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彼岸前の雲行き


それは、「自由」が花言葉のネコヤナギがたくさんのネコをつける、3月のことだったケロ。

 お天気のいい、暖かい日の夕方だったケロ。部屋に帰ってきたティシアから、ふっと森の匂いがしたケロ。

「お帰りケロ。ティシア、今日は、森に行ってたんだケロ?」

 ティシアは、にこりと笑ったケロ。

「うん。今日はね、マーロ君と、森に遊びに行ってきたの」

 にこにこしてるんだけど、どこか不機嫌そうな雰囲気が漂って…心ここにあらず、という調子だったケロ。

「ふうん。で、どこまで行ったんだケロ?」

「…え? どこって?  ……あ、うん、あの、小さな池まで」

 やっぱりちょっと、上の空ケロ。

「池って…ああ、あの…」

 すぐ分かったケロ。以前、かえるだったティシアが住んでいた池のことケロ。 その池なら、ぼくもよく知っているケロ。

「うん」

「そうなんだケロ。あそこは、日帰りで遊びに行くにはいいところだケロ」

「うん…」

 やっぱり、様子が変ケロ。

「…ティシア、マーロと、ケンカでもしたケロ?」

「別に。何もなかったよ…楽しかったし…」

「そうケロ……?」

 やっぱり気になるケロ。なんか違和感があるんだケロ。ぼくが、首をひねりながら見つめていたら、 ティシアはちょっと苦笑したケロ。

「かえるクン、鋭いね…ただ、ちょっとね…」

「ちょっと? ケロ」

「ちょっと……なんか、こう、気分が…面白くないって言うか…」

「ケロ?」

「気に障るって言うか…」

「マーロに、なんか言われたケロ?」

「そうじゃないの…なんとなくね。こっちが勝手なだけ…あたしの勝手な気持ち…」

 さっぱり話が見えないケロ。でも、聞いていいのか悪いのか分からないから、ぼくは、目をくるくるさせて 黙っていたケロ。

 そしたら、しばらくして、ティシアは、どさりとベッドに腰をおろし、ゆっくりぼくをのぞき込んで…突然、 低い声で話し始めたケロ。

「…あのね…もうすぐ、ラドゥの魔法、解けちゃうでしょ」

「ケロ…」

 ぼくはうなずいたケロ。

 そうケロ…もう半月もないケロ…。それに、今のところ、青い竜に会える見込みも全く無いんだケロ…。

「あたし、絶対、呪いには負けないよ。負けない自信、あるよ。
 …でもさ、たまに…本当にたまーにだけどね、ふっと心配になっちゃう時があってね …そんな時、思っちゃうの…」

「ケロ…?」

 ティシアは、急に黙り込んだケロ。言おうかどうしようか、迷っているみたいだったケロ。
 それから、ひどく小さな小さなかすれ声になって、

「もし…もし、あたしが、あたしじゃ無くなって…み、みんなが分からなくなって…」

 と、ごくりとつばを飲み込んで、

「い、今のこの『あたし』が…こ、この世から、き、消えてなくなって……しまっても………
せめて…せめてマーロ君には、あの池まで来て…『あたしだったかえる』に、会いに来て欲しいなぁ…って…」

 言いながら、伸びてきたティシアの手が『そうなっても、かえるクンはずっと居てくれるよね?』 と言ってるみたいに見えて、ぼくはその手をそっと握りかえしたケロ。

「…でも、ティシア、マーロには…」

「言うわけないでしょ、そんなこと!」

 ティシアは、急に大きな声を出して、ぱっとぼくの手をはねあげたケロ。それから、つぶやくように、

「そう、マーロ君が知ってるワケがない…っていうか、知っててもらっちゃ困るのよ」

 そして、ふうっと息をついて、ぼくを見つめたケロ。

「だから、今日だって、普通にのんきに楽しくしてて欲しかったはずなのに…」

…きっと、マーロも、それ分かってて、のんきにしててくれてたのかも知れないケロね…。

「2人であの池に行ってさ、ずっと、あんなにのんきに楽しそうにしてられたら……なーんか、こう ……微妙に腹が立つっていうか…」

 ティシアは、そう言って、天井を見上げたケロ。

 人の心って、ややこしいケロ…。

 返事のしようがなくて、ぼくは思わずため息をついたケロ。
 ちょうどぴったりおんなじときに、ティシアも大きなため息をついたケロ。
 …と、羽根枕の上に乗っていた羽根が一本、くるくると舞い上がって、そのまま、ティシアの鼻に 張り付いたケロ。
 ティシアがくしゃみをすると、羽根はまっすぐぼくの方に飛んできて…今度はぼくの顔にべたりと張り付いたケロ。 ぼくが面食らってばたばたしたら、大きなくしゃみが出て、はねはゆっくりと床に落ちたケロ。

 ぼくらは、思わず顔を見合わせたケロ。そしたら、なんか、こう、妙におかしくなってきて …2人で、クスクス笑い合ったケロ。
 笑い終わったときには、ティシアはすっかりいつものティシアだったケロ。まるで、不機嫌がくしゃみと一緒に、 羽根に乗って飛んでいってしまったみたいだったケロ。

 人の心って、面白いケロ。


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