それは、エビネランが、その花言葉「誠実・謙虚」にふさわしい、清楚なかわいい花を咲かせる4月始めのことだったケロ。
「なんだって? レーシィ山に?!」
その日、ぼくが一人で部屋にいると、階下の酒場から、アルターの頓狂な大声が響いてきたケロ。
ぼくはどきりとして耳を澄ましたケロ。
レーシィ山は、ぼくのルームメイトのティシアが、その朝出かけていった場所だったケロ。
「ああ、美味きのこ採りを頼んでな。あそこなら土地勘がなくても迷う心配は…」
のんびりと答えるマスターをさえぎって、アルターがわめいたケロ。
「何言ってんだ! あそこは、最近モンスターが出るんだぜ!
それも、かなり手ごわい奴が!!」
ぼくの顔から血の気が引いたケロ。朝からの嫌な予感が当たったケロ…。
「そりゃ、大変だ! アルター、マーロ、急いで捜しに行ってくれ!」
マスターが、血相変えて叫ぶより早く、窓の外の大通りを赤と青の背中が、すごい勢いで走っていくのが見えたケロ。
その後。
待つしかないマスターは、イライラと何度もカウンターを磨きなおし、待つしかないぼくは、
部屋中をうろうろと行ったり来たりしていたケロ。
夕方になって、アルターとマーロが帰ってきたケロ。
「ティシアは?」
マスターの声に、ぼくの声が重なったケロ。…もちろん、ぼくの声は誰にも聞こえなかったケロも…。
「ああ、大丈夫だぜ。魔物に襲われて、危ないところだったけどよ、そこへ駆けつけた俺が、
ちょいとアルタースラッシュで蹴散らして…イテッ」
「何言ってんだ、おれが先に炎の矢で牽制したから、奴もおとなしく退散したんだろうが」
いきなり話がそれてるケロ。
「それより、ティシアはどうしたんだ!?」
マスターのちょっととがった声に、ぼくのイライラ声も重なって飛んだケロ。
「ああ、怪我したんで、診療所に…」
みなまで聞かず、ぼくは部屋を飛び出していたケロ。
ティシアは、診療所のベッドで、包帯だらけになって寝ていたケロ。
そっと近寄って、声をかけようとしたら、突然目を開けて…
「あ、かえるクン。あたしね、きのこまであとほんの少し、て所だったのよ!
それなのに、魔物のせいで失敗しちゃって、もう悔しくて悔しくて…
誰よ、あんな所に野良ガーゴイルなんか放したのは!!」
と、一気にまくし立てたケロ。 ぼくは、内心ほっとしたケロ…この元気なら、大丈夫ケロね。
「残念だったケロ。…でも、がっかりすることはないケロ。これからまだまだ挽回できるケロ」
そう言って、励ましたケロ。
次の朝には、ティシアは冒険者宿に帰ってきたケロ。
夜に何かあったのか、酒場に入ってきたときはなにやら神妙な面持ちだったケロ。
ところが…迎えたアルターが、
「俺って、頼りになるだろ? ホレてもいいんだぜ」
とかなんとか言ったとたんに、吹き出してしまったケロ。ケラケラ笑いながら、
「あんた、モテないでしょ。んなこと言ってちゃあ…」
…てなことを言いかけたんだケロ。でも、そこで何か思い出したみたいで…慌てて(だいぶ苦労して)笑いを引っ込めたケロ。
で、憮然としているアルターに、
「どーも、失礼しました! ええと、昨日はホントにありがとうございました!」
元気な大声で言って、ぺこりと頭を下げたケロ。で、アルターがちょっと照れたように笑いかけたところへ、
「あたし、自分が全然未熟者だと思い知りました。
これからはもっと謙虚になって、先輩冒険者の方々を、もっと尊敬することにします!
そんなワケで、アルターもこれからは呼び捨てにせずに、アルター兄ィと呼ぶことにしました!
アルター兄ィ、これからもよろしく!」
一息に言って、また頭を下げたケロ。
マスターが、ニヤニヤしながら、
「よかったな、アルター父さんとかアルター小父様とか呼ばれなくて」
なんてこっそり言ったもんだから、アルターはまた憮然としたケロ。
でも、それでも鷹揚にうなずいて、
「ああ、まかせろ。何かあったら、俺に相談しろよ」
と言ったその姿は、たしかに「兄ィ」って雰囲気だったケロよ。
レーシィ山の冒険。「誰だ、あんな所に野良ガーゴイルを…!」と、「あんた、モテないでしょ…」の台詞が書きたかったのが、
この話の誕生のきっかけです。
どちらも、プレイ中に浮かんだ妄想です。(ティシアは名付けた時から、 ああいう性格でした)
後者は、男主人公でクリアした後女主人公をプレイしたプレイヤーの実感でもあります(笑)
また、ティシアには、呼び捨てじゃない呼び方をさせたいな…と思いまして。考えている内、ひょいと浮かんだ「アルター兄ィ」
という響きが気に入って、こういう形になりました。
…後々、ティシアにどう呼ばせるかでに悩むキャラが出て来るでしょうが、とりあえずそれはその時のことで…
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