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杖直し


晩秋の澄んだ空から、驚くほど強い光を射る太陽が、 くっきりした青い陰を投げかけているコロナの広場。

その広場を吹き抜ける冷たい風を避けて、どこからか集まってきた枯葉の吹き溜まった、 占いテント脇の陽だまりに、2人の精霊使い…ドーソン・トードとカリンが座っていました。

杖を石畳にまっすぐに突きたててあぐらをかいたドーソンの膝の上には、 白い仔龍、チビドラが丸くなっていました。
カリンの膝の上には、木の削りかすが乗っていて、手には、白木の杖が一本握られています。

カリンは、注意深く杖をひっくり返してはためつすがめつしていましたが、 やがて満足したようににっこりと笑うと、目を上げて、
「うまく直りました。ドーソン、ありがとう」
と言いました。

ドーソンがにこやかに、「なに、ほんの…」と言いかけたとき、 チビドラがドーソンの膝の上で、
「ムキュキュッ?」
問い掛けるように、甲高い鳴き声を上げました。
ドーソンは、ニッと笑って、チビドラの顔をのぞき、
「ああ、判らんのも無理はないな。だが、ちゃんと手伝ってたんだぞ」

それを聞いたカリンが、不思議そうな顔をしました。
「この子の言うことが…判るんですか?」
「うむ」
ドーソンは軽くうなずきました。チビ龍の頭を掻いてやりながら、
「チビと俺、双方の努力の甲斐があってな。最近は、簡単な会話なら、 十のうち、七、八くらいは通じるようになった。 難しい話になるとさっぱりだが。…まあ、お互いに当面、哲学的な難題を話し合う予定も ないのでな」
「キュウー」
チビドラはカリンを見て、肯定するように頭を何度もたてに振って見せ、 それからドーソンを見あげて催促するようにもう一度鳴きました。

「うむ、すまん。質問の途中であったな…だがまず、カリンに説明させてくれ」
と、ドーソンはチビドラの頭を軽く叩くと、カリンに目をやり、
「チビは、俺が杖直しを手伝う、と言いながら、黙って座っているばかりだったのを、 不審に思ったそうだ」

「まあ」とカリンは笑顔になりました。
「不思議に思うのも無理はないですね。
…ねえ、チビドラさん、精霊使いの杖は、作るのは簡単なのですが、 『調律』するのはとても難しいのですよ。…『調律』って、わかりますか?」

チビドラは、首をかしげながら、小さく鳴きました。
「ウキュ。キュウ、ムキュキュキュウーウ?」

ドーソンが、首を振りました。
「楽器の調律とは、ちと違うのだ。『精霊使いの杖を調律』する、 と言うのは…つまりだな…むうう…」
鐘の音を思わせる、ドーソンの太い声が、ふらふらと先細りになりました。

「私が説明しましょうか? ちょっと話が長くなりますが、いいですか?」
カリンが言うと、チビドラはこっくりとうなずきました。
「キュ」

カリンは、直ったばかりの杖を持ち上げて見せました。
「精霊使いの杖は、精霊使いの呼び声を精霊達のいる所まで届けるときに、 その助けをしてくれるものなのです」
「うむ、ごくごく大雑把かつ乱暴にに言えば、な」
ドーソンが横からくちばしを入れましたが、カリンはかまわず続けて、
「…ですが、精霊使いによって、呼びかけの波長といいますか…質といいますか、 そういうものが少しずつ違うので、杖もそれにあわせて細かい調整をしないと、 魔法を使う助けにならないばかりか、邪魔になってしまうことさえあるんです。
その調整のことを、精霊使いは『杖の調律』と呼ぶのですよ」

チビドラが、判ったと言うようにうなずくと、 ドーソンも、ホッとしたように大きくうなずきました。それから、
「うむ。それでだな…」
と、カリンの後を引き取って、
「この『杖の調律』というやつ、完璧に仕上ようとすれば、細心の注意が要るのだ。
『調律』中に他の精霊使いが杖に触れば、たちまち大きく狂うし、 自然界の精霊の力や人間の人工的な魔力の余波が触れるだけでも、微妙に外れてくるのだ」

