第9章 「初陣」

 

「だっひゃー、いそがなくっちゃ!」

 突然の非常事態警報に、クリスは焦りまくっていた。

 慌ただしくジャージを脱ぎ捨て、まだ生乾きのツナギに袖を通す。

「ったく、いきなり敵襲だなんて…」

 模擬戦の最終戦を控え、1号機と3号機の整備を終えたあと、休憩をもらってシャワーを浴び、食堂で食事を取りながら、端末を通じて模擬戦を観戦していた。

 そこへ、敵艦発見の急報である。基地中が上を下への大騒ぎとなった。第2級警戒体勢の発令に伴い、第666実験戦闘飛行隊にも即応待機が下命される。現に3号機は演習中断後、即時に警戒飛行に派遣された。

 帰還する1号機の整備、プロトFRと2号機の出撃準備。クリスのやるべきことは、山ほど有った。

「よし、いっくぞー。」

 最後に帽子を被って部屋の外へ飛び出した。

「わっ!」

「うぉっ!」

 途端に、誰かにぶつかった。

「あ、ご、ごめんなさい!」

「えろうすんまへん!」

 向こうも謝ってきた。

「へ?」

「あん?」

 クリスが顔を上げると、

「あれ?ハンス?」

 短く刈り上げた金髪の大男、ハンスだった。

「なんや、クリスか。」

 ハンスは息をついた。

「何でハンスがこんな所に居るの?」

 こんな所、と言うのは、女性職員の居住区、と言う意味だ。ハンスの部屋は共用区画を挟んで反対側の男性職員用の居住区である。さらに言うなら、第二警戒体勢発令下では、パイロットはフライトスーツに着換えた上で待機室かコクピットで待機のはずだ。

「い?あー、うん。ちょっと、な。そうそう、エリーセンセとマリア教授を呼びに来たんや。」

「ふたりとも、管制室よ?」

「へ?あ、そーなんや。どーりでおらんはずやな。」

 あははーと笑いながら、ハンスは駆け出した。

「何しとんねん、クリス、ほれ早う。格納庫行くで。」

「あ、そうだった!急がなくっちゃ。」

 あわててクリスも駆け出した。

 

 減速を終え、ヴィアンカは手近な小惑星、と言うより長径百メートルほどの岩塊の陰に3号機を頭部だけ出して隠した。アルベールは<ウィング>を飛ばし、敵艦の動向の監視を始めた。

「どお?」

「いたぜ。春春冬、約四万二千。方位二一〇に秒速六〇で移動してる。接触した“パイレーツ”の艦載機の報告通りだな。このままの軌道を通るなら、SS156には二十二分後に距離六万で最接近する。」

「ギリギリね。」

「探知範囲のか?そうだな。」

「ところであたし達は、発見されてる?」

「さぁな。ま、小惑星の影を拾ってきたつもりだけど、ずっと五G減速してたからな。見つかっていると思っといた方がいいだろうな。」

 ヴィアンカは敵艦の予想位置のスクリーンに目を懲らした。

「……見えない。」

「バカ。肉眼で四万キロ以上離れた、全長三百m程度の目標が見えるかっ!」

「加速してくれたら、プラズマ炎が見えるわよ」

「……マジか?」

「多分。」

「俺には、全然見えん。」

「そのための、レーダーやセンサーでしょ?」

「そーなんだけどな。」

「ねぇ。」

「あん?」

「攻撃、してくるかな?」

「どうかな。LSAM(長射程艦対空ミサイル)でも超余裕で射程外だろ。撃ってくるとしたら、主砲のビームぐらいだろうけど、巡洋艦の主砲じゃ対艦戦でも有効射程はせいぜい三万だからな。撃つだけ無駄だ。まぁ、撃ってきたとしても、牽制目的の嫌味だろうよ」

