第7章 「模擬戦」

 

「……百四機やとぉ?んなワケあるかい!」

 ハンスは、レーダー上に表示された敵性機の数に、思わずツッコミを入れた。

 センサーの操作パネルをいじって、熱源センサーの表示を重ね、熱反応の無いレーダー上の機影を消去する。

「それでも二十八機……だんだん手ごわぁなるな、あの空軍コンビ。」

 今日の模擬空戦の相手は、3号機一機だけのはずである。

「電子戦で来よったか。ったく、やってくれるやんけ。」

 レーダーに、さらに三十六機の機影が現われた。

「この中のどれかか。……わからん」

 元の二十八機と、新たな三十六機の反応は、囮熱源や惑星や恒星天体等の天然の熱反応に巧みに重ねられており、にわかに判別できなかった。

 初戦の時は、先に発見されたものの、こちらも見つけてからは、武器の射程の差にものを言わせ、接近される前に撃破した。

 二戦目の時は、四機の<ウィング>の撹乱に遭い、接近を許したが、ハンスの乗る2号機の持味は、何も遠距離射撃だけではない。豊富な近接火力にものを言わせ、圧倒した。

 そして、今日が対3号機三戦目。合計六十四の3号機候補は、すでに二千キロを割り込んで接近中だった。武器射程の優位は、すでに失われている。

 相対速度は毎秒十キロ。過去二戦ならば、ぼちぼちミサイルを撃ってくる頃合いだ。格闘戦に持ち込むにも、減速を始めなければならない。

「さて、どーゆー仕掛けをしてくるんや?」

 次の瞬間、レーダー画面がノイズでホワイト・アウトした。

「ちぃ、ECMか!」

 レーダーの波長を変えてみたが、ホワイト・アウトしたままだ。

「全波長域かい。難儀やな。」

 ハンスはレーダーを諦め、熱源センサーに画面を切り替えた。

 レーダーと違い、熱源センサーは熱源の方向と熱の強さしか解らない。距離は、対象物の熱強度を仮定し、その熱変化である程度の推定が可能なだけだ。離れた地点で同時に観測を行えば、三角測量でより正確な位置の推定が可能となるが、二号機に三号機の「ウィング」のようなセンサードローンは装備されていない。

 熱の強度が変化している熱源は二十一。その内、一つは3号機、四つは3号機のセンサードローン、<ウィング>であろう。残りの十六は囮熱源かミサイルか。

 全ての熱源の熱反応が急激に大きくなった。常識的には、加速か減速を始め、エンジンに点火した兆候だ。減速なら、近接戦闘に持ち込む準備。加速なら、

「ミサイルか」

 ハンスは迎撃の準備を始めた。

 主兵装のロングレンジビームガンを目標に指向する。

 これは2号機の全長ほどもある大型のビーム砲で、戦闘機としては異例な長射程である、五千キロもの距離から正確な狙撃が可能だ。通常は二つに折れた状態で2号機の右肩部背面に装着されており、使用時に展開し、右肩部に担ぐ形で使用する。

その威力は粒子の加速機関にフレキシウムを使用し、相当な物がある。初速は毎秒千七百キロと軽巡洋艦の主砲クラスであり、条件さえ満たせば、一撃で駆逐艦や巡洋艦の撃破も可能だ。

「ミサイルなんかにゃ、もったいないんやけどな。」

 FCS(火器管制システム)の指示に従い、効率良く選定された迎撃順序通りに目標に照準する。

「目標一番。照準微調整、誤差修正よし。」

 超長望遠のレンズスコープ越しの目標は、エンジン噴射炎の輝点でしかない。

「ファイヤー。」

 ハンスはトリガーを引いた。ビームは目標を捉え、爆散させた。

「続けて第二目標」

 ハンスは立て続けに五つの目標を撃破したが、残りの目標の推定距離が至近になった。

「ちぃ」

 もはやロングレンジガンでは迎撃に不適だ。ハンスは両肩のミサイルポッドの十六基のSHRAAMをオートで斉謝しつつ、ロングレンジガンを格納、左腕のシールドの裏に装備されたガトリング機関砲を展開、頭頂部のパルスレーザーガンの射撃準備をした。

