第8章 「実戦」

 

 戦術モニターから、マークの一つが消滅した。

「八番のダミーバルーンがやられた。」

「三つ目かぁ。速いわね。それに近い。」

「次は、来るな。始めるぜ。」

 アルベールはモニターに戦術プログラムを呼び出した。

「了解」

 ヴィアンカも休めていた身体に喝を入れた。

 模擬戦開始から、囮の風船人形をばらまいた。赤外線放射パターンもレーダー反射パターンもそっくりの精巧な奴だ。BJSS(広域ジャミング&スポットサーチ)実施下では、遠目にはまず本物と見分けはつかない。時間稼ぎが目的だった。

 稼いだ貴重な時間で、準備は整った。

「マックのコースは8−Aだ。シミュレーションパターン8A35で行くぜ。三十秒後にBJSSを解除する。同時にダッシュだ。いいか?」

「8A35、ラジャー。エンジン、臨界点へ。ジェネレータ出力、マックス!」

 ヴィアンカの操作とともに3号機の内包する力が、ぎりぎりと圧力を上げていった。

「手順を確認するぜ。SS156との距離は約二千キロ。五百キロ地点までトラップゾーン経由でマックの野郎を引き込む。」

「模擬戦指定エリアぎりぎりね。」

「本当はもっと近付きたいがな。とにかく、あの”ライトニング・シザース”を封じなきゃ勝ち目はねぇ。勝負を賭けるのはそれからだ。軌道変更ポイントと機雷ポイント、頭に入ってるな?」

「うん、大丈夫。アル、カウント!」

「了解。……5,4,3,2,1,GO!」

「行けぇっ!」

 ヴィアンカはモードセレクターをミリタリーパワーレンジに叩き込み、スロットルペダルを蹴飛ばすように踏み込んだ。

 高まっていた圧力が解放され、3号機は矢のように加速を始めた。

 

 目視で見つけた三つ目の目標がやはりダミーだと解った時、誠はこれまでの二つのように迷わずに撃破した。

 位置を暴露するのは覚悟の上だ。それよりセンサーが仕込んであった場合の方が厄介だった。

 接近戦ではまるであてにしていないレーダーやセンサーだが、目視の及ばない範囲ではあてにせざるを得ない。それが、3号機の広域ジャミングでレーダーが真っ白になり、IRセンサには二十もの熱源目標が映っている。ECCM(対抗電子戦)のプログラムも使ってみたが、近接警戒レーダーに毛の生えたぐらいの範囲でレーダーが使えるようになっただけだった。

 罠にはめる気なのだろう事は察しがついたが、どうでも良かった。とりあえず手近な目標から撃破していく。多少の小細工ならば、かわし得る自信もあった。

 四つ目の目標に向かって移動しようとした時、唐突にレーダーが回復した。そして、第四目標は盛大に加速していた。

 正確には、SS156方面に全速で後退していた。

 3号機か、それとも囮か。

「堕とせばわかる。」

 呟いて、追撃を開始した。

 

「食いついたぜ。後方、千二百キロ。相対加速度差、約マイナス4G。ここまでは予想通りだ。」

 アルベールはウィングからのデータを処理し、前席の戦術モニターに転送した。

「了解。第一転回点まで二百キロ。突っ走るわよ!」

 ヴィアンカは戦術モニターの端に表示されたカウントダウンクロックの表示を見ながら、スティックを握り直した。

「タイミングを間違えるなよ、ヴィー。〇.一秒のズレでも『檻』の効果は半減だ。」

「任せて。バッチリ決めるわ。」

 

「3号機が動きだしましたな。」

 ダグラスの問いかけにも、マリアは無言だった。その視線は戦況モニターから動かない。

 SS156の管制室。ここから、模擬戦フィールドの全ての状況がモニター出来る。正面の大型スクリーンには、SS156の方へ向かって高加速を行う3号機と、それを上回る加速力で3号機を追尾する1号機の軌跡が映し出されていた。

 3号機の行う電子妨害にしても、各機のコクピットのインターフェイスにはそれらの状況がシミュレーションで再現されているが、実際には通信機を介して模擬戦プログラムの情報を交換しているのだ。実際に電子妨害を行えば、管制側でモニター出来ない。

 管制室ではマリア始め、アカデミーのF計画担当スタッフのほとんどが模擬戦の模様を観戦していた。

「お邪魔します。」

 管制室にエリザベートが現われた。彼女も立派に開発スタッフの一員であるから、この挨拶はおかしいのだが、エリザベートは「客員」と言う姿勢を貫いていた。

「マリア、どんな様子?」

 マリアの横へ行き、訊ねる。

「実質的に始まったところよ。」

 マリアはスクリーンを見据えたまま、それ以上はなにも言わなかった。エリザベートは肩をすくめ、近くに居たダグラスに視線を向ける。ダグラスはマリアの代りに説明を始めた。