「“ゼロ”が出てくるとか」

「……それは有り得るな。この距離なら、十G加速で十五分くらいだな。低速格闘戦に持ち込むなら加減速で二十分強、か。触接されてるのもうっとうしいだろうしな」

「ちょっかいかけてくるかしら」

「さぁな。今の所、MFの展開パターンに動きはねぇ」

「え?3号機のセンサーって、そんな事までわかるの?」

「ああ、敵艦が太陽背負ってるからな。おかげで赤外線センサーは全然ダメだが、太陽風と敵艦のMFの干渉がよっく観測できるぜ」

「へぇ〜」

 アルベールはヴィアンカの前の戦術モニターに解析図を転送した。

「な?」

「本当だ……」

 解析図には、敵艦を中心に通常の宇宙線防御型のMFの分布パターンが表示されていた。

「ところでさ、アル。“ゼロ”が来たら、どうしよう?」

「どうしようって、逃げるしかねぇじゃんよ。俺達、丸腰なんだからよ」

「やっぱそうだよね」

 それきり、しばらく無言になった。アルベールはセンサーで敵艦の監視を行い、することの無いヴィアンカはぼーっとしていた。

「動いた」

 不意にアルベールが呟いた。ヴィアンカは慌ててスクリーンを見た。ヴィアンカの目は、無数の星の輝く広大な宇宙空間から、移動するプラズマ噴射炎の輝きを捉えた。

「アル、どういう動き?」

「今解析してる。……出た。向芯加速だ。取り舵だな。仮想半径、約三万八千。」

「つまり、SS156に向かって来てるの?」

「そう言うことだ。大体の位置はバレてるな」

「……威力偵察でもする気かしら?」

「薮をつついて、蛇を出す、か。そうだろうな」

「どうする?アル」

「俺達が出来ることなんて知れてるぜ。とりあえずは敵艦のこの機動データの送信と引き続き監視」

「……そうよねー」

 ヴィアンカはため息をついた。つまりは、敵が3号機に対して何らかの行動を起さない限りは暇なのだ。

 することの無いヴィアンカを尻目に、アルベールはデータの転送やウィングのセッティングなどで忙しそうだった。

「……はぁ。実戦たって、こんなモノか」

 ヴィアンカは更に深いため息をついた。

 

 SS156の港に係留中の<パイレーツ>の発令所では、<ファルコン>3号機からSS156管制室に送られるデータ通信を傍受して、独自に戦況解析を行っていた。

「副長、敵艦の軌道要素に変化は?」

「有りません。一分前に向芯加速を終了、現在も相対速度五九で進路一一〇に向け慣性飛翔中。約二十分後にSS156の秋秋冬約二万九千の地点で最接近です」

「そろそろ来るな」

 コクラン艦長は、戦況の映し出された正面のスクリーンを睨みつけ、左手でしきりに顎をさすった。

「砲撃ですか?まだ遠いのでは……」

 石岡副長が首を傾げる。

「人形だ。出してくるぞ。通信!SS156管制へ繋げ!」

「F3より入電!『敵艦にMFカタパルトの展開を認む。続いて熱源三の分離加速を確認。ゼロの発進と思われる』以上!分離加速した熱源の軌道要素データがくっついてやすぜ」

 通信長は、艦長の命令と入れ違いに報告した。

「三機だと?“オブライエン級”搭載の人形は四機。予備機を残して、全力出撃か。データ、出せるか?」

「解凍中。……今出しまさぁ」

 スクリーンに重ねて表示された<ゼロ>とおぼしき三機の飛翔体は、真っすぐにSS156に向かっていた。

「通信!SS156の666SQ(飛行隊)、ダグラス少佐に迎撃機の出動要請!」

「待って下さい、艦長!」

 石岡副長が口を挟んだ。

「何だ、副長」

 コクラン艦長がいらただしげに答える。

「機密兵器の“ファルコン”を迎撃に出して良いのですか?我が艦の航空隊を出すべきではないでしょうか?」

「寝ぼけとるのか、貴様は?」

 コクラン艦長は石岡副長を睨みつけた。

「うちのパイロットが腕利き揃いでも、三機の“ゼロ”相手に、“コスモホーク”八機が相手になるか!」

 石岡副長は返答につまった。

「それにだ、“ファルコン”は“ゼロ”キラーとして開発されとるんだ。遅いか早いか、だろうが」

「しかし……」

「しかしも何も、国連軍が“ゼロ”の対抗機種を開発しとるのは、もうバレとるだろうが。現に敵が来ている」

「……」

「わかったか?選択の余地はないんだ、副長」

「それでは、せめて援護を……」

「それも出来ん」

「なぜです?」

 食い下がる石岡副長に、コクラン艦長はため息をついて、頭の後ろに手をやった。

「いいか、敵は研究所の所在を確認しとるようだが、我が艦がここに停泊していることには気付いとらんはずだ。この宙域に到達した後の動向は掴んでないはずだからな。艦載型の“コスモホーク”が全力出撃したら、我が艦の存在が発覚する。しかし出さなければ、敵に我が艦がここを立ち去ったと誤認させられる。」