 SHRAAMの弾幕を、八の目標が突破した。その内の三目標が急接近してくるのが、もはや直視モニタースクリーンで確認できる。

「いけるか?」

 ハンスはガトリングガンとパルスレーザーガンの全開射撃で迎え撃った。

 接近した三目標は何とか間際で迎撃に成功した。

「残り、五つ」

 残った熱源は、2号機の近傍宙域を減速しながら通過した。

「3号機とウィングか。格闘戦に持ち込む気やな。」

 迎撃に弾薬を使い果たし、接近戦に持ち込まれればかなり危うい。

「ここまで追いつめられるとはな。やってくれるわ。」

 突然、警告ブザーが鳴り響いた。近距離の警戒レーダーだ。

「何や?急接近物体?衝突軌道、距離……二十?アカン!」

 慌てて回避を試みたが、遅かった。接近していた物体が爆散した。

「ハンドマインかい!」

 ハンスの2号機は、大量の破片を浴び、撃墜判定が下された。

「完敗やな。」

 ハンスはため息をついた。ミサイルも3号機と四機の<ウイング>の接近も全て陽動。レーダーを殺したのも、このハンドマイン(投擲機雷)を生かすための布石。

 たとえハンドマインを見切っても、体勢を建て直す間もなく、減速を終えた3号機が近接格闘戦を挑む。ほぼ完璧な戦術だった。

「アル坊やか。ったく、3号機の性能をフルに活かした、やらしい作戦や……あのハンドマインも、千キロぐらいから放ったんやったら、凄いコントロールや。ヴィー嬢ちゃんもやりよるわ。」

 素直に感心した。

「まぁ、二度は同じ手は食わへんけどな。」

 

「上手く、いったわね」

「ああ、上出来だ。」

「やっと、一勝ね。」

「ああ、やっとな。」

 ヴィアンカは後席に向けて背中越しに手を伸ばした。

 アルベールも手を伸ばし、ヴィアンカの手にパンと、音を鳴らして打ちつけた。

「次は、教官よ。」

「勝てるさ。仕込みは上々。」

「調子も上々。」

「いっちょ、やったるか」

「O.K.」

 

 翌日、サミュエル・ダグラス少佐は思わぬ苦戦を強いられていた。

「この短期間で、よくぞここまで。」

 レティクル(照準円環)に3号機を捉えた瞬間にビーム機銃の連射をたたき込む。

 3号機は軽快なマックバックス機動で鮮やかに回避した。そのまま連続機動でダグラスの操る原型改修機<プロトタイプファルコン改>(コード名:PFR)の死角に廻り込もうとする。

「そうはさせん!」

 ダグラスは強引な急減速と向芯機動で廻り込む3号機の頭を押さえようとする。

「!」

 視界の隅を横切るものに気付くのと、近接警戒レーダーが悲鳴のような警告音を鳴らしたのは、ほとんど同時だった。

 反射的に機体をひねる。死角をついて接近してきたものの正体は、

「ウィングか!しまった!」

 3号機を見失った。レーダーははなからジャミングされていて、近接警戒レーダー以外は役に立たない。一方、3号機のレーダーは数秒に1回、乱数選択した波長のジャミングを解除して索敵するスポットサーチを行っており、こちらの位置は筒抜け。逆探知も出来ない。

