第6章 「ファルコン・ファイティング」
「いけぇっ」!
ヴィアンカは気合いを込めてトリガーを引いた。
必殺のはずの一連射は、虚しく宙を貫いた。
「うそぉ、また外したぁ!」
「ちきしょー、速えぜ」
「消えたわ、どこに行ったの?」
「消えるか馬鹿!八時、アンダー二十五!逆探、射撃レーダー、ロックされるぞ!」
「馬鹿は余計よ!でえーいっ!」
ヴィアンカは機体を激しく旋回させながら、メインスラスターを全開にした。激しいGがヴィアンカとアルベールを襲う。
人型戦闘機独特の、手足の動きによる質量移動を利用した姿勢制御、<マス・カウンター・バランス・コントロール・システム>、通称<MaCBaCS>(マックバックス)による機体姿勢の変化。
戦闘機のようにメインエンジンと別系統の姿勢制御用推進器、アポジモーターを使用することなく、進行方向を変えることが出来る。
「か、かわしたぞ二時方向、三時へ逃げる」
「逃がすかーっ!」
ヴィアンカは<マックバックス>によってメインスラスター全開のまま機体を左に捻った。強引なクロソイドターンで逃げる敵機を視界の端に捉える。
「いたぁ!」
アイマウスをFCSとリンク。自動追尾が作動して機体の右腕に装備されたビームアサルトライフルの照準が敵機に重なる。勝負の掛け時を意識したヴィアンカは、セレクターをフルオートに入れた。
(分射したところで三射分も無いんだ。全弾を散らして確率に賭けた方がマシ!)
瞬間、つい最近自分が似たような選択をしたことを思いだした。
敵機が方向転換のためか、一瞬動きを止めた。
「今だヴィー!全弾たたき込め!」
「あたれーっ!」
言われるまでも無く、ヴィアンカはチャンスを無駄にしなかった。迷い無くトリガーを引き絞る。照準線を散らした十数発の連射は、狙い通り敵機を包むように襲った。しかし。
弾着するかどうかという時に、敵機のシルエットがゆらめくように霞んだ。横真一文字に、強烈な噴射炎の閃光が走る。ヴィアンカの動態視力を持っても追いきれないほどのすさまじい加速だった。
そして、ヴィアンカの放った連射は全て外れた。正確には、
「えー?一発掠っただけぇ?」
敵機はメインスラスター全開のまま鋭角なターンを激しく繰り返した。ヴィアンカは懸命に目で追ったが、速すぎて追い切れない。
「アルっ!」
「だめだ、レーダー上でも軌跡が線になるぜ!まるで稲妻だ!」
「音変換、サラウンドを!」
「解った!」
ヴィアンカもメインスラスターを全開にして加速を始めた。戦闘中に留まっているとろくな事が無い。戦闘機乗りの本能がそう告げた。敵機が3号機を上回る加速で周囲の空間を飛び回っているのが、音変換されたレーダーと赤外線センサー情報を通じて感じられる。
「ヒュンヒュン、ブンブンと、蝿か、あいつはっ!」
「蜂じゃねーか?刺されると痛いぜ、きっと。」
アルベールとの会話の合間にも、ヴィアンカはビームマシンガンの加速リング弾倉を予備の最後の一つに交換する作業を行う。
<ファルコン>の機体に人間のような動作をさせる際の操作方法は二通りある。あらかじめ機体に覚えさせた動作を実行させるコマンドモードと、ヘルメットに内蔵された脳波センサーを介して、思考波で機体の動作イメージを伝達して実行させる<イメージ・モーション・コントロール・システム>(略称IMCS)を用いる方法だ。
ヴィアンカ達パイロットが<パイレーツ>乗船中に着用を義務づけられたオレンジのボディ・スーツは、このIMCSのための機体動作データ収集のためだったと、後から聞かされた。パイロットのイメージした動きを、機体側のシステムが解っていなければスムーズな動作にならないからだ。
このIMCSが使いこなせれば、<ファルコン>の機体をそれこそ自分の手足のように、自由自在に扱う事が可能になる、画期的な操作システムだった。しかし、脳裏に浮かべたイメージで機体を操作するなど、また相当な訓練が必要なことも確かである。