「開始から、3号機がジャミングを掛けました。それから30数個の、恐らく囮とセンサードローンでしょうが、分離飛翔体をばらまいて、なにやらちょこちょこと動いてました。で、1号機が囮を3機まで撃破したところで、いきなりジャミングを切って加速を始めたんです。1号機は追尾を始めました。」

 一通り状況を説明し、モニターを指す。

「なるほど。少佐はどうご覧になります?」

「そうですな……」

 ダグラスは顎に手をやって、髭の剃り残しを触りながら、2、3秒考え込んだ。

「3号機がジャミングを切ったのが気になりますな。自位置を暴露して、しかも不利な直線加速で逃げているのが。」

 ダグラスがエリザベートに目をやると、彼女はダグラスに続きを促すように首を傾けた。

「つまり、機動戦能力では分が無い3号機が、自位置を秘匿する有利を放棄しているのが不自然なのです。」

 本質的に隠れ場所の無い宇宙空間では、隠れようと思えば、隠れ場所を作るしかない。

 航宙艦船や航宙機など有人航宙飛翔体は、乗員の生命維持を行うだけで多量のエネルギーを発散し、エンジン点火状態ならば夜空の花火に等しい。発生する赤外線は隠しようが無い。位置の秘匿を画策しようとすれば、ダミーをばらまいてその中に身を潜ませるしかない。

「何か、大胆な事を考えているのかしら。」

「でしょうな。自らを囮にして、大罠にはめる気でしょう。スガイの奴もわかっているはずだが…」

「スガイ候補性は、元々大胆ですからね。」

 誠の事を良く知っているような物言いに、ダグラスはいぶかしげにエリザベートを見た。視線に気付いたエリザベートは、にっこりと微笑み返した。

「あら。」

 スクリーンに、変化が現われていた。3号機が小刻みにターンを始めた。

「あいつら、何をやってるんだ?まだ距離の開いているうちからターンしたって、距離詰められるだけだろうが」

 ダグラスの舌打ちは、3号機の二人に聞こえるはずも無かった。

 

「距離二百四十。いいぞヴィー。野郎のコース、1%のズレもねぇ。バッチシだ!」

 自機の軌道と、追尾してくる1号機の軌道の俯瞰図を見て、アルベールはほくそ笑んだ。

「今度はあんたの番よ。タイミング、宜しく!」

「任せとけ。」

 

 加速差にものを言わせ、徐々に距離を詰めた。もう少しでビーム機銃の有効射程に入る。状況は有利に進展していた。

 だが、誠は言いようの無い不安を感じていた。

 無意味に思える3号機の機動が、頭の隅に引っかかる。

 良いように踊らされている、そんな疑念が払い切れなかった。

「!」

 視界の正面で、閃光が炸裂した。前面二百七十度と後方視界の一部をカバーする超高解像度のメインスクリーンに光量補正が入る。

 一秒にも満たない時間をおいて、二度、三度と閃光が走った。かなり近い。続けて近接警戒レーダーの警報が響く。戦術モニターの、

『機雷の炸裂を確認。破片群接近中』

と言う表示を見るまでも無く、誠の驚異的な視力を誇る眼球は、超高解像度スクリーンに正確に再現された機雷の破片群の壁を捉えていた。

 超人的な反射神経が即座に反応する。

 左腕はモードセレクターをリバースポジションにたたき込み、右足はスロットルペダルを蹴っとばす。1号機の両肩に装備されたムービングバーニアが前方に指向し、全開で制動噴射を行った。

 八GのマイナスG。1G下の八倍の重さで手前に落っこちようとする身体をハーネスが食い込んで支え、フライトスーツの耐G機構が全身を絞め上げる。前に倒れそうな頭を首の筋力だけで支えた。

 身体の正面、視線の下側に投影される3Dモニターの模式俯瞰図で機雷の爆散破片球の拡散状況を把握し、勘だけで退避コースを割り出し、右手はスティックを捻り倒した。

 3号機はとうに見失っている。そして、それどころではなかった。

 退避コースの前方でも、複数の閃光が炸裂した。

 1号機を取り囲むように、爆散破片球の広がりが檻を形づくり、時間とともに口を閉じてゆく。前もって分散配置した投擲機雷群の中に、近接レーダーとセンサーの探知範囲を巧妙に外れる計算され尽したコースを辿らされて誘い込まれたのだ。