仮に逆探知に成功しても、発信源は<ウィング>。熱源センサーも囮熱源が飛び回っていて役にたたない。

 この状況下での索敵は目視しかないが、<ウィング>による撹乱で見失った。

 戦場での経験が、ダグラスの身体を反射的に動かした。

 シザース機動をしながら死角をチェックする。

「ちぃ、囮か!」

 死角をついて追尾してくるのは、二機の<ウィング>だった。

 被ロックオン警告音が鳴り響いた。

「太陽か?」

 勘だけで機体の左腕のMFシールドを太陽にかざす。ダメージコントロールシステムが、着弾を知らせた。損害はない。

 ビームの代りに、実際は照準用のレーザー光線の応酬をしている。それを機体の各部に取りつけたセンサーで感知し、模擬戦のプログラムで判定しているのだ。

「訓練を模擬戦形式にしたのは、正解だったようだな!」

 ダグラスは3号機のアルベールとヴィアンカの成長ぶりに、正直舌を巻いていた。

 MPF(人型汎用戦闘機)同士の戦闘は、戦術ドグマが確立していない。機体の開発と平行して模擬戦を繰り返し、有効な戦術を模索していくしかない。そこで、従来の戦闘機による戦闘が染みついた現役パイロットではなく、国連宇宙軍の空軍(空間機動軍)、海軍(航宙軍)、海兵隊(宇宙海兵隊)、軌道防空隊(惑星軌道防衛軍、防空隊)の各士官学校生から、優秀な戦闘機パイロット候補生を選抜し、テストパイロットとした。

 彼らで構成される第666XFS(実験戦闘飛行隊)の役割は、ファルコンの性能テストのみならず、その有効な戦術の開発も目的としている。

ダグラスの教官としての役割は、戦場で自らが経験したガリレオ同盟軍のMPF、<ゼロ>の戦法を出来る限り再現し、彼らテストパイロット達の対抗戦術の創製の助けとすることだ。

 様々な組み合わせで模擬戦を繰り返した結果、テストパイロットはおのおのの試作機の特性を活かした、様々な戦術を編み出した。

 ”F計画”は、順調に第一段階を終えつつあった。

 

 3号機が太陽を背にして、ビーム機銃を連射しながら突っ込んできた。回避すれば背中に取りつかれる。ダグラスはMFシールドでビームを受けながら、待ち受けた。

 ビームに混じってSHRAAMが飛来する。

「小癪な!」

 頭部のパルスレーザーで迎撃。SHRAAMが爆散する。しかし、爆散煙が異状だった。異様に広がり、視界を覆う。

「煙幕か!」

 視界は元より、赤外線や近接警戒レーダーすら通さない、赤外線吸収材、スモークカーボン、チャフ入りの煙幕だった。3号機との間に壁が出来た格好だ。

 動いたら相手の思うツボ。煙幕の外に動いたところを狙撃するつもりと読んだダグラスは、動かずに待ち続けた。

 近接警戒レーダーに反応。上方に移動物体。

「こらえ切れず出てきたか、青い!」

 射線をずらすため、サイドスライド機動しながら移動物体に照準。

「ウィング!」

 移動物体は<ウィング>だった。ダグラスは反射的に百八十度反対の下方に機体を向け直す。近接警戒レーダーの反応と目がスラスターの排気炎発光を捉えたのはほとんど同時だった。確認せずに発砲した。

「何?」

 撃墜したが、こちらも囮の<ウィング>だった。そして、近接警戒レーダーが、三度目の悲鳴を上げた。ダグラスの視界の隅に映ったのは、煙幕を突き抜けて突撃してくる3号機の姿だった。

 ダグラスのPFRは近距離からのビームの集中射撃を受け、撃墜判定が下された。

「……見事だ。」

 ダグラスは、ため息をついた。

 煙幕を迂回した二機の<ウィング>の役割は、囮だけでなく、PFRの測的だったようだ。煙幕越しに位置を確定した上で意表をつく煙幕突破。体勢を建て直す間を与えず、突撃。完敗だった。

「もう、あいつらの時代だな。」

 傍らをすれ違って飛び去る3号機が、<ウィング>を引き連れてビクトリーロールを繰り返していた。

 

「やりぃ!」

 SS156の格納庫で一部始終を見ていたクリスは、小躍りして跳ね回った。反対に他の整備員は悔しがっている。

 実は整備員同士の間で、模擬空戦の賭けが行われていたのだ。

 3号機はここまで負け続け。オッズは非常に高かった。賭けの成立が危ぶまれたが、クリスが3号機に賭けたので何とか成立したのだ。他の誰も、英雄ダグラスが士官学校出たてのヒヨッコに負けるとは思わなかった。