ヴィアンカは結局操縦桿についているトリムスイッチを操作して弾倉交換コマンドを入力した。訓練は積んでいるが、IMCSの操作にはまだ慣れていない。極めればIMCSの方がコマンド入力より早いのだが、ミスして弾倉を落としては元も子もない。
「来るぞ!」
やはり、弾倉の交換が終わるまで待ってはくれない。敵機は鋭角にターンすると、3号機の右手から突っ込んできた。手にはプラズマソード。間に合わない。
ヴィアンカは弾倉の交換、つまり応戦を諦め、ぎりぎりまで引き付けてかわすべく、タイミングを計ってスティックを捻り倒した。
「しまった!」「バカ、早え!」
敵機のスピードを恐れる余り、引き付け切れなかった。回避動作が少し速かった。敵機は3号機の動いた先を見て、ホンの少し軌道をかえ、切りつけてきた。慌てて機体の捻りを戻し、コマンドを入力して左腕のシールドをかざそうとしたが、間に合わない。
ヴィアンカもアルベールも目をつぶった。
ブー。
被弾ブザーが鳴り響いた。
正面スクリーンに、「YOU ARE TERMINATED」の文字。
『ようし、そこまでだ。演習終了。F1、F3、上がれ。』
無線から、ダグラス少佐が告げた。
『F1、了解。帰投します。』
「……F3了解。帰投します。」
ヴィアンカはのろのろと帰投シークエンスの操作を始めた。実はオート機能が備わってはいるが、ダグラスの方針で、機体操作の習熟度を高めるために、よほどの時以外は全てマニュアルでの操作が義務付けられていた。
「あー、三戦、三敗かぁ」
「ダグラス教官には負けても仕方ねぇとして、ハンスかマックには勝ちたかったな」
「そうねぇ……何が不味かったのかなぁ」
「考えようぜ。記録は全部取ってある。」
「うん。次は勝とう。」
「ああ。……ヴィー、<ウィング>を戻すから、しばらくタキシングしてくれ。」
「了解。」
<ウィング>というのは、<ファルコン>3号機に装備されるセンサードローンである。通常3号機の背面部に四機装備されている。装備された状態では折り畳み式のセンサーアンテナとして機能し、使用時に文字通り翼のようにX字型に展開する。
独自に動力源と推進機と姿勢制御系を持ち、一翼ずつ分離して、無線操縦で運用できる。一機ずつ偵察に出したり、四方に放ってレーダーの実アンテナ径を拡大したり、使い方は様々。
ヴィアンカとアルベールは、誠の操る<ファルコン>1号機と模擬戦を行うに当たり、<ウィング>を自機を中心に四方に放ち、全センサーを自機の周辺空域に向けた。
「とにかく、マックの奴は動きが速え。」
「接近戦で見失ったら、勝機はない。」
そう考えた二人は、例え自分達の肉眼が1号機を見失ったとしても、センサーの目からは逃れられないようにウィングを配置した。
誠は必ず近接格闘戦を仕掛けてくる、そう読んだ上での作戦だった。
目論みは当たった。牽制で放った中距離ミサイルは全てかわされ、誠は接近格闘戦に持ち込んできた。
1号機の運動能力はすさまじく、ヴィアンカは何度も見失ったが、その度にレーダーを担当していたアルベールがフォローした。
四機の<ウィング>に死角は無く、1号機を常に捉え続けていた。その情報のお陰で、ヴィアンカは1号機の位置をモニターし、攻撃を回避し続け、時に効果的と思われる逆襲をかけた。しかし……
「攻撃が、当たんないのよねー。何度も後ろ取ったのに。」
「ほとんど距離ねーのにな。あの野郎、背中にも目ぇついてんじゃねぇか?」
通常、戦闘機の後方というのは、自機の核エンジンの推進排気炎のため、視界は愚か赤外線センサー、レーダーすらも効かない。文字通りの死角である。この死角に入られてしまえば、見失うことになる。近接格闘戦というのは、一面ではいかにこの死角ポジションを取り合うか、という戦いである。
ヴィアンカとアルベールは、この死角という弱点を、<ウィング>を展開配置することにより無くした。誠より遥かに優位に立ったはずだった。
