道迷いの検証
具体例で示す「道迷い」自験例 その2
3)19995月 白山、大倉尾根

GW(ゴールデンウイーク)の山行でした。 
合掌造りで有名な、岐阜県飛騨地方の白川村。その中心地である平瀬から三方崩山
(2058m)に登りました。高度感のある、快適な雪稜[@]登りを大いに楽しみました。

 その後もかなり濃厚な快晴に恵まれて順調に白山北方稜線を縦走し、3日目に白山本峰(御前峰:2702.2m)に登頂しました。残りの行程は、大倉尾根を下り、大白川ダムからは平瀬まで林道を下るのみです。

しかしこの大倉尾根がなかなかのクセモノです。白山周辺の地形の全体像を地形図で確認しますと、東側が急傾斜の斜面で、西側は室堂に連なる広大な台地になっているのがお分かりになると思います。溶岩が流れて出来た地形で、室堂から南西の弥陀ヶ原[A]にかけて広がっています。大倉尾根は、この広大な台地の東端より派生しています。出だしこそ緩やかですが、直ぐにかなりの急傾斜の痩せ尾根になります。天気がよければ非常に気分の良い尾根ですが、ガスや悪天候では迷いやすいところです。

1 白山周辺の地形図(○印が下降点)

実際のところ、山頂から南に向けて広大な室堂平を下降中に、霧が出てきました。

この地形では読図が全て[B]ですが、視界不良の際の下降点の同定は極めて困難です。夏道なら標識がなくとも、踏み跡で分かります。しかし雪山でトレースが無く、しかも視界が利かなければ困難そのもの[C]です。何故ならば前に記しましたように、東側の急傾斜の雪壁をある程度下れば、傾斜が緩くなり著明な尾根[D]が確認できるのです。しかし、もし尾根に行き着かねば[E]、途中にはクレバスが口を開け、(雪壁崩壊による)ブロック雪崩[F],更には滑落の危険も出てきます。ここが登りとは決定的に異なります。登攀時ですと、高みを目指せば必然的に主稜線に到達します。

2 広大な室堂平より別山(055)

人間、思い込みもありますが、思い込んだ通りの結果が得られないと、焦ります。この場合も、皆で手分けして下降点を探しますが、見当たりません。出だしに戻り、台地の東の端に沿ってトレースを辿ります。それでも見つからない!更に南に下りますと、再度、傾斜が急になり人工物(木の階段)らしきものも出てきました。

 「ここやデ!」
と、叫びますが、距離的に(下降点としては)やや南過ぎますし、進む方向も
(磁石で確認すると)南です。
どうも南竜ケ馬場に向かう登山道のようです。

 こういった際は、焦ってはいけません。

慎重に元に戻ります。荷物を置いて、ゆっくりと行動食を食べます。やはりこの辺りから下る以外はありません。
気味の悪いクレバスが口を開けていますが、
Nさんが少し南から巻いて、尾根を確認して来ました。 
一同、どっと安堵の溜息です。

3 5月の白山(05年)
急な痩せ尾根を慎重に下ります。

 小尾根が微妙に派生しているので、ピークを踏まないでトラバース[G]すると、とんでもない斜面を下っている時もありました。その都度、進路を修正。漸く大倉尾根の避難小屋に到着。地形図からもお分かりになるように、幅広い台地上にあります。今夜はここで泊まりですが、夜から雪[H]になりました。

4 5月の白山別山(05年)

今回の道迷いの分析と対策です。

基本的に雪山では、下降点の同定は難しい問題です。殊に今回のように、視界不良の際は尚更です。お馴染み、カシミール3Dで地形の分析です。

 今回は残雪期の風景にしました。高いハイマツの部分が雪解けで斑模様になっています。この立体図ではやや分かりにくいのですが、(明確なピークからでなく)なだらかな地形からの分岐、下降点ですので、その捜索は困難であるのが窺えると思います。幸いにも、激しい吹雪や悪天でなく、程なく下行路を確認できましたが、もし万一見つからねば、この辺りで幕営するほかはなかったでしょう。そして翌日晴れてみれば、難なく(尾根を)確認出來たかもしれません[I]

図5 南から見た白山(赤い…:大倉尾根、○:下降点、赤矢:小屋)

今度は北から見下ろしてみます。道迷いの分類で言えば、
2.の「分岐を見逃す、間違える」、のジャンルですが、
やはり、この時には、
「ピンポイントで慎重に、分岐点を推定する作業が欠けていた」、ように思います。

「核心部は済んだ。ピークも登った。もう下るだけや!」
と、油断していたのは、否定できません。

前述しましたが、基準点を決めてそこからの方向と距離から、問題点の範囲[J]を概ね絞る必要があるのです。大事に至りませんでしたが、多いに反省すべき事例でした。

しかし、また、同じような失敗が起こります。「喉元過ぎれば、熱さを忘れる」、ですか?人間は(私は!)、反省が足らない?次の事例に移りましょう。もうこれくらいにしたいものです。 

図6 北から見た大倉尾根(左に延びる稜線、白い点線、赤丸が下降点)
4)20041月 北アルプス、焼岳

この事例は以前にHp(焼岳)にも載せました[K]ので、よくご存知か(?!)、と思います。

この山行の時、アタック時は吹雪で、霧も出ており視界はあまり良くありませんでした。当然ながら、目印のポール(竹竿)と赤布は持って行ったのでしたが、設置間隔が問題でした。つまり、長すぎたのでした。しかも、屈曲点で集中的に設置していなかったので、この地点を見落としたのでした。
登山においては、登りの時に見た風景と、下りの風景が非常に異なるのに驚かされる時があります。人間の感覚として、仰角と俯角で景色が異なるのかもしれません。実際問題として、事例3)のような、下降点の探索で苦労するのは、往復の場合にも同じことでしょう。

