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夏の終わりの最終話


ティシアと共に、ぼくがアトランティスに移ってから、数ヶ月後… 空の色は夏から秋へと移りかけていた、ある日のことだケロ。

アトランティス湖に、日が暮れかけていたケロ。
命が復活し始めて、緑になったアトランティス湖の底も、青い薄闇に沈んでいくケロ。

ぼくは、湖底に沈んだ流木の上から、隣に座った青竜… ティシアの父君…ジェイヴァ様をそっと見あげたケロ。
ジェイヴァ様は、ただ黙って、水面を見あげているケロ。水面は、 はるか上の雲を映して赤く輝いていたケロ。

ふと、ジェイヴァ様がぼくの名前を呼んだケロ。
「お前たちのお陰で、湖もここまで美しくなった。町の復興も、人間たちが着々と進めてくれている …ありがたいことだ」
「ケロ」
「ティシアも毎日、元気な顔を見せてくれる」
ジェイヴァ様は、目を細めて幸せそうに笑ったケロ。
「…だが、町ではどうしているかね? 人間たちと上手くやっていけているだろうか」
ぼくは、うなづいたケロ。
「ティシアは、いつもみんなの先頭に立ってがんばってるケロ。 みんなの、いいムードメーカーになってるケロ。
特に、行き詰まったときに、みんなに発破かける時の威力は天下一品だケロ」
「そうか…あの子は、人間としての暮らしが、性に合っているのだろうな」
ジェイヴァ様は、ふふ、と静かに笑ったケロ。 それから、真顔に戻って、また暮れて行く水面を見上げたケロ。

「これで良いのだろう……だが…」
と、口ごもったジェイヴァ様は、呟くように、
「……これからも、本当に、これで良かった、と言えるだろうか…」
「ケロ?」
ぼくは、首をかしげ、問い掛けるように鳴いたケロ。

ジェイヴァ様は、大きな頭をそっと回して、ぼくを振り向いたケロ。
「我ら青竜の血は強い。何度、他の種族との婚姻が繰り返されても、この竜の血が薄まることは無いのだ。
だが、あの子は竜としてははまだまだ幼い。尻尾の残った子ガエル、といったところかな…」
と、ジェイヴァ様は、ぼくの顔を見てちょっと微笑んだケロ。
「…だからこそ、ティシアはまだ、あの子の望む人間の姿でいられるのだ。
人間の賢者のかけた変身の魔法が、まだ効力を失わずにいられる。
…だが、いずれ、あの子が竜として成長すれば…その力を受けて、 賢者の魔法は自然に破られてしまうだろう」
「…つまり、竜の姿に戻るってことだケロ?」
ジェイヴァ様はうなずいたケロ。
「だから、あの子には今のうちに、人間として…マーロ君のように、深い絆を結んだ仲間と共に、 人間として…思い切り生きて欲しい」
ぼくはうなずいたケロ。どんなに深く心がつながっていても …竜の姿では、今みたいに町で仲間と共に暮らすことは出来ないケロ…。
「だが、我々の生は長い…ティシアが成長しきるまでに、人間たちの間では、 次の世代の子供たちが成長していることだろう。
今はいい。だが、この先…
人間たちの目には、人の姿でありながらほとんど歳をとらないティシアは、どう映るだろう…」

ぼくは首を振ったケロ。ジェイヴァ様が心配する気持ちも分かるケロ。 でも…人間にも良くも悪くも色々いることを、ジェイヴァ様も知っているはずだケロ。 励ましてくれるいい人達が、ティシアの周りからまったくいなくなるなんて、ありえないケロ。
「ティシアの仲間や…その子孫なら、まず大丈夫ケロ」
ぼくは、出来る限りしっかりした声で、そう受けあったケロ。

ジェイヴァ様もうなずいたケロ。でも、暗い顔つきは変わらなかったケロ。
「だが…それでなくとも、竜族の長命ゆえに繰り返される、大切な人たちとの永遠の別れは、 たまらなく辛いものだ。
みんな大急ぎで歳をとり、自分ひとりを置き去りにして逝ってしまう…」
ジェイヴァ様は、深くため息をついたケロ。
「生まれたときからずっと竜として生きていてさえ、辛いことなのに…あの子には耐えられないのでは…」
ぼくは、もう一度声を張り上げたケロ。
「でも、ジェイヴァ様は、いつかそんな辛い別れが来るって分かってても、 やっぱりティシアのお母さんと一緒になることを選んだんだケロ?  …それで、お2人とも、幸せだったんだケロ? ティシアは、そんなお2人のお子なんだケロ!」

「ああ…それは、その通りだ…だが…」
湖面の輝きは消え、湖底はもう、青い闇の中にすっぽりと沈んでいたケロ。
再び口ごもったジェイヴァ様の低いため息は、その闇の中に深く沈んでいくように響いたケロ。

だんだん、ジェイヴァ様の心配には、果てが無いらしい…と、ぼくにも分かってきたケロ。
ジェイヴァ様は、とにかく心配なんだケロ。なまじ、人間として暮らした事が原因で、 本質が竜であるティシアの心が深く傷つくことになりはしないかと、 それこそあらゆることが心配なんだケロ。

ぼくは、大きく首を振って、ジェイヴァ様の目の前まで泳いでいったケロ。
ぼくの言葉では、ジェイヴァ様を本当に安心させることは出来ないケロも…これだけは言いたいケロ!
「ティシアは強いケロ!
どんなことでも、負けないケロ!
この一年半、ずっと見てたぼくが言うんだから間違いないケロ。
ジェイヴァ様、ティシアを見くびっちゃダメだケロ! ティシアを信じてあげるんだケロ!」

ジェイヴァ様は、驚いたように目を見開いて、ぼくを見つめたケロ。
「…そうだな。そうであった…」
その大きな口が、ゆっくりと微笑みの形を作ったケロ。
「お前のような知己を得られて、ティシアは幸せ者だ…」
月の光が湖面できらめき、静かに水底にもさしてきたケロ。
心なしか、ジェイヴァ様の瞳の中にも、笑っているときのティシアとよく似た、 明るい輝きがわずかにきらめいて見えたケロ。

「これからも、よろしく頼むぞ」
「ケロ」



投稿図書館にアップしたものの、なんとなく納得いかなかったので、ここに出そうかどうしようか 悩んだのですが…結局全面改訂して出すことになりました。…マーロ君には悪いけど、かえるクンと 交代してもらうことに(笑)
でも、ティシアが「将来竜に戻る」ことには変わりありませんが…。
竜好き…出来ることなら自分が竜になってみたいくらいのべに龍としては、 竜が人になってしまうのは、人がカエルになるのと変らない悲劇に見えるんですよね…。 竜は竜でいて欲しいんです。


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