転章 「そして戦神の大地へ」

 

「二隻撃沈に、未帰還機十一か。散々だな……」

 リヒャルト・ヴィルハウツェンは自嘲気味に呟いた。オブライエン級軽巡<ガント>の医務室のベットに寝かされていた。不規則な高Gにさらされ続けたせいで、全身の筋組織と内臓が損傷。動くのは食事すらままならない。流動食どころか、しばらくは点滴だった。

 リヒャルトの乗艦だった重巡<ウィンタード>はほとんど轟沈で、生存者はいなかった。軽巡<リトバルスキー>は四分の三近い乗員が退艦に成功し、この<ガント>に収容された。乗艦定員の倍近い人数が押し込まれ、<ガント>艦内はごった返していた。

 オブライエン級軽巡の<零式>搭載機数は四機。帰艦した五機の<零式>のうち、最も損傷の著しいリヒャルトの機体は投棄せざるを得なかった。ガタガタになっても何とか<ガント>までたどり着いてくれた愛機だが、修理すれば再使用できる他の機体や無傷の補給機や連絡機を代わりに捨てるわけには行かない。投棄した後、艦砲で処分した。

「司令、御気分はいかがですか?」

 医務室に、<ガント>副長のベルコム大尉が入ってきた。

「いいとは言えないな。こんなところに来てていいのか?」

 <ガント>は魚雷を二本避雷して、四基有るメインエンジンの内の二基が損傷、補機の出力も五十%ダウンし、残る二基のメインエンジンの運転すら満足に行えない。その他、戦闘による損傷が多く、応急修理に忙しいはずだ。

「まぁ、そうおっしゃらずに。艦長命令で伝令に来ました。いいニュースと悪いニュースが有ります。どちらから聞きたいですか?」

 ベルコム大尉は明るい口調で言ったが、顔には疲労の色が濃く出ていた。

「…そうだな、いい方から聞かせてくれ」

「はい。本艦補機の修復が完了。自力でメタルハーバーに帰還できる目処が立ちました。消耗品などはギリギリになりそうですが」

「そうか。良かった。で、悪い方は何だ?」

 ベルコム大尉の表情が曇った。

「“トランプ・フォース”の解散が決まりました。我々はメタルハーバーに帰還後、ガニメデに後送されるそうです」

「そうか…」

 リヒャルトは目を閉じた。

「司令…」

 不安そうなベルコム大尉の声が聞こえた。

「心配するな。艦隊は人手が足りない。別に二度と航宙に出れなくなるわけではない。それに我々が体験したこの戦闘は、戦訓として生かさなければならない。後送は戦訓調査のものだろう。しっかり協力せんと、友軍に響くぞ」

「は。そうですね」

 ベルコム大尉の声は、少し持ち直したように思えた。

「私は少し、寝かせて貰う。緊急の案件があったら起こしてくれ」

「は。失礼します」

 ベルコム大尉の退室する足音が聞こえた。

「…後送か」

 予想はしていた。国連軍MPFの性能は想像以上だった。怪物と言ってもいい。実際、良く生き残れたと思う。軍令部や艦政本部は、実際に交戦したリヒャルトや部下に、直接聞きたいのだ。ガリレオ同盟軍の看板精鋭部隊である<トランプフォース>を壊滅に追い込んだ国連軍MPFの性能を。もっとも、あれらのMPFは量産できないとは思うが。

 リヒャルトも父に会いたかった。そういう意味では本国後送は好都合だった。父に会って、あの白銀の死神の事を話さなければならない。そして、あれに匹敵する機体を作って貰わなければ。同等の機体さえ有れば、今度は負けない。

「二度はやられん…」

 リヒャルトは静かに誓った。

 

「おーい、ヴィー。生きてるか?」

 アルベールのその声に、ヴィアンカは激しい頭痛を覚えた。

「…アルぅ、頼むから、大きな声、出さないでぇ」

 痛む頭に耐えかねて、寝袋の中で寝返りを打つ。頭痛の他に腹痛、胸ヤケ、軽い嘔吐感を併発している。有り体に言って、気分がすこぶる悪い。

「なんでぇ。あれしきの酒で、なっさけねぇなぁ」

「アレしきぃ?」

 思い出しても吐きそうだ。昨晩は生涯で最高量を呑んだかも知れない。士官学校時代から寮監の目を盗んで酒宴をしていたが、それほど弱い方ではなかった。アルベールはといえば、未成年のクセにやたらと強かった。

 とにかく、<トランプ・フォース>との決戦後、よもやの逆襲を警戒して、<パイレーツ>の航路後方で警戒配置に付いていた。疲れ果てて帰艦してみると、整備士全員、航空分隊スタッフその他、手が空いてたらしいクルー全員が格納庫で出迎えてくれた。

最後に<パイレーツ>を救った英雄として、それはもう、熱烈な歓迎ぶりだった。3号機が警戒に付いている間に準備したのか、第一食堂にはすっかり宴会の準備が整っていた。

 歓迎の後はアフターミーティングそっちのけで宴会に突入したのだった。ヴィアンカとアルベールは、浴びるほどのアルコールの洗礼を受けた。

「おい、そろそろ起きろって。見舞い、行くんだろ?」

 アルベールは部屋に入ってきて、ヴィアンカのベッドの隣に来ていた。

「…見舞いぃ?…誰の…」

 朦朧とする頭で考える。

「あーっ!…あたた…」

 思い出した。ついでに出した自分の大声で頭痛を招く。

 ちー、と、寝袋の内側からファスナーを開けて半身を起こした。

「あ゛ー、ぎぼじわるぅ…」

 とにかく胸がムカムカする。吐き気はどうにか押さえ込んだ。

「な、ヴィー、お前っ!」

「あ゛?」

 ベッドの脇のアルベールに目をやると、何故か顔を真っ赤にして、目を手で押さえていた。その押さえた手の指の隙間からこっちを見ているアルベールの左目と視線が合う。何を慌てているのだろう?

