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渋茶でチョコレート


二月も半ばをすぎました。
いい天気で、お日様は暖かそうな光を通りに投げていましたが、 風は冷たく吹き付けていました。
日の差さないコロナの研究所では、所長のオーウェンも、 研究員のレラも、なんとなく暖炉のそばに近づくようにして仕事をしていました。

午後の日が、傾きかけた頃。
オーウェンが朝からのデスクワークに凝った首と背中をぐっと伸ばして、 「ここらでちょっと一息入れよう」と言いかけたときでした。 ちょうどその瞬間を狙いすましたように、研究所の扉がノックされました。
独特の間をおいて、三回。

「入りなさい、ドーソン」
いつものように、レラが声をかけると、寒風に頬を赤くしたドーソン・トードが 冷たい空気と共に入ってきました。

「こんにちは、レラ殿、オーウェン殿」
いつものように響きのよい太い声で挨拶しながら、 分厚い革のマントを脱いだドーソンは、レラがティーセットを並べているのを見て、 にこりと笑いました。
「ちょうど、お茶の時間に間に合ったようだな」
「そうよ。いつも絶妙なタイミングで現れるわね。 ほんとによく利く鼻を持っているわ」
レラは冗談半分、ため息半分のセリフと共に、ティーカップをもう一つ出してきました。
ドーソンは勝手知った様子でいそいそと手伝いながら、
「うむ。ここの茶はコロナ一、香りがいいからな。どこにいても分かるのだ」

それから、レラが茶葉の容器の並んだ戸棚を開けるのを見て、大急ぎで、
「ちとずうずうしいが、頼みがある。今日は、あの…渋みの強い茶にしてほしい」
棚の中の缶を指して、そう頼みました。レラが怪訝そうに振り返ったのへ、
「今日は、お茶請けに、こんなものを持ってきたのでな…渋い茶のほうがあうと思う」
そう言って、肩から提げたずだ袋から、なにやら大きな塊の入った布袋を出して見せました。
「この大きさでは、割らないといかんか…すぐ出せるところに、金槌か木槌があるかな?」
レラとオーウェンは、首を横に振りました。
「そうか、それでは杖を使おう」
ドーソンは、袋をがっしりした大テーブルの上に載せると、
「ちょっと失礼…」
トネリコでできた精霊使いの杖を振り上げました。

「一体それは、何かね?」
オーウェンが訪ねました。ドーソンは、杖の頭で力いっぱい袋を叩きながら、
「ああ、輸入食材の店で安く売っていたのでな…」
「…製菓用のチョコレートの塊を買ってきたわけね」
レラが後を引き取りました。
ドーソンは嬉しそうに笑ってうなずきました。
「チョコレートならこれに限る。安くて美味くて、量が多い」
「今の時期なら、特に安いわけね」
レラが呆れたように呟くのを聞いて、オーウェンが暦に目をやり、 「おお」と1人うなずきました。
ちょうど、聖バレンタインの記念日がすぎた後でした。
「うむ!」
ドーソンは大きくうなづきました。
「どうだ、いい考えだろう?」
レラは、大きな木の皿をドーソンに渡してやりながら、
「あなたが朴念仁なのは知っているけど…無頓着にも程があるわね」
そう言って、大仰にため息をついて見せました。

ドーソンは、ちょっと決まり悪げに笑いました。、
「まあ、これはちょっと…いささか、無粋だったかも知れんな。気に障ったのならすまん」
「いえ、そんなことは無いけど。貴方はバレンタインのあれこれには、本当に興味ないのね?」
「うむ。まったく、な。
俺は幸か不幸か、恋愛というモノへの素質が欠けているのだ」
ドーソンは、ふっと、どこか寂しげな笑いを浮かべました。
「素質の問題かしら?」
レラが、懐疑的な声をあげました。
「ああ。俺は、そう信じている。恋愛しやすいかどうかは、先天的な気質で決まるのだ。 でなければ、年中ホレたハレたとはしゃぎまわっている奴がいる一方で、 俺みたいな朴念仁にも程がある奴もいるって理由が説明できまい」
ドーソンはそう言いながら、砕けたチョコの欠片を袋から木皿に流し込みました。

「私は、環境も気質に劣らず影響が大きいと思うけど?」
レラが湯をポットに注ぎながら言うと、
「いいや。俺自身の経験では、環境には関係ないな…周りにいい異性がいるのいないのは、 当人の言い訳に過ぎんだろう」
ドーソンは、確信に満ちた声で答え
、 「…それに」
と、冗談っぽくにやりと笑って、
「貴方がそんなことを言っちゃあまずかろう?」

レラは苦笑で答え、薫り高いお茶のカップをドーソンに渡してやりました。


ドーソン編は、2月には、色々とネタがあるのですが…バレンタインのネタは予定にありませんでした。 が、ドーソンにバレンタインネタがないのも気の毒な気がして。 以前、製菓用の巨大な板チョコを冗談の分かる人に送ったことがあるのを思い出して、こんな話を書いてみました。 …私自身、割りチョコみたいな純度の高い割安チョコは大好きです。



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