 そして、クリスの一人勝ちになった。

「アル、ヴィー、今日はボクのオゴリだよ!」

 クリスはこの一勝で、実に月給の半分近い掛け金を得た。

 

 一対一の模擬空戦訓練が始まってから、最初のリーグ戦の結果は、PFRと1号機が2勝1分けで同率首位。2号機が1勝2敗で3位。3号機は3敗だった。ダグラスと誠は直接対決でお互いに決定打を欠き、引き分けた以外は全勝。ハンスの1勝は3号機に勝ったものだ。

 第2リーグ戦では、誠の1号機が2勝1分けで首位、ダグラスは1勝2分けで2位なり、ハンスが1勝1分け1敗で3位、3号機はまた3敗した。ハンスはダグラス相手に引き分けたのだ。3号機も各試合、かなりの粘りを見せたが、勝利を得るには至らなかった。

 そして、今回の第3リーグは激変だった。ダグラスは2分け1敗。ハンスは1分け2敗。3号機がここまで2連勝。明日は全勝を賭けて1勝1分けの誠の1号機と当たる。

 まだ、誠の1号機に土をつけたものはいない。ハンスもダグラスもアルベールとヴィアンカのコンビも、誠の<ライトニング・シザース>を捉えることは出来なかった。

 

「はい、いいわよ。動かしてみて。」

 ドクター・クラウゼがメンテナンスハッチを閉じた。

 言われてマリアは左手を動かした。指を閉じたり開いたりして、手首を折り、捻る。

「いいわ。前のより軽いし。」

 マリアのそのコメントに、ドクター・エリザベート・クラウゼは笑顔をほころばせた。

「ファルコン開発技術のスピン・オフよ。伝達系の効率が十二%ほど向上してるわ。骨格素材も二十%ほど軽量化できたしね。」

「で、そのファルコンの腕部の伝達系の方はどうなの?ステップアップバージョンは出来たの?開発主任としては、そちらを優先して欲しいわね。」

 マリアはまくり上げていたブラウスの袖を降ろし、カフスを留めた。たおやかなその左腕は、ほとんど見分けがつかないが、肘から先が義手であった。

「あら。私の本職はそっちなのよ?」

 微笑みながら、エリザベートは、お茶の準備を始めた。

「そんなことは解ってるわよ、エリー。ただ、今の伝達系のままだと、新兵装の取り回しが厳しいのよ。」

「はいはい。急ぐわよ。マリア、アップルティーとダージリン、どっちにする?」

「……アップルティー」

「はい。ちょっと待ってね。」

 エリザベートが茶葉の入ったティーポッドに湯を注ぐと、かぐわしい香りが漂った。

 エリザベート・クラウゼは国連科学アカデミー、医学部所属の医学博士である。専門は医学工学・サイバネティクス。平たく言えば義手・義足の専門家である。年齢二十二才。栗色のロングウェーブ髪にヘイゼルブルーの瞳。ドイツ系の女性で、穏やかな雰囲気の漂う美女であった。F計画には、ファルコンの腕部・脚部の開発者として参加している。また、臨床外科医の資格も有り、SS156では医務主任も兼ねている。男性の職員が、対した怪我でも病気でもないのに、口実を設けて医務室をよく訪れる。

