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精霊使いの見た魔術師の魔法


 青い空に、灰色の雲がどんどんと飛びすぎながら、ときおりきらきら光る雪の結晶を落としていきます。

 ドーソン・トードはかじかむ手で皮のマントをしっかりと押さえながら、 マーロの背中をじっと見つめていました。
 二人が立っていたのは、コロナの裏山のてっぺん近く、木立が途切れた見晴らしのよい場所でした。 四方から冷たい風がこれでもかと吹きつけてきます。
 ドーソンは時折り身震いしたり、冷えた足をもぞもぞと動かしたりしていました。
 しかし、マーロは、コートを激しくためかせる風を気にも止めない様子で、 空を見上げたまま一心に詠唱を続けています。

 不意に、頭上の空が暗くなりました。そこだけ、夜になったかのように。
 ドーソンは思わず息を詰めて、真昼間の雲間からのぞく、澄んだ星空に見入りました。
 一瞬の間をおいてマーロが、なにやら一声大きく叫びました。
 と、星空にいく筋もの光が、きらっ、きらっと走りました。
 光はみるみる大きくなって、ぎらぎらとまぶしく光り、轟音を響かせながらぐんぐん近づいて…
 ドーソンは思わず首をすくませましたが、そのとき、突然すべての光が、 音もなく無数の欠片に砕けました。
 欠片はなおもきらきらと輝きながら、光のシャワーのように2人の足下の斜面に降り注ぎました。

「ほう!! …これはこれは!」
 ドーソンは歓声を上げました。
 降り注いだ光の欠片が、すべて真っ白なコンペイトウに変っていたのです。
 ドーソンは冷たい風で赤くなった頬を、興奮でさらに赤くして、坂を駆け下りました。
 そして、風にマントを引っ張られながら、斜面に危なっかしい格好で立ち止まると、 足首まで降り積もったコンペイトウを右手ですくい上げました。
 その手を高く上げ、雲間からさしてきた太陽の光にかざして、 手のひらで白く輝くコンペイトウをしげしげと眺めました。 それから、一粒をそっと口に入れ、確かめるようにゆっくりと噛み砕きました。
「うむ!」
 大きくうなずいたドーソンは、マーロに向かって、鐘の音を思わせる彼独特の声で明るく呼びかけました。
「いや、すごい!! たいしたものだ! 実に、たいしたものだ!」
「…なにが」
 マーロは、渋い顔でドーソンを見下ろして言いました。ドーソンは、きょとんとしました。
「目くらましではないぞ。芯まで本物の糖に変っているのだ!」
 吹きまくる風にまけじと、ドーソンは大きな声で力説しました。
 マーロは、聞こえたことを示すように軽くうなずいて、それで? と気のない手振りで先を促しました。
「紛れもない、本物の物質変換術ではないか! これがたいしたものでなくて、何だというのだ?」
「そんなもの…!」
 マーロは叫び返そうと口を開きましたが、すぐに、風が強すぎて話にならないと気付き、
「…後で話す!! 降りよう!!」
 大きく手招きして、さっさと道を下りはじめました。 それを見たドーソンは、足元のコンペイトウを一つかみ、ポケットに詰め込んでから、 近くに放り投げていた自分の杖を拾い上げて、その後を追いました。

 コロナの城壁の陰に入って、風がいくぶん弱くなったところで、マーロはようやく速度を緩め、 追いついてきたドーソンに並びました。

「ああいう高度な呪文の失敗で、予期しない物質変換が起こるのは、そう珍しいことじゃない」
 前置き無しに、いきなり説明に入るマーロに、ドーソンもあわてず「ふむ」と相槌を打ちました。
「それに、そういう物質変換は、ほとんどが一時的なものなんだ。…そのコンペイトウだって、 明日の朝までには砂利に戻っているさ」
「なるほど」
 うなずいたドーソンは、ちょっと考えて、
「物質変換については、よく知っているようだが…そういう経験は、前にもあったのか?」
「いや」と、マーロは首を振って、
「本で読んだだけだ。自分で見たのは、これが初めてだ」
「その…予期しない変換の起こる原理は、分かっているのか?」
「…いや。物質変換の魔法自体、まだほとんど研究が進んでいないらしい」
 聞いてドーソンは、低い声でうなりながら、首を振りました。

