと、体を拭くのもそこそこに、シャワールームに直行した。 

 艦は慣性飛翔の無重量状態なので、上方から温風と共に吹き出される温水で身を洗う。温水は下方の吸引口から吸い出される。こうして空気ごと入れ替えるようにしないと、“流れ”が生まれない。

「全く、丸一日以上パイロットスーツ着てたなんて」

 髪を梳いていると、温水に変わって洗浄液が出てきた。泡まみれになりながら、頭髪を洗い、持ち込んだスポンジで体の表面を拭う。

カプセルベッドの効果か、ずいぶんと垢が出た。

「……肌荒れまでは行ってない。よかったー」

 戦闘機パイロットといっても、ヴィアンカの体つきはいわゆる“マッチョ”とはほど遠い。幾分ほっそりしているほどだ。無駄な脂肪は付いてないが、女らしいラインが出るほどには皮下脂肪が付いている。胸はそんなに無い。士官学校の訓練を経てちょっと減ったかも知れない。ヴィアンカは、一応気にしていた。だが、いい意味で引き締まった体型と言えなくもない。

 二十二世紀、国連宇宙軍の軍医学は東洋のエッセンスをも取り入れ、洗練された。無駄に筋肉を付けると体重の増加を招き、高G下では文字通りの“重し”となる。従って、筋肉を増やすのではなく、“質を高める”という訓練を行う。筋繊維というのはすべてが使われているわけではない。それをすべて高度に使うようにすれば、筋繊維を太くするより高い筋力が得られる。

 洗浄液が、再び温水に切り替わった。

「もう?早いなぁ」

 すべてが閉鎖系の航宙艦船では、水は貴重だった。循環系を採用しているとはいえ、生活水すら使用制限が厳しい。シャワーは全自動で一回五分に制限されていた。兵士達は、皮肉を込めて“全自動洗濯機”と呼んでいた。ちなみに、カプセルベッドは“急速充電器”だ。

 温水が途切れ、強制乾燥の温風になる。体の方は乾くが、髪は生乾きだ。

「もっとゆっくり入りたい……」

 艦隊勤務では叶わぬことをつぶやきながら、ヴィアンカはシャワールームから出た。

 着替えて更衣室から出たところで、副長の石岡大尉に会った。

「おや、エヴァンス候補生。疲れは取れましたか?」

「はい副長。なんとか。今からブリッジですか?」

「ええ。今度は艦長にも休んでいただかないとね。頼りない副長ですが」

 石岡はため息をついた。

「そんな」

「気を使わなくていいですよ。実際、まだ副長など務まらないことは承知しています。それでも、やらないといけません。例え戦時特例の代理配置だとしてもです」

 通常、航宙軍では“艦”と名の付く航宙艦船の指揮官は佐官以上の将校であり、重巡洋艦クラス以上の大型艦の艦長は大佐、副長は中佐というのが相場だった。

 ところが、開戦直後のメタルハーバーでのアステロイド艦隊の壊滅より、艦隊勤務の将校が激減したのだ。艦隊戦力の再編にあたり、航宙軍軍令部は苦肉の策として、他方面部隊の副長クラスの将校を新編艦隊の艦長クラスとして引き抜いた。そして、現行艦隊の副長には、穴埋めとして各後方部隊や警備部隊、予備役、航宙軍将校大学の佐官候補士官などの高級士官を引き抜いて配置した。

 統合作戦本部直轄部隊群所属の<パイレーツ>とて例外ではなく、元の副長の中佐は航宙軍の新編部隊に配置換えになった。

「私は元々主計畑でしてね。この艦に来る前は将校大学の主計課学生でした。修了後は軍令部の主計局に入営の予定だったんです」

「はぁ。それが、直轄部隊群とはいえ、艦の副長ですか……」

 通常、副長といえば艦隊勤務の花形で、成れるのは艦長候補の航宙課か砲術課の将校だ。主計課は艦隊勤務では艦主計長か戦隊、艦隊の主計長止まりで、艦長はおろか副長になることすら珍しい。

 石岡大尉にとっては、艦の副長というのは慣れないどころか未知のポジションだろう。

「ははは。なにやら愚痴になってしまいましたね」

「いえ」

 愚痴の一つも言いたいときがあるだろう。だが、ヴィアンカにはがんばって下さい、とも言えなかった。士官学校出たての候補生が何を言ったところで副長の矜持が傷つくだけだ。

