寒さの厳しい一月末、雪のちらつく夕暮れのことだったケロ。 花言葉は「親切」…ブドウは、葉を落とす前に、冬に向かう人間たちにありがたい実を残していたケロ。 酒場では、バイト帰りのアルターが、酸っぱくなっ赤ワインに蜂蜜を入れて温めたバラ色の飲み物を、 のんびりすすっていたケロ。 ティシアは冒険に出かけていたケロ。 青い竜が棲むという、アトランティーナの湖は、今毒で汚染されていて入れないんだそうだケロも、 そこに新しくきれいな水を引きに、水源まで行くんだとかで、張り切って出かけていったんだケロ。 突然、扉がバタリと開く音がして、刺すような風と一緒にティシアが飛び込んできたケロ。 「おう、ティシア、おかえ…」 何気なく声を掛けようとしたマスターが、顔を上げた瞬間、場の空気がさっと変わったケロ。 苦虫を10匹ばかり噛みつぶしたような顔で、ティシアは、返事もせず階段に向かおうとしてたケロ。 「おい、どうした、ティシア!」 心配そうな声を上げて、アルターが素早く、その手首を捕まえたケロ。 「何でもない」 そう答えるや、ティシアは、つかまれた手首を素早く捻りながら、つかんだアルターの方に突き出したケロ。 盗賊ギルドで教わる護身の技だケロ。アルターの手はあっさり外れてしまったケロ。でも… 「おい、待てよ!」 アルターも素早かったケロ。もう一度手を伸ばして、今度は反対側の手首を、がっちりと捕まえたケロ。 ところが、ティシアは今度は、自分を捕まえたアルターの右手首を、もう一方の手で押さえたかと思うと、 体を沈めて…どうやったんだケロ? …とにかく、一瞬後には、アルターは床に転がっていたケロ。 (後で聞いたところでは「ブラザー(修道士)・シェリクに教わった体術」だったらしいケロ) で、虚をつかれて、まともに技を食らってしまい、そのまま床でぽかんとしていアルターに、 「何でもないったら!」 ティシアはそう言い張って背中を向けたケロ。 …と、そのとき、また酒場の扉が騒々しく開いて、 「おい、ティシア、待てったら!」 「おう、マスター、じゃまするぞ!」 ティシアと一緒に冒険に行っていた二人の冒険者…マーロとロッドが飛び込んできたケロ。 とたんにティシアは、ぴくん、と動きを止めて、あきらめたように立ち止まったケロ。 「なにも、ここまで追っかけてこなくたって…」 「何言ってるんだよ、あんたこそ、何も逃げること無いだろう」 軽く息を切らせて、マーロが言ったケロ。 「逃げてなんかないわよ! ちゃんとさよならも言ったでしょ」 「だけど、あんな風に駆け出したら、心配にもなるぜ。冒険の結果があれだったしな…」 マーロの言葉に、床に座ったままのアルターが 「結果があれって…? ティシア、まさか?」 と、驚いた声を上げたケロ。 ティシアはむっつりうなずいたケロ。 「ん…。失敗。アトランティーナには、水、引けなかった」 「なんでまた…」 アルターの声に答えたのは、ロッドだったケロ。 「ティシアは、使っちまったんだ。水源の町の人たちのために、一本しかない水門の鍵を…」 ぱっと向けられたアルターの視線に答えるように、ティシアは低い声で、 「だって、仕方ないじゃない! あの町ではみんな、水が無くて、今日の暮らしにも困ってたんだから。 でも、アトランティーナには、もう人は住んでいないでしょ。 水が無くても、『今』困る人は、いないんだもん!」 「おまえはどうなるんだよ、ティシア!」 「あたしだって、今日明日で、どうかなっちゃうわけじゃないもん」 「おまえ、それで平気なのかよ!」 アルターの声が少し大きくなったケロ。すると、ティシアはいきなり 「…平気じゃないよ! すんごく腹が立ってんの!」 と、とんでもない大音声を出したケロ。 「悪い奴には逃げられるし!! 水門の鍵は、一本しかないし!! あー、もう!!」 酒場中どころか、表通りの人まで驚いてのぞき込むほどのわめき声だったケロ。 それから、ハッと声を落として、 「…だから、爆発しちゃう前に、部屋に戻ろうと思ってたのに…!」 「爆発するほど腹が立つことを押し殺そうって、そりゃ、無理だぞ、ティシア」 ロッドが、ひげだらけのあごをなでながらゆっくりと言ったケロ。マスターが頷いて、諭すように、 「そうだぞ。無駄に心がすり減って、胃が痛くなるだけ損だぞ。今日はここで爆発していけ」 続けて、マーロが、 「あんたが怒りっぽいのは、いつものことじゃないか。俺でよけりゃ、気が済むまでつきあってやるぜ」 アルターも勢いよく、 「落ち込んでいるときにはおごって欲しいって言ってたろ、ティシア。今日は、いくらでもおごってやるぜ」 同時にマスターが、干しぶどうの詰まった焼きたての菓子をそっと差し出したケロ。 「みんな、お節介なんだから…」 口をへの字にしたまま、ティシアは言ったケロ。 …それから、 「分かったわよ! じゃ、思いっきり発散させてもらうよ! 後悔しても知らないからね!!」 と、言うなり、思い切り息を吸い込んで、さっきよりさらに大きな声でわめいたケロ。 「あー!! あの領主の野郎!! 今度会ったら、こうしてやる!!!」 その一瞬後、大きな焼き菓子の半分が消え去っていたケロ。 続く3秒で皿を空にしたティシアは、最後の一口を飲み込んだあと、ふいに静かになってぽつっと… 「ありがと、みんな…」 言ったかと思うと、続けて大声で… 「おかわり!!!」 言いながら、空になった皿をカウンターにひょいっと乗っけたケロ。 マーロとロッドが目を丸くしてみている中、マスターは、山盛りに料理の乗った大皿を 次々と並べはじめたケロ。 アルターは、そのマスターに言われて塩豚の大きな固まりを、地下室まで取りに行ったケロ。 その晩、「ティシアのヤケ食いぶーたれ大宴会」(命名、ロッド)は、盛大に遅くまで続き、 後々までの語りぐさになったケロ。…酒場の備蓄が底をつくまで続いたそうな…と。 (ティシアの名誉のために言っておくケロも、本当は、さすがに、そこまでは行ってないケロよ) 初出時から、改題しました。「霹靂」とは雷のことです。 実は、ここで一番書きたかったのは「ティシアの体術で転がされるアルター」だったりします。 イメージとしては、中国武術か合気道です。 本当に力があり、体の動かし方を知っている相手に技だけで勝とうと思ったら、 超一流の腕と天賦の才がいるそうですが、アルターが油断しきっていれば、 ティシアでも、なんとかこれくらいは出来るかな…。 |