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立春の祈り


 2月の初めケロ。
 ずっとずっと南の暖かい国では、きっとたくさん花が咲いていて…
 「祈り」の花言葉を持つサンダーソニアも、暖かいオレンジ色をした、 小さな花の鐘を風に鳴らしているのかもしれないケロ。
 …でも、ここ、コロナは冬将軍に占拠されていたケロ。

 その朝、ぼくは、悪い夢を見たケロ。

 ぼくは、森の中の湖に、膝まで水につかって立っていたケロ。
 目の前に、ティシアが立っていたケロ。その足下から見上げていたら、光る滴が一滴、 あごを伝って落ちてきたケロ。
 ぼくが見つめるなかで、その滴の玉はすうっと宙を下って、吸い込まれるように静かな水面に落ち、 円い波紋を広げたケロ。
 けど、その波紋が広がった先にはもうティシアはいなくって、代わりに一匹のちっぽけな子がえるが 立っていたんだケロ。
 ぼくは、慌てて駆け寄ったケロ。でも子がえるは、おびえて混乱したあどけない目でぼくを見て、 するりと潜って逃げてしまったんだケロ。
 ぼくは追いかけたんだケロも、深みでその姿が急に、水に溶けたように消えてしまって …見失ってしまっんだケロ…。

 目が覚めたときは、まだ辺りは真っ暗だったケロ。ティシアも、ぐっすりと眠っていたケロ。
 ぼくは、もう眠る気になれなかったケロ。妙に不安な気持ちでじっとしてられなくなって、 そっと部屋を抜け出したケロ。
 外は凍りつく寒さだったケロ。たちまち腕や脚が冷たくなって、痛くなって、感覚がなくなってしまったケロ。 生き物はみんなこの寒さから隠れていて、風ばかりぴゅうぴゅう吹いていたケロ。
 ぼくは風のない路地裏や穴を伝って、目的地に急いだケロ。

 ようやくたどり着いた先は…教会ケロ。
 誰もいない礼拝堂はとてつもなく静かで、聖なる炎の音がゴウゴウと恐ろしいほどに聞こえ、 ぼくが歩くと、ぴたぴたと足音がこだましたケロ。
 説教台によじ登ると、炎の暖かさが届いてほっとしたケロ。

 ぼくが、体を温めながら一息入れていると、礼拝堂の奥の小さな扉が開いてシェリクが入ってきたケロ。
 シェリクは、聖別された薪の束を山のように抱えていて、それを薪台にきちんと積み上げ始めたケロ。
 夜明けの薄明かりの中でよく見ると、薪台も、窓枠も、ベンチも、ぼくの乗った説教台も …礼拝堂のどこもかしこも、もうすっかりきれいに拭き清められていたケロ。

 ふと、シェリクが顔を上げたケロ。そして、ぼくに気づいたケロ。ちょっと驚いたみたいケロも…
「おや、かえるさん。おはようございます」
 にっこり笑って、まるで人間相手にするみたいに丁寧に挨拶してくれたケロ。
「かえるさんもお祈りにいらしたんですか? こんな寒い日の朝早くにいらっしゃるなんて、 何かよほどの事があったのでしょうね」
 優しい目でほほえみながらそう言って、シェリクはすぐそばまで歩いて来たケロ。
「大丈夫ですよ。神は、あなたがたのような小さな生き物を、深く愛し、見守っておられます。 神を信じて、お祈りを捧げなさい。
 たとえば今は、一年でもっとも厳しい季節ですね。ですが、季節は、春に向かって確実に動いていますから、 これからは、どんなに寒さの厳しい日があろうと、必ずより暖かい日の方が増えていきますね。
 そのように、どんなに苦しいときがあろうと、最後には必ず神が救って下さいます。祈れば、神は、 必ずあなたの祈りに答えて導いて下さるでしょう」

 …神様は、僕みたいなかえるの願いでも、ちゃんと聞いていてくれるんだケロ?
 そんなぼくの疑問が聞こえたみたいに、シェリクは、柔らかな、染みとおるような声で言ったケロ。

「神は、誰よりも深く、あなたのような小さき者を愛しておいでですから」

 その時、また扉が開いて、見習い神官のクリスが、洗いざらした祭壇用の掛布と、磨き上げた銀の燭台を手に 入ってきたケロ。
「シェリクさん、そろそろ朝のお祈りの…おや、ずいぶん小さな信徒さんがいらっしゃってますね」
 シェリクはにっこりと振り返って、
「ええ。これから朝のお祈りにお誘いしようと思っていたところなんです」
 クリスもにっこりしてうなずくと、歌を口ずさみながら祭壇に布を広げ、燭台を乗せたケロ。

「教会の朝の光に
 宝石と見まごうほどに輝ける
 小さき野のかえるにも、
 その翠の衣を給いける…」

 神への賛歌を、ちょっと捻ってあったケロ。シェリクは、ぼくに向き直って、
「かえるさん、私たちはこれから、朝の祈りを始めます。あなたも一緒にいかがですか?
 良かったら、どうぞ私の手にお乗り下さい」
 そう言って、そのごつい手のひらをぼくの前に広げてくれたケロ。

 ぼくがその上に乗っかるのを合図にしたみたいに、また扉が開いて、他の神官達 …そして、最後に、神官長のティアヌが入ってきたケロ。
 神官達も、ぼくを手に乗せたままのシェリクもクリスも、みんな黙ってそれぞれの場所に並んだケロ。 全員、それぞれの朝の仕事を終えたばかりの赤い顔と手をしていたケロ。

 ティアヌの合図で、静かに、荘厳に、朝の祈りが始まったケロ。
 ぼくもシェリクの手の中で、そっと祈ったケロ。

 ティシアが、やがてやってくる今度の春を、笑顔で迎えられますように、と…


 「小鳥に説教する聖フランチェスコ」ならぬ「かえるに説教する僧シェリク」です。

 この話、最初の夢のシーンが最初に浮かび、それから少しずつ足していって出来ました。
 に、しても、立春時期にかえるとは…かえ本のかえるは温血に違いない。

 石造りの暗い教会、一筋差し込む朝の白い光、それを受け、橙色の炎をバックにエメラルドのように輝く 小さなかえる…をイメージして書きました。

 教会の炎って、あの音であの火力だから、薪じゃなくて石炭? 天然ガスとか?
 …もしかして神の力でひとりでに燃える奇跡の炎…なんて、疑問は湧きますが…気にしないで下さい(笑)。


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