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光の春


朝からの2月らしい冷たい風が、お昼になってやや収まってきました。
コロナの広場の裏通りは、人通りもなく、静かでした。 ただ1人、吟遊詩人のミーユが、なにやら物思いにふける風情で、ひっそりとたたずんでいました。
と、そこへ、ばたばたという足音とともに、早足で広場から出て来る者がいました。
いつになく、ぞろっとした衣装を着込み、髪もきれいにとかしつけていましたが、ドーソン・トードであることは一目でわかります。
ドーソンは、なにやらいい匂いのする小さな紙の包みを片手に、着慣れない長い衣のすそに苦労しながら、 風の来ない壁際の小さなベンチのところまで歩いてくると、やはり衣のすそに気をつけながら、そうっと腰をおろしました。

…そして、そこで初めて目の前にミーユがいることに気が付いたドーソンは、あわてて片手をあげて挨拶をしました。
「おや、今日は」
ミーユは軽く会釈を返しました。 「今日は。寒い中を、広場で仕事ですか」
「うむ、お払い屋のアルバイトをな…どうだ、アヤシゲに見えるだろ?」
と、ドーソンは自分の胸にかかった、鳥の頭蓋骨を持ち上げて見せてにやりと笑いかけ…大きなくしゃみを一つして、
「しかし、吹きっさらしでじっと座っているのは、ちと辛いな…」
と、小さく鼻をすすりました。

「もっとも、俺には、このくらい寒い方がやりやすいが」
ミーユは一瞬怪訝な顔をしましたが、ふと思い当たったように、
「なるほど、そうかもしれませんね」
と、ドーソンの顔を見て意味ありげに微笑みました。
「寒い日には、ワケもなく広場まで出てくる人は少ないですからね」
「うむ。冷やかしや野次馬が少ないのは、まったくありがたい」
極度のあがり症のドーソンは、真面目くさってそう答え、それからにやりと笑いました。
「…だが、吟遊詩人殿は、この寒さでは外では仕事にならんだろう」

ミーユは微笑んで、首を振りました。
「そうでも、ありませんよ…吟遊詩人は歌うばかりが、仕事ではありません」
そう言って、上空を…空にみなぎる光を…見上げたミーユに、
「そうか…」
ドーソンもうなずいて、空を見上げました。
雲が太陽を隠していますが、空の半分は晴れていました。
もう、冬の空の色ではありません。明るい、柔らかい色をした、春の空です。
「『光の春』は、もう来ている…もう少しで、風の中にも春が来るな…」
ドーソンは、つぶやくように言いました。
その声の中に、なんとなく寂しげな響きがあるのを聞きとめたのか、ミーユはそっと、口ずさみました。

「季節はうつろい、人は流れる
明るき季節は、刻々と近づき
やわらかな風は、人生をも運ぶ…」

風の中に、春が来たとき。ドーソンは、ドーソンの暮らしは、どう変わるのでしょうか。

歌を聴きながら、ドーソンは黙って、手の中の紙包みを開き、ソーセージと炒めたたまねぎを挟んだ細長いパンにかぶりつきました。


光の春…まだまだ寒い日が続いても、日差しが変わって、空の色が変わって来る頃のことで…。
「暦の春」立春と、ホンモノの暖かい春の間にやって来るので、毎年待ち遠しい気持ちが煽られます。
シャーマン風の怪しげな衣装が好きなので、ドーソンに着せたくて書いた話です(笑)
しかし、コンピュータの買い換えその他で、投稿時に載せた絵のデータが行方不明…



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