 哨戒に出撃した<パイレーツ>所属の二機の<コスモストーク>は、海軍・空軍・軌道防衛軍で採用されている汎用機である。現にSS156にも、汎用作業機として、二機が配備されていた。つまり、機種では艦載機かどうかは確認出来ない。

「しかし艦長、我が艦の存在を秘匿するメリットは何です?」

 訊いた石岡副長に対し、コクラン艦長は視線で「そんな事もわからんのか?」と、言っていた。

「脱出の際に、欺瞞情報に使えるだろうが」

「脱出?」

 コクラン艦長はため息をついた。

「しなきゃならんだろうが。目前の敵は斥候だ。開発チームの捕獲、あるいは撃滅を目的とした本隊が別に居る。近くにだ。わかったか?」

 石岡副長は呆然とコクラン艦長を見ていた。

「艦長、FRとF2が発進する模様ですぜ」

 観測員が報告した。

「艦長、ダグラス少佐より通信」

 今度は通信仕官が報告した。

「繋げ」

「へい」

 メインスクリーンにウィンドウが開き、パイロットスーツのダグラスのバストショットが現われた。<ファルコン>プロトFRのコクピットのようだった。

『艦長。敵の“ゼロ”と“オブライエン級”は、我が隊でやります』

 ダグラスは挨拶無しで切り出した。

「悪いが、“パイレーツ”は高見の見物を決め込むぞ、少佐」

 ダグラスはヘルメットのバイザー越しに、にやりと笑った。

『承知しております。つきましては艦長。お願いが有るのですが』

「わかっている。研究所の資材の積み込みだろう」

『話しが早くて助かります。研究所側はブラウン博士が指揮を取られます。宜しく。では』

 ダグラスの敬礼と共に、通信が切れた。

「副長、頼んでおいた空き区画の整理は終わっているか?」

 石岡副長は我に帰って敬礼した。

「は、はい。右舷船体、左舷船体とも九割がた片付けました」

「うむ。では右舷直の連中をたたき起こして積み込みの指揮を取れ。ブラウン博士とともにな」

「はっ!」

 敬礼し直すと、石岡副長は発令所を飛び出した。

 

 3号機は相変わらず岩塊にへばりついていた。

「少佐から命令電だ。FRとF2の後方へ回って電子支援しろってよ。燃料、行けるか?」

 ヴィアンカはアルベールから戦術モニターに転送されたコース案を見て眉を寄せた。

「ちょっと、厳しいかな?減速が終わったら、アイドリングモードでジェネーレーター稼働三十分でガス欠。自力帰還はまず絶望ね」

「それはタンカー任せだな。行くぜ」

「了解。」

 ヴィアンカは3号機を岩塊から離し、加速を始めた。

 

『F2、俺が先行する。減速を始めろ。距離七千で敵機が狙えるか?』

 随伴するプロトFRは更に加速した。ハンスは言われたとおりに2号機の減速を始める。

「直接照準やったら厳しいでんな。せやけど、F3のデータ支援が有ったら八千でもいけますわ」

 通信モニター越しのダグラスは、かすかに笑った。

『よし、俺が敵機との距離千を切ったら撃て。外れてもかまわんから、敵をかき回せ』

「了解。……少佐、堕としてもええんですよね?」

 ダグラスは、今度は大笑いした。

『かまわん。好きにやれ』

「へーい」

 通信が切れた。

 減速Gで揺れる2号機のコクピットでハンスは口もとに笑みを浮かべた。

「久しぶりの狩りやな。楽しませてもらおか。くくく」

 獲物を前に舌舐めずりする、ハンターの笑いだった。

 