「それでは」

 敬礼して、ヴィアンカは自室に向かった。

 

「副長石岡、参りました。ただいまより直につきます」

「うむ」

 石岡副長は敬礼して発令所に入ると、艦長の横についた。

「艦長、敵の動きは?」

「先ほど、SS156の管制システムが敵艦隊の接近を知らせてきた」

「思ったより、早いですね。逃げ切るのは難しいかと」

「ああ。流石は“トランプフォース”、といったところか。だが、この分ならもう少し時間は稼げる。体制を整えることは出来る」

「……戦闘、ですか。勝てるでしょうか」

「勝たねばならん。幸い、本艦には実験用の各種新兵器が揃っている。それらを上手く使えば、勝算はある」

「はい」

 石岡は安堵の吐息を漏らした。艦長のコクラン大佐は、八年前のガリレオ独立戦争にも参加したベテランだ。その言葉には説得力があった。

「副長、しばらく頼む。カプセルに浸かってくる」

「は」

 石岡は敬礼して退室するコクラン艦長を見送った。

 

「気にいらんな」

 リヒャルト・ヴィルハウツェンのつぶやきは、つぶやきと言うには少々大きかった。

「ですな。苛烈な戦闘になると思ってましたが、こうも静かでは」

 戦隊副司令を兼ねるスペード、ジョーカー戦隊母艦“ウィンタード”艦長のジェルジ少佐にも聞こえたらしく、合いの手を入れてきた。

「すでに向こうのレーダー、センサーには捉えられているな?」

「はい。アクティブ波をキャッチしています」

「……ふむ。罠か、あるいはすでにもぬけの殻か」

「偵察を出しますか?」

「そうしよう。スペード隊とハート隊を全機出せ」

「了解しました」

 リヒャルトの命令で、八機の<ゼロ>が戦隊からSS156に向けて発進した。

 

「ヴィアンカ・エヴァンス、入ります」

 ブリーフィングルームには、すでにアルベールとハンス、誠、ダグラス少佐、クリス、それにマリアが揃っていた。ヴィアンカは時計を確認した。指定時間の5分前。

「……遅刻じゃないわね」

 支給のクロノグラフはロメオ社製のアストロマスター。一度合わせたら10年はほったらかしでも大丈夫なシロモノだ。

「揃ったな。時間前だが、始めるか」

 ダグラスはレーザーポインターを取りだした。

「よっ」

 隣に腰掛けたヴィアンカに、アルベールは小さく手を挙げた。

「早いじゃない、アル」

「風呂から出たら、別にすること無かったからな」

「なるぅ」

 他のメンツはヒマだったらしい。かくいうヴィアンカは、部屋を出るまで髪を乾かしていた。

「現在、SS156に敵がとりついている。もぬけの殻だというのは、もう発覚している頃だろう。我々がすでに脱出した後とは思ってなかったようだ。疑心暗鬼に陥ってくれたおかげで、随分と時間が稼げた」

 ダグラス少佐がレーザーポインターで電子黒板を指しながらブリーフィングを始めた。

「次の段階としては、脱出した我々を捜すか、放棄されたSS156内を物色するか、迷っている頃だろう」

「それなりに餌は撒いておいたから、施設に食いついてるんじゃないかしら」

 マリアが口を挟んだ。

「部隊を分けて、我々の捜索と施設の探索を同時にやるっちゅーのは、考えられまへんか?」

 ハンスが挙手をしながら言った。

「それは、無いな」

 ダグラス少佐は肩をすくめながら応えた。

「なぜ?推定される敵の兵力は巡洋艦三隻、“ゼロ”が四個部隊です。それだけいれば、当然あり得る選択肢だと思いますが。」

 アルベールも挙手をして質問する。

 ダグラス少佐は軽く笑った。

「我々はガリレオ同盟の最精鋭、“トランプ・フォース”の一戦隊に、完全勝利したんだぞ?敵も各個撃破される危険は冒したくないだろう。次は揃えられるだけの数を揃えてくる。」