 嫌な予感に襲われ、視線を落とした。

「!」

 顔から血の気が引いていく。ヴィアンカはトップレスの下着一枚で寝袋に入っていた。半身を起こしたため形の良い(ヴィアンカの主観による)胸が、露わになっている。昨晩、ヘベレケになって部屋に帰ってきて、脱ぎ散らかして着替えもせずに寝袋に潜り込んだのを思い出した。

 ぎろり、と、音がするような動きで視線をアルベールに向ける。アルベールは、金縛り合ったように、身動きせずそこにいた。

「…見たわね?」

 アルベールは壊れた人形のように、歯車の軋む音が聞こえそうな動作でゆっくりと肯いた。

 次の瞬間、ヴィアンカの右ストレートが、アルベールのアゴにヒットした。無重量状態の環境で、アルベールの体は放物線を描かず、直線の軌道で壁まで飛んだ。

 

「あー、もう。いい加減機嫌直せよ。わざとじゃねぇんだからよ」

 医務室へ向かう道すがら、アルベールは釈明に懸命だった。

「当然よ。だからパンチ一発で済ませてんのよ。知っててわざと入って来たンなら、半殺しよ」

「だーっ!」

 ヴィアンカの態度はつれなかった。決戦時の信頼はどこへ行ったか。アルベールは顔を押さえて天井を仰いだ。

 冷たい視線を向けながら、内心でヴィアンカは楽しんでいた。顔だけ見れば、まるで天使のような、そこらの美少女顔負けの美少年であるアルベールが、女のセミヌードを見たくらいで顔を赤らめてうろたえている姿にギャップを感じ、笑えて仕方がない。

(ただの男の子よねー)

 士官学校時代からの、友人で喧嘩仲間でライバル。そして、今や共に死線をくぐり抜けた無二の相棒。ベテラン兵士顔負けのクレバーな策士の正体は、そこいらの悪ガキと大差ない。

「あ、アル、ヴィー」

 後ろから声がした。

 二人が振り向くと、そこにはクリスが漂ってきていた。

「あらクリス」

「ようクリス」

 クリスは二人に並んだ。

「二人も今から見舞い?」

「ああ。整備はいいのか?」

「ボクにできることは終わらせたよ。後はドクターの領分ね。残ってんの、制御システムのメンテだもん」

「ふーん、宴会出なかったの?」

「出たよ?」

 アルベールはため息をついた。

「ヴィー、覚えてねぇのか?クリスって底なしだぜ?」

 ヴィアンカは目を剥いた。

「そうなの?」

「自慢じゃねぇが、俺は酒で負けたこと無かったんだ。どんな野郎にもな。それが…ちょっと自信なくしたぜ」

「いやぁ、アルもナカナカだよん」

 クリスは余裕の笑みを浮かべた。

「あ、お兄ちゃんだ。おにーちゃーん」

 クリスは前に向かって飛んだ。その先にいるのは、四つ辻から顔を出した人影だった。

「誰かと思えば、ハンスじゃない」

「ハンスだな」

 ヴィアンカとアルベールは同時に首を傾げた。

「おにーちゃん!」

 クリスはハンスに飛びついた。

「おお、いもうと!」

 ハンスは飛びついてきたクリスを受け止める。

 その光景を見て、ヴィアンカとアルベールは顔を見合わせた。

「はぁ?」「はぁ?」

 ハモった。抱き合う二人に、足早に追いつく。

「一体全体、」「どーゆーことよ?」

「いやぁ、実はねー。ふふふ」

 そこで、ハンスとクリスは意味ありげに目を見合わせた。

「わてら二人、生き別れの兄妹やった事がわかったんや」

「そーなの!」

 しばらく間をおいた後ヴィアンカとアルベールの目が点になった。

「はぁ?」「はぁ?」

 またもハモった。

「ちょっと、アル」

 ヴィアンカはアルベールの手を引き、ハンスとクリスに背を向けて小声で話し始めた。

「どー思う?」

「どうってな。ギャグじゃねぇのか?」

「やっぱり?」

「フツーそうだろ。…いや、待てよ。さてはプレイか?」

「プレイ?って何?」

「ゴッコだよ。遊びだ、遊び。つるんで何人信じるか賭けてるとかよ」

「…アリそうね」

「いや、それともそーゆー趣味か?」

「シュミ?」

「ほら、アレだ。ロリ、何とかとか、妹がどうとか」

「学校でスティーリーがハマッてた、アレ?」

「ソレそれ。噂ではコアンの奴もそーだったらしいぜ?」

「えーっ、あの真面目堅物のコアンが?そうなの?」

「バカ、生真面目で堅物な方が、あーゆーのにハマり易いんだよ」

「…それって、ハンスのキャラじゃ無いんじゃない?」

「それもそーだな。すると、やっぱりギャグかプレイの線が濃厚だな」

「そーよねー」

 ヴィアンカとアルベールは振り返った。

「で、どっちなの?」「で、どっちなんだ?」

 ハンスとクリスは目を見合わせた。

「なにがやねん」「何の話?」

 

「…寝ている分には、かわいいもんですな」

 ダグラスの視線の先には、ベッドに横たわる誠の寝顔があった。

 安らかな寝顔だった。例え鼻孔と口には呼吸補助具が差し込まれ、額には脳波測定器の端子が張り付けられ、固定寝台に拘束され、点滴を受けている、少々痛ましい姿であっても。

「いつ頃、目を覚ましそうですか」

 ダグラスは視線をエリザベートに戻した。

「さぁ。三十秒後かも知れないし、三日後かも知れませんわ」

 誠のベットを挟んで向こう側のエリザベートは、気のない返事を返した。

「遅くとも、三日後、ですか?」

「ええ。それより遅くなることはないでしょう」

 エリザベートは声には出さず、付け加える。

(彼の代謝機能なら、遅くともそれぐらいには、ダメージを受けた体組織が全部回復するわね。身体機能的には、もう起きても支障無いはずだわ)