「クリス、1号機はいつ出れる?」

 SS156に帰還してからも、誠はコクピットに座りっぱなしだった。生命維持用の酸素の補給をしただけで、水も飲まなかった。

『反応燃料剤、冷却剤の補給おわった。今、エンジン回りのチェック中。……ああもう、溶けちゃってる。配管回り交換だよー。T−MAXの使い過ぎ。五分待って』

 クリスは帰還して間も無い加熱した1号機のエンジンを、耐熱機密服を着用して外からチェックしていた。

「いい。すぐ出る。ビーム機銃と対艦用のハンドマインを用意してくれ」

『……え?』

「バイパス供給管が使える。交換はいい」

『無茶言わないで!バイパス管までT−MAXで潰しちゃったら、動けなくなっちゃうよ!』

『かまわないわ。すぐに出撃よ』

 マリアが割り込んだ。

『ドクターっ!』

 クリスは声を張り上げた。

『“ゼロ”と戦うのに、T−MAXまで使うことも無いわ。それに、そうそう潰れるほどヤワにもつくってないわよ。いいから、機銃の用意を』

『整備士として、整備未了状態の機体を出撃させるわけには行かないよ!』

『クリスティーン・クローチェ二等軍曹!命令よ、これは』

 クリスは言葉をつまらせた。マリアは軍人ではない。だが、少佐相当の佐官待遇で軍に迎えられている。第666実験戦闘飛行隊ではオブザーバーと言う立場だが、クリスの上官に当たることには違い無い。そして、軍では上官の命令は絶対である。

『……了解しました。直ちにビーム機銃及び対艦マインを用意します』

『結構。何分で出撃可能かしら?』

『二分下さい』

『わかったわ。お願い』

 マリアは管制に向かって回線を切り替えたらしく、声が途絶えた。正面スクリーンの右端に小柄なオレンジの耐熱機密服が現われる。右壁の銃架に掛かったビーム機銃にとりついたところからみて、クリスのようだった。クリスの操作によって銃架が壁からせり出した。

 向かって左のラックからは細長い楕円球状の物体が二器せり出した。機体の左腕のシールド裏に装着する対艦投擲爆雷だ。

『スガイ候補生、ビーム機銃、対艦マインスタンバイ。ドッキング、どうぞ』

 1号機のFCSがビーム機銃と対艦マインの誘導ビーコンを捉えた。誠がトリムボタンを操作してコマンドを入力すると、1号機の右腕が動き、オートでアサルトライフル型のビーム機銃を掴み取る。同時に左腕は左側のラックのガイドレールに沿ってシールドを動かした。ラックの装弾機構が自動でMFシールドの裏の左右に二器の対艦マインをセットする。FCSがビーム機銃と対艦マインの接続サインを戦術モニターに表示した。データバンクからビーム機銃と対艦マイン対応の戦術プログラムがダウンロードされ、FCSのモードが自動的に切り替わる。

「1号機、ビーム機銃及び対艦マイン搭載完了、出撃する。ハッチを。」

『待ってぇ!』

 慌てた様子のクリスの声が割って入った。

『予備弾倉の装着がまだだよ!』

「要らない」

 誠は即答した。

『……え?』

 クリスの間抜けな声が帰ってくるのに少々時間が掛かった。

「予備弾倉は要らない。直ちに出撃する。ハッチを開けてくれ」

『わかったわ。管制!格納庫ハッチオープン。格納庫内の要員は直ちに退避』

 マリアの声が再び割り込んできた。

『弾倉一個じゃ、二十四回トリガー引いたら終わりだよぉ!』

 クリスの声は涙声のように聞こえた。ファルコン1号機用のXABR−M5型ビームアサルトライフルは、ファルコン用試作ビーム機銃シリーズ用の共通型の加速リング弾倉を使用し、共通加速リング弾倉は千五百ミリ直径の加速リングを三本束ねてあり、この中に荷電重金属粒子がリング一本当たり八つの弾体に分割されて、秒速約三百キロで常に保持されている。つまり、一弾倉八×三で二十四発撃てることになる。

