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秋分のヤケ肉


 それは、「運命」の花言葉を持つクサギが、赤いつぼみの中から白い花を咲かせ、 濃い青の実をつける9月半ばのことだったケロ。


 ティシアが、階下の酒場でテーブルを磨いていたところへ、アルターが入ってきたケロ。
 ティシアは、冒険から帰ってきたばかりだったから、アルターとはちょっと久しぶりだったケロ。
「よう、ティシア、元気か!?」
 いつものように、元気な声をかけたアルターだケロも、ティシアの返事は、
「ウーン…あんまり」
 と、どうにも歯切れが悪かったケロ。
「なんだよ、どうしたんだよ。腹へってんのか? メシおごってやろうか?」
 アルターが、心配そうな声を出したケロ。

 いつものティシアなら、こう言われると、いきなり元気になるんだケロ。
 …だって、いつものティシアなら、元気のないのは演技なんだケロ。
 酒場のまかない飯に飽きて、焼肉でも食べたくなると、こうやってアルターにおごらせるんだケロ。

 でも、今日のティシアは、元気にならなかったケロ。
「…ん。ありがと」
 と、小さな声で答えたっきりだったケロ。
「おい、ホントにどうしたんだよ。元気ないティシアなんて、らしくないぜ!」
 アルターは、ごつい手のひらで、ティシアの背中を叩いたケロ。
「そんな風に陰気に仕事してちゃ、よけい元気なくなっちまう。いっそ、ぱーっとメシ食いに行こうぜ!
…な、いいだろ、マスター?」
 マスターは、快くうなずいて、
「ああ、それがいい。ティシア、行ってきな。
 掃除もおおむね終わったし、今日はあまり客も来そうに無いから、こっちのことは気にするな。」
 と、二人を送り出したケロ。


 ぼくは、その後、用があって、街の地下水路にいるかえる友達を訪ねたケロ。
 その帰り、やっぱりティシアのことが気になって、アルター行きつけのスラムの焼肉屋をのぞいてみたケロ。


 店の奥のテーブルで、ティシアはとっても静かに、とてつもない速さで肉を片っ端から片付けていたケロ。
 向かい合って座ったアルターは、あっけに取られて、いつもよりは、食べるペースが落ちていたケロ。

「…つまり、依頼人とちょっとしたゴタゴタがあって、報酬を受け損ねたってことか?
 口の中の肉を飲み込んで、アルターが言ったケロ。
「気にするなよ。冒険者やってれば、たまにわからずやの依頼人とぶつかる事もあるもんだぜ」
「報酬なんかは、どうでもいいのよ」
 顔も上げず、フォークも下ろさずにティシアは答えたケロ。
 音も無く次々と肉を消し去りながら、
「あたしの運命を動かす大事な情報が、あんな奴に握られてるのが気に食わないの!」
 あの依頼人、竜の情報を持ってるって言ってたんだけど、あたしが依頼されたフェニックスの雛を 捕ってこなかったからって…」
「教えてくれなかったのか…」
 アルターが、目を見開いたケロ。
「情報も、報酬の一部だったしね」
 と、ティシア。
 またたく間に肉を食い尽くしながらしゃべっているのに、言葉は明瞭で、ほおばったまま話したりしないのが 不思議だケロ。

「…何もくれなくって結構よ」
 ティシアの声が、少し大きくなったケロ。
「見得のためだけに珍しいものを欲しがる、おカネ持ちどものために…
…そいつらの払うおカネのためだけに…
最後のフェニックスの大事な雛鳥を取らせようとするような奴…
そんな奴から、びた一文、情報一つ、もらおうなんて思わないよ!
 …でも…でも、ああ、くやしい!!」
最後は叫び声になって、大きな一切れを口に放り込んだケロ。

「そうか…。その時、オレがいたらな。そいつを締め上げて、情報を吐き出させてやったのに」
 アルターが、こぶしを手のひらで叩きながら、真顔で言ったケロ。
「でもよ、まだ半年あるんだ。焦ることはないぜ。そんな奴の情報なんか無くたって…」
 言い終わる前にティシアは、新しい肉を手際よく並べながら、
「もちろんよ! あんな奴の情報に頼らなくたって、絶対、竜に会って見せるんだから!」
 その声は、ちょっとばかり明るく聞こえたケロ。

 アルターは、ニッと笑ったケロ。
「元気出てきたじゃねぇか。よかったな、ティシア。
な。次に冒険に出るときには、オレに声かけてくれよな。 もしおまえが元気なくても、オレが守ってやるからよ!」
 …ところが、言い終わる前に、ティシアはキッと眉を吊り上げたケロ。
「アルター兄ィ…。
 あたし、攻めるタイプだって、前に言わなかったっけ?
 守りに回るのって好きじゃないし、守られるのってもっと嫌いなの!
 元気ないときは、こーやって、おごってもらえる方がよっぽどうれしいんだけど!!」
 …まだちょっと、ご機嫌斜めみたいケロね。
 アルターは、一瞬情けない顔になったケロも、すぐ持ち直していったケロ。
「そっか…よし、じゃ、おまえが元気ないなら、いくらでもおごってやるからよ!」
「ありがと、アルター兄ィ!」
 ティシアは、いきなりまた明るい声を出したケロ。
「じゃ、早速
 …おじさーん、ミノとハツと天肉とタン、二人前づつ追加!!」

 もう、大丈夫みたいケロね…と、ぼくはこっそりと店を離れて、帰途についたケロ。



ティシアの青竜編「カナ山の洞窟」の後日談です。
あのシナリオの依頼人って、日本に希少種の動物達を密輸入する闇ブローカーとおんなじなんですよね。
動物好きとしては、プレイしながら、つい腹が立ってしまい…挙句、こんな話を作ってしまいました。

アルターの朝一挨拶と焼肉の話も、プレイしながら考えつきました。
「腹へってんのか」とおごってくれるなら、私なら「ただ飯」のために演技のひとつくらいしてしまうかも…と。
ちょっとティシアらしくないかな? とも思いましたが…
怒るとブラックホールのような食欲を見せるのは、書いている途中の突然の思いつきでしたが、 私としては結構気に入っています。本性、竜ですしね。


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