「装甲越しに、気配でも感じてるのかな?」
「……そうとしか思えねーよーなかわし方しやがるな、確かに。」
「それにしても、最後のあの連続シザース……」
「連続十五G超。まさしく稲妻だ。”ライトニング・シザース”、ってところだな。」
「手も足も出なかったわ。まさか剣でやられるなんて。」
「全くだ。」
ヴィアンカとアルベールはため息をついた。
四方に放っていた四機の<ウィング>が、3号機の周辺にランデブーした。アルベールは一機ずつドッキング操作を始めた。
「所でよ、前から、ジュニア戦競の頃から思ってたんだがな」
<ウィング>のドッキング操作をしながらアルベールは話しを続ける。
「何?」
3号機をゆっくりまっすぐに飛ばす以外仕事の無いヴィアンカは、応じた。
「マックの野郎、ミサイル使わねぇな。」
「……何を今更。」
ヴィアンカはため息をついた。
「野郎が機体の軽量化にいそしんでたジュニア戦競の時ならいざ知らず、1号機は兵装の搭載容量にかなりの余裕が有る。なのに、野郎は模擬戦が始まってこっち、ミサイル積まねぇ。つまりだ、俺は野郎がミサイル使ったのを、金輪際見たことがねぇ」
「……そうねぇ。」
ヴィアンカの記憶にも無い。
「な?野郎の決め手は大抵近接距離からのビームガンの連射だ。近接格闘戦のスペシャリストって言や聞こえがいいが、他の戦い方知らねぇのかもな。」
「何で?」
「必要ねぇから、かな?」
「それともミサイル、嫌いなのかな」
「何だそりゃ?」
「なんとなく。まー、あれだけ近接戦闘に強ければねぇ」
「逆にいやぁ近接格闘戦にさえならなきゃ、奴に打つ手は無ぇ。野郎と戦うには、距離を取ってればいいってことなんだが……」
「……それが出来ないから、せめて近接戦で見失わないように作戦立てたんじゃない。実際、あっと言う間に距離を詰めて来たし。」
「……だったな」
二人は同時にため息をついた。
「思うにな」
「ん?」
「マックの野郎はヴィー、お前並みかそれ以上だぜ」
「何が?」
「視力だよ。」
「視力?」
「そ。仕様を見る限り、1号機のレーダーやセンサーは3号機ほどじゃねぇ。ただ、カメラやモニタースクリーンはやたらといいもの使ってやがる。」
「すると何、あいつ、もしかして空戦の相手、目だけで追ってるってゆーの?」
「もしかするとそうだぜ。」
「でも、後方視界は?推進炎がじゃまになるわよ?」
「……お前、さては後ろ俺に任せっきりで、見てねぇな?」
アルベールはため息をついた。
「ウィングのドッキング終了。ヴィー、ちょっと景気良く加速してみろ。」
「あん?何だってのよ、もう。」
ヴィアンカはモードセレクターをミリタリーパワーに入れ、スロットルペダルを蹴飛ばした。3号機は弾かれたように加速した。アルベールとヴィアンカはシートにたたきつけられた。
「これでいいの?」
「う、後ろ振り返ってみろ、ヴィー。」
「はぁ?あんたの面拝めっての?」
「いいから!」
「何だってのよ、もう」
ヴィアンカは加速Gに逆らうようにして首を捻り、後ろを振り返った。
「見える!」
ヴィアンカの視界に入ったものは、加速する3号機の後方の星々だった。
「何で?推進炎は……」
「もういい、ヴィー。加速停止」
「あ、うん」
ヴィアンカはスロットルペダルを戻した。
「ねぇアル、何で後ろが見えるの?加速してたのに」
「つまりだ、完熟飛行の時の1号機のフル加速テスト、覚えてるか?」
「うん。」
「あん時お前、なんつった?」
「へ?」
「まるで大口径のビーム砲、そう言ったんだ。覚えてねぇか?」
「……言った。確かに。そっか、推進排気炎の高収束……」
「そう言うことだ。排気炎が絞られてるから、拡散しねぇ。従って、後方視界が確保できる。ま、赤外線センサーやレーダーはアウトだけどな。」
「目では見える。なるほど、凄いエンジンね。さすが天才美少女、ドクター・マリア・ブラウン。」