 マリアより五つ年上であるが、科学アカデミーではマリアに最も年齢の近い女性研究者で、数少ないマリアの友人である。また、左腕の主治医でもあった。

「先生、ちょっとよろしいですか?」

 マリアとエリザベートがお茶を飲みながらファルコンの技術上の問題点を討論しているところに、ダグラスが訪れた。彼もまた、医務室の常連である。

「と、これはお邪魔でしたかな?」

「あら少佐。どうぞ。御一緒にいかが?」

「この香り、本物の紅茶ですな。いただきます。よろしいですか?」

 ダグラスはマリアの顔を伺った。部屋の主がいいといっているのに、同じく客人であるマリアがとやかく言えるものでもない。マリアはこくりと頷いた。

「で、少佐。ご用は何ですの?また古傷が?」

 エリザベートは腰かけたダグラスにティーカップをすすめた。

「いえ。あのヒヨッコ共の医務チェックはどうかと思いまして。」

「全員健康そのものですわ。連日の模擬戦で、少々疲労の蓄積が気になりますけど、問題ないレベルです。」

「そうですか。」

「そういえば、エヴァンス候補生とクートー候補生、頑張ってますわね。ついに少佐もお負けになったし。」

「ははは。いやいや、あいつらには我が軍の未来が掛かっているのです。小官など、早々に超えてもらわねばなりません。そう言う意味では期待以上です。ね、ブラウン博士。」

 唐突に話を振られたマリアは、紅茶を一口飲んでから口を開いた。

「そうね。始めは機体の性能を全然活かし切れてなかったけど、ここ二戦はようやく3号機の使い方が解ったようね。随分マシになったわ。けど、まだまだよ。」

 マリアの辛口のコメントに、エリザベートは苦笑いをこぼした。

「手厳しいわね、マリアは。少佐、少佐から見て、あの子達はどうですの?」

 二十二歳のエリザベートが二十歳前後のヴィアンカ達を捕まえて「あの子達」もないものだが、妙に違和感がなかった。

「どいつもこいつも大したもんです。イェルペルセンの奴は狙撃ばかりが目を引くが、攻撃全般の判断が良い。攻撃センスはピカイチですな。クートーの奴は頭が良い。血の気が多い性格からは想像もつかないクールな戦術をしてきます。そしてエヴァンス。奴は十年に一人の逸材ですよ。あの機動センスは。」

 ダグラスはため息をついて、天井を見上げた。

「時代は、奴等の物ですよ。」

 視線を戻して、茶に手をつける。

「おっと、小官がこんな事を言ったなんてのは、奴等には内緒に願います。つけ上がりますからな。」

 エリザベートは柔らかい笑みで応えた。

「わかってますわ。それで少佐、スガイ候補生は?」

 カップを口に運ぶダグラスの手が止まった。

「奴は……規格外ですな。あんな奴は見たことがない。常識外れのタフさ、視力、そしてなにより強靱な精神力。どんなに揺さぶっても崩れない。まるで機械のような……」

 ダグラスは軽く頭を振った。

「そのクセ、戦闘自体はヘタクソです。馬鹿の一つ覚えの近接戦闘、力任せの全力ターン。素質だけでやってますな。奴にイェルペルセンの射撃センスの十分の一、クートーの戦術の十分の一、エヴァンスの機動センスの十分の一も有れば、小官は手も足も出ませんよ。その分、鍛えがいが有りますがね。」

 ダグラスは肩をすくめた。

「少佐、彼らの指導を宜しく。」

 マリアはカップを置いて立ち上がった。壁にかけてあった白衣に袖を通す。

「あら、もう休むの、マリア。」

「まだ仕事が残っているの。1号機の視覚系のチェック。お茶、おいしかったわ。」

「そう。頑張ってね。また明日チェックするから、好きな時に来てちょうだい。」

「わかったわ。」

 マリア振り返らずに医務室兼エリザベートの研究室を後にした。

「やはり……お邪魔でしたかな?」

「気になさらないで、ああいう子ですわ。少佐。」

 ダグラスは、(まるで姉、と言うより母親のような言い方をするな)などと思った。

「それで、明日の1号機と3号機の対戦、少佐はどう見ます?」

「先生も気になりますか?」

「ええ、一口乗ってますから。」

「それは意外ですな。で、どちらに?」

「内緒です。」

 エリザベートはにっこりと微笑んだ。

「そうですな。小官の見るところ、クートーの戦術とエヴァンスの機動。これがここ二戦の冴えを見せれば、3号機は決定的チャンスを何度か掴めるはずです。整備のクリスを巻き込んで、なにやら企んでいるようですしね。五分と五分、と、言いたいところですが、問題はスガイの奴にエヴァンスが攻撃を当てられるかどうか、です。何しろ、スガイの全開シザース機動は、とても捉えられる代物では有りませんからな。」

