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嵐の後の狂戦士


朝早く、冒険者宿を出たドーソン・トードは、鼻歌交じりに空を見上げました。
空は、黒ずんで見えるほど青く、高く、晴れ渡っていました。
昨夜の、激しい秋の嵐が嘘のようです。

「ふはー。…うむ、気持ちの良い朝になったな」
いつもの響きのいい低い声で、そうひとりごちたドーソンは、 朝の光の中、濡れた地面を踏んで歩き出し…そのまま、ふらりと街の門を出ました。
そして、ぬかるんだ畑の道を抜けて、森へと入っていきました。
薄暗い木立の間に入ると、空気は、まだ重たく濡れて、木ノ下雨がぱらぱらと落ちてきます。
ようやく嵐との戦いが終わったことにホッとした木々のため息のように、 もやが静かに流れていました。

ドーソンはごっそり落ちた木の葉や、折れ跡も生々しい小枝を踏みこえて、 すたすたと歩いていました。
が、突然ふと立ち止まって…
「ユーンかね? おはよう」
大きな樹に向って声をかけました。
すると、樹の向こうから、ユーンがすいっと姿を現しました。
「おはよう、ドーソン。来てくれたのね」
「ああ。昨日の嵐はひどかったから、少し気になってな。だが、どうやら、 大きな被害は無かったようだな」
ドーソンがゆったりと言うと、ユーンは晴れやかな顔で笑いました。
「ええ、お陰さまで。さっきまでラケルが来てたんだけど、あっちも大丈夫だったって」
「それは、なによりだな」
「でも、昨日の嵐は風向きが悪かったから、今日はこの森を掃除しなくちゃならないわ。
…ドーソン、良かったら、手伝ってくれない?」
「うむ、いいとも」
ユーンが妙に遠慮がちに頼むのに首をかしげながら、ドーソンは、気楽な声で応じました。
「…しかし、こんな美しい森の中で、何を掃除すると言うのだ?」

2時間後。
ドーソンは1人、ふうふう言いながら、毒々しい緑色に塗られた 大きなトタン板の破片を引きずっていました。
大汗をかきかきドーソンは、森の外のごみ置き場までどうにか運び出すと、
「ふいーっ!」
トタンを放り出して、大きく息をつきました。
「むう、森の掃除というやつは、思ったよりも重労働だな」
ぶつぶつ言いながら汗をぬぐうと、肩からぶら下げたずだ袋を担ぎなおして、 再び森に向います。
そして、森の中を歩き回って、昨日の嵐で街から飛ばされてきたたくさんのごみ… 屋根板の破片だの、ビンだのの『人間界のごみ』を探しては、袋に入れていきました。

と、何かを見つけてふと立ち止まったドーソン。
しばしの沈黙の後、呆れたような、感心したような調子で呟きました。
「…なるほど…こんなものまで飛んでくるのか」

ドーソンの視線の先にあったのは、酒場のテーブルほどもある巨大な板切れでした。
どうやらパン屋の看板だったようです。大きな枯れ枝の下敷きになっていますが、 明るい色に塗られた板の上に、パンの絵の一部が見えていました。
木の板ですが、表面の分厚い塗料の下に何かが張ってあり、 防腐剤もたっぷり染み込んでいます。放っておくわけにもいきません。
「むう…こりゃ、やっかいだな」
ドーソンはうんざりしたように声をあげました。
が、すぐに気を取り直して、看板の上の大枝に取り付きました。
しばらく力をいれてゆすぶってみましたが…
「だめだ、こりゃ」
とても、ドーソン1人の手におえるものではありませんでした。
ドーソンはしばらく考えていましたが…ふと、足元に、まだ青い葉がついた トネリコの枝が落ちているのを見つけると、1人、にやっと笑いました。
早速、両手のひらにぺっとつばを吐くと、枝を拾い上げて杖のようにかざし、 精神を集中させます。

来たれ、荒々しきものよ
来たれ、いくさ場の狂乱、沸き返るいくさの熱に宿るもの
血に酔いしれ、荒れ狂うもの、クマの毛皮を好むものよ
今しばし、我に宿れ。我にそのまがまがしき力を貸し与えよ!

ややあって、ドーソンの顔が真っ赤に染まり…次に、蒼白になりました。
両目がつり上がり、火を噴きそうな憤怒の表情になると、ドーソンののどの奥から、 けだものじみた咆哮が響きました。

「ぐおおおおお…!」

そして、トネリコの枝を投げ捨てると、ドーソンは再び枯れ枝に取り付きました。
べきべきと音を立てて枝の半ばが裂けました。ドーソンはうなりながら、 強引に枝を引っ張りつづけ、ついに看板の上から取りのけてしまいました。
次に、巨大な分厚い看板の片端にかじりつくと、いきなり、 わけのわからぬ喚き声をあげながら、自分の頭越しに後ろに向って放り投げました。

「がーああああああ!!!」

そして…そこで力尽きて、べたりと地面に座り込みました。
見る間にいつもの落ち着いた表情に戻っていきます。

「…ここまでか…」
荒い息をつきながら、無念そうにドーソンがうなっているところへ、
「ドーソン、さっきのすごい声…あなたなの?」
すいっと木立を抜けて、ユーンがやってきました。
ドーソンは、ぜいぜい言いながらうなずき、すぐそばに引っくり返っている 大看板を指差しました。
「まあ。こんなもの、1人で動かせるわけないじゃない」
ユーンが呆れた声をあげると、ドーソンはまたうなずいて、荒い息の下から、 切れ切れに答えました。
「凶暴化の術で…何とかならぬかと思ったのだが…
どうも…これでは、無駄な力を…使いすぎてしまうな」
ユーンは、重さを確かめるように、看板に手をかけて軽く引っ張りました。
その手ごたえに目を丸くして、
「遠慮しないで、最初から私を呼んでくれれば良かったのに」
「なに…一度、自分の最大の力というものを確かめてみたかったのでな」
ドーソンはまだ息を弾ませながら、ニヤっと笑って答えました。
「まあ」
と、ユーンは首を振りましたが、それ以上は何も言いませんでした。
そして、太陽の方角を確かめるようにちらと空を見あげると、
「ちょっと早いけど、一休みして、お茶にしましょう。
それから、一緒にこれを動かしましょう。 …多分、街にはこれがなくなって困っている人もいるんじゃないかしら」
「うむ、賛成。茶はうれしいな」
ドーソンはゆっくりと立ち上がりながら言いました。


ユーンの10月挨拶イベントより
エルフの住む極相林が「汚れていて掃除が必要」っていうのも、 変な話なので…「嵐によって街のごみが吹き寄せられる」と、解釈してみました。
コロナのエルフの森は、やっぱり「里山」なのかもしれませんが。

かえほんの精霊魔法は、状態異常系が豊富なんですが…私は「眠りの風」以外、 あんまり使いませんでした。
雑魚戦なら、効く率のことを考えると直接倒した方が早いし… ボスには、ますます効かないし。
エフェクトは「精霊魔法」らしくていいんですが…。ちょっと残念です。
せめてお話の中で…それも、戦闘以外の場面で…使ってみたくて。
ここで、こんな形で出して見ました。



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