 誠は模擬空戦訓練が始まって以来の、最大の危機に直面したことを自覚した。

『T−MAXモードを発動せよ』

 戦術モニターがその表示を明滅させ、3Dモニター上に退避可能なコースが、複雑に折れ曲がった赤い輝線で表示された。

 T−MAX。真最大出力(トゥルーマキシマム)の頭文字を取ったこのモードは、機体の強度や熱限界を上まわるので、通常ではリミッターを設けて制限している1号機のメインエンジンを、一時的にリミッターを解除して最大出力を解放させる。使用時間の制限は有るが、二十Gを遥かに上回る加速が可能となる。

 他に選択の余地はなかった。誠はモードセレクターについているセイフティロックを解除し、<T−MAX>と刻印された、赤いボタンを押し込んだ。

 レーダーやセンサーにすら残像を残す加速で、1号機はダッシュした。

 四方から押し迫る破片の壁の隙間を、激しくターンしながら間一髪ですり抜ける。二十Gに迫る加速で鋭角なターンを繰り返し、綱渡りのような回避を連続して行った。

 意地の悪い檻だった。壁の隙間をくぐり抜けるたびに新たな爆発が起り、新たな破片の壁が迫ってくる。それも、T−MAXの全速ターン、ヴィアンカ達の言うところの<ライトニング・シザース>でしかかわせない。

 全ての破片をかわしきるまでに、誠は連続で五分近くの<ライトニング・シザース>を行った。

 

「馬鹿が…」

 ダグラスはスクリーンに映し出される状況に、知らずに呟いていた。

「少佐、何がですの?」

 呟きと言うには少々声が大きかったので、となりに居たエリザベートの耳にも入った。エリザベートには聞こえなかったが、ダグラスの反対側のとなりに居たマリアは、小さく舌打ちしていた。

「これは失礼。お耳汚しでしたな。…いえね、今の3号機の作戦なんですが…」

「スガイ候補生、見事でしたわ。あの罠を良くしのぎましたわね。」 エリザベートは胸の前で手を合せ、微笑んだ。

「いえ、正確に言うと、しのがせた、です。先生。」

「はい?」

 エリザベートが首を傾げる。

「機雷の配置次第では、今ので撃墜できたはずです。」

「…じゃあ、エヴァンス候補生達は、スガイ候補生にわざとかわさせたとおっしゃやるんですか?」

 ダグラスは頷いた。

「なぜ、そんな?」

「T−MAX封じよ。」

 いらただしげなマリアの声が割り込んだ。

 エリザベートはマリアの方を振り返り、顔色を伺った後、もう一度ダグラスの方に向き直ると、視線で問いかけた。

 ダグラスは黙って頷いた。

「ったく、変な意地張りやがって…」

 

「ヴィー、十分だ。十分以内にケリつけるぜ。」

「了解。今度こそ堕としてやるわ!」

 作戦は図に当たった。機雷の檻に1号機を誘い込み、目論み通りにT−MAXを引き出させ、五分近い全力機動を強いた。

 アルベールはこの作戦に労力を惜しまなかった。機雷の配置、コースの設定、〇.一秒刻みのタイム・スケジュール。

 1号機の対応パターンを想定し、十五通りものシミュレーションパターンを作成した。ヴィアンカはその十五通りのコースをシミュレーターで猛訓練し、身体に刻みつけるようにして覚えた。

 そうまでしたのは、誠の”ライトニング・シザース”封じるためだ。”ライトニング・シザース”に入られては、命中弾を得るのは実質的に不可能と悟った二人は、発想の転換を計った。

『だったら、出来ないようにすればいい。』

 これまでの対戦で、誠は決定的な場面まで<ライトニング・シザース>、と言うより、そのベースとなるT−MAXモード温存していた。そして、T−MAXを発動すると、<ライトニング・シザース>を繰り出して数分でたたみかけた。

 この事から、T−MAXにタイムリミットが有ることは想像がついた。そして、機体にオーバーロードを強いるため、冷却、休養などのため、再発動には少なくとも十分は掛かるであろう事を、推定データを元に算出した。

 その十分の間、1号機の絶対的な優位が崩れる。

 

「来たか」

 レーダーを見るまでも無く、誠の目は接近する3号機を捉えていた。迎え撃つべく、機体の姿勢を整える。ダメージコントロールモニターを見てみると、エンジン関係のチェックリストの半数の項目がイエローないしレッドだった。