「問題無い。出るぞ」

 格納庫は最初から真空である。機密服を着込んだ整備士達が庫外へ退去していく。

『ちょっと、離してよー、まだ……』

 クリスが他の整備士達に引きずられるようにしてエアロックに連れ去られる。

 整備士全員の退去が確認されてからハッチが解放され、1号機を載せたキャリアマットが格納庫出入り口へ向かう。

『フットロック解除、ランチアウト』

 キャリアマットに固定されていた1号機の脚部が解放され、機体は慣性のまま緩やかに外の空間に流れ出した。

「状況フリー。主機点火」

 1号機のメインエンジンである四機の小型TM式核エンジンが、最小レベルで核融合反応を開始した。発生したプラズマのほとんどが直接電力に変換され、エネルギーの残りカスである若干の熱ガスがノズルから排出された。

『F1、あなたの目標は敵艦よ。必ず撃沈しなさい。いいわね?』

 マリアからの通信と共に、戦術モニターに敵艦の予想進路とそれと交差する進撃ルートが示された。

「F1任務了解。コース確認。MFジェネレーター、カタパルトセッティング、レディ。発進許可を請う」

『MFカタパルト展開。進路クリア。F1、発進を許可する。グッド・ラック』

「F1了解。発進する」

 誠は左手のモードセレクターをカタパルトモードに入れた。オートで機体の姿勢が制御され、MFジェネレーターが反発磁場を展開、

1号機は十Gの加速でSS156から発進した。

 磁場は距離に反比例して磁束密度が低下する。よって、機体側のMFの展開強度が一定ならば、距離と共に加速度は減少していく。

そこで、距離と共に機体側のMF展開強度を上げていくことによって、一定の加速度を維持する。

 強磁場の中で反転磁場を展開したところで、通常は機体が百八十度回転するだけである。しかし、二十二世紀の磁場制御技術は反発位置で姿勢を維持する繊細な制御を実現した。これなくして、MFカタパルトは有り得ない。そして、その制御技術を持ってしても十G加速が限界であった。加速距離は七百キロ、加速時間は百二十秒に及び、最終的に秒速約十二キロに至る。

 1号機はMFカタパルトによる加速が終了した後、メインエンジンを噴射し、十G加速を維持。敵艦との邂逅を目指す。

 誠はちらっと戦術モニターを見た。

 予想邂逅時間は十五分後、進出距離は約四万キロ。その時、1号機の速度は秒速百キロに達し、敵艦との相対速度は秒速四十キロに及ぶ事になる。すれ違いざまの、一瞬の攻撃機会になる。

 

「こんなもんかいな、と」

 3号機からのデータ支援を元に、ハンスは照準の微調整を行った。超長望遠でも、レンズにゆがみが無ければ空気の無い宇宙空間では映像は鮮明である。2号機のヘッドバイザーに装備されたレーザー研磨炭素クリスタルレンズ使用のスコープは、天体望遠鏡並みの精度で作られている。距離八千キロをおいて正面投影面積の直径が七、八m程度の<ゼロ>を、非常に小さい輝点ながら捉えていた。

「3号機様々やな。」

 超高倍率のスコープは視界が極端に狭い。敵機位置の正確な情報が無ければ、その姿を視界内に捉えることは出来無い。3号機の大出力・高解像度レーダー有ればこそ、この距離での正確な座標が掴めるのだ。

「そろそろやな。」

 先行するダグラスのプロトFRがそろそろ合図の対敵距離千キロを切る。

「今や。」

 ハンスはトリガーを引き絞った。ロングレンジビームライフルから、秒速千七百キロの荷電重金属粒子ビームが放たれた。

 

 ダグラスは我が目を疑った。

 八千キロ以上後方からの2号機の狙撃は、彼の前方千キロで編隊を組んでいた<ゼロ>の1機を、完全に粉砕した。

 ビームは機体の中心を貫き、重金属粒子が装甲に食い込み、摩擦熱で蒸発、その圧力で爆散する。

「本当に堕としやがった……」

 ガリレオ同盟軍と国連宇宙軍のMPF(人型汎用戦闘機)同士の初の戦闘で、最初の撃墜が刻まれた瞬間だった。

 残った二機の<ゼロ>が左右に散開し、小刻みに回避機動を取る。

 第二射が右側の<ゼロ>を襲った。回避機動をも見越した狙撃だった。狙われたゼロは、MFシールドを展開してビームの軌道を変えようと試みたが、巡洋艦とも張り合えるビーム攻撃を完全には凌げなかった。強大な負荷でMFシールドが圧迫され、システムが焼き切れたのか、ビームの後半が<ゼロ>の機体を掠める。損害を受けたらしく、<ゼロ>は火花を散らしてふらつき始める。