「そうですか」

 ダグラスは、安堵のため息をついた。

 誠は気絶したまま1号機ごと艦内に運び込まれ、1号機から担ぎ出され、医務室に運び込まれた。

戦闘が終わって、気分も落ち着いたエリザベートが職務に復帰し、そのまま志願して誠を担当した。と言っても、やったのは呼吸補助に炎症止めの投与と栄養剤の点滴ぐらいで、後はひたすら観察だ。

驚いたことに、医務室に運ばれる頃にはかなりのダメージを受けたはずの神経細胞は、あらかた修復していた。体組織の方も、寸断されたはずの毛細血管はかなり再生され、内出血も収まりかけていた。循環障害寸前だった血行は、時間単位で快復していく。

(まったく。とんでもない子ね)

 放っておけば、勝手に快復する。本来、人体はそのように出来ているが、誠の代謝スピードは驚異的だった。

(起きないのだって、意識の存在が回復に邪魔だから、ダメージのレベルによっては起きないようになっているのかも、ね)

「話は変わりますがね、先生」

 ダグラスの口調が少し堅い物に変わった。

「航空指揮所で、一体何が有ったんです?」

 エリザベートは、顔色も変えなかった。

「ふふふ。ちょっと取り乱してしまったの。なんだかんだで戦争に関わっているのに、その渦中に巻き込まれてしまったのですから、無理無いでしょう?」

 ダグラスには、そう語るエリザベートの表情がうつろなものに見えた。その言葉さえ、あらかじめ用意されていたかのように、白々しい。

「……はぁ」

 ダグラスはわざとらしいぐらいに盛大にため息をついた。

「一体あの天才お嬢さんは何をしようと言うんです。まさか、本当に自分がヴィルハウツェン博士を上回る科学者だってのを証明するために、自ら前線でヤバい橋を渡っているわけじゃないでしょう?」

「……そうかしら?」

 エリザベートは視線も合わせなかった。

(理由なんて、私が知りたいわ)

「本当にそうなら、ファルコン作って、パイロット選抜して、実施部隊に引き渡して、自分は地球で結果を待ってりゃいい。こんな所までアカデミー秘蔵のブレインが出てくる理由はない」

「まぁ、そうですわね」

(くっついてくれば、解ると思ったのに)

「聞けば、あのお嬢さん、かなり強引に実験戦闘飛行隊の設立とオブザーバー参加を実行したそうじゃありませんか」

「そうなんですか?」

(本当に強引だったわ。脅し、すかし、飴と鞭)

「一体何が、彼女をそこまで駆り立てているのですか?」

「……さぁ。私には」

(私も、それが知りたいの。マリアはあの時、間違いなく本気だったわ。本気で、あのスイッチを押していた。なぜ?なぜなの?)

「……先生、本当にご存じないんですか?」

 ダグラスの言葉から、勢いが抜け落ちてきた。

「ええ。申し訳ないですけど」

(私が知っているのは、昔のことだけだもの)

『……復讐……』

それは、くぐもった、小さい声だった。

「え?」「何?」

 エリザベートとダグラスは顔を見合わせた。

 そして、互いに視線を横たわる誠に向ける。誠は相変わらず眠っている。エリザベートは誠のライフモニターをチェックした。

「…兆候が出ています。一、二分以内ですわ」

「今のは、スガイですか?」

「うわ言でしょう。彼は戦災孤児です。悪い夢でも見てるんですわ」

「そうですか。…あの」

 ダグラスが更に言葉を続けようとした時、来訪者を告げるインターフォンのチャイムが鳴った。

『失礼します。イェルペルセン准尉以下三名、スガイ候補生の見舞いに参りました。入室許可願います』

 火星の商人訛。間違いなくハンスだ。

「あら。いいタイミングですこと。お入りなさーい」

 エリザベートのその声に続き、ドアの開く音に続いて四人が入って来た。

 

 艦長室に鳴り響いたインターフォンの呼び出し音で、コクラン艦長は目を覚ました。

「なんだ、副長。俺の直にはまだ少しあるぞ」

『お休みのところ、申し訳有りません、艦長。戦隊司令部より、AA級の緊急電です。至急、発令所においで下さい』

「やれやれ。わかった。すぐ行く」

 コクラン艦長はインターフォンを切ると、寝台の寝袋から起き出し、シャツに袖を通した。

 

「艦長、戦隊司令部は、何と?」

 コクラン艦長は、プリントアウトした電文を、最後の一枚を残して石岡副長によこした。

「よろしいんですか?」

「かまわん。そのうち、民間のニュースでも流れる」

 石岡副長は、渡された電文を読んだ。

「…これは…」

 電文の内容は、一時間ほど前の情報だった。

月の裏の地球圏防衛軍軌道防衛軍団の司令部にして基幹基地『クレセント・ベース』、ラグランジュ・ポイントL1に浮かぶ航宙軍宇宙艦隊総司令部、要塞軍港『ポート・ルナブリッジ』、ラグランジュ・ポイントL2に浮かぶ空間機動軍戦術軍団総司令部、基幹基地『エイジス・ベース』、静止衛星軌道、軌道エレベータープラットフォーム上の国連宇宙軍統合作戦本部、『ジンジャントロプス・アイランド・ポート(JIP)』。

これら国連軍の地球圏防衛の要とも言える重要軍事拠点が、ほぼ同時にガリレオ同盟軍の奇襲攻撃と破壊工作を受けた。

「エイジスベース、クレセントベース、半壊、機能停止…ポート・ルナブリッジ停泊の第一艦隊、戦力半減にルナブリッジ軍港も機能消失…機能回復に最低1ヶ月を要する…JIPはメインシステムが破壊工作によりダウン…」