「まったくだぜ。革命的だな。野郎がフェイントに引っかからねぇのは、そう言うことだぜ、多分。」
この対戦形式の模擬戦訓練が始まってからヴィアンカ達が学んだ対MPF近接戦闘は、要約すれば<マックバックス>による姿勢制御とアポジモーター反動制御機動を組み合わせた複合制御、及び機動の読み合いとフェイントを織り交ぜた騙し合いだ。
ダグラス少佐は模擬戦で<マックバックス>で機体の向きを変え、その向きに加速すると見せかけてアポジモーターで複雑なスライド機動をかける、といったフェイントをさんざん披露してくれた。それがMPF(人型汎用戦闘機)の高機動戦闘の基本的なテクニックだ。他にはアポジモーターのスライド機動で翻弄し、<マックバックス>で一気にメインスラスターの向きを変えて機動する、と言うやり方もある。
近接戦では<マックバックス>で変化するエンジンスラストの発光やアポジモーターのスラスト発光を見極めることで敵機の機動の先を読む。そこに、様々なフェイント機動を仕掛ける余地がある。
視力が抜群に良ければ、宇宙では近接距離に分類されるとは言え、数十キロ程度離れたMPFの、エンジンスラストの発光を伴わない、慣性移動状態での<マックバックス>による機体姿勢の変化が読みとれる。
「つまり、マックの野郎は、一段階早い段階でこちらの動きを先読みしてやがる、ってわけだ。」
アルベールは“お手上げ”のポーズを取った。
ヴィアンカも抜群の視力を誇るが、それを先読みに生かすためには、まず相手の機体を視線に捉えなければいけない。稲妻のような機動をされて捉えられないようでは、視力を生かす以前の問題だ。
ところが、誠の方はその稲妻のような機動の最中に、こちらの動きを視線で捉え続けたことになる。驚異的な動体視力だ。鷹や隼などの猛禽類は、遙か高空を対地速度時速百キロで飛びながら地上の小動物などの獲物を見分けるが、それ以上だろう。
「なんて奴なの?」
ヴィアンカはその驚異的な動体視力に対抗する方法を考え込んだ。
そして、ふと閃いたものがあった。
「ふーん、あいつ、近接戦では完全に目視戦闘してるのか。ふふふ。」
ヴィアンカは含み笑いを漏らした。
「なんだ?何がおかしい?」
アルベールが訝しげな声を上げた。
「ちょっと、思いついたことがあるのよ。」
応えるヴィアンカの声には、笑いが含まれていた。
「一体何だ?聞かせろよ。」
「帰ってからね。」
「……もったいつけるじゃねぇか。ますます気になるぜ。」
「だめだめ。あとのお楽しみよ。」
「ちっ。」
SS156の格納庫に3号機が戻った時には、先に戻っていた1号機の整備が始まっていた。
「おつかれー。ヴィー、アル」
コクピットから降りてきたヴィアンカとアルベールを、クリスの笑顔が迎えた。
「機体の調子どぉ?」
「大体バッチシよ。クロソイドターンの時、ちょっと左に捻り気味にふらついたかな?」
「モーメントバランス系のコントローラーね。見とく。アルは?」
「ウィングのドッキング時のメイン三番電源の電圧降下が気になる。見ておいてくれないか?」
「電源かぁ。充電用の回路ね、きっと。おっけえー。アビオニクスの方は?」
「別に問題はねぇよ。整備宜しく。」
「おっけぇー。クリスにお任せよん。」
クリスはウィンクして3号機にとりついた。
ヴィアンカとアルベールはクリスに手を振り、ロッカールームに向かって歩き出した。
「ところでよ、さっきの話だけどよ…」
アルベールが話を振ろうとすると、ヴィアンカは不意に立ち止まった。
「どした?ヴィー。」
「あれ。」
ヴィアンカの指した先には、人影が二つ。
「なんか、すげぇツーショットだな。」
誠とマリアが、何事か話している。会話の断片が聞こえてきた。
「で、問題はそれだけなの?」
「メインエンジンだが、T−MAXモードに入る前の切り替えラグ、どうにかならないか。〇.五秒近く動きが止まる。」