「……随分と仕事が楽になったな。“コスモホーク”で“ゼロ”と殺り合うって時は、毎度毎度生きた心地がしなかったもんだが……」

 ダグラスは右側の<ゼロ>に向かって照準を合せた。そのままプロトFRを突撃させていく。2号機のビームは、今度は左側の<ゼロ>を襲っていた。流石に、回避機動を大きく取ったので、今度は命中は愚か至近弾も得られてはいないが、ダグラスのプロトFRに狙われた味方機を救援する余裕は無い。完璧な援護射撃だった。

「“ファルコン”が量産の暁には、“ゼロ”など恐るに足りんな。」

 ダグラスは満足に機動出来ない様子の<ゼロ>をレティクルに収め、トリガーを引き絞った。

 着弾ごとにレティクルの中の<ゼロ>の機体が跳ね踊る。

 遠慮はしなかった。緒戦のメタルハーバー奇襲だけで百隻以上の艦艇が沈められ、二百機以上の航宙機が堕とされたのだ。

 戦局が通商破壊戦に移った現在まで、<ゼロ>による損害は緒戦の三倍以上を計上する。人的損害では死傷者一万名は下らない。その三分の一が航宙機パイロットだ。

 対して、ガリレオ同盟軍の損害は旧式戦闘艦や小型の輸送艦など十隻足らず。<ゼロ>に至っては十六機しか堕ちてはいない。その内四機は事故によるもので、戦闘で撃墜されたのはわずかに十二機。

 キルレシオ(相対撃墜比)は一対八十以上。つまり、<ゼロ>一機堕とすのに、国連軍は八十機以上の犠牲を必要とした。

 ダグラス個人では五機の<ゼロ>を堕としたが、これは奇跡に近い数と言えた。五機目とはほとんど刺し違えだった。被弾によってコクピット内を跳ね回った破片により、ダグラスは全身に十五箇所の裂傷を負い、二ヵ月以上の入院を強いられ、また、僚機を二百機以上、僚友、部下も合せて百人以上失った。

 十数発のビームを食らったゼロが、ついに爆散する。

「もっと早く、こいつが出来ていればな……」

 ダグラスはスティックを握りしめ、次の獲物を睨みつけた。

 