「T−MAX再発動に要する時間は?」

 音声入力でマネージメントシステムに問いかける。

『回答。T−MAX再発動までは七百五十二秒を要す。

 捕捉事項1。機体及びエンジン冷却に冷却剤消費を二十%増量。

 捕捉事項2。エンジン冷却、休養のため、六百五十九秒の八十%出力制限を要す。リミッター設定変更を実行。』

 要するに、十一分の間、1号機の機動性能は3号機よりやや有利、いや、ほぼ互角になるということだ。

「あの時と同じか……」

 モードセレクターをミリタリーパワーモードへ。スロットルペダルを目一杯踏み込んでも、満足な加速は得られなかった。

 

「ったく!あれがかわされるの?」

 最初のすれ違いざま。遠射で体勢を崩し、突っ込みながら斜めからの連射。一、二発の命中弾が得られるだろうと踏んだが、1号機はあっさりとかわした。射撃前からわかっていたような動きだった。

「野郎の機動Gは最大で十一だ。あせるな。」

 同方向に反転。二度目のすれ違い。向こうが先に撃ってきたが、ビームは見当ハズレの方向に飛んでいった。かわす必要もない。

「へたくそ!」

 ヴィアンカは半分ぶつけるつもりで1号機に接近した。至近距離から三発分射を放つ。1号機は今回もマックバックスとスライドを組み合わせた機動でかわす。やはり撃つ前からわかっていたような回避機動だった。

「ちぃ!」

 近付きすぎた。プラズマソードを抜いた1号機が迫る。

 プラズマソードは磁場で形成した刃に高熱のプラズマを封じ込めた近接格闘戦用の武器である。高熱で敵機の装甲を溶断する。模擬戦なので、プラズマの替わりにレーザー光で発光させている。

 ヴィアンカはIMCSを起動してイメージを送信し、機体の左腕のMFシールドをかざした。

 盾というには小さいこのシールドは、機体の左腕の肘から先を覆うようについている。複合装甲製であるが、その機能は防御磁場の形成能力に特化した、独立したMFジェネレーターの方が主である。

 展開した防御磁場が、1号機の鋭い斬撃を、辛うじて受け止めた。

 そのままもつれるように同行戦に入る。同方行に加速しながら、付かず離れずの距離でビームを撃ち合う。

 隙を見ては切り込みに来ようとする1号機を、ヴィアンカは機体頭部のパルスレーザーガンで弾幕を張って牽制した。

「アル!」

「システム起動。いつでもいいぜ!」

「行くわよ!」

 ヴィアンカは機体を1号機の頭を押さえるように突っ込ませた。

 

 突っ込んできた3号機に対し、誠はとっさに軽く減速をかけた。3号機が目の前に踊り出る。チャンスだ。言い替えれば、3号機の決定的なミスだった。

 相手の動きが全部見える。マックバックスターン、スライド、加減速。何をしようが、対応できる。案の定、小刻みなマックバックスターンとスライド機動でフェイントを仕掛けて来るが、誠は3号機の後ろに張り付き続けた。

 誠はビーム機銃のセレクターをフルオートに入れた。一挙に距離を詰めて全弾をたたき込むつもりで射撃位置へ機体をずらす。

 レティクルに3号機を収め、トリガーを引こうとした瞬間だった。

 3号機の左側面にアポジモーターの排気炎発光を認めた誠は、右へのスライド機動を予想して、反射的に追随するように右にスティックを入れた。

「なに!」

しかし、左側面に排気炎を見せているのに、3号機はその左へと横滑りしていく。そして側面から左後方へ。

 あっけに取られていたのは数瞬だった。すぐに回避機動に入る。しかし、すでに後方に張り付いた3号機を振り切ることが出来ない。

T−MAXの再発動可能時間まで、なお三百秒以上を残していた。

 