 石岡大尉は呆然と読み上げた。

「ひどいもんだ。時間を追って、評価の済んだ被害情報が増えるだろう。ま、ガレリアンの奴らが本気を出せば、ざっとこんなもんだって、ことだな」

 コクラン艦長はため息をついた。

「じゃあ、連中は本気で地球圏に攻め込む気ですか?」

「違うな」

 コクラン艦長は即答した。

「…は?」

 石岡副長は首を傾げた。

「副長、ミーティングだ。各分隊長、及び主な将校、士官を招集しろ。十分後にミーティングルームに集合」

「イ、イエス・サー」

 

「…以上であります」

 石岡副長からひとしきり状況の説明があった後、ミーティングルームはざわめきに包まれた。

「と、いうわけだ、諸君。戦隊司令のルコント少将から、私は非常時に<パイレーツ>の作戦行動の自由を保証された。諸君の命を預かる立場として、最善の行動をとりたい。広く意見を聞きたい」

 一同を前にしてコクラン艦長は言った。ざわめきが収まる。

 複数の手が上がった。

「ヤン大尉」

 その中で、指名された航空分隊長のヤン大尉が立ち上がった。

「艦長の情勢判断を伺いたい。奴らは地球を攻める気でしょうか。この攻撃は、その前段階だと考えていいのでしょうか」

 他の挙手者も同様の質問だったようで、手を下げた。

「フム。俺の意見を言ってもいいが…そうだな」

 コクラン艦長はミーティングルームを見回した。一人の出席者に目を留める。

「アルベール・クートー少尉」

「はっ」

 指名されたアルベールが立ち上がった。一瞬考えた後、首を捻る。

「少尉?」

 アルベールはじめ、ヴィアンカ、誠の三人は尉官候補生だった。士官学校出たての、試用期間だ。正式な士官ではない。正確に言えば、卒業前倒しで招集された。そんな立場で、最新鋭の機密試作機のパイロットをやっている方が、異例中の異例だった。

「正式の辞令は後で渡す。貴官とヴィアンカ・エヴァンス候補生、マコト・スガイ候補生、ハンス・イェルペルセン准尉は、先の戦闘の戦功が認められ、少尉に昇進だ。祝辞は後回しにする」

 ミーティングルームに拍手と口笛と歓声が鳴り響いた。

「後だっ!」

 コクラン艦長の一喝で静まった。

「意見を聞かせてくれ、クートー少尉」

「…小官の、ですか?」

「遠慮はいらん。思うところを言ってみろ」

「では」

 アルベールは小さく咳払いした。二、三回深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせた。

「いくつか、納得の行かない点があります。一つは時期の問題。なぜ、今なのか」

 アルベールは一呼吸おいて、部屋を見渡した。全員の視線が集まっていた。視線を脇に落とすと、ヴィアンカは冷やかすような視線でにやりと笑っていた。

「敵の主力がヴェスタを攻略したのが五日前。地球圏への侵攻となると、兵員の休養、補給、装備の整備、補修。どんなに急いでも再出撃まで一週間程度はかかるはずです。つまり、敵の主力はまだヴェスタにいるものと思われます」

 周囲の荒くれ士官達は、素直に聞き入っていた。彼らにとってもアルベールは『士官学校出たの坊や』ではなく、一人前に戦って見せたパイロットとして扱うべき存在になっていた。

「敵の地球圏攻撃は、その成果からみても、かなり周到なものです。

実施部隊は例の潜宙艦隊と破壊工作員でしょうが、これだけの成果を上げるにはかなりの事前情報が必要なはずです。情報収集網や工作員の浸透にかかる時間も相当なもののはず。おそらく開戦前からの、最低でも数年がかりの計画でしょう。奴らにとっても、巧妙に隠した最高の切り札、いや、ジョーカーだったはずです。その札を、なぜ、今切ったのか。俺…いや、小官が敵の司令官だったら、主力が攻撃圏内についたときに切りますよ」

 アルベールは一端話を打ち切って、コクラン艦長を見た。コクラン艦長は嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「理由は解るか、少尉」

 コクラン艦長の口調は、控えめに挑発的だった。

「二つ、考えられます」

 アルベールは慎重に答えた。

「聞かせてくれ」

 コクラン艦長はアゴをしゃくって続きを促した。

「一つ目ですが、そのジョーカーの効力が喪失しそうになった、というのが考えられます。具体的には、国連軍の心臓部に浸透した工作員の存在が発覚し、拘束、又は消去されるのが時間の問題になった。なので、効力を失効する前に使ってしまえ、ということになった。そう言う理由で、効果的に使える時期が選べなかった」

「もう一つは?」

「二つ目は、全員が抱いた危惧が答えです」

「というと?」

「国連軍中枢部への破壊工作と直接攻撃。それを聞いたほぼ全員が、ガリレオ同盟軍の次の侵攻目標は地球圏だ、と、考えた」

 アルベールはミーティングルームを見渡した。

「それについては前例があるからな」

 コクラン艦長が後を受けた。

「開戦時のメタルハーバー急襲。あの時、ガリレオ同盟軍は宣戦布告の五分後にメタルハーバー基地に破壊工作を仕掛け、基地機能を麻痺させた後、港内に停泊中の艦艇に、沖合に潜んでいた潜宙艦隊が雷撃をかけた。ははは。全く同じ事を、今度は地球圏でやられたわけだ」