7 焼岳での、下山路の探索 (04年1月)

地形図からこの時の錯誤を分析しましょう。

何処で間違えたのか? 当時は良く分かりませんでした。
しかしこの原稿を書きつつ、よくよく考えてみると、
「左へ90度屈曲せねばならないのを、まっすぐ下ってしまった」
のが原因と思い至りました。その遠因として、目印の密度の問題、更には、トレースの過信[L]、がありました。 実際の下りルートは点線で示しました。

 A-B-Cと登りました。登りのルートを下るには、Cでほぼ90度左に屈曲せねばなりません。しかしよく地形図を見ると、直進すると(傾斜のきつい斜面で無く)自然と(緩やかな傾斜で)尾根通しに左に屈曲します。
これは人間の心理として、抵抗の無い感覚[M]でしょう。

下りには、Cの屈曲点で左に曲がらずに直進した[N]のでしょう。
これもまた思い込みによる錯誤ですが、やはり屈曲点の意識が乏しかったのでしょう。

反省すべき事例でした。

8 焼岳付近の地形図(赤点線:予定ルート、△:幕営地)

実際の映像から間違えたルートを検証してみます。昨年の年末、焼岳の対岸(梓川の東側)に聳える霞沢岳(2945m)に登りました[O]。其処からの写真が分析に役立ちそうです。

 手前に向かう大きな掘れ込みが下堀沢です。源頭に入り込むのを嫌って道を間違えた、遠因の沢です。実線が登り、破線が下りの間違えたルートです。一目瞭然ですね。

 

9 焼岳0612月、霞沢岳西尾根より)

続いては、おなじみのカシミール像でも見てみましょう。
素直に進めば、点線の、間違えた下降路に入り込むのがお分かりになったと思います。

3),4)
は何れも積雪期の山での「道迷い」でした。

前号でも申しましたが、村越 真は道迷い遭難の原因を分析し、以下のように分類[P]されています。
        1.  ルートをたどりそこねる

2. 分岐を見逃す、間違える

3. 地図が違っている

4. 地図の読み違い

5.  道標の不備、読み違い

更には、根底の問題として、

6.  プランニングの不備

がある、としています。

10 焼岳(カシミール像)

失敗の歴史を振り返りますと、次回の計画立案の際に、問題点のチェックの材料になります。それでも人間は錯誤を繰り返します。もともと、失敗をゼロにするのは無理です。失敗しても、損傷を最小限にする仕掛けが必要です。山では、何とか生還する準備と精神力が大事です。これは日常の診療でも、生活でも通用する鉄則ではないでしょうか?
脚注
[@]雪の積もった、急傾斜の稜線をいう。一般的に、尾根の両側はすっぱりと切れ落ちている場合が多い。
[A] 立山にも同様の地名があるが、もっと広大である。立山の主峰は雄山(3003m)で標高も3000mを越えているので、その差があるのだろう。ど真ん中を「立山黒部アルペンルート」のバス道路が貫いている。
[B] 手前の明確な地点(例えば傾斜が緩やかになる2500m付近の地点、あるいは室堂の建物群)から、方向と距離を確認して(理論的に)下降点を類推する。
[C] このため、往復する際には、下降点周辺に数多くの標識(竹竿と赤布)を残してゆく。
[D] 著明な尾根といっても、痩せ尾根の場合は(派生している小さなリッジー狭くて急な小尾根―と)確認が難しい場合も多い。
[E]偵察に行っても地形が不明な際には、何処で引き返してくるかが問題です。
[F] 雪崩には表層(表層の新雪がなだれる)、全層雪崩(斜面の全ての雪が雪崩れる)があるが、氷塔(セラック)や雪庇が崩壊して引き起こされる雪崩れをいう。
[G] 山の斜面を横断すること。
[H] 5月の山なので、標高が高いと雪であるが、標高が下がると、雨になる。この時も、大白川ダムよりの下りの林道は、雨の中の下りとなった。更に着衣も防水性の乏しい雪山用のジャケット上下だったので、下着まで濡れてしまった。春山のアウターは、ゴアテックスの(冬山用のジャケットでなく)雨具に限ります。
[I] あるいは昨年の大長山での遭難騒ぎのように、雪に閉じ込められたかもしれません。
[J] 分岐点や下降点、岩稜の通過点や懸垂下降点など、一般に(登山での)重要地点で、核心部。慎重な読図が求められる。
[K] 「談話室」412号(200411月)
[L] 風も強く吹いていなかったので、まさかトレースが下りに消えうせるとは思わなかった。風が吹きすさぶ露出部(木の少ない)では、トレースが残るのを期待してはいけない。これは教訓である。
[M] よほど確信がなければ、人は急斜面には入り込まないものです。
[N]左に寄りすぎると、下堀沢の源頭に入り込み、雪崩に会いかねない、との思いも(意識下に)あったのでしょう。
[O]霞沢岳は東北の徳本峠(とくごうとうげ)から登山道がある。通常、そこから(殊に非積雪期は)登るのだが、積雪期は最短距離である西尾根から登られることが多い。我々もこのルートから登ったが、平均傾斜は25度で極めつきの急傾斜である。
[P]「道迷い遭難を防ぐ 最新読図術」、村越 真 著、山と渓谷社、20011月。