「現状では難しいわね。メインエンジンの制御系の容量が足りないのよ。今新型の制御ユニットを開発中なんだけど、必要な容量の物を現状の材料で組むと、サイズが収まらないのよ。で、材質研究部が新しい集積回路用の材質を開発中なんだけど、この作業が…」
アルベールとヴィアンカはあっけに取られた。
「……やたらと絵にはなってるんだがなー。」
「色気のカケラも無い会話ねー。」
「行こうぜ、アフターブリーフィングに遅れる。」
「うん。」
二人は肩をすくめて歩き出した。
「アル、”木の葉落とし”って知ってる?」
「は?」
模擬空戦終了後、シャワーを浴びて着換えを済ませ、アフターブリーフィングも終えての休憩時間。ヴィアンカとクリスの部屋で、アルベールとヴィアンカは作戦会議を始めていた。クリスはまだ整備中で、帰ってきていない。
SS156基地での部屋割は、<パイレーツ>の時と同様だった。居住環境も幾分良く、部屋の大きさはどっこいでも、〇.二Gとはいえ遠心システムによる重力が有るのがありがたかった。
「その昔、二十世紀の中頃、第二次世界大戦ってのが有ったのよ。」
「知ってるよ。プロペラの戦闘機で空中戦やった最後の戦争だな。」
「そうよ。当時は牽引推進式のプロペラ機が主力戦闘機でね、主力火器は機関銃。射程はせいぜい五百メートルってとこだったのよ。」
「ふーん。」
「それで、戦闘は敵の死角、つまり背後を取り合って、銃撃しあったわけなの。」
「今と大してかわんねぇなー。で?”木の葉落とし”って?」
「うん。戦闘機や武器の性能は、多少の差はあれ、どこの国のも大して変わらなかったの。だから、戦闘の優劣はパイロットの技量に負うところが大きかったのよ。」
「つまり、”木の葉落とし”ってのは、空戦技術の名前なわけだな?」
「そうよ。第二次世界大戦の頃のパイロットは、敵の背後を取るいろんな技を研究したの。”木の葉落とし”はその一つで、背後を敵に取られたときに、まず故意に失速を引き起こして、機体を落下させて離脱する。その後、機体の浮力を回復させて反対に敵の背後を取る戦法なのよ。」
「ほうほう。えっとー…」
アルベールは必死にイメージを掴もうとした。
「つまり、こうよ。舞い散る木の葉のように。」
ヴィアンカは水平にした手の平をひらひらと振ってみせた。
「なるほど。」
アルベールはポンと手を打った。
「他にも色々な空戦技術が編み出されたのよ。”捻り込み”、”インメルマンターン”、”スプリットS”…」
「……おめぇが物知りなのは解ったよ。で、結局何が言いたんだ?」
拳を振って熱弁していたヴィアンカは、我に帰った。
「つまりね、これらの空戦技術って、機体の推力、浮力以外に働く外力がキーって事なのよ。」
「外力?」
「そう。重力や空気の抵抗とかの事よ。空戦技術の大部分は、そういった外力を利用した機動技術だったの。例えば”木の葉落とし”は重力を利用して機体を落とすのよ。」
アルベールはようやくヴィアンカの話の要点を悟った。ヴィアンカは近接機動戦闘に、大昔の空中戦の空戦技術ように、機体の保有する機動力の他に、何らかの外力を用いようと言いたいのだろう。
「なるほど、それはわかった。でも、この小惑星帯に機動に使える外力なんて無いぞ?」
宇宙空間で航宙機の機体にかかる外力といえば、天体の持つ重力だろう。しかし、現在居る小惑星帯では、<ファルコン>の機動力に作用するほどの天体の重力は期待できない。
「あたしは”外力”と言ったのよ?何も天体の重力だけの事を言ってるんじゃないわ。…思い出して、アル。基地から、あるいは母艦から。戦闘機が出撃する時にはどうする?」
ヴィアンカの聞きたい答えを悟って、アルベールは呆れ顔になった。一応、確認をとる。
「ヴィー、おまえ、まさかMFの事を言ってんのか?」
ヴィアンカは、満面の笑顔で応えた。
MFとはマグネティック・フィールドの略称で、人為的に制御された磁場の事である。二十二世紀のあらゆる宇宙技術は、そのほとんどが、このMFの制御技術の上に成り立っているとも言える。