 コクラン艦長は苦笑いを浮かべた。

「だったら当然思いますよね。その後も、同じことが繰り返される、と」

 アルベールのその言葉に、ミーティングルームの半数以上の人間が息を呑んだ。

「…間を置かずに主力部隊の人形の大編隊が押し寄せ、態勢を立て直す間もなくしつこいほどの反復攻撃を浴びせ、徹底的に破壊しつくす、か」

 ほぼ全員が抱いたであろうイメージを、コクラン艦長が口にした。

「そう思わせること、それ自体が目的と考えられます。それが二つ目です」

 コクラン艦長は、くくく、と、のどを鳴らして笑った。

「つまり、陽動だと言いたいのか、少尉」

 アルベールは不敵に微笑んだ。

「艦長の考えも、同じなのではありませんか?」

 コクラン艦長は、豪快に笑い飛ばした。

(切れるガキだとは思っていたがな)

 笑いながら、心中ではアルベールをそう称えていた。

ひとしきりの笑いを納めた後、コクラン艦長は顔を引き締めた。

「…あるいは、そのどちらも、だろう。陽動で仕掛けるにしても、時期が半端だからな」

「それでは艦長、敵の狙いは?」

 石岡副長が訪ねた。

「地球圏じゃないなら、一つしかなかろう」

「…火星、ですか」

 石岡副長の問いに、コクラン艦長は肯いた。

「恐らくは食糧の問題だろう。先に火星産の穀類を押さえたいんだろうな。『食、足りてこそ全てあり』基本はそこだ。人民に耐えて貰うばかりじゃ、戦は負けだ。奴らはよく分かっている」

 コクラン艦長はため息をついた。

「少尉。ご苦労、掛けてくれ」

 コクラン艦長は顎でアルベールに着席を促した。アルベールは一礼してから着席した。

「地球圏の防衛システムが崩壊した今、侵攻の可能性がある、というだけで、国連軍は地球圏を固めざるをえん」

 コクラン艦長はそこで小さくため息をついた。

「例え、他方面の防衛部隊を引き抜こうとも、だ」

 その一言に、ミーティングルームがざわついた。

「つまり、お偉方はダイモスの第二艦隊を地球に引き上げる気ですかい?」

と、航海長。

「第二艦隊だけじゃねぇだろう。惑星間護衛総隊の護衛艦隊もだろうな。それに、空軍もフォボスの戦術軍団と戦略軍団を引き上げるぜ」

と、砲術長。

「ちょっと待て。そしたら、火星方面に残るのは、火星圏防衛軍と海兵隊の駐留部隊だけか?」

 慌てた声を上げたのは観測長。

「ヘタしたら、軌道防空軍と防衛艦隊すら引き抜きかねんぜ」

 したり顔で付け加えたのは機関長。

 つまり、地球圏の他から引き抜ける部隊など、火星の駐留部隊しかないのだ。

「…つまり、統合作戦本部は、火星を見捨てる、と?」

 石岡副長がまとめた。

「ま、そうなるだろう」

 コクラン艦長はあっさりと認めた。ミーティングルームが静まった。

「航海長、地球圏への航宙日数はどれくらいだ?」

「ざっと二週間ですぜ。何もなければ」

 コクラン艦長の問いに、航海長は即答した。

「火星へは?」

「半分の一週間、ってとこですな」

「主計長、糧食や消耗物資は保つか?」

 主計長は手元の携帯端末を覗き込んだ。データを閲覧しているようだ。

「…半直態勢で、二週間は保ちますわ。メシが貧相でええんやったら、三週間でもイケます。それ以上は水と空気があきませんわ。地球に帰っても母港のルナブリッジがやられてるんやったら、ダイモス港に寄って補給が欲しいトコですな」

 コクラン艦長は肯いた。

「十中八九、火星は近い内に戦場になる。正直、あまり寄りたくはないな。寄るにしても長居はできん。補給が済んだら、即時出港になる。任務はJIPの総研本部にファルコンを届けることだから、なんならルナブリッジをすっ飛ばして直接JIPに着けてもいい。JIPもダメなら、L4のアカデミー研究施設か。一応この艦は機密だらけの試作兵装を満載しとるから、民間の港には入れん。いずれにせよ、地球圏に直行するのは補給上のリスクを伴うことになるな」

 コクラン艦長は一同を見渡した。

「どちらにしても、リスクはある。最終的には決を採りたいと思うが、意見があるものは聞かせて欲しい」

 手が上がった。マリアだった。

「ブラウン博士」

 マリアは静かに立ち上がった。

「はじめに言っておくと、これは意見ではなくて要請です」

 マリアは言葉を切って、コクラン艦長を見据えた。第十三新兵器実験戦隊ではオブザーバーという立場とは言え、マリアは国連軍の運命を握っていると言ってもいい、『F計画』の開発主任だ。その 『要請』というのは、統合作戦本部の意向に裏打ちされた、実質の『命令』と等価値だった。

「第666実験戦闘飛行隊は、火星にて実戦テストを行います。ついては、開発スタッフも同行しますので、火星ダイモス基地まで部隊と我々スタッフと機材を運んでください」

 マリアは事務的な口調で言い切った。ミーティングルームは静まりかえった。

「…本気、ですか?」

 しばらく経った後、コクラン艦長は何とかそれだけを口にした。本当のところは「正気か?」と、問いたかった。

「艦長のおっしゃりたい事は解ります」

 マリアは煩わしげに長い黒髪を手で梳いた。

「火星圏はガリレオ同盟軍の侵攻が予想される。国連軍に見捨てられた火星は、あっさり陥落するでしょうね。で、その後はしばらく占領統治されることになる」

 コクラン艦長はため息をついた。

「それが解っていて…」

「解っているから、です」

 マリアはコクラン艦長の言葉を遮って、続けた。

「どうせガリレオ同盟軍は火星から地球には攻め込まないわ。火星に留まって防備を固める。そうでしょう?」

 マリアはそう言って微笑んだ。美しい笑顔だった。

「なぜ、そうお思いになりますか?」

 コクラン艦長はとりあえず訊いてみた。

「今回の国連軍中枢への破壊工作と攻撃、確かに見事だったわ。クートー少尉の言うように、開戦前から入念に準備されていたのでしょう。だけども、その切り札を火星侵攻の陽動として使ってしまう。これは、ガリレオ同盟軍の最終戦略目標が火星圏だと言うことを示しているのではなくて?」