 ヴィアンカ、アルベール、ハンス、クリスの目が、点になった。

「ト、“トランプ・フォース”ゥ?」

 4人が、異口同音にハモった。

 その様子を見て、ダグラス少佐は壁際のマリアに向き直った

「言ってなかったんですか?」

「私が?何故?」

 壁にもたれかかって腕を組んでいたマリアが、意外と言いたげな視線をダグラス少佐に向けた。

「いや、博士が戦闘の映像記録を解析して教えてくれたもので、こいつらにも教えてやったものかと。」

「少佐が勝手に解析画面を覗いたのではなかったかしら?」

 呆れた、とも言いたげな表情を浮かべ、マリアは軽くため息をついた。

「てぇことは、今、SS156に居るのは……」

 アルベールは震える声で言った。

「そう、“トランプ・フォース”だ。ま、一戦隊は減らしたがな。」

 口調は軽かったが、ダグラス少佐は笑っていなかった。

「当然、居ますよね。“黒騎士”も……」

 そう問いかけるヴィアンカの顔は、幾分青ざめていた。

「居るだろうな。」

 ダグラス少佐は静かに肯定した。

「“黒騎士”ってな、アレでっか?ガリレオ同盟軍トップエースの……」

「リヒャルト・ヴィルハウツェン。“復讐の黒騎士”。スコア200を越える、撃墜王……」

 アルベールが、震える声でつぶやいた。

「質問」

 クリスが控えめに手を挙げた。

「なんだ?」

 ダグラス少佐はレーザーポインターをクリスの額にポイントした。

「ヴィルハウツ……つつ、舌噛んじゃった。“黒騎士”が“黒騎士”って呼ばれてるのは、真っ黒の“ゼロ・カスタム”が乗機だからでしょ?でも、復讐ってのは、なんなんですか?」

「知らないのか?」

「はい」

「まぁ、無理ないか。“ヴィルハウツェン事件”があったのは八年前だからな。」

「八年前って、あたし、九歳です。……ヴィルハウツつつ…事件ってなんですか?」

「クートー、お前は知っているか?」

 ダグラスはアルの手の甲にレーザーをポイントした。

「ええ、覚えていますよ。胸くその悪い事件だ。」

 アルベールは伏せがちだった顔を上げた。

 記憶をたどるように、<ヴィルハウツェン事件>の概要を話し始める。

 

八年前、ガリレオ同盟が独立戦争に勝って、同盟の各国が独立し、同盟と国連との新協定が締結された直後、当時国連アカデミーの主席研究者だったルドルフ・フォン・ヴィルハウツェン博士が家族とともにガリレオ同盟への亡命を図った。ヴィルハウツェン博士はガリレオ同盟主席評議員のテリー・ロンの親友だった。

 国連のCIA(中央情報局)は、イリーガル(不正規エージェント)を使って、亡命の阻止行動に入った。博士は追っ手を引きつけるため、長男のリヒャルトだけを連れて主要幹線ルートからの国連脱出を行った。博士の妻と娘、それともう一人、当時身寄りを亡くした博士の父の友人の孫の少年が、里子としてヴィルハウツェン家に預けられていた。

この3人は、しばらく火星に潜伏していた。だが、その亡命計画は裏目に出た。博士と長男はガリレオ同盟のエージェントの助けもあって亡命に成功したが、妻の一行は火星でCIAのイリーガルに捉えられた。

CIAは妻と娘、里子の少年を人質にして、ヴィルハウツェン博士に国連への帰還を要求した。博士が返事を渋ってると、CIAは、博士の妻のクラリッサ・ヴィルハウツェン博士を殺し、死体の写真と、エンゲージ・リングを付けた左手を切断し、その左手を送りつけた。その左手には、次は娘と少年を殺す、というメッセージが握らされていた。

観念したヴィルハウツェン博士は、国連へ帰ろうとしたが、ガリレオ同盟の首脳部は、テロ屋かギャングまがいのCIAのやり口に屈しようとしなかった。特殊部隊を火星に送り込み、博士の娘と少年の奪回を試みた。

 

 アルベールは一呼吸置いた。

「どうなったんですか?」

 おそるおそる、クリスが訊く。

「ガリレオ同盟の特殊部隊とCIAイリーガルの間で、熾烈な戦闘が起こった。博士の娘と里子の少年はその戦闘に巻き込まれ、娘は死んだ。少年の方は行方不明。今も見つかってない」

「そんな……」

 それだけが口をついて出たあと、クリスは言葉を失った。

「ガリレオ同盟の特殊部隊が回収できたのは、皮肉にも母親と同じ、博士の娘の左腕だけだった」

「その……博士の娘さんと少年は、いくつだったんですか?」

 クリスが震える声でアルベールに問いかけた。

「娘は当時九歳。生きてりゃ、クリスと同じくらいか。少年の方は確か当時十二歳くらい。……俺と同じくらいだった。だから……よく覚えていたんだ。リヒャルトは十八かな……」

