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騎士の命、王の命


 秋が深まり、木の葉が色づき…そろそろ、温かい飲み物が恋しくなりはじめる頃です。
 その日、コロナの若手騎士、デューイが届け物を提げて、 姉のレラの研究室の扉を開けると、そこには先客がおりました。
 机の上の書類を脇へ積み上げてのけ、出来た狭い隙間にティーポットとカップを並べて、 精霊使いのドーソン・トードがレラと一緒に午後のお茶を飲んでいたのです。
「おお、デューイ殿。いいところに来たな。貴殿も一杯どうだ。なかなか良い葉だぞ」
 デューイの顔を見て、ドーソンがお茶の入ったカップを持ち上げてみせました。
その後ろで、差し置かれたレラが一瞬むっとし…それから、苦笑して、 デューイにうなずいて見せました。

 3人でお茶を飲み始めると、話はすぐに、先日、ドーソンとレラが出かけた、 白龍をめぐる冒険に移っていきました。
 デューイが聞きたがったこともありますが、ドーソンとレラにも、 そのときのことで話し合いたいことがたくさんあったのです。

もう何ヶ月も前から、ドーソンとレラは、白龍の力を秘めた鏡のかけらを 捜し求めていました。
 すべてのかけらを、もとあった場所…すなわち、白龍のゆかりの城、 フロスティの廃墟に戻すことで、ドーソンに呪いをかけた …そして、レラの捜し求めてやまない…白龍に会うことが出来るのです。
 そして、先の冒険で、二人はようやく、二つめのかけらを手に入れることが出来たのでした。
 ドーソン達が鏡のかけらを遺跡に戻したとき、不思議なことが起こりました。 二つ集まった鏡のかけらの中にぼんやりと、城で起こった過去の事件の幻影が映ったのです。

「…国王の留守に、王弟が白龍の鏡を狙って、陰謀を進めていたの。 ところが、それを知っていたのが、いたずらが過ぎて謹慎中のお転婆王女だけ… っていう所から、話が始まるの。
 どこからか1人の男の子がやってきて、部屋を抜け出した王女の前に現れたの。 そしてその2人は城の家臣たちを、なんとかとかうまく説得して回るんだけど…」

 と、ここまでデューイに説明したレラは言葉を切って、意味ありげに、
「…ドーソン、あの男の子、何者だと思う?」
 と問い掛けました。
「むう。…推測だが、あいつはおそらく、近隣の小国の王子 …おそらくは、王の次男か三男であろう。
 王の長子が無事成長するまでは、保険として必要とされるが、 その後は反逆者の船首像になりかねない厄介モノ、という立場だな。
 早いうちに、婿入り先を見つけておくのが得策だ…というわけで、 神龍の国に目をつけたのだろうよ。神龍の力を後ろ盾にして、有徳で知られ、 しかも跡取が姫君1人…小国の王子の婿入り先としては、申し分ないからな」
 ドーソンは、レラの言葉の裏側には気がつかないかのように、 真面目くさった調子で淡々と答えました。

「ずいぶん大胆な推理ね」
 レラが冷やかすように言うと、ドーソンは素直にうなずきました。
「うむ。あくまでただの推論だ。
…だが、根拠はある。あのように気楽な物慣れた態度で王城を行き来することが出来るうえ、 あの上質の服装だ…」
「まあ、それはそうだけど。 それに、物腰や立ち居振舞いも、しっかりしつけられていたようね」
「それに、あの少年が近衛長を説得したときに言った言葉だ…憶えてるか?」
「…たしか、『王女と結婚した後、生命の危機に陥ったとしたらどうするか』と訊かれて、 『最大限の力を絞って共に生き延びる』と答えてたわね。 『ずっとそばにいて守りたいから』って」