 ヴィアンカはコクラン艦長とマリアのやりとりを聞きながら、横のアルベールの脇腹を肘でつついた。

「何だよ」

 アルベールは不機嫌に小声で答えた。

「そうなの?」

「何が?」

「今の」

「ああ、ドクターの意見に俺も賛成だ。奴ら、地球に攻め込む意志はないと見るね」

 マリアは続けた。

「国連軍はメタルハーバーに続いて二度も同じ手に掛かったけど、三度も同じ手でやられるほどバカではないわ。流石に今後は警備やチェック態勢が恐ろしく厳重になる。もう工作員の浸透は不可能よ。つまり、中枢への破壊工作の機会は、一度しかなかった。その機会は地球圏侵攻の際に使うのが最も効果的だし、そのために潜伏させていたはず。それを火星侵攻の陽動に使ったということは、地球圏に攻め込む予定が無いからでしょう?でなければ切り札は切らないわ。火星侵攻こそが、彼らの大一番だという事よ」

 コクラン艦長は乾いた拍手を送った。

「いや、ご賢察です。しかし、なればこそ、何故ガリレオ同盟軍の統治下に落ちる火星に行くとおっしゃる。理由を聞かせてください」

 マリアは左手の人差し指で、眼鏡を押し上げた。

「ガリレオ同盟軍は火星を押さえて停戦交渉に持ち込むつもりだろうけど、国連軍は折れないわね。交渉は決裂するわ」

 マリアは一呼吸置いた。

「そうなると、次の戦闘は火星攻防戦。国連軍が攻めて、同盟軍が守る。つまり、量産型ファルコンの初戦は、火星になるわ」

 コクラン艦長はかすかに笑った。

「なるほど。それが理由ですか」

「軌道上での戦闘だけなら、今回収集した戦闘データが使えるわ。けど、火星での地上戦となると、まるでデータがない。来るべき火星奪還作戦に備えて、量産型の火星仕様考案のために、火星でのファルコンの運用データが欲しい。正確に言えば、そう言う事よ」

 言うべき事は言い終わったのか、マリアは着席した。

「そう言う理由なら、断れませんな。針路を火星に向けましょう」

 コクラン艦長が決断を下した。ミーティングルーム全体がざわめきはじめた。

「とんでもないことになったぜ…」

 アルベールは呻くように呟いた。

「火星で地上戦のテスト、かぁ…」

 ヴィアンカは火星に行ったことは無かった。ずっとコロニー暮らしで、地球の地上にすらエレメンタリースクールとジュニアハイスクールの修学旅行で行ったきりだ。

「悠長にテスト、っちゅーわけにもいかへんで。要するにファルコンの新兵装試しながらのゲリラ戦や。ホンマにどないすんねん。今から頭痛いわ」

 ヴィアンカが振り返ると、ハンスは本当に頭を抱えていた。

「博士、本艦はダイモスに入港すればよろしいのですね?」

 コクラン艦長は確認するように訪ねた。

「ええ。そこから先の段取りはしてあるわ。ダイモス入港までにデータをまとめてお渡しします。それをJIPの総研本部の開発部まで届けてください」

「解りました」

 コクラン艦長は肯いた。

「野郎共、針路は決まった。火星ダイモス軍港に向かう。補給は入港後二十四時間以内を目指す。各員の努力を期待する。以上、解散。」

 ミーティングルームの全員が艦長に向かって敬礼した後、要員は三々五々に散っていった。

「ヴィー、どうする?」

「んー、そーねー」

 機体は整備とチェックだとかで、訓練飛行のスケジュールは入っていない。ヴィアンカのみならず、ファルコン隊のパイロットは航海中の予定を決めかねていた。

「お先ぃ」

 ハンスが立ち上がった。

「どこ行くの?」

 ヴィアンカは一応聞いてみた。

「ちょっと、ドクターに質問」

「ふーん…行ってらっしゃい」

 ヴィアンカとアルベールはマリアの後を追って足早に出ていったハンスの後ろ姿を見送った。

「俺はトレーニングでもすっか。付き合わねぇか?」

「んー、今はやめとく。まだ気分悪いし。エリーセンセのところにでも行って、胃薬と酔い覚ましでも貰ってくるわ」

「そうか…じゃ、また後でな」

 ヴィアンカはアルベールを見送った後、軽く首を振って立ち上がった。

「さて、と」

 ミーティングルームを最後に出て、艦内通路を医務室に向かった。

 

「ドクター、ドクターブラウン」

 呼び止められて振り向くと、ファルコン隊のパイロット、ハンス・イェルペルセンが居た。

「何かご用?」

 マリアは不機嫌さを隠さずに訊いた。

「へぇ、ちょい質問がありまんねんけど」

「手短に」

「ほな」

 ハンスは咳払いをした。

「アレの他に、自爆装置はないんでっしゃろな」

 いきなり本題だった。マリアは周囲の気配を伺った。

「誰も居まへんわ」

 マリアは軽く息を整えた。

「…あなたが処理したんだったわね。いいこと?必要な処置だったのよ。ファルコンが敵の手に落ちてしまうことは絶対に避けなければならないわ。パイロットが気絶なり死亡なりした場合の、最悪の事態を想定した遠隔爆破装置なのよ」

 一気にまくし立てた。

「ははぁ、なるほど。しかしまぁ、生殺与奪を自分の意志外に置かれる、っちゅーのは、何と言いますか。その、志気に関わるんですわ。いつ爆殺されるかわからん機体に乗ってるかと思うと、おちおちシートにも座ってられまへんねん。解りますぅ?」