アルベールは天を仰いだ。

「名前は、なんて言ったっけ?」

 ヴィアンカは額に手をやって考え込んだ。

「確か…」

 アルベールも天井を仰いで考え込んだ。

「あ。」「あ。」

 二人とも、同時にポンっと手を打ち合わせた。

「マリアと」

 ヴィアンカがマリアを指す。

「マコト、だ」

 アルベールは誠を指した。

「…何、が?」

クリスは、目をぱちくりさせた。

「だから、二人の名前だよ。ヴィルハウツェン博士の娘が、確か“マリア・ヴィルハウツェン”。里子の少年の方は、“マコト・クジョウ”だ。な?」

 言いながら、アルベールはヴィアンカを見た。

「うん、確かそうだよ。間違いない」

 ヴィアンカも八年前の記憶をなぞるように目を閉じて肯いた。

「…偶然って、あるものですねぇ。お二人、歳も近いんじゃないですか?その、亡くなった二人と」

 クリスがまだ目をぱちくりさせて、誠とマリアを交互に見た。

「そっか、そうだな。」

 アルベールも誠とマリアを交互に見た。あまりそうは感じないが、クリスとマリアは同じ歳だった。生きていればクリスと同じ歳なら、マリアとだって同じ歳だ。誠も士官学校は違えど、同期生である。

「くだらない。私の名前なんて、太陽系で一番ありふれた名前だわ」

 マリアはつまらなさそうに言った。

「俺の名前も、日系ではそう珍しい物じゃない」

 誠もつまらなさそうに続けた。

「…ま、ただの偶然でしょうね、確かに」

 ヴィアンカは肩をすくめた。

「えっと、どこまで話したっけな…まぁ、いいか。あー、“ヴィルハウツェン事件”は、後に全太陽系に向けて発信されたガリレオ同盟からの一方的な告発で、国連行政府とCIAはすべてを否認しているんだ」

「その放送、私、覚えてる。えっと…“涙の誓い”だっけ」

 ヴィアンカは手を挙げた。

「そうさ。“左手だけの葬式”な。コロニーだとライブで見れたんだっけ?」

「全波長発信だったからね。アルも見たの?」

「俺は海賊版のVディスクだよ」

 アルベールはヴィアンカからクリスに向き直った。

「放送の内容は、博士の妻と娘の遺体の左手だけが入った棺桶で行われた準国葬の葬式と、博士と長男リヒャルトの告発演説、それと国連への復讐として、ガリレオ同盟の一員となって同盟に殉じるという宣誓だったんだ。…その後の博士とリヒャルトの活躍ぶりは、クリスもちょっとは知ってるだろ?」

「ヴィルハウツつつ……博士って、確か“ゼロ”の開発者?」

「それだけじゃねぇ。フレキシウムに関わる新開発物件すべてに関わっている。息子の方は元々文武両道のエリートだったが、新設されたガリレオ同盟軍の士官学校の一期生主席になりやがった。卒業後は軍籍のまま“ゼロ”開発のテストパイロット、その後は“トランプ・フォース”の前身部隊でメタルハーバー攻略作戦に参加、すげぇ戦果を挙げて特進、今の“トランプ・フォース”の司令官にまでなっちまった。」

「奴の黒い“ゼロ・カスタム”は、俺達国連軍のパイロットに取っちゃ死に神同様だ。奴の機体を見て帰れた奴は少ない。まさしく、親の仇でも討つような気迫で攻撃してくる。その戦いぶりから、誰が付けたか“復讐の黒騎士”ってわけだ」

 ダグラスが口を挟んだ。アルベールが続けた。

「国連側は、ヴィルハウツェン博士の亡命の事実は認めたものの、一連の事件はすべてガリレオ同盟のでっち上げで、独立戦争後に気抜けした国民を昂揚させるための悪質なプロパガンダだ、って、言い張ってたけどな。あの演説とその後のヴィルハウツェン親子の様子を見てると、芝居にゃ思えねぇ」

