あれは、コナラの、枯れ葉がたくさんついたままの枝が、雪混じりの風に揺れる、12月下旬のことだったケロ。 夜明け前。ふと目が覚めると、隣のベッドでティシアがうなされていたケロ。 目を硬く閉じたまま、枕の上で頭を激しく振りながら、かすかにうめき声をあげていたんだケロ。 ぼくは、慌ててティシアを叩き起こしたケロ。 ティシアは、はっと目を開いたケロ。濡れた目の、暗くぼうっとした瞳でぼくを見て、 「あ…かえる…クン」 「ティシア、また、あの夢ケロ?」 ぼくがそっと尋ねると、ティシアはこくりとうなづいたケロ。 「うん…」 「…意味が分からない夢だけに、気になるケロね。いったい、なんでそんな夢を見るんだろうケロ?」 「うん…」 ティシアが、その夢にうなされ始めたのは、9月の終わりごろだったケロ。 同じ悪夢を見たといって、ぼくに話してくれたケロ。どんな夢かというと…。 「最初、この部屋で目が覚めるの。そしたら、周りに仲間がみんないて、心配そうにこっちを見てるの。 『どうしたの』って訊くんだけど、誰も答えてくれなくて。 それから、突然、気分が悪くなるの。 胸がむかむかして、息が苦しくなって、頭はぼうっとするし、耳鳴りはするし、 目も鼻も口も、ぴりぴり痛くって…。 それから、今度は部屋が急に変な音を立てて、どんどんゆがみ始めて、どんどん暗くなって、 お化けの洞穴みたいになっちゃうの。 その上、みんなまで、急にゆがみ始めて。 …体がどんどん大きくなって、牙とかトゲとか出てきて、黒くなって…全身がゆがんだ、 変な化け物になっちゃうの。 あたし、もう、訳わかんなくて。怖くて怖くて。走って逃げたいのに、立っていられないほど気分が 悪くなっちゃって… 泣きながら、無我夢中で這って逃げて…。 で、気が付いたら、あたし、一人っきりで、広い水のそばにいるの。 なんでそんなとこにいるのか、分からなくて。一生懸命思い出そうとするんだけど… そうしている間にも、どんどん頭の中が真っ白になっちゃって…。 しまいには、そんなに一生懸命、何をしようとしていたのかも、自分が誰なのかもわかんなくなっちゃって… 「こんなの、嫌!!」って、叫ぶんだけど、次の瞬間には、なにを叫んだのかまで、わかんなくなって…。 ただ、怖くて、悲しくて、苦しくて…」 …と、こんな、気味の悪い夢なんだケロ。 「最近、見る回数が、増えたんじゃないケロか?」 「…うん。時々、眠るのが、怖いの…」 ティシアのおびえた目は、ギョッとするほど幼く…まるで、まだ尻尾の残っている、 ほんの小さな子がえるのように幼く見えて、ぼくは胸がギュッと痛くなったケロ。 「誰かに相談した方が、いいんじゃないケロか?」 我慢できなくなって、ぼくが言うと、ティシアはきっぱり首を振ったケロ。 「夢は、夢だもん…。夢のことなんかで、みんなに心配かけたくない。 それに、かえるクンが話を聞いてくれるもん、それで充分よ」 「でも、ぼくはティシアに何にもしてあげられないケロ。冒険者仲間の方が、 きっと、もっと力になってくれるケロ」 「そんなことないって。誰に相談しても、おんなじよ。 それに、アルター兄ィなんかに言うと、また『守ってやる』とか言われそうでヤだし、 ロッド親方に言ったら、説教されそうだし…」 「マーロは?」 「絶対、イヤ! マーロ君には…!」 ティシアは、言葉の最後の所は、口の中でごまかしてしまったケロも、ぼくには聞き取れたケロ。 …コンナ弱イ所、絶対見セラレナイ。 「それじゃ、…」ぼくは、聞かないふりして続けたケロ。 「ルーならどうケロ? でなきゃ、カリンはケロ?」 「う…ん」 ティシアは、うつむいたケロ。 「ルー先輩や、カリン占師(せんせい)なら…言ってもいいかな…でも、やっぱり、話したくないな…」 「ティシア、もしかして、話すのが怖いんだケロ?」 ぼくがそう言うと、ティシアは、首をぶんぶん振って、早口になって言ったケロ。 「そんなこと、ないわよ! ただ…何となく、イヤなだけ」 たぶん…図星、ケロね。…と、ぼくは思ったケロ。 ぼくは、ふと思いついて、ベッドの下に潜ったケロ。そして、コナラの小さなドングリを引っ張り出したケロ。 「これ、持ってるといいケロ。お守りになるかもしれないケロ」 「あ、ありがとう…」 ティシアは、不思議そうに、手を広げてぼくのドングリを受け取ったケロ。 それを手の中でひっくり返しながら… 「あたし、やっぱり、あした、カリン師にこのこと話す…そして、占ってもらうわ」 と、言ったケロ。 ティシアは、覚えていたケロ? コナラの花言葉は、「勇気」だケロ。 どうでもいいウンチクですが… コナラも、どっちかというと暖かいところの木です。もう少し寒いところなら、ミズナラが多くなります。 よくファンタジーに登場する「オークの木」は、樫の木と訳されることが多いですが、 日本でカシというと照葉樹のこと、オークは落葉樹で、ヨーロッパのナラの仲間です。 ドングリをならすことでは同じですけどね。 この話、一応伏線のつもりで書きました。記憶の一部が、形を変えて夢として浮上してきているわけです。 カリンの敬称は、どうもイマイチ気に入らないのですが…いいのが思いつかず…。 何かいいのありませんかね? |