「お、少佐が二機目と格闘戦に入ったぜ」

「ハンスは?」

「射撃は止めたようだな」

「無理ないわねー。少佐を誤射するかもしんないし」

「距離八千じゃあ、すぐに助太刀ってわけにもいかねぇしな」

「“ゼロ”対“ファルコン”、一対一。見ものね」

 ヴィアンカは投げやりに言った。

「高見の見物、ぐらいしかできることがねぇたぁ、情けねぇ限りだぜ」

 3号機の現在位置は2号機のさらに後方一万五千キロ。しかも3号機は残燃料が乏しい。

「その高見の見物だけど、あとどのくらい出来そう?」

「このままアイドリングモードでレーダー出力を維持すると、五分だな」

「タンカーは?」

「こっちに向かってる。ランデブーまで三十分ってところだ」

 ため息一つついて、ヴィアンカはレーダー画面の映ったCRTを眺めた。

「少佐、勝つわよね」

「へっ。”キング”ダグラスが”ゼロキラー”に乗ってるんだ。あたりまえだぜ。お、巴戦だ」

 画面の中の二つの光点は、互いの後ろを取り合おうとループを描き始めた。

「あ、少佐が後ろを取られた!」

 レーダー画面上で、<ゼロ>がプロトFRの背後に急接近した。

「いや、違うぜ!」

 ダグラスのプロトFRがループ旋回中に、急減速からもう一つ小さいループを描いて。宙返りをした。一瞬の間に敵<ゼロ>の背後に回り込む。

「ダブルループフェイク!」

 ヴィアンカは思わず声を上げた。巴旋回に引き込んで、さらに急旋回で敵の背後を取る戦闘機動。ヴィアンカの得意技、<オーバーシュートトラップ>の発展系の空戦技だ。

「決まったわね」

 ダグラスのプロトFRを見失って動きの止まった<ゼロ>に、ダグラスは背後から集中射撃を浴びせた。<ゼロ>の輝点がレーダー画面から消える。

「さすが少佐。いいもの見せてもらったわ」

 ヴィアンカはため息をついて、画面から目を離した。

「マックの野郎はどうかな?もう余り時間がねぇが……」

 アルベールは<ウィング>のレーダーの集中走査を切り替え、敵艦へ向かった誠の1号機の方へ指向させた。

「お、敵が迎撃機を出してるぜ」

「残っていた“ゼロ”?」

「ああ、多分な」

「マックの奴、やられたりしないでしょうね」

「けっ、あの野郎は“ファルコン”に乗ってからこっち、負け無しなんだぜ?少佐にも負けなかったんだ。それに俺達との勝負がついてねぇ。こんな所で“ゼロ”にやられてもらっちゃ困るぜ」

「そうね、そうよね。私達との決着がまだなんだから」

 ヴィアンカはレーダー画面に集中した。それもあと数分で見れなくなる。さらに、1号機とは五万キロ以上離れている。見ていることしか出来ない我が身がもどかしかった。

 

 敵艦との距離が一万キロを割った時点で、迎撃機との距離は三千キロ。時間にして一分弱ですれ違う。

 敵の<ゼロ>は誠の1号機を何とかして母艦との交差軌道から外そうと意図して、衝突軌道を取ってビームガンをまばらに撃ちながら接近してくる。

 誠は敵機のビームを見切り、命中コースのビーム弾だけを最低限のロール機動でかわした。

 敵機はぶつけてでも1号機を止めて、母艦を守るつもりらしい。衝突機動のまま接近してくる。

「流石だな。」

 誠は機体の性能だけではない、ガリレオ同盟軍の”ゼロドライバー”の誇りと士気の高さを実感した。

「だが……」

 呟いて、1号機の左手で機体の右胸のケースに収められた予備のプラズマソードを抜く。右手のビーム機銃は敵艦のために温存する。無駄遣いは出来ない。

「俺は負けるわけに行かない…」

 敵<ゼロ>の乱射をローリングだけで見切る。逃げない。敵機も逃げなかった。秒速六十キロを超える相対速度で衝突すれば、双方とも即死は免れない。それどころか、機体は原形をとどめずにばらばらになるだろう。それでも、双方とも強大な重力で引かれ合うように、衝突点に向かって突き進んだ。

 点に見えていた敵機が一秒にも満たない間に視界いっぱいに広がる。

「!」

 誠はその瞬間を見切った。機体を捻り、左腕をなぎ払う。

 手ごたえは有った。だが、振り返らなかった。

 そんな余裕はない。誠の目はメインターゲットである敵艦、ガリレオ同盟軍の<オブライエン級航空軽巡>をロックオンしていた。

 どのみち、相対速度秒速六十キロですれ違った敵機は堕としていようがいまいが、無視していい。ロクに減速も出来ない内に、1号機は敵艦と交差する。

 誠は1号機の左手のプラズマソードを投棄した。格納している余裕は無かった。敵艦から視線を外さず、機体にビーム機銃を両腕でホールドさせる。

 距離五千を切る。時間にして二分強。敵艦は横腹を見せている。艦の全ての火力を、1号機の迎撃にふり向ける気らしい。LSAM、

MSAM、対空ビーム機関砲、そして主砲の対艦ビーム砲までが1号機目掛けて飛来する。いや、津波のように押し寄せた。

「それは、間違いだ」

 スライド、ロール、シザース。全ての回避機動を駆使し、時にはMFシールドでビームを弾く。

 誠の狙いは敵艦の主機関、ただ一点。回避機動をしながら、それでもビーム機銃は敵艦のメインエンジンを指向させ続ける。

「艦首をこちらに向けてエンジンを隠し、MFシールドを展開すべきだった……」

 誠は憐れむように呟いた。ビーム機銃のセイフティを解除。セレクターをフルオートに。敵艦船がMFシールドを展開している場合、ビーム銃砲による攻撃は効果がない。艦船の展開する強大なMFフィールドは機載程度の出力のビームは射線をねじ曲げられてしまう。

しかし、敵艦は火力による迎撃を選択した。この場合、自らのビーム砲を使用するためにMFシールドは展開しない。もし敵艦が誠の呟き通りに艦首を正対させてMFシールドを展開した場合、誠の選択肢はすれ違いざまの対艦マインの投擲しかなかった。

