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ドーソンのざれ歌


10月。

ドーソン・トードは冒険者宿の窓から首を突き出して、夜の空を眺めました。
半月を過えたばかりの上弦の月が、中天高く光っていました。
空は澄んで、ふわふわしたちぎれ雲が、煙のように勢いよく天空をよぎっていきます。
いつもなら、ラドゥの神殿でミーユ達と観月会としゃれ込んでいるような、いい月夜でした。

けれど今夜のドーソンは、さっさと窓を閉めてしまい、 部屋の隅に置いてある、机代わりの空の木箱の前に、どっかと腰をおろしました。
そして、例のよく響く声で鼻歌を歌いながら、さっきまでしていたことの続きを始めました。
木箱の上の紙切れに、ペンでなにやら書いたり消したり…。

「ケロ?」
さっきから興味津々でその様子を見ていた同宿のかえるが、ついに我慢できなくなって 箱の上に飛び乗り、紙を覗き込みました。
が…一面書き散らされ、その上線で消したり訂正したりぐちゃぐちゃに入り乱れた 金クギ流の文字は、とても読めたものではありません。

かえるががっかりして顔を上げると、ドーソンはにこりとかえるに笑いかけて、 ペンを放り出しました。
「うーむ…どうも…詩という物は難しい…上手く行かん…が、一応、形にはなった。 まず、聞いてみてくれんか」

そう言って、小さな声でこんな歌を歌い始めたのです。


「コロナの街の執政官 じつに賢明なるお方
治安の維持の腕前は 王の御成りのそのときに あまりに自信ありすぎて 警備の兵を総動員
一兵たりと予備はなく 王に賜りし領土をば 不幸な領民もろともに モンスターどもにくれてやる

執政殿は太っ腹 たった一夜の安眠を
二つの村と三本の街道 四十町歩の田畑に 5割を超える収穫も
ろくなことなくなきなき暮らす やけ出されくるしむ民の忠誠も
執政預かるものとして 王にもらった信頼も すべてはたいて買いつけた

コロナの街の司令官 実に人望厚き方
騎士団の士気の高いこと 有能まじめな隊長は 先争って野に下り 治安守るは冒険者
「治安は庶民に任せよう」 執政官の先見は 10年経って実を結び お陰で街は平和なり

執政殿は政上手 己の能力わきまえて
流通経済その他のことは 商人ギルドにすべてを預け トラブル退治は冒険者
領地の管理も程ほどなのは 多く手をだせば多くぼろ出る道理ゆえ
己の才覚生かす道 それは上へのごますりと 血道を上げて精を出す」


「…なんだケロ、それ?」
かえるが、あきれたように尋ねました。
「落書(らくしょ)さ」
ドーソンは、にやりと笑って答えました。
「高札にするか、高級酒場ででも歌ってやるか…その辺のところは、まだ、 決めちゃいないが」
「なんで、そんな…?」
「分かるだろ? ほれ、先日レーナエ殿の依頼で、冒険に行ったとき…」
「ああ…」
かえるはうなずきました。少し前に、ドーソンはコロナの街の執政官、 レーナエに冒険の以来を受けました。
その時、レーナエの庶民への人を人とも思わぬ態度に腹を立てたドーソンは、 おもわずこの高位の依頼人をぶん殴ってしまったのです。

「あのときは、頭に血が上って思わずあんなまねをしてしまったが…
俺の拳骨じゃ、そう痛くもなかったろう。お灸どころか、蚊が刺したようなものだ。 …俺の手のほうが痛かったかもしれん。
それに、ああいう御仁には、道理は通じないからな。 …民あっての王、という真理は、ああいうお方には一生理解できまいよ」

ドーソンは首を振りました。
「…で、ああいう御仁にも分かるような言い方で、 自分が悪かったことを教えてやろうと思ってな…
ああ、俺はなんて親切なんだろ…なあ?」

同意を求められて、かえるは困ったように喉を鳴らして視線をそらせました。

ドーソンは、つぶやくように、
「まつりごとに携わる者は、ときとして非情にならねばならぬこともある。
が、そんなときも何が大事かを見極め、何を守り何を捨てるかをよくわきまえて、 責任を持って判断せねばならぬ。
それができぬ者を要職にはつけられぬはずだが…この国の王は、不幸だな」

「で、でも…そ、そんなことして…大丈夫ケロ?」
かえるが、恐る恐る尋ねました。
ドーソンは、茶色の暗い目でかえるを見て、またにやりと笑いました。
「レーナエ殿は、そんなにバカではない。これしきのことで、 それなりに名のある冒険者を逮捕すると、後がかえって面倒だということくらい、 わきまえているさ。
まあ、顔を合わせるたびにいやみの一つ二つも言われるだろうが… 俺にとっては、蚊が刺したようなものだ」

そして、紙を摘み上げ、折りたたんでポケットにしまいながら、

「しかし、やはり人前に出すには、これはイマイチだな…もうちょっと何とかならんかな… ミーユ殿にでも相談してみるか…?」
ぶつぶつ言いながら立ち上がり、かえるに手を振って、部屋を出て行きました。

部屋で1人、かえるはつぶやきました。
「ドーソンって、意外と根に持つタイプだったんだケロ…」


最初、コリューン編を書き始めた時の予定では、 赤、青、白のそれぞれの竜の話に数名ずつ絞り込んだNPCを登場させていって、 全員がどこかの話に顔を出している…というつもりでした。
コリューンの季節ネタなどを書くうちに、この予定はあっさり消えてしまいましたが。
で、デューイは白竜編のこの話で顔を出す…はず、だったんだけど…消えちゃった(笑)

このシナリオをプレイ中、レーナエをどつくくらいでは腹の虫が収まらなかった 人は多かったのではないでしょうか。
…実は私もその1人です。で、こんな話が出来ました。
まあ、本当の中世ヨーロッパでは、「人間には階層がある」ことが常識だったので、 こういうことは当然のようにまかり通っていたんでしょうが…。
それにしても、モンスターの出没を野放しにして受ける損害を冷静に考えられない奴には 執政官は務まらないだろう、位のことは言ってやりたい(笑)。



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