「うむ。まったく…実にまったく、上手く言いおったものよなぁ」
 ドーソンは、深く響くようなため息をつきました。
「あいつは、ちゃんと知っておったのだ。
 王は…いや王族は…おのれの感情で命を賭してはならぬ、とな。 たとえ心から愛していようと、たかが女1人のためだけに命を危険にさらす王は愚か者だ」
「そうでしょうか?」
 たまりかねたように、デューイが口を挟みました。
「愛する人のために命を賭けるのは、人として当然のことではないですか!?」
 ドーソンは、光を吸い込むような暗褐色の瞳で、デューイの強く輝く青い目を見返して、 考え込むように言いました。
「むう。…そうだな…騎士ならば、そう考えるのが当然なのだろうな」
 それから、少し挑むような口調になって、
「…本物の騎士ならば、生き続けてこそ果たせる己の責任の重さをも よく心得ているのだろうが…」
 言葉の最後は、問い掛けるような上がり調子の唸り声になって消えました。
 デューイはきっぱりと答えました。
「その重さと比べても、やはり命を投げ出すべきときに、 ためらってはならないのが騎士なのです」

「うむ」
 デューイの言葉にやや気おされたように、ドーソンは、ゆっくりとうなずきました。 それから、
「しかし、王族は、違うのだ…」
 ゆっくりと言いました。それに対して何かを言おうと口を開きかけたデューイを手で制し、
「王は人の上に立ち、大局に立って国を動かし…必要とあれば、国全体のために、 一部の者を…多くの場合、必死に生きる弱いもの達を …ばっさりと切り捨ててしまう決断も、下さねばならぬ」
 ドーソンの声は、地の底から響いてくる鐘の音のように低く響きました。
「人を切り捨てる権限を与えられた者は、己自身を…己の愛するものも含めて… その権限の外に置いてはならぬ。無責任に己の命を縮めてはならぬが、 逆に己を切り捨てることが、多くの国民を救うのであれば、ためらわずに己を切り捨て …死なねばならぬ」

「…でも、だからって、あの少年が王族だとは限らないでしょう?」
 レラのすぱりとした口調が、ドーソンの陰気な声音の余韻を断ち切りました。
 はっと振り向いたドーソンに、畳み掛けるように
「ドーソン。推論だと言いながら、ずいぶん自信がありそうじゃない。 そんな風に考える理由が、あなた自身にあるんじゃないのかしら?」
「むう…」
 ドーソンは唸りました。それから、きっぱりと、
「…いや、やはり、ただの推論だ」
「ほんとかしら?」
 カマをかけるようなレラの口調に、ドーソンは首を振りながら、
「ああ、あいつ自身には、全く、なんにも、心当たりはない…」
 と言い切りました。が、その後へ続けて歯切れ悪く、
「なんの憶えも心当たりも無いんだが…憶えがないというのに…あの声 …あいつの声には、なんだか聞き覚えがある。
 よく似ているのだ…時々、頭の中で命令してくるあの子供の声に、よく似ている。
 なぜだ? …むうう……」
 再び妙な唸り声をあげて考え込んだドーソンを見て、レラはいつもの冷静な声で
「それなら、このことについてはこれ以上詮索しない方がいいわね。 まだ資料が足りないわ」
 言いながら、空になった自分のカップに二杯目の紅茶を注ぎました。
 それから黙って、ポットをドーソンに回すと、ドーソンが唸るのをやめて、 自分のカップにお代わりを注ぐのを眺めながら、
「そう言えば、また例のダークエルフたちと戦った話はしたかしら…」
 デューイに向かって話し出しました。


コリューン編を書き始めた頃、私は、冒険で仲間になるNPCが、赤竜編、青竜編、白龍編、 それぞれに数人ずつ登場させ、3つあわせるとNPC全員が登場するようにしよう… と、計画していました。
そんなわけで、最初の頃…特にコリューン編の前半で出てくるNPCはかなり偏っているのです。
が、ずるずると長い期間をかける中で、その計画は頓挫しました。
しかし、少なくともドーソン編の中で、 今まで一度も出てこなかったNPCは全員出してやることに決めていました。
…しかし、「今まで出てこなかったNPC」の筆頭であるデューイを、 なかなか出すことが出来ず…。
実は、『ドーソンのざれ歌』で出すつもりだったのが、上手く行かなくて…。
ようやく、ここで出すことが出来たのでした。
デューイは、特に嫌いなキャラでもなかったんですがね… こんなに出しにくかったなんて…私自身驚きでした。
ひとつには、ゲームプレイ当時の、私のパーティーメンバーの選考基準… 「雑魚戦をさっさと終わらせる技能」が騎士というクラスに乏しかったために、 あまり冒険で連れ歩いてないのが原因かと思われますが(笑)。



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