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遺跡の戦い


来たれ 暴風の手綱もて 雷雲の荒れ馬を駆るものよ
天空の大精霊の娘ご 嵐の乙女らよ
汝の輝く投槍を わが敵に投げ落とせ!!

 廃墟と化した神殿の小さな一室。
 その灰色の天井に、精霊使いドーソン・トードの詠唱が、鐘の音のように響き渡りました。
 と、空中に音もなく裂け目が開き、一陣の風と共に雷光が飛び出しました。
 雷光は投げられた槍のようにまっすぐ飛んで、仲間の戦士・アルターに打ちかかった4人の敵のうち 1人を貫きました。
 その敵…ダークエルフと呼ばれる、邪悪な闇に魅入られたエルフ…は、 そのまま棒のように倒れて動かなくなりました。

 ひるんだ残りの3人は、次の瞬間、
「アルタースラッシュ!!」
 雄叫びとともに繰り出されたアルターの剣技によって、一気に吹き飛ばされました。 床に叩きつけられた3人のうち、起き上がってきたのは、1人だけ。

 前衛の仲間をあっという間に蹴散らされ、後詰めのダークエルフたちは、どよめきました。
 まだ全員、武器を構えてはいますが、みな及び腰で、かかってくる様子はありません。

「おい、もう来ねえのか?」
 アルターが余裕の笑みを見せて挑発しましたが、誰も動こうとしません。
「…わざわざやられに来るほど馬鹿じゃない、か。ならお前ら、あきらめて退散したらどうだ?」
 ドーソンが、青い葉のついたトネリコの杖を振りかざしたまま言いました。
 が、やはり動くものはいません。

「そりゃ、そうだろうな…」
 ドーソンは、わざとらしく同情したような顔を作ってうなずきました。
「お前らが、わざわざこの国を滅ぼしてまで手に入れたかったお宝が、この奥に眠っているんだからな」

 ダークエルフたちの目は、ドーソンとアルターの背後にあるひときわ暗い通路にひたと向けられていました。
 ドーソンたちが、廃墟の封印を解いて開いたばかりの通路。
 その奥に、『精霊の遺産』と呼ばれる秘宝…十数年前に滅びたこの国の王が残した、 大いなる力の源が眠っているのです。
 今、その大いなる力を受け継ぐべく、仲間の精霊使いの少女・カリンがその奥へと 向かっているところでした。


 コロナの街のカリンに、夢の中で呼びかける声。それが示すものに導かれて、 ドーソン達ははるばるこの王国の跡までやってきたのでした。
 そして、カリンの夢に出てきたのと同じ光と声が、王宮の廃墟にやってきた彼らをここまで導いたのです。
 ドーソン達は、残された封印を一つ一つ解いて、最後の通路を開きました。
…『精霊の遺産』を狙って王国を攻め滅ぼしたダークエルフの一味が、 まだ網を張っているとも知らずに。

 王族を皆殺しにしたものの、強力な封印に阻まれて秘宝を入手できなかったダークエルフたちは、 『精霊の遺産』の封印を解く者…『遺産の継承者』…が現れるのを、長年待っていたのです。
…ですが、ようやく現れた『遺産の継承者』カリンによって開かれた通路には、 手練れの戦士と精霊使いが立ちふさがっているのでした。
 このままでは、みすみす『遺産』を持っていかれてしまいます。 ダークエルフたちの目は、焦りと怒りで血走っていました。


 ダークエルフの怒りの視線を浴びながら、ドーソンは馬鹿にしたように肩をすくめました。
「あいにくだが、こんなお粗末なやり口しか思いつけないお粗末なおつむでは、 千年待ってもお宝は手に入らんよ。
相応の獲物しか狙わない獣の賢さを見習えば…」

「…そこまでだ」
 低く、がさがさとした声が、ドーソンの次の毒舌をさえぎりました。
「我が先遣隊をずいぶんと可愛がってくれたな…」
 そう言いながら、部屋の中に入ってきたのは、上等な武具に身を固めた、 ひときわ体格のよいダークエルフでした。
 その後ろに、新手のダークエルフの一部隊を引き連れています。

「ジャッハ様…!」

 ドーソン達とにらみ合っていたエルフたちが、安堵と畏怖の入り混じった声で叫びました。
 ジャッハと呼ばれた男は、それには答えず、静かに得物の曲刀を構えながら、 部屋の真中まで歩いてきました。
「だが、この俺が来たからには、もう貴様等の好きにはさせんぞ」

「ちっ、本隊のご到着か」
 アルターが軽く舌打ちをし、次に威勢良く叫びました。
「ドーソン、いくぜ!」

 しかしドーソンは、
「…なあ、アルター」
アルターのときの声に応じる代わりに、妙に掠れた声でささやきました。
「おぬしの目で見て、どうだ? あの親玉、ちっとは剣の腕も立ちそうか?」
 アルターは、油断なく構えて、ジャッハ達を見据えました、
「ああ。相当使うな」

