あれは、『旅人の喜び』が花言葉のクレマチス、その一種のテッセンが、近所の裏庭で、
伸び放題のもつれ合った蔓に紫色の大きな花をいくつも咲かせる6月始めのことだったケロ。
夕方に差し掛かってはいたケロも、まだ通りには強い日差しの残っていた時間だったケロ。
ばん、と酒場の扉を開けて入ってきたのは、先日から冒険に出かけていたティシアだったケロ。
額に汗をにじませたまま、「ただいま」も言わずに、
「ねえ、ちょっと聞いてよ、アルター兄ィ!」
と叫んだケロ。アルターが目を丸くして
「お、驚かすなよ、ティシア。…一体どうした?」
と、向き直るのへ、
「うん、あのね、あのね…」
立ったまま、勢い込んで話し出そうとしたケロ。
そこへマスターが、静かに水を差したケロ。
「ティシア、まあ、まず座って、お茶でも飲んだらどうだ?」
続けて、
「…マーロもお帰り。お疲れ様」
言うと同時に、マーロが、本当にお疲れ様な顔で入ってきたケロ。
マーロは今回、ティシアと一緒に冒険に出かけていたんだケロ。
「もういいだろ、ティシア。いつまでも文句言ってるんじゃない」
呆れ顔で言うマーロに、
「だって、納得いかないんだもん」
ティシアはそう答えながら、カウンターに腰を降ろしたケロ。
そして、マスターの出した冷えたお茶のグラスを手に取ったケロも、お茶には口をつけないで話しつづけたケロ。
「今回はさ、ロッド親方の依頼でね。あたしと、ロッド親方と、マーロ博士とで、古い鉱山に行ったんだけど…」
「…その『博士』ってのはやめろって言ったろ」
マーロが口をはさんだケロ。
「だってマーロ博士、物知りなんだもん」
「だってじゃない、やめろ」
「じゃ、なんて呼んだらいいのよ…」
マーロは、「知るか」と言わんばかりに鼻を鳴らして、
「それより、話の続きは?」
「あ、そうだ…ええと、どこまで言ったっけ?
…あ、そうそう、鉱山に入って、それでね、穴の一番奥のところですごい鉱脈を見つけたのよ。
でも、そこに骸骨みたいなモンスターのボスが出てきて…」
「戦ったのか?」
興味津々でアルターが聞いたケロ。
ティシアはここぞとカウンターを叩いて言ったケロ。
「戦おうとしたのよ! そしたら、ロッド親方、なんていったと思う? 『ヒヨッコはすっこんでろ』って言ったのよ!」
「そんな言い方したか…?」
マーロがぼそっと突っ込んだケロも、聞いちゃいないケロ。
「そりゃね、強い相手だったわよ、そりゃ! あのムチャ強いロッド親方と互角だったもん」
「それなら、下手に手を出すより、後ろでサポートしてたほうが…」
アルターが口を挟みかけたら、ぎっとねめつけて、
「だって、向こうのボスは、手下連れてたのよ! いくらロッド親方が強くたって、一人じゃ負けちゃうじゃないの!
アルター兄ィ、言ってたでしょ、『よっぽど実力に差がなけりゃ、一人っきりで二人の敵と戦うのは無理だ』って!」
「…どうかな。あの程度の雑魚なら、ロッドなら一発で全滅できたと思うぜ」
マーロが、冷静に指摘したケロも、ティシアはひるまないケロ。
「だったら、あたし達みんなで戦ったら、もっと確実に勝てるはずじゃない!
それにアルター兄ィ、こうも言ってたでしょ。『二人いれば、同等の敵が三、四人いても、状況次第で何とかなる』って!
それを、下がってろなんて…」
「叫ぶなよ…結局、強引に参戦したじゃないか」
マーロが、次第に声が大きくなるティシアをたしなめるように言ったケロも、ティシアは止まらないケロ。
「そうよ、それであたし達、勝てたのよ。それなのに、ロッド親方ときたら怒るんだもん!
『勝手にムチャな真似するんじゃない、弱っちい初心者のくせに、死んだらどうする』なんてさ、あんまりじゃない!
ムチャなのはどっちよ!」
「いや、そんな言い方じゃなかったぞ」
と、マーロが指摘したケロ。
マスターも口をはさんで、
「ティシア、落ち着け。お前、ほんとにそんなに冷静に判断して戦ったのか?」
それに答えたのもマーロで、
「いいや、あの時はどう見ても頭に血が上ってたぜ。それに、ロッドを唸らせるような攻撃をしてくる相手にだな…」
それでもティシアは鼻息荒く言い募ったケロ。
「あたしだって、いくらなんでもまともに一撃食うようなヘマしないわ。万一食らったって、一撃位で死にはしないわよ!!」
さらに大きくなるティシアの声に、たまりかねたようにアルターが、なだめるような手つきをしながら言ったケロ。
「気にするなよ、ティシア。なにせロッドは、ドワーフの親父なんだぜ。ほら、よく言うじゃねぇか。『がんこ親父』とか、
『ドワーフのようにがんこ』だ、ってな。両方重なった究極の頑固者だから、お前の方が正しかったって思ってても、
認めたくねぇんじゃねえか?」
そしたら、ティシアは突然ふっと息をついて、
「そうかな…そうかもね」
そう言って、一気にお茶を飲み干したケロ。で、
「ほんと、がんこだよね、ロッド親方」
今度は笑顔で言いながら、マーロのほうを向いたケロ。どうも、しゃべりたいだけしゃべったら、気が済んだみたいだケロね。
アルターとマスターとマーロは、ほっとしたような、拍子抜けしたような顔を見合わせたケロ。
それから、マーロは急いで頷いて、
「…まあな」
「その後、穴が崩れ始めたときも、『先に帰ってろ』って、自分だけ残るんだもん、心配しちゃった」
また、マーロは調子を合わせて、
「ああ、どんな崩れ方になるかも知れないのに、自力だけで脱出するつもりだったらしいからな。
助けを呼ばなきゃならないかも知れないし、俺達が外から手助けすれば、
すぐに出られるような崩れ方になるかもしれないってのにな」
我が意を得たり、とティシアは大きくうなずいたケロ。
「そうよ、マーロせんせの言う通り!」
「おい、ちょっと待て、『先生』はやめろ。…俺は生徒だ」
とたん、マーロの顔が引きつったケロ。もしかしたら、魔法学院の廊下を「マーロせんせーい!」とか叫びながら走り回る
ティシアの姿を想像したのかもしれないケロ。
「だから、『先生』じゃなくて、『せんせ』。『博士』は止めてあげたんだから、いいでしょ、これで」
ティシアは、断固とした調子で宣言したケロ。
この子は、ドワーフよりがんこかも知れないケロね…。
私は、この「俺がコロナの武器職人」のシナリオは、何度やってもロッドが無茶だと思います。
大概のRPGでは、強いボス相手に例え味方が少々頼りなかろうと、そのサポートなしで挑むのは恐ろしくしんどいものです。
(…向こうが致命的な全体攻撃を持っていれば話は別ですが)
この話は、最初は、クレマチスのもう一つの花言葉「美しい心」に引っかけて、ぼうぼうとした蔓の中の花のように、
ぶっきらぼうな態度の向こうには…てな話にするはずだったのですが…書き上げてみたらこんな話に。
出来る限り短くした中に、マーロの敬称のことまで盛り込もうとしたので、ちょっとまとまりが無くなっちゃってます…。
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