そう言って、占いテントのほうへ手を振りました。 さっき、新しいお客が入ったばかりです。 今まさにテントの中で、おばばが水晶球の魔力を使っているはずでした。

「…ま、杖無しでも精霊を呼べぬことは無いのだから、 そう神経質にならなくとも良いと言えば良いのだが…。 杖の助け無しで難しい魔法をかけるとなると、相当な集中が必要になるし、 そのためには時間もかかるからな。
少なくとも、危険な冒険に出るときには、きちんと調律された杖がいる
…そこで、だ」

ドーソンは、杖の先で、石畳にぐるっと円を描いて見せました。
「俺は、こんな風に、丸く…カリンの周りに、魔力を遮断する結界を張っていたのだ」

どうだ、判ったか…と、言うようにドーソンがチビドラを見下ろすと、 チビドラも「キュ」と鳴いて答えました。
それから、賢しげな表情でドーソンを見あげると、
「キュキュキュ、ウキューキュ…」

長い鳴き声が途切れる前に、ドーソンは大げさに眉をしかめて、
「む? 何が言いたい? この俺が、精神的な障壁をはるのだけは上手い…ってか?」
チビドラは、すました様子で一声、
「キュ!」

「おい、それは、どういう意味だ?」
ドーソンの声は笑っていましたが、その奥の方に、はるか遠くからかすかに響く 雷雲のような危険な気配がありました。
鋭くそれを聞きとったカリンの眉が、心配そうに寄りました。

しかし、ちょうどそのとき…
「クチュッ!」
チビドラが、くしゃみをしました。そして一声、
「キュウウ…」

とたんにドーソンが、にやっと笑いました、
「…なんだ、結局、風が冷たいって文句を言っているだけか。 風除けの結界も欲しかったか?」
チビドラがこくりとうなづくと、カリンがホッとしたように肩で息をしました。

ドーソンは、チビドラの脇を抱えて持ち上げ、冷やかすように、
「子供は風の子だろうが! 俺が平気なのだ。これしきの風が冷たいとは言わせない…」
そう言いかけました。
が、そのとき…ちぎれ雲が一つ、太陽をさえぎりました。 とたんに冷やりと冷たくなった風に、ドーソンも思わずぶるっと体を震わせ、
「ブァックショ!」
派手なくしゃみをしました。そして、おかしそうにチビドラが見上げるのへ、
「むう…今日の風は、思ったより少しばかり冷たいようだな、うむ」
と言うと、カリンに向かって、
「杖も直ったことだし、暖かいものでも飲みに行かんか?」

「それじゃ、暖かい薬草茶でも淹れましょう チビドラさんも、 熱いミルクなんかどうですか」
「おお、そりゃあいいな」
「キュキュ!」
うーんと伸びをして、よっこらしょ、と立ち上がるドーソンの膝から、 ひょいっと飛び降りたチビドラが嬉しそうにくるくる回ってカリンの膝にじゃれ付きました。

それを笑って見下ろしていたドーソンは、ふと真顔になりました。
(チビは、鋭いな。さっき軽く腹が立ったのは…図星指されたって事だな…)
思い至ったその言葉は、口からは出ませんでしたが、 ドーソンの腹の中に尾を引いて残りました。


カリンの挨拶イベントより。
精霊使いの杖について、自説を延々と書いていたら、内容の割にやたらに長くなりました…。
とかなんとか言いつつ、実は精霊使いと杖の相性についてなんかも書きたかったのですが…。 どうしようもなく冗長になってしまうのでやめました。

以下、どうでもいい個人的設定話ですが…。
ドーソンは鍛冶屋で買ってきた杖を自室で調律していることになっています。
精霊使いの杖の素材として一般的なのが、カシ、ナラ、イチイ、ビワ、 トネリコ、ナナカマドなど。
ドーソンに相性がいい杖の材質は、トネリコという設定です。
青い葉の付いた枝も使いやすく、調律なしである程度杖としての使用が可能 (「嵐の後の狂戦士」)という設定にしてます。
で、ドーソンの最終の武器は、杖の形になって長いのに、いまだ青々と葉を茂らせている 魔法のトネリコの杖、という設定になってます。



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