 飄々とした、つかみ所のない語り口だった。マリアは早々に説得を諦めた。

「…ないわよ。元々、余分なものを積むスペースはないわ」

「ホンマに?」

「信用できないかしら?」

「ええ、残念ですが」

 マリアはため息をついた。

「どうすればいいのかしら?」

 ハンスはうっすらと笑みを浮かべた。

「そうでんなぁ。とりあえず、構造図ですとか、設計図ですとか、資料を一式いただけまへんか?チェック用に」

 マリアはせせら笑った。

「見て解るの?あなたが?」

 ハンスは薄ら笑いを崩さなかった。

「見て解るモンに見て貰いまっさかい。それにまぁ、わても工学士くらいは持ってまっせ」

 マリアはその時、はじめてこの金髪を刈り上げた大男に疑問を持った。書類選考とジュニア戦競の資料を見て選抜したが、何か見落としは無かったか。

「…あなた、何者?」

 疑問が、口をついて出た。

「ハンス・イェルペルセン少尉。直轄部隊群、警務隊所属。定期身体検査にて戦闘機パイロット適正が有ったため、海兵隊士官学校航空科に戦闘機パイロット訓練生として研修出向。その後、直轄部隊群第十三新兵器実験戦隊、第666実験戦闘飛行隊に出向。現在に至る。そんなトコですかな」

 ハンスはにやにや笑いながら、すらすらと言ってのけた。

 マリアの中に、警戒心が浮かんできた。

「わかったわ。資料は用意します。でも、貸すだけよ。機密書類の持ち出しは機密漏洩防止法で最高は極刑よ。気を付けて頂戴」

「よーく解ってますわ。後でお部屋に寄らして貰います。よろしゅー。ほな」

 ハンスはひらひらと手を振りながら、引き返した。マリアは見送りながら、ハンスの身元調査の必要を感じていた。

 

「あ、いた。マック、もういいの?」

 ヴィアンカは誠を見つけて手を振った。

「…エヴァンスか」

 座禅を組んで窓の外を眺めていた誠は、振り返ってヴィアンカを認めた後、また視線を宇宙空間に戻した。

 ヴィアンカはその隣に並んで座り込んだ。

「また瞑想?」

「…ああ。何か用か?」

「ん、別に。エリーセンセのトコで薬貰って、ついでにあんたの見舞いでも、と思ったら、ココに散歩に行った、て、聞いたから」

「そうか」

「あ、そうそう。あたしたち、火星でファルコンのテストをやることになったのよ」

「…火星か」

 誠の言葉に懐かしいような響きを聞いた気がして、ヴィアンカは誠の顔を見てみた。誠は、目を閉じて、天井を仰いでいた。

「あたしは火星、初めてなんだけど、マックは行ったことあるの?」

「ああ、一度だけな。子供の頃だ」

「どんなところ?」

「さぁ、良く覚えてない。…小さかったからな」

「そうなの…」

 それきり、少し会話が止まった。二人は、ただ宇宙空間を眺めていた。

「ガリレオ同盟ね、火星に侵攻するだろうって。地球が攻撃受けたんだけど、それは囮で、火星侵攻が目的だって言うのよ。で、国連軍は地球侵攻の可能性があるから火星から部隊を引き上げて、火星を見捨てるって言うのよ」

 ヴィアンカは会議に出なかった誠のために解説役を買って出たのだが、ちらりと横顔を見る限りでは、相変わらず聞いているのかいないのか解らない。ヴィアンカは、かまわず続けることにした。

「マリア博士が言うには、近い将来、火星を巡って攻防戦になるから、火星でファルコンのテストをやんなきゃならないそうよ。で、火星は同盟軍に占領されるだろうから、地下に潜伏しながらゲリラ戦で実戦テストをやるんですって。アルやハンスは頭を抱えてたわ」

 誠は、やはり目を閉じて瞑想をしている。ヴィアンカはため息をついた。

「地下に潜伏ったってねー。全長十五メートルのMPF抱えて、どうやって潜るのかしら。ねぇ」

 誠が目を開いた。

「火星の平原は、惑星改造で二重構造になっている」

「へっ?」

「一面の麦畑。その所々に、大きな丸穴が開いている。直径は一キロから五キロくらいか。その下に、海がある」

 ヴィアンカは首を傾げた。イメージが掴めない。

「なにそれ」

「海と言っても、水深はそれほどない。深いところでせいぜい百メートルだ。それに淡水だ。火星人は海、と呼んでいるが、でかい淡水湖だな。地表と地底海の標高差は二百メートルから三百メートルくらいか。地表殻の厚みが五十メートルから百メートル。地底海上の船から見ると、所々に天井の地上を支える土の支柱が立って居るんだ。太い奴が、何本も」

 ヴィアンカはますます首を傾げた。

「…それ、マジ?」

「本当だ。惑星改造で地表を暖めたら、地下で凍っていた水と二酸化炭素が解けだして地盤がスカスカになった。それでMMを大量にぶちまけて、MFで地表殻と支柱を形成したんだ。支柱は地底海の水を吸い上げて地表殻の畑に供給する役目を負っている」

 ヴィアンカは目をぱちくりさせた。

「…詳しいわね、マック」

 誠はヴィアンカの顔を見た。まじまじと覗き込む。

「な、何?」

「海軍士官学校では、一般教養の地理の授業でやったんだが、空軍士官学校ではやらないのか?」

ヴィアンカは必死に記憶をたどった。確かに試験ではそれらしいことを覚えたような気がするが、良く思い出せない。

「うーん、やったんじゃないかな?」

(あ、笑った)