「はぁ、そんな奴とやらなきゃなんないのか……」

 ヴィアンカはうつむいてため息を吐いた。相手が悪い。戦場で鉢合わせしたら、生きて帰れないかもしれない。

「黒騎士には、1号機をぶつけるわ。」

 唐突に、マリアが言った。ブリーフィングルームの空気が凍りつく。

「ドクター、それは無茶です。確かに、スガイと1号機の組み合わせはたいしたものだが、あの黒騎士を相手にするにはまだまだだ。」

 一瞬の沈黙を破って、ダグラスはあわててマリアを諭しにかかった。

「黒騎士は私が抑えます。そうすれば、他の三機で“パイレーツ”守りながら逃げれる可能性はある。」

 ダグラスは親指を自分に向けた。

「少佐、あなた死ぬ気?黒騎士と差し違えて。」

 マリアの視線は冷ややかだった。

「では、ドクター。あなたはスガイを殺す気ですか?」

 マリアは鼻で笑った

「まさか。1号機とスガイ候補生なら、黒騎士を倒せるわ。」

「何を根拠に、そんなことを!」

 ダグラスはマリアに詰め寄った。

「私がそのために1号機を作り、パイロットを選んだからよ。」

 マリアは平然と微笑んだ。

「……なんですって?」

 ダグラスの反問は、一呼吸以上、開いた。

「“ファルコン”の試作シリーズは、量産を前提にしたテスト機じゃないんですか?」

 マリアは目を閉じて、軽く息を吐いた。

「少佐、冷静になってよく考えてみて。確かに、プロトFRはテスト機よ。ただし、1号機、2号機、3号機を作るための、基本的なデータ収集のためのね。あんな贅沢な高性能機が量産できると、本気で思っていたの?」

「……あなたは、莫大な予算をかけて、一体何を作っていたんだ?」

 冷静なダグラスの声には、静かな怒りがこみ上げていた。

「もちろん、“ゼロ・スレイヤー”よ。予定通りの性能が発揮できたら、あの三機には一個中隊の“ゼロ”すら相手にならないわ。そして、1号機は現在最強の“ゼロ”、黒騎士の“ゼロ・カスタム”を完全に圧倒できる。いいえ、十年後の新鋭機とだって、互角以上に渡り合えるわね」

「量産できないと言うのは?」

「“ファルコン”に使われている素材と技術は、フレキシウムの加工技術を筆頭にすべて高度なカスタムメイドなの。たとえて言うなら、特殊な規格のレースのためだけに作られたレーシングマシンね。市販を前提にした量産車とは、似てはいても、扱う素材と技術はまるで違うわ」

「ドクターブラウン。あなたには二度と戦闘機に乗れない身になったであろう自分を、この部隊に拾ってもらった恩がある。しかし!」

 ダグラスはマリアの胸ぐらをつかもうとした。その右腕を、いつの間にか割り込んだ誠が掴んで止めた。

「スガイ、どけ!」

 誠はどかなかった。

「……貴様!」

 ダグラスは左腕を振り上げた。

「あわてないで、少佐」

 マリアの声で、ダグラスは振り上げた左腕を止めた。

「何も量産機のことを考えていない訳じゃないわ。基本的な技術体系のフォーマットは作ってあるし、設計試案もすでにあるわ。ゼロをわずかにしのげる程度のものだけど」

「一体、あなたは何を考えている?」

 ダグラスの目には、怒りに変わって困惑の色が浮かんでいた。

「だって、そんな物を作っても面白くないでしょう?今ある試作の三体は、まさに芸術だとは思わなくて?最強、最高のMPFよ。今世紀最高の科学者はヴィルハウツェン博士じゃなく、私よ」

 自信たっぷりに微笑むマリアの美しい顔が、ダグラスには悪魔に魂を売り渡した者に特有のものに見えた。

 ダグラスは左手を下げ、右腕を引いた。誠がつかんでいた手を離す。ダグラスは元の位置に戻り、マリアに問いかけた。

「……博士、こんな前線に近いところに試作機の実験フィールドを設定したのは、敵の心理的死角をつくため、そう伺ってました。まさかとは思いますが、今日の事態を、初めから?」

 マリアは、微笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。その不敵な微笑みが、ダグラスの質問を肯定していた。

 秘匿の試作兵器といいながら、戦場に近いところで実験をする。それは実戦での実験を想定したものであったと言うこと。

ヴィアンカは、マリアとダグラス少佐のやりとりを聞きながら、<実験戦闘飛行隊>と言う、聞き慣れない戦隊名の意味が初めて理解できた気がした。

「派手に実験と訓練をしていれば、そのうち嗅ぎつけて来ると思っていたわ。“ゼロ”を倒し続ければ、そのうち黒騎士が出てくると思っていたけど、最初から“トランプ・フォース”が来るなんて…ふふふ。」