 ヴィアンカは確信した。1号機の機動に、いつものキレがない。

 振り切られることなく、ついていける。多少見失っても、今回は始めから分散配置してある四機のウィングが捉えてくれる。また、後ろを取り返されても、MFターンが有る。

 1号機、いや、誠に対してはじめて王手をかけた。

「アル、時間は?」

「あと五分。行けるか?」

「充分よ!」

 ビーム機銃のセレクターをフルオートに。アイマウスをリンク。

 レティクルのセンターに1号機を捉えた時だった。

 目前の1号機が、ぶつかりそうな急接近をしてきた。

「ヴィー、OSTだ!」

 オーバー・シュート・トラップ。ジュニア戦競の時に披露した、ヴィアンカの得意技だ。

「甘い!」

 ヴィアンカは機体を起し、機体各部のアポジモーターを総動員して減速した。1号機は目の前。その前方に飛び出さずに後方に占位し続ける。

「アル、スイッチ!」

「ユーハブMFC」

「アイハブ!」

 アルベールからMFターンのコントロールを貰い、冷静に1号機の動きを視線で追い、その死角に自分の機体を押し込むように滑らせる。

「付け焼き刃で出来るほど、簡単じゃないの。」

 自身の得意技だけに、弱点も良く知っている。OSTは動きを合せられたら不利になるのだ。故に、仕掛けるタイミングが難しい。

 1号機の背中が丸見えだった。レティクルのセンターからはみ出るほどに収まっている。

「もらった!」

 ヴィアンカはビーム機銃の加速リング弾倉が空になるまでトリガーを引き続けた。

 1号機は殺気を感じたのか、素早く機体を捻った。が、遅かった。

 初弾から第3弾までの3発が、1号機の右上腕部、右大腿部を撃ち抜き、そしてビーム機銃を吹き飛ばしたとの判定が下されていた。

「エンジンとコクピットをぶち抜いたと思ったのに!」

「しぶといぜ!」

 距離を開けた1号機は、左腕で予備のプラズマソードを抜いた。一連の動作で、ついでに左腕のMFシールドを投棄する。

「まだやる気?」

「上等だぜ。とどめ刺してやれ!」

「今度こそ頭と心臓撃ち抜いてやるわ!」

 ヴィアンカはIMCSを使って素早くビーム機銃の加速リング弾倉の交換作業をしながら間合いを開けた。作業の終了と共に、再び接近を開始する。

「行くわよ!」

『そこまで!演習終了!』

 通信に割り込んだのは、ダグラスの声だった。

 

「少佐!そりゃねーぜ!」

 アルベールが食ってかかった。すっかりハイになっている。

「まだケリはついてません!」

 ヴィアンカもインカムに怒鳴った。

『馬鹿モン!落ち着け!』

 ダグラスが怒鳴り返す。

 一喝されて、ヴィアンカとアルベールはとりあえず呼吸を落ち着かせようとした。

『いいか、良く聞け。周辺宙域に哨戒に出ていたパイ・リーツァオの艦載機が、敵影を捉えた。詳しくはわからんが、春春冬方向、推定距離十一万。赤外反応は巡洋艦クラスだ。』

 太陽系内で方位の基準となるのは、春分点である。そして、春分点、秋分点、夏至点、冬至点を、地球上での東西南北になぞらえて使用していた。

「敵?敵って、ガリレオ同盟軍ですか?」

 呆けたような口調で、アルベールが問い返した。

『寝ぼけるな。他にどんな敵が有る。……いいか、いきなりだが実戦だ。模擬戦プログラムを解除する。データリンクとアビオニクスの設定をリセットしろ。』

 ヴィアンカもアルベールも、突然の状況の変化に、ついていけなかった。『実戦』と言う言葉の響きが、どうにもピンと来ない。

『F1了解。』

 通信機からの誠の声で、ヴィアンカとアルベールは、金縛りから解けたように我に帰った。アルベールは慌てて機器を操作した。

「F3了解。データリンク解放。アビオニクスマネージメント、リセッティング。」

『ようし。F3、現状で五万キロの進出が可能か?』

「残燃料からいって、帰還が困難です。」

 アルベールは素早く計算して答えた。

『それについては帰還時にタンカーをランデブーさせる。直ちに春春冬方面へ進出し、敵情の収集に当たれ。』

「待って下さい!あたし達は丸腰なんですよ?」

 ヴィアンカは大声を上げた。

『誰が迎撃しろといった!俺は触接を引き継げと言ったんだ。…すぐに俺とハンスが出る。それまで敵の情報を出来るだけ収集しろ。F3には、それが出来るだけの装備が有る。』

「…失礼しました。F3は春春冬方面に進出、敵艦の触接に当たります。」

 内心の狼狽を見透かされ、ヴィアンカは声を震わせながら答えた。

『よし。…F1、お前はすぐに帰還しろ。』

『F1了解。直ちに帰還します。』

 誠の声は、憎たらしいほど平静だった。

『よし、これより通信封鎖を行う。F3はレーザー通信にてベース管制へデータを送れ。以上。』

 そのダグラスの声を最後に、無線機が沈黙した。

「ヴィー、ヴィアンカ。ナビゲーションデータが来た。出れるか?」

 航法モニターに進出コースと位置が表示されていた。

 平面図上にマーキングされた『推定敵艦位置』の表示に、ようやくこれから実戦に望むという現実が、のし掛かってくるような気がした。

「…コース確認。各部グリーン。発進OK。」

 ヴィアンカは必要以上に力強くスティックを握り直すと、スロットルペダルを踏み込んだ。

 3号機は巡航加速で進みだした。



一つ前のページに戻る


TO TOP