例えば核融合エンジンは、核融合反応自体も、また推進排気炎の噴射も、磁場制御無しには有り得ない。
航宙艦船は一切の例外無く、宇宙放射線防御のために、入港時以外は常にその周囲に磁場を展開している。宇宙空間に有る大抵の施設も、同様に磁場を展開している。
軍艦の場合、主兵装の長距離ビーム砲の発射にも磁場制御は不可欠だし、また敵からのビーム砲撃を防御するためにも強力な磁場を展開する。その他、長軸方向を極端に伸ばした磁場を展開し、艦載機に反発磁場を形成させて磁場カタパルトとし、高初速で出撃させたり、高初速で魚雷(対艦ミサイル)を発射するのにも使う。
大抵の宇宙戦闘機にはMFジェネレーターと称するMFの制御機器が備わっており、宇宙放射線やビーム砲撃の防御に用いられ、艦載型戦闘機の場合にはMFカタパルト射出時の反発磁場の制御にも使われている。
無論<ファルコン>も例外ではなく、それどころかそのエンジン形式が特殊な事も有って、通常の戦闘機よりも遥かに高性能、且つ高出力のMFジェネレーターが装備されている。
「つまり、MFの制御で戦闘機動をやるって事か?」
「そう。名づけて、『MFターン』よ。」
ヴィアンカは自信たっぷりに頷く。
「その、『MFターン』メリットは?」
「色々有るわ。」
「拝聴しよう。」
「近接機動戦で目視状況の場合、敵機の行動を先読みするのにもっともウェイトを占めるのは推進排気炎の発光よ。あとはアポジモーター排気炎の発光、太陽光の反射、銃撃炎発光、かな?」
アルベールは唸った。
「なるほど。磁場制御で機動したら…」
「そ。推進排気炎は出ないわ。」
アルベールは考え込んだ。
「…全く排気炎発光無しに機動出来たら、敵機を相当混乱させられるな。」
「さらによ。実際の機動はMFでやって、ダミーの排気炎発光を見せるってのはどうかしら?」
アルベールが笑みを浮かべた。
「確かに、面白いアイデアだ。」
アルベールはポーチからパームトップ端末を取り出して、なにやら激しく打ち込み始めた。
「ざっとシミュレートしてみるぜ。」
アルベールは一心不乱に没頭し始めた。
「お願い。あたし、お茶でも持ってくるわ。アルは紅茶だった?」
「アールグレイをストレートで頼む。」
「有るわけないでしょ。ドリンクパックのストレート紅茶でいいわね?」
「あんなもん、紅茶じゃねぇ。…しょうがねぇな。」
ヴィアンカは肩をすくめ、購買部目指して部屋を出た。
「どう?出来そう?」
ヴィアンカは期待を込めた眼差しでアルベールのパームトップ端末の画面を覗き込んだ。
「シミュレートの結果では、可能だったぜ。……ただし、『MFターン』にはデメリットも有る。」
ヴィアンカの顔がぱっと輝いたかと思うと、ちょっと翳った。
「どんな?」
恐る恐る訊く。アルベールは淡々と説明を始めた。
「一つに、大規模なMFの影響下でしか使えねえ。」
ヴィアンカは軽く息を付いて、うんうん、と肯いた。
「…凄く当たり前の話ね。えっと、つまり、戦闘艦や拠点基地の近傍宙域?」
「そうだな。俺のシミュレーションだと、MFを戦闘強度で展開中の戦闘艦や拠点基地を中心にして、半径約五百キロの宙域で三〜四G程度の機動が可能だ。中心付近なら十G以上の機動が可能なんだが……」
ヴィアンカは顎に手をやって首を捻った。
「…微妙ね。五百キロって、宇宙ではかなり近いわ。」
秒速百キロで五秒の距離である。
「MFがカタパルトセッティングなら、千キロ近くまでいけるんだがな。」
「多少はマシだけど、五十歩百歩ね。他のデメリットは?」
「二つに、レーダーや赤外線センサーまでごまかせるわけじゃねえって事だ。」
「それはそうね。あくまで敵パイロットの視覚について有効って事ね。でも、赤外線発生量を押さえられるし、ダミー熱源が有効に使えるようになるんじゃないの?」