 距離五百キロ。驚異的な視力を誇る誠の眼球は、敵艦のエンジンの構造弱点、フレキシウム・セラミクス製のMFノズル制御リング、その装甲カバー、通称「スカート」を捉えた。

 距離四百キロ。ビーム機銃の照準をロック。戦闘機同士の空戦と違って、艦船は細かく動いたりはしない。外す気はしなかった。

 距離二百キロで射撃開始。

 秒速三百キロのビーム弾は、1号機と敵艦の相対速度差毎秒四十キロを合せて相対秒速三百四十キロに達し、一秒掛からず着弾する。フルオート射撃時の毎秒十発の発射速度では、二十四発のビーム弾は二.四秒で撃ち尽す。その内半数は目標の「スカート」に着弾し、粉砕する。MFノズル制御リングが剥き出しになった。

 そして、その二.四秒の間に、敵艦との距離は百キロにまで縮まった。時間にして二.五秒。誠は1号機の左腕のMFシールドを剥き出しになったMFノズル制御リングに向けた。

対艦用投擲機雷は、投擲といっても本当に機体のマニュピレーターアームで掴んで投げつけるわけではない(そういう使い方も可能だが)。正しくはランチャーレールに沿って短く加速し、撃ち出す仕様になっている。加速の方式はわずかな帯磁をも避けるため、火薬カートリッジを使用する。投擲機雷はMFシールド展開状況下での使用が前提のため、全体が非金属製(カバーケースは高分子材とセラミクス)、且つ一切の電子機器を使わず、信管と炸薬のみの非常に単純な構造となっている。信管はオーソドックスな接触信管や時限信管が多用されるが、アルベールとヴィアンカが演習で使ったように遠隔操作の電波信管の使用も可能である。誠が今回の出撃で装備したのは、接触信管の対艦マインだった。二発の内一発は接触した後百分の一秒だけ遅延して発火するように信管をセットした。

照準をMFノズル制御リングに合わせ、ロックオンを確認すると無造作にトリガーを引く。シールド裏のランチャーから放たれた二発の弾体は、全くの無誘導ながら正確に敵艦艦尾のMFノズル制御リングへ向かっていく。誠は発射と同時に敵艦の艦首側へ進路を急激に変更させた。

対艦マインが二発とも命中した。敵艦の艦尾が閃光に包まれる。

 MFノズル制御リングを失い、敵艦の主機関である核パルスエンジンの核反応が瞬間に解放、核爆発の衝撃が艦尾を叩き、補機のTM式エンジンを破壊、艦尾が爆散する。

 誠は敵艦の前半部を盾がわりに爆散の破片を浴びないようにした。

 やがて敵艦の近傍数百メートルをフライパス。対空砲火はすでに沈黙していた。

 敵艦の前半部は十数秒の間原形を保っていたが、1号機が五百キロ離れる頃には推進剤タンクが爆散、更に弾薬庫が誘爆した。艦の内側から複数の閃光が膨れあがり、弾けた。そして、破片をまき散らして鉄屑以下の残骸に成り果てた。

 誠は前転の要領で1号機の機体を百八十度回頭させ、減速を始めた。一通り機体のチェックを行い、通信を開く。

「こちらF1。作戦目標達成。損害無し。これより帰投する」

『了解。良くやったわ。以上、通信終了』

 通信越しのマリアの声の背後に、歓声が混じっていた。

 誠は敵迎撃機の存在を思いだし、レーダー画面を操作した。

 予想宙域には、機影は無く、撃墜に成功していたことがわかった。

 誠は帰還シークエンスの作業に入った。帰還までには、作戦時間の倍以上の時間が必要であった。

 

 歓声に沸き返るSS156の管制室を背に、マリアは自室へと向かった。<パイレーツ>への資材の積み込みは、石岡副長に指示を与えて任せてある。

 早くデータをまとめたかった。

 <ゼロ>四機の撃墜。<オブライエン級>撃沈。損害無し。そんなのは当たり前だった。

 実戦のデータをまとめ、戦訓から問題点を洗い出し、さらに<ファルコン>に磨きをかける。

 マリアの心境は、満足からはまだまだ程遠かった。



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