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卯月の待ち人


 「意外・驚き」が花言葉の、ツクシがまた伸びてくる春だケロ。
 今日は、4月の最初の日。つまり、昨日は3月最期の日…ラドゥの魔法が解け、かえるの呪いが戻ってくる、 その最後の日だったケロ。

 ぼくは、窓枠に乗って、じっと外を眺め続けているケロ。
 今日のお日様は、まるで止まっているみたいに、のろのろのろのろと登っていくケロ。

 昨日の…3月最期の夜明け前、ティシアに一通の手紙が届いたんだケロ。
 場合が場合だからと、まだ暗い内に部屋をノックして手紙を届けてくれたマスターにうなずいて、 ティシアはその場で手紙を開いたケロ。

「リンさんからだわ…」
「リンさん? ああ、冒険先で知り合ったっていう、青い竜のいる湖畔の村の出身の人ケロね」
「うん」
 ぼくは、身が引き締まるような心地がしたケロ。
「なんて書いてるケロ?」
「アトランティーナまで、来てくれって」
「アトランティーナ? あの、青い竜のいる湖ケロ?」
「うん」
 …これはきっと、最期のチャンスだケロ。ぼくはドキドキしたケロ。
 でも、ティシアは黙ったまんま、ただ、いつものように手早く身支度を整えると、
「じゃ、行ってくるね、かえるクン」
 無造作に手を振って、そそくさと冒険者宿を出て行ったケロ。

 その背中を見送った後、ぼくは部屋で一匹、じっと待ったケロ。
 そのまま、運命の一日はのろのろと過ぎていき、静かに暮れていったケロ…。

 夜には、やっぱり心配そうな顔をしたティシアの仲間達が酒場に集まってきて、 ぼそぼそと話をしては帰って行ったケロ。

「行く前に、一言言ってくれればよかったのにな…」
「きっと大丈夫よ、あの子の腕は確かだから。うちのギルドでもトップクラスの腕前なんだから…」
「けどよ、やっぱり心配だよな。なんで俺を置いてくんだよ」
「…あんたより頼りになるのがついてったんだから、心配ないわよ」
「どういう意味だよ」
「そういう意味よ」
「……………」
 …アルターとルーの掛け合いにも、いつもの勢いがなかったケロ。

 その夜更け。酒場のマスターが、そっとぼくのいる、ティシアの部屋に入ってきたケロ。
「お前も、眠れないだろ…。良かったら、飲みな。
…ティシアがな、出て行くとき、お前のことをよろしく頼むと言ってたぜ」
 そう言って窓枠に置いて行った杯には、ちょっぴりワインが入っていたケロ。
 ぼくは、ワインを飲んで…ちょっとだけ泣いたケロ。


 そして、ようやく眠ったのが、夜中過ぎ。目が覚めたのは、夜明けのだいぶ前だったケロ。
 お日様は、今ようやく、てっぺんに着こうとしているケロ。
 ティシアは、帰ってこないケロ…。

 最後に見た、ティシアの後ろ姿が繰り返し繰り返し思い出されて、どうにもならないケロ。
 あんなにあっさり、いつもどおりに出て行ったのに、あれが最期ってハズはないケロ…。
 …あの子に限って、そんな事、絶対あるわけないケロ。

 お日様は、空のてっぺん近くで、引っかかってしまったみたいだったケロ。

 ぼくは、ただ待っているのが、たまらなくなってきたケロ。
 もう、我慢できないケロ。

 部屋を空けるのは、何だか心配だったケロ…留守の間に帰ってくるような気がして。 …でも、もう待てないケロ。

 ぼくは、急ぎ足で冒険者宿を出たケロ。
 大急ぎで、街を抜けて森に…念のために、一年前かえるのティシアが住んでいた池まで様子を見に行ったんだケロ。
 途中出会ったかえる仲間にも、次々と聞いて回ったケロ。
 …でも、やっぱりそれらしいかえるは見つからなかったケロ。

 お日様は、ぼくが動き出すのを待ってたみたいに、空のてっぺんから一気に滑り降りてきたケロ。
 なんとなし、ホッとして帰りかけた頃には、もう辺りは薄暗くなっていたケロ。

 冒険宿まで帰ってきてみたら…酒場が大騒ぎになっていたケロ。
 しばらくは、何の騒ぎか分からなかったケロ。
 とにかくみんな興奮して、嬉しそうにしゃべりあってるんだケロ。
 物陰から、そっと様子を見ていたら、マスターが、目ざとくぼくを見つけて…ぼくの目の前に、 小さな杯になみなみ入ったワインをトンと置いたケロ。
「今夜はお祝いだ。お前も飲め」

 すぐに、ぼくにも事態がのみこめたケロ。 賢者ラドゥから、ティシアの呪いが解けたという嬉しい知らせが入っていたんだケロ。
 酒場は久しぶりの大入り満員のどんちゃん騒ぎ。酒場に顔を見せることなんてまずないレラや… 街に来ることすら珍しい、ユーンやラケルまでが、顔を見せていたケロ。

 ワインと皆の笑い声に、ぼくも浮かれて…店が閉まったその後も、一匹、部屋で夜更けまで踊りまわったケロ。
「ティシア、おめでとうケロ…ほんとうに、良かったケロ!」
 ぼくは、いっぱい笑って…そして、ちょっとだけ泣いたケロ。



「卯月の帰還」として、投稿図書館にアップしたはなしの、前半部分を大幅に書き直しました。
前半で書きたかったところが、全然出ていなかったので。
一つの話に、あまり欲張ってつめこむと、まとまりがなくなりますね…。


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