アルベールは虚をつかれたように、ヴィアンカの顔を見返した。
「…なるほどな。そいつは盲点だったぜ。」
「で、デメリットはまだ有るの?」
「ああ。当然の事ながら繊細な制御になるから、MFの制御系が機動制御で処理能力が手いっぱいになる。……早い話が、MFターンをやってる間は、MFの防御シールド能力はつかえねぇ。」
ヴィアンカは小さく舌打ちした。そこまでは考えが回らなかった。
「ふーむ、ビーム砲の直撃に対して、無防備になるわけね。……他には?」
「大体そんなものかな?」
アルベールはパームトップ端末の画面をスクロールさせて調べた。
「それだけじゃ、ないよー。」
第三の声が割り込んだ。
「あ、クリス。お帰り。」
ドアを開けて、クリスがよろよろと入ってきた。
「疲れたー。」
間延びした声でそう言って、二段ベッドの下、自分の寝床にうつぶせに倒れ込む。
「どぉ。整備の方は。終わったの?」
「へへへ。バッチシ。」
ほとんどそのまま寝そうな声で、Vサインの右手を上げる。
「……嘘だろ?帰還してからまだ二時間半だぞ?前線の量産機じゃあるまいし、実験段階の試作機の整備が、そんな短時間で……」
時計を見て、驚嘆の声を上げてから、アルベールはふと、クリスが入ってきた時の言葉が気になった。
「話、聞いていたのか?”それだけじゃない”って、何だ?」
アルベールは詰め寄るようにして、クリスのベッドの枕元に近付いた。
「ふに?……帰ってきて、扉の外で眠くなって座り込んで、うとうとしちゃって……聞こえた……」
「それで?」
「……MFを…制御して機動するなら……操縦系が共有……出来ないから……ばいぱすして……切り替えを……あふ」
ほとんど眠りかけてるクリスの答えを聞いて、アルベールは舌を巻いた。
「なるほどな。確かにその通りだ。」
「どういうこと?」
ヴィアンカが割って入った。
「つまり、MFの制御系と機体の機動制御系は共有できないんだ。だから回路をバイパスして操作系を切り替えなきゃならないってことだ。」
「なるほど。…それ、出来るの?」
「MF機動の制御ソフトが出来れば、それをハードで切り替えればいいだけのことだ。それほど難しい事じゃない。ただ、ハードに手を入れるとなると、俺の手に余るな。ま、その辺はクリスを巻き込むとして、ブラウン博士の許可もいるだろうな、やっぱし。」
ヴィアンカはマリア・ブラウン博士の冷たい美貌と視線を思い出し、息を詰まらせた。
「…それはやっかいね。」
ヴィアンカは説得の方法を考えはじめ、不意に閃いた。
「ねぇ、アル。3号機は復座なんだから、どうせだったら通常とMFのダブル・コントロールにしたら?」
アルベールは目を見開いた。
「ヴィー、お前、面白いこと考えるな。」
「そう?」
「ああ。コンビネーション次第で、色々出来るぜ。」
アルベールはパームトップ端末に再び何事か打ち込み始めた。しばらくそうしてから顔を上げ、寝息を立て始めたクリスの方に向き直る。
「おーい、クリス寝るな。」
クリスを揺すって起そうとするアルベールの手を、ヴィアンカが止めた。
「やめて。この娘、最近ほとんど寝てないんだから。」
「あ?何で?」
「整備マニュアルなんかロクに無い、実験試作機の整備、四機分よ。しかも、最新過ぎて馴染みどころか見たことも無い新技術だらけの。フライトの度に整備、調整。疲れるわよ。あたしが寝てる間も、端末四つぐらい使ってなにかしてたわ。多分、整備マニュアルかガイドを作ってたのね。最近この娘が開発側の整備の人の指揮まで取ってたもの。」
「ここ最近、整備効率が凄く上がってたのは、クリスが?」
「そうよ。」
「……まるで魔法だな。」
「違うわ。単なる努力よ。メタルハーバーじゃ、天才だのなんだの言われてたようだけど、この娘は単に人の倍も三倍も努力してるだけだわ。」
「そっか。努力家なんだな、このチビは。」
「アル、ちょっと向こう向いてて。」
ヴィアンカはアルベールを押しのけるようにしてベッドから離し、入れ替わった。