「エヴァンス候補生達が、”ライトニング・シザース”と呼んでいるものですか?」

「はは。上手いことを言う。まさしく稲妻ですよ、あれは。人間技じゃない。」

 ダグラスは真顔になった。真っすぐにエリザベートを見つめる。

「少佐?」

「先生、実際のとこ、どうなんですかね、スガイの奴は。私も色々な戦闘機パイロットを見てきたが、あんな奴は今まで見たことがない。技術はともかく、奴の能力は人間の領域を超えてます。奴は本当に人間ですか?医者のあなたから見て、どうなのです?」

 エリザベートは軽く息を吐いて、目を伏せ、ひと呼吸置いた。そして、軽く微笑む。

「スガイ候補生は、骨格から筋組織まで、なに一つ普通の人間と変わりませんわ。すごく鍛えられていますが、戦闘機パイロットとしては並みよりちょっと上くらいでしょう。」

「……先生」

 ダグラスの顔に、軽い失望が浮かんだ。

「人間というのはね、少佐。どんなに鍛え上げても、自分の身体能力の全てを使えるものではないんです。無意識の領域で安全装置が掛かってますの。自分の身体を壊さないために。」

「”三十%の壁”ですか?」

 ダグラスは即答した。

「ええ。戦闘機パイロットは特別の訓練メニューでその壁を超えてます。ですが、限界能力のせいぜい五十%ですわ。」

「すると、スガイの奴はそれ以上だと?」

 エリザベートはすぐには応えず、茶を一口飲んで、間を置いた。

「ここから先は私の仮説ですけど、身体能力の百%に近い所で、全身の筋力バランスを絶妙にコントロール出来たとしたら、身体を壊すことなく、それこそ超人的なパフォーマンスが出来ますわね。」

「奴がそうだと?」

 ダグラスは身を乗り出した。

「仮説ですわ、少佐。私の専門外ですもの。」

 エリザベートは笑みを絶やさない。ダグラスは、(この人は何か知っている)、そう確信した。

「では、先生の私見で構いません。そんな事が可能なのですか?」

「それでは、あくまで私見ですけど。」

 エリザベートは微笑みながら、自分のカップにティーポッドから茶を足した。

「……非常に難しいですけど、有り得なくはないですわ。人間は生命の危機的状況に陥ると、限界領域で普段封印している壁を取り払います。」

「”火事場の馬鹿力”と言う奴ですな。」

「ええ。それを意識的に引き出すには、それこそ、死に目に遭うような訓練を繰り返し行う、かしら。アドレナリンなどの脳内分泌物質の過剰な分泌を促し、それによる興奮状態を押さえ込む強靱な精神力。死線を何度もくぐらないと得られませんわね。」

 エリザベートの口調は静かだが、言ってることはかなり過激だ。

「……小官も何度か死線をくぐったクチですが、確かに、感覚が妙に鋭くなることが有りましたな。」

 ダグラスは思い出したくもない死線の記憶を辿った。

「ええ。それを恒常的に体験すれば、有るいは極限状態を意識的に引き出せるようになる、かも知れません。」

 笑顔で怖い事を言うエリザベートに、ダグラスは内心で冷や汗をかいていた。

「それは……」

 ゴメンだ、とダグラスは思った。察したようにエリザベートがさえぎる。

「ほとんど夢物語ですわ、少佐。そんな訓練を常に行えば、何人死ぬか解りません。一人の成功例を出すまでに、百人単位で死人が出るでしょうね。」

「……」

「それから、身体に言わばオーバーロード状態を強いるわけですから、それに負けない身体を作らないといけませんわ。問題は心肺機能です。過剰な酸素摂取能力と強靱な心臓が不可欠です。こちらは戦闘機パイロットの訓練でも下地が出来ますわ。けれど……」