 ジャッハも、油断なくこちらをにらみながら、部下に素早く指示を出して隊列を整えなおしています。

「…そうか。なあアルター、モノは相談だが…あいつとザコを何人か、 おぬし1人で引き受けてもらえぬかな?」
 冗談めかした口調ですが、声が引きつっていました。
 アルターが横目でちらと見やると、ドーソンは真っ青な顔に冷や汗を浮かべていました。
「お前の魔法は?」
 アルターの問いに、ドーソンはうめきました。
「奴は周りに、精霊の力を奪う結界を張っているのだ。
…そういう力のあるダークエルフのことは、話には聞いていたが…
こんなところで本物に出くわそうとは…」

 見えない精霊を見ることの出来るドーソンには、 ジャッハの周りに邪悪な瘴気が立ちこめているのを見ることができました。
 それは、ジャッハの魔力にとらわれ、ねじ曲げられた精霊達でした。
「…あいつのいるところでは、精霊魔法は一切使えん」

 これだけの敵を相手に、攻撃魔法はもちろん、魔法による支援も治癒も出来ない… さすがに、アルターの顔色も変わりました。
「そいつは…ちときつい、かな…」
「とにかく、時間をかせがぬと…俺には、2つで5、3つなら2がせいぜいだが…」
 ドーソンはすまなそうに言いました。
 2人相手なら5合、3人相手なら2合打ち合うまでは立っていられるだろう、という意味です。

「いらねぇよ、さがってろ!」

 アルターは、ドーソンを背後に押しやりながら、『遺産』への通路の入り口までじりじりと 後退しました。
「おぬしこそ、無茶するな!」
 通路に押しやられたドーソンは、もがくようにして、無理やりアルターに並びました。
 同時に、隊列を整えたダークエルフたちが、ジャッハを先頭に押し寄せてきました。


 そのとき。
「お待ちなさい!」
 凛とした声が、その場にいる全員の耳を打って響き渡りました。
 敵も見方も、一瞬動きを止め、声のほうへ目を向けました。

「あなたですね、私欲のために、王国を滅ぼしたというのは!」

「カリン!」
 ドーソンとアルターの背後から歩み出したほっそりとした小柄な人影は、見慣れた仲間の姿。
 ですが、今の彼女は不思議な威厳に満ちて、一回り大きくなったように見えました。
 ドーソンとアルターは、瞬時に悟りました。
…『遺産』を継承したんだ!

 その2人に、ちらと笑顔を見せると、カリンはまた厳しい表情になって言葉を続けました。

「今は亡きオルフォス王の娘、このカリンが、これ以上ひどいことはさせません!」

 そのとき、カリンがかざしているのが、いつもの精霊使いの杖ではなく、 優美な王笏であることを見て取って、ドーソンはふっと笑みをこぼしました。
…自分の過去を、自分の運命を、見つけることが出来たようだな…。

我が守護者よ その力もて 禍つ力を正したまえ!
 カリンの詠唱が響きます。

 ダークエルフ達は、驚いて目をむきました。
「なに! 王の娘だと!? 生きていたのか!」
 ジャッハの叫びも終わらぬうちに、カリンのロッドが光を放ちました。

 ドーソンの目には、王笏の放つ光は目を焦がすほど激しく、まばゆく見えました。
 その光は、ジャッハを覆う瘴気を突き抜け、瞬く間に浄化していきます。

…これは…大精霊の力?!…
 ドーソンは、呆然としたまま、口を開いて言葉を捜そうとしました。

 が、それより早く、憤怒と憎悪に顔をゆがめたジャッハが、先頭を切って切り込んできました。
 まっすぐにカリンを狙った曲刀を、アルターの大剣が鋭い音と共にはねあげます。

「話は後だ! まごまごしてると、手柄を全部持ってかれるぜ、ドーソン!」
 威勢のいいアルターの声に、ドーソンもはっと我に帰り、 あわてて、自分のトネリコの杖をかざして、詠唱に入りました。


とどまれ 狭間に棲むもの
見えざる翼もて 二つの世を行き来するもの
呪縛解かれ 再び自由を得しもの達よ
今しばし この地にとどまりて 汝らが解放者を守るべし…




私には、昔のTRPGの影響で、「ダークエルフには魔法が効かない (なのに自分は魔法が使える)」という先入観がありました。
とくにかえほんの世界観はうれしくなるほどオーソドックスなファンタジーゲームの世界観なので、 ついこの手の先入観が入りがちになってしまうんですよね…。
ところが、ご存じの通りかえほんのダークエルフには魔法はよく効きます。
魔法が効く、というだけで、たとえばコンピュータ版AD&D(PC98の頃の古い奴)では あれだけ手強かったダークエルフが、すっかり雑魚っぽくなってしまうのはちょっと かわいそうなくらいでした。
まあ、かえほんのボス戦は(マメにレベル上げしていると)かなり楽なので余計そうなんでしょうが。



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