「あ?何だよ。」
「着換えさせるの。」
ヴィアンカはすっかり寝入ったクリスをあおむけに返し、汚れたままの整備ツナギのファスナーを降ろして脱がせ始めた。
アルベールは慌てて背中を向けた。
「まだ子供よねー。」
「な、何が?」
「寝顔よ。かっわいい。……何だと思ったわけ?」
ヴィアンカが怪訝な顔をアルベールの背中に向ける。視線を背中に感じてか、アルベールはごほごほと咳払いなんかしてみせた。
「別に……」
「あっそ。……フィリシア、元気かな。」
クリスにパジャマを着せて毛布をかけ、ヴィアンカは呟いた
「誰だって?」
「妹。なんか、思い出しちゃった。」
「お前、妹なんか居たのか?」
アルベールは驚いて振り返った。
「なんかって、何よ。……居るわよ。一つ年下。会ったこと無い?空軍士官学校の一期後輩なんだけど。わりと似てる方かな?」
「はぁ?」
アルベールはますます驚いた。
「……ねぇよ。大体下級生と同カリキュラムになることなんかほとんど無ぇし。それにしても、お前の家、職業軍人の家系か何かか?」
アルベールは言ってから、そう言えばヴィアンカだと思って声をかけたら、よく似た別人だったことが、あったような気がしてきた。
「違うわよ。フツーの家よ。お父さん、会社勤めだし。」
ヴィアンカは笑って手を振った。
「それで何で、娘が二人揃って空軍士官学校なんだ?」
「さぁ。あたしは宇宙を翔びたかっただけだけど、フィル……妹の動機までは知らない。あたしが知りたいわ。」
ヴィアンカは寝ついたクリスを見ながら、妹の面影を重ねているのか、少し遠くを見るような眼差しをしていた。
「昔はさ、よく一緒に遊んだの。可愛かったなぁ。……それがここ五、六年くらいですっかり疎遠になっちゃって。学校と寮も一緒なのに会わないし。避けられてるみたいなのよね。」
「まぁ、俺も、確かに兄貴達には会いたくねぇな……」
アルベールの呟きに、今度はヴィアンカが驚いた。
「アル、あんたって、兄弟居たの?え?兄貴達?」
「俺は三男なんだよ。……あと、姉貴が一人居る。」
アルベールはめんどくさそうに答えた。
「へー。……お姉さん、美人でしょ。」
ヴィアンカは確信を持って聞いた。
「ああ。綺麗な人さ。三つ年上でさ。俺と姉貴は母親似なんだ。」
今度はアルベールが遠くを見る眼差しになった。そして、一言付け加えた。
「五年前に嫁いだ。」
「え?」
ヴィアンカはまたも驚いた。
「三つ年上って、あんたあたしと歳同じだから、お姉さん、今二十三くらいでしょ?……って、十八で結婚したのぉ?」
指折り数えて確認する。
「よっく、親が許したわねぇ……」
それには答えたくないのか、アルベールは顔を背けて黙っていた。
ヴィアンカはそれ以上聞かずに、話題を変えることにした。
「ところでさ、あんた、お兄さん達に会いたくないんでしょ?で、あたしの妹はあたしの後追っかけて、士官学校に入ったわけだけど、この辺はどういう心理だと思う?」
アルベールはゆっくりと振り返った。
「何となくだけどな。『見返してやる』かな?」
「は?」
ヴィアンカは、予想外の答えに、きょとんとした顔になった。
「あはは。それはないわよ。あの娘の方が可愛いし、勉強も出来たし、親にも可愛がられてたし。あたしなんて、好き勝手やってばかりで、怒られてばっかりだったんだから。」
ヴィアンカは手を振って笑った。
「俺も、そんな気がしただけだ。本当のところはわかんねぇよ。」
アルベールはパームトップ端末を懐に仕舞い、上着を取って立ち上がった。
「部屋に帰って寝る。明日もみっちり訓練とテストだしな。」
「あ、うん。次の模擬空戦はあさってだっけ。」
「ああ。それまでにMFターンを実用化に持ち込むぜ。お休み。」
「よろしく。おやすみー。」
アルベールを見送ったあと、ヴィアンカも着換えてベッドに入ったが、色々考え込んでしまって、どうにも寝つけなかった。