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雨水の難問


 あれは、「慎重、用心」が花言葉のナナカマドの赤い実を、鳥達が食べ尽す2月半ばの事だったケロ。

 ある夜。ぼくは、ティシアから突然の問いかけを受けたケロ。でも…
「うーん…。そういう事は、ぼくにはよく分からないケロ」
 ぼくには難しすぎる質問だったケロ。
「やっぱりね…ごめんね、かえるクン、急に変な事聞いて」
「ううん、気にしなくていいケロ。そういう事は、専門家に相談した方がいいケロよ、ティシア。 例えば、ええと……」

 その明くる昼下がり、ぼくは教会に来ていたケロ。今月初めに祈りに来てから、信仰に目覚めた… というわけではないケロも、何となく落ち着くんで、時々来るようになっていたんだケロ。
「こんにちはぁ!」
 礼拝堂の隅っこの日だまりでじっとしていたら、不意に聞き慣れたティシアの声が響いたケロ。
…そろそろ、来る頃だと思っていたケロ。
「おや、ティシアさん、よくおいで下さいましたね」
 ちょうど礼拝堂にいたシェリクが出迎えたケロ。
「こんにちは、ブラザー・シェリク…あのね、今、時間ある? 聞きたい事があるんだけど、いい?」
「もちろん。どうぞ、何なりと聞いて下さい。立ち話も何ですから、こちらへ」
 シェリクは、ティシアをいざなって、ぼくの座っている隅っこのすぐそばの長いすまでやってきたケロ。

「あのね、変な話でごめんなさい。でも、あのね、あの…」
 熱心そうに口を開いたくせに、話し始めたとたん、ティシアは、珍しく言いよどんだケロ。
「あの、『恋愛』ってね、本当にいいモノなの?」
 この唐突な質問に驚いたとしても、シェリクは表情には出さなかったケロ。ただ、静かに問い返したケロ。
「『恋愛』ですか…。なぜ、そのような事を尋ねたいとお思いになったのですか」
「ええとね…。最初に思ったのは、この前、アトランティーナ湖の水源に行ったときなんだけど…」

 「ある、嫌な男にあったの。
 そいつが、アトランティーナの湖に毒を流したって言うの。
 水竜を、とっても憎んでるんだって。
 そいつ、竜のお嫁さんになった女の人が好きだったって。それで、その人がお産で死んじゃったのが、 竜のせいだって。だから、恨みを晴らすためにあんな事したんだって。
 竜を苦しめるために、たくさんの人を困らせて、たくさんの生き物を殺して …そうでもしなきゃいられないほど、その死んじゃった女の人のこと、愛してたんだって。
 人を愛するって、素敵な事だってみんな言うけど…ホントかな?
 誰かを愛したばっかりに、あんなにひどく誰かを憎まなきゃならなくなるなんて…。
 『恋愛』ってなんだか、すごく恐ろしい事みたい。
 あいつの気持ち、あたしには、分からないよ。あんな事したら、死んじゃった竜のお嫁さんが 一番悲しむんじゃないの? 誰かを好きになると、そんな事も分からなくなっちゃうの?  そんなに、愛するって辛い事なの?
 もしそうなら、あたし、誰も愛したくなんかないよ…」

 シェリクは黙って頷きながら、ティシアがぽつり、ぽつりそんな風な事を話すのを聞いていたケロ。
「なるほど。…それで、あなた自身は、恋愛とはどんな物だと思っておられるのですか?」
 またもやそう問い返されて、ティシアはちょっと眉を上げたケロ。
「それが分からないから、聞いているんじゃない!」
 シェリクは苦笑して、
「そうでしたね。…ですが、あなたが納得出来る答えは、あなた自身が見つけるほかないのですよ」
 と、言ったケロ。それから、慎重に言葉を選びながら…
「私なりの答えはありますが…それでは、あなたの悩みをとく事は出来ません。
 恋愛とは、制御出来ない強い感情で…説明する事も出来ませんし」
 この答えに、ティシアは、不満そうだったケロ。けど、何も言わなかったケロ。するとシェリクは、
「ただ…この世には様々な愛があります、それぞれの愛の形もまた、人によって様々です。
 私の思うに、その中でもっともすばらしく、常に正しいのは、ただ一つ、神の『愛』のみです。 我々不完全な人の子の『愛』には、どこかに、その欠点があるものではないでしょうか。
 そのことを常に心にとどめ、神の前に恥ずかしくないよう自らを律する事で、己の『愛』を より良きものとすることができる…私は、そう思っていますよ。もちろん、並大抵の事ではありませんが」
「ふうん…」
 ティシアは、分かったような分からないような顔でうなったケロ。
「まあ、一般論ですね。それでも、私はこの答えに自分でたどり着くまで、何年かかかりましたよ。
そして、この先も何年も経てば、この答えも変わっていくでしょうね」
「あたしは、そんなに待てないかも」
「…そうでしたね」
「でも、なんだか分かったような気もする…今の、あたしの答え」
 と、ティシアは、考え考え、
「『思いやり』が、大事なのよ、きっと…『思いやり』が持てなかったら…人を好きになったりしない方がいい。
でも、人を好きになるのって、自分ではどうにも出来ないから…それで、しない方がいい恋をしちゃう人もいて、 それで、いろいろ悪い事が起きるんじゃないかな?
 …って、これじゃ、ちょっと違うかな。…なんだかちょっと、上手く言えないけど、でも、そんな感じ…」

 うーん。やっぱり、ぼくには、よく分からないケロ。
 でもシェリクは、ホントによく分かった顔で、深くうなずいたケロ。
「ありがと、ブラザー。あたし、ちょっとだけ、分かり方が分かったよ!」
 ティシアは、なんだかさっぱりした顔で立ち上がったケロ。
 ぼくもなんだかほっとして、立ち聞きがばれないうちに…と、こっそりと礼拝堂を出たんだケロ。


 恋愛未経験者べに龍が恋愛談義なんて無謀なことに挑戦した結果です。…やっぱり、破綻してます。
 でも、どうしても「愛って、本当にいいものなの?」というセリフが書きたくなったんです。
 恋と愛をごちゃ混ぜにしてしまったのは、私の力不足です。でも、この両者、区別が難しいですね…。
 ティシアにこういう相談を受けるのは、聖職者にして、恋愛経験者のシェリクが一番だと思ったのですが。 ちょっと、精神分析風味をつけて、神様方面に逃げてしまいました。 …シェリクの話にしては、説得力に欠けてますねぇ。(苦笑)


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