 やっと口を開いたマリアは、嬉しそうに唇の端をつり上げた。

 誠が1号機で黒騎士を倒せば、ヴィルハウツェン博士の傑作、“ゼロ・カスタム”を凌ぐ最強、最高の芸術品、“ファルコン”の開発者、ひいては“今世紀最高の科学者”と言う称号が、マリアの物になる、と言うことだった。

第666実験戦闘飛行隊の面々、いや、第13新兵器実験戦隊、国連軍開発局…だけではなく、巨額の予算を捻出させたと言う点で、国連全体を彼女は巻き込んで、歴史に名を残すような名声を得ようと言うのか。

「その若さで……あなたは、怖い人だ。」

 目の前の美しい少女が、その頭脳の価値のみを武器に、自分たちの命運のみならず、国連の命運を弄んでいる。ダグラスを筆頭に全員が、その事実の前に無力感を感じていた。

 彼女の思惑通りにこの状況に置かれているが、彼女の思惑通りにならなければ、この先はない。

 ダグラスは観念したように、マリアにレーザーポインターを投げて渡した。つまり、ブリーフィングの主導権を渡したのだ。

 レーザーポインターを受け取ったマリアは、電子黒板を指し示して、ブリーフィングを始めた。静かに、しかし、圧倒的な圧力で。

「基本的なフォーメーションは、前衛が1号機とプロトFR、中衛が2号機、後衛が3号機よ。ただし、黒騎士のゼロ・カスタムが出てきたら、スガイ候補生、あなたが相手をするのよ。出来るわね?」

 黒騎士の相手をする。それは国連軍のパイロットとしては死刑宣告にも等しいが、誠は無言で頷いただけだった。ただ単に、「任務は了解した」という、頷きだった。

「その後、他の3機は黒騎士のことを忘れてかまわないわ。ダグラス少佐を中心に、連携でゼロを仕留めていけばいいの。“トランプ・フォース”と言ったって、所詮はただの“ゼロ”の集まりよ。“ファルコン”の敵ではないわ。」

 ダグラスをはじめ、ヴィアンカ、アルベール、ハンス達パイロットは、マリアの魔性とも言うべき静かな語りにのまれていた。

 

長かったブリーフィングが終わり、誠が自室の前まで帰ってくると、扉の前に人影があった。

「あら。やっとお帰りね。」

 扉の前に居たのは、エリザベートだった。

「医者に用はないが。」

 その言葉に、エリザベートはため息をついた。

「つれないわねぇ、誠ちゃん。昔は素直ないい子だったのに。」

 誠は一瞬、エリザベートの目を睨みつけた。が、すぐに視線を外した。

「誰かと勘違いしているのでは無いですか、ドクター・クラウゼ。俺の過去に、あなたの記憶は無い。」

 エリザベートは更にため息をつき、肩をすくめた。

「ウソが下手なのは、相変わらずね。」

 誠は外していた視線を戻し、エリザベートを再度睨みつけた。

「いい加減にしてくれませんか。そこをどいてください。」

 エリザベートは誠の視線を真っ向から受け止めた。両手を誠の顔に伸ばし、両頬に優しく触れる。

「……この白い肌、髪、赤い瞳。これが本来の色なのね。あの頃は髪も瞳も黒かったし、肌は東洋系の色だったのに。……今思えば、叔父様が定期的に色素注入をしていたのね。」

 誠は何も答えなかった。ただエリザベートを睨みつけていた。

「大きくなったわね。誠ちゃん。」

「やめてくれ。」

 誠はエリザベートの手を払いのけた。エリザベートはよろけ、誠の部屋のドアから動いた。

 誠はドアの指紋確認式開閉スイッチに触れ、ドアを開けた。

「待って!」

 逃げるように部屋に入ろうとする誠を、エリザベートが呼び止めた。

「一つだけ、聞かせて。」

ドアをくぐりかけた誠が、エリザベートに背を向けたまま立ち止まる。

「本気なの?本気で戦う気なの、あの人と。」

「それが、命令だ。」

 誠は背を向けたまま答えた。

「だって、あの二人は……」

「それが、命令だっ!」

 エリザベートの言葉を途中で遮るように言葉を繰り返すと、誠はドアをくぐって部屋に入った。

 エリザベートの前で閉じられたドアは、しばらく立ち続ける彼女の前では開かなかった。
 



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