安の森(やすらぎのもり) 20063月までの記録  by 金川貴博

ホーム  昔の里山 作業のきっかけ 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000年前半 2000年後半 2001年前半 2001年後半 2002年前半 2002年後半 2003年前半 2003年後半 2004年前半 2004年後半 2005年前半 2005年後半 2006

 

1994年 (記録を一部しか取っていないので、抜けている部分あり)

7月9日 OSさん夫妻(安の森の地主さん)から手入れを手伝ってほしいという話があった。

 

8月6日 10時 地主さん宅をOMさんと一緒に訪問した。現地を案内してもらった。OMさんは、手入れの手伝いは無理という判断だったが、私は独断で手伝いをすることに決めた。

  後日、国土地理院へ行って、現地の空中写真を購入した。

 

9月3日 

 作業を開始した。入り口近くに地主さんがこの春に植えた檜と杉の苗木が、草に埋もれて全く見えない状態であった。鎌で草を刈って、苗木を雑草の海から助け出す作業を行った。1時間もやったら汗だくで、脱いだTシャツを絞ると汗がぽたぽた落ちた。休むと蚊がよってきていっぱい刺されて、休んでいられなくて引き上げた。

 この後、草刈りを何回か行ったが、1回で2mx20m程度しか刈れず、手作業ではとてもでないが無理と感じた。最初は半袖で作業を行って、腕がかぶれた。苗木全部の周りは無理なので、檜の周りだけを刈ることにした。

(9月3日、草刈り前:苗木が草に隠れて見えない)

(10月2日、草刈り後:地主さんが機械で草刈り)

 苗木の周りを私が鎌で刈って、苗木の位置がわかるようにしたあと、地主さんがバロネスという機械で、草刈りをした。

 

10月

 活動の中心となる場所を定め、その周りの笹を刈った。松がたくさん枯れていて倒れてきたら危ないので、活動中心地付近の枯れた松をOMさんにお願いしてチェーンソーで6本切り倒してもらった。そのあと、ノコギリで2本倒した。倒した松の幹をノコギリで2mほどの長さに切ったが、これが大変な重労働で、15mほどの木を1本始末するのに、1ヶ月以上を要したように思う(記憶が定かでない)。そのまま倒した状態にしておくと夏の草刈りの邪魔になるということで、結局、地主さんがチェーンソーで始末することになり、地主さんに負担をかけることになってしまった。今から思えば、枯れた松は強風が吹いた時しか倒れないので、切り倒す必要はなかったのである。

 

10月26日 ノコギリで切った松の丸太をカスガイで止めて、簡単な長椅子を作った。

 

11月 コンクリートブロック(軽量ブロック1個168円)を6個買った。後でまた6個買い足した。これを使ってかまどにして、その中で松の枝を燃やした。枯れた松の枝は、かさが高くて邪魔なので、どんどん燃やした。燃やしたあとにできるオキはかなりの火力があるので、これを利用して、バーベキューを楽しんだ。薄切りの牛タンを焼いて塩をふったのは、大変おいしかった。

 

11月26日(土曜) 松の枯れ枝の焼却

 我が家総出(4人)で燃やした。オキで牛肉のかたまりとピーマンを焼いた。ピーマンのうまさに感激した。焼きそばも作った。焼き芋も作ったが、あまりうまくできなかった。地主さん夫婦もバロネスで草刈り作業中で、話をした。

 

12月3日(土曜) 松の枝の焼却とバーベキューパーティ

 ご近所を誘ってパーティをした。参加者は、我が家4人、Uさん一家5人、Nさん一家5人、SYさんの計15人。

 

12月12日(月曜) 20時から 地主さんとの打ち合わせ

 作業としては、草刈りと倒木の処理とをできる範囲内で行う。ツルもできるだけ除去する。枯れた松は切り倒さない。森の維持管理への協力をお願いする看板を出すことを了承してもらった。

 

12月16日(金曜) 松の枝の焼却とバーベキュー

 職場の仲間を誘ってバーベキューをした。参加者は私と妻と、職場のAT君、YK君、ST君、IS君、タイからSLさんの7人。地主さんも顔を出した。看板を作った(森の維持管理への協力をお願いする看板だが、その後、同一内容で作り直し、そして2001年5月にこの看板を見て電話をかけてきた最初の人が現れた。つまり、6年半もの間、誰からも反応がなかった。作業は毎週土曜日の10時から行うことにして、その旨も看板に書いたが協力者は現れず、その後、99年12月からは、ホームページに作業予定を掲載したところ、2001年5月19日に作業に協力したいという最初の人SYさんが電話をかけてきた)

 

12月23日(祝日) 松の枝を焼却

 職場のYさんが来た。林の中を案内していて、ヤマイモ掘りの穴に落ちた。深さ50cmほど。ケガはしなかったがびっくりした。

 

12月24日(土曜) 松の枝を焼却

 我が家4人とKMさん父子が参加。昼は焼きうどんと焼き鳥。焼き鳥がうまかった。

 

12月25日(日曜) 上境の林で間伐

 「雑木林で遊ぶ会」の本拠地であるSIさん宅裏の山で杉と檜の間伐。間伐材は材木屋まで運んで1本500円程度にしかならないということで、手間に見合う収入にならないから、運ばずにその場で腐らせるということである。この木は安の森で使えそうなので、後で少し運んだが、結局使わなかった。この日の作業はSIさん、OMさん。

 

12月29日(木曜) 笹刈り

 活動の中心地は現在地よりも奥の大きなサワラの木の前が良さそうに思えたので、その周りの笹を鎌で刈った。枯れた松の木も2本ノコギリで切り倒した。斜めに寄りかかっている木も切って倒した。

 

12月30日(金曜) 松の枝の焼却

 我が家4人で作業をした。昼はカップラーメンと焼き鳥。オキの使用方法を変えた。今までは地面にじかに置いていたが、ブロックを横にした上にすのこを置き、その上にオキを置いた。火力が格段に強い。オキは一度にたくさん入れるよりも、次々と足していくのがよさそう。

 

12月31日(土曜) 松の片付け

 切り倒した木の切断と片付けと笹刈りを行った。ノコギリがあまり切れなくなってきた。

 

問題点:今後、どういう風に手入れをすればよいのか。人力に頼るとすれば、いかにして継続的に協力してくれる人を集めるかが問題である。とにかく、作業をどう行っていけばよいのかのノウハウがわからない。わからないことだらけで始めた活動だが、考えてみれば、里山が荒れてこれを元に戻すということは、地主さんにとっても初めての経験であり、他にも事例はほとんどないから、わからなくて当たり前なのだ。

 

参考になった文献:重松敏則著「市民による里山の保全・管理」信山社(1991年発行)

重松敏則監訳「環境保全ボランティアグループをつくるには」グリ−ンネットワーク21(1994年発行)(市販本ではなく発行者に直接申し込み)

重松敏則:レクリエーションを目的とする里山の生態的管理手法と教育・市民参加による管理システムの展望、森林文化研究、9(1)、75-91(1988)