 誠が微笑んでいた。

「必要ないことは忘れるか。うらやましい奴だな」

 初めて見る、柔らかい笑顔だった。

「…火星の主産業は農業だ。平原の大部分が穀倉地帯になっている。大気は成分の九十%が二酸化炭素。気圧は地表殻で〇.五気圧。気温は平均一〇度。少し肌寒いが、簡易マスクを付ければ軽装で出歩ける。低高度軌道にMMを大量散布して、大気の剥離をMFで押さえ込んでいる。同時に、MMの発生するMFが人工のバンアレン帯になって宇宙放射線から地表を守っている。紫外線も、MMが合成して放出しているオゾンが防いでいる」

「…ふーん。あんなつまらない授業の内容、良くそこまで覚えてられるわね」

 ヴィアンカは素直に感心した。ヴィアンカ自身は、訓練機の操縦実習以外には大した関心はなかった。

「…火星には、思い出があるからな。関心があった」

「ふーん。いい思い出なのね」

 誠は、再び目を閉じた。

「いや、どちらかといえば、良くない思い出だな。忘れていたぐらいだ」

 ヴィアンカは思い出した。誠は、子供の頃に家族を亡くしたと言っていた。それに、火星が関わっているのかも知れない。

「…火星の地下に潜伏というのは、地底海に潜む、ということだろう。火星は大量のMMの発生する雑電磁波や強MFのおかげで、レーダーやセンサーがまるで効かない。軌道からのスキャンすら無効にする。地上戦は全て目視戦闘だ。ならば、隠れる所なんて幾らでもある」

「うわ…」

 ヴィアンカはぞっとした。コロニー育ちのヴィアンカにとって、惑星地表はほとんど未知の世界だ。大気があるせいで視程も良くない。大体、夜にならないと星が見えないと言うのは、落ち着かなくていけない。火星に着く前から、早くも不安を覚えた。

「あたし、やっていけるかな。地上でなんて」

 ヴィアンカはため息をついた。

「できるだろう」

「え?」

 誠は、ヴィアンカを見据えていた。

「お前は、短期間の習熟でファルコンを乗りこなした。手練れの“ゼロ乗り”を相手にして、見事に撃墜し、母艦を守った。それだけのことを、お前はやって見せた」

 ヴィアンカは軽く息を吐いた。

「それは、あたしだけじゃなくて、アルが居てくれたから。アイツが助けてくれたから。単独だったらやられていたわ」

 嘘偽りのない心情だった。

「マックの方がずっと凄いじゃない。そうそう、思い出した。あなた、撃墜が五機になったからエースに認定されたわよ。ダイモスに入港したら、エース徽章が授与されるって。良かったわね。すごいわ」

 誠は目を逸らした。

「…戦闘で気絶して、自力帰艦できなかった奴がもらえるものでもないだろう。辞退する」

誠はうつむいて、そう呟いた。

「そんなこと無いわよ。あの黒騎士とやり合って、あと一歩まで追いつめたのよ?じゅうぶん立派だわ。あなたはエースよ。自信持って、胸張って貰いなさいよ」

 誠は顔を上げて、ヴィアンカに向き直った。

「お前がそうしろというなら、貰おう。だから、お前も自信を持て」

「へ?」

「模擬戦で、俺に土を付けたのはお前達だけだ。途中で水が入ったが、あれは俺の負けだ」

 誠がここであの未決着の模擬戦の事を持ち出してくるとは思わなかった。

「でも、あれはまだ…」

「いや、あれは俺の負けだ」

 誠は断固とした口調で言った。

「もう一つ、ジュニア戦競の決勝があったな」

 誠の口から、そのことが今出てくるのは、更に意外だった。

「あれは、あたしの負けよ」

 ヴィアンカはきっぱりと言い切った。模擬戦はともかく、ジュニア戦競の決勝戦だけは勝った気がしていない。内容的には完全に負け試合だった。

 誠は、ヴィアンカの視線を真っ向から受け止めた上で、淡々と語りだした。

「お前の機体が急制動機動で俺の後ろを取ったあの時、俺は整備担当者の警告を忘れた。俺の使っていた機体は機動性向上のため、構造材を削り、強度限界ギリギリの軽量化を行っていた。整備担当者は、『Vターンは絶対にやるな』と、俺に警告した」

 ヴィアンカは目をぱちくりさせた。誠はあの時、ヴィアンカの放った四発のSHRAAMを回避するため、鋭角な緊急回避機動を何回も行った。

「あのタイミング、あの距離で高機動ミサイルを撃たれ、慌てた俺はその警告を忘れた。機体の強度限界を超えるVターンを、四回もやってしまった。機体はしばらく持ってくれたが、折れた構造材がエンジンを損傷させていた。あとは、お前の知っての通りだ」

 ヴィアンカは呆然と聴いていた。誠の機体の事故は、単なるトラブルではなかったということだ。

「わかったか?あれは、お前の勝ちだ」

内容上では負けだと思っていたあの試合、ヴィアンカの勝利に理由があった。それを語る誠は別に悔しがっている様子もなく、ただ事実を淡々と語っていた。

「黒騎士も、ダグラス少佐も、俺に勝てなかった」

誠は立ち上がった。ヴィアンカもつられるように立った。

「俺に勝てたのは、お前だけだ。エヴァンス、お前は、もっと自分を誇っていい」

 それだけ言って、誠はヴィアンカに背を向けた。出口に向かって歩き出す。ヴィアンカは黙って見送った。誠の姿が展望室から消えても、しばらく出入り口の扉を見ていた。

「自信を持て、自分に誇りを持て、か…」

 ヴィアンカは、口に出して誠の言葉を噛みしめた。展望室の窓の外、宇宙の星々に目をやった。

「…やってやるか」

 火星がなんだ、という気になっていた。何でもできそうな気がしてきた。

 ヴィアンカは歩き出した。薬で気分も良くなったし、とりあえず、アルベールに付き合ってトーレーニングだ。

 まだ見ぬ火星の大地が、待ち遠しい気分だった。

 

 

第一部、「閃光のファルコン」―了―



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