「分からんな…魔術師の考えることは」
「なにが?」
 マーロが不審気に問い掛けるのへ、ドーソンは、独り言のような低い声で、
「遠く星界にまで影響を及ぼすほどの魔力と技術を持ちながら…。
その力を、ただの攻撃手段で終わらせて平気なのか?」
 と、問い返しました。
「見くびるなよ。今日は失敗したけど…うまくいけば、最強クラスの攻撃魔法なんだぜ」
 マーロはむっとした声を出しましたが、ドーソンは首を横に振りました。
「攻撃の魔法など、もっとも荒削りの単純な力技ではないか? 応用も利かぬし、面白みもない。
 効果から言えば、俺たち精霊使いの初級の…自然の諸力をただ敵にぶつけるだけの魔法と、 何ら変らぬではないか。
 これでは、貴重な書物を振り回して鈍器に使うようなものだ」

「…あんた、俺の一族を馬鹿にするつもりか?」
 マーロの険悪な声に、ドーソンははっと自分の暴言に気付いたようでした。 今日、マーロがわざわざ見せてくれたこの魔法は、マーロの一族伝来の秘法だったのです。
「あ、いや、すまん。…決して、そんなつもりで言ったのはない」
 あわてて謝り始めたドーソンを尻目に、マーロは鼻息荒く黙ってさっさとコロナの城門をくぐりました。 ドーソンは謝りながら追いかけます。

 そうして、数十メートルばかり歩いたところで、マーロは急に立ち止まって、
「…攻撃魔法で終わらせるつもりはないさ」
 ドーソンを振り向きもせずに、きっぱりと言いました。
「見ていろ。この秘法をマスターしたら、その先に進んでやるからな。
『ただの攻撃魔法』なんて言わせない、もっとすごい魔法に深化してやる」
 そして、小走りに追いついてきたドーソンをキッと見据えて、
「そしたら、あんたにも拝ませてやるよ」
 そう言って、口の端で小さく笑いました。
「…あんたがかえるに戻らずにすんだら、だけどな」

「それは楽しみだ」
 ドーソンも、ホッとしたようすでニヤっと笑いました。そして、
「…午後は休講なんだろう? 酒場に寄って熱いお茶であったまっていかないか?
俺がまだ人間で、コイツがまだ食えるうちに」
 と、ポケットから出したコンペイトウを、手のひらに転がして見せました。


冬のコロナに、日本の関西の太平洋側の寒い日の空を持ってきてしまっていいのかどうか…。
しかし、私は「寒空」と聞くと青空に雲がたくさん飛んで、時折時雨や風花の舞う空を思い出すので、 ここにもそれを持ってきました。

実は、この話、数年前に私が始めて投稿図書館に投稿した話の焼き直しです。
最初の投稿ではは無名の主人公の独白だったこの話、本当は、ドーソンの話だったので、 やっと本来の形にできた、という思いです。

コンピュータゲームにおける魔法が、攻撃・戦闘補助中心のものになってしまうのは仕方ないんですが…。
幻術や変身の魔法が好きな私としては、なんとも物足りない気がします。
隕石をただ降らすより、石を本物のコンペイトウに変える魔法の方が、よほどすごいと思うのは、私だけではないはず。
…でも、これが魔法で普通に出来てしまったら、市場経済が混乱しそうですね…。
それに、魔法の効果時間中に消化吸収などで科学的に変質した物質は、魔法が切れるとどうなるのかとか …つきつめて考えるとドツボにはまりそうです。



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