「けれど?」

「長時間、限界領域を維持することは出来ませんわ。長くても数分ですわね。それ以上は心臓と肺、それに、脳内分泌物の過剰分泌に、脳細胞と脳神経を含む全身の神経がついていきません。」

 言われてみれば、誠の”ライトニング・シザース”は、せいぜい数分だった。

 ダグラスはカップに残った茶を飲み干した。

「なるほど、面白い私見を聞かせていただけました。」

 ダグラスは立ち上がった。

「いえ、こちらこそ。茶飲み話にしては少々つまらなかったのじゃないかしら?」

「とんでもない。……また、お邪魔してもよろしいですかね?」

「勤務時間でしたら。傷が傷むようでしたら就寝中でも起して下さって結構ですわ。寝起きでの治療は保証外ですけど。」

 ダグラスは肩をすくめた。

「それでは。」

 敬礼をして医務室を後にする。

「お休みなさい、少佐。」

 ダグラスが扉の向こうに消えた後、エリザベートは椅子の背もたれに背をあずけ、天井を見上げてため息をついた。

「ごめんなさいね……」

 誰とも無しに呟いた。

 

「ほぉ……」

 扉の外で、一部始終を聞いてる者がいた。

 ハンスだ。この大男は、気配を消すのが上手い。マリアが出たときも、ダグラスが出たときも、気付かれずに物陰に隠れた。

「!」

 面白い話しもこれ以上に聞けそうにないので、帰りかけたとき、誰かが背後から近付いてきた。

「あれー、ハンス?何してるの?具合でも悪いのぉ?」

 ひときわ小柄な整備ツナギ。クリスだった。

「おう、クリスやんけ。いや、寝つけんからカルシウム錠剤でも貰おうおもて来たんやけど、エリーセンセ、お疲れみたいやし、ま、ええか、思うてな。」

「ふーん。あ、ボク良いもの持ってるよ。あげようか?」

 クリスは胸ポケットからポケットボトルを取り出した。

「はい。」

「おう、おーきに。」

 ハンスはボトルを手に取ってフタを開けた。漂う臭いは…

「おい、クリス。これ、ひょっとして酒か?」

「うん。ラムだけど。あ、ブランデーの方が良かった?」

 そう言って今度はウエストポーチをごそごそと探し始めた。

「寝酒はやっぱりブランデーだよねー。ゴメンゴメン。」

「いや、そーやのーて……オノレはガキのクセに酒飲んで仕事しとんかい!」

 ハンスはクリスの手からポケットボトルを引ったくった。

「……そんなワケないじゃない。見くびらないでよ。」

 クリスはハンスを睨みつけた。

「そりゃ、お酒は好きだけど、ボクが整備をミスしたら、パイロットが死ぬかも知れないんだよ?そんないい加減な事はしないよ。」

 ハンスを睨む目は、半分涙目だった。

「……スマン。俺が悪かった。これ、もらっとくわ。おーきに。」

 ハンスはブランデーのポケットボトルをポケットにしまい、クリスにハンカチを差し出した。

「うん。へへへ。」

 クリスは涙を拭くと、にっこりと微笑んだ。

「それにしても、何で酒持ちあるいとんねん?」

「仮眠の時の睡眠導入剤代わりだよ。ボク、睡眠導入剤で寝るとうなされるんだ。お酒だと気分良く寝れるし。」

「緊急事態で起きなきゃならん時、酒残っとったらマズいやろう。」

「そんなに飲まないよ。酔い覚ましも持ってるし。」

「へー。どうでもええけど、未成年の飲酒はアカンで。」

「飲まずに戦争が出来るかぁ。なんてね。えへへ。」

「ゆうやんけ。さてはあんさん、酒豪やな?」

「さぁ。メタルハーバーの空軍整備隊じゃ、三番目くらいだったかなぁ?バーボン、ボトル二本って、酒豪なの?」

「……十分や」

 そんな事を話しながら、二人は格納庫へ向かった。



一つ前の頁に戻る


TO TOP