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レラの臨時講義


9月の初め。残暑も少しは和らいで、夜には幾分涼しい風が吹き始めた頃の、ある朝のことです。

レラの職場の、研究所のドアがノックされました。独特のゆったりとした間を置いて、三回。

「入りなさい、ドーソン」
レラが、せかせかと棚に品物を積み上げながら、振り向きもせずに声をかけました。
ドアが開き、ドーソン・トードが顔を出しました。

「おはよう、レラ殿…おや」
ドーソンは、目を丸くしました。部屋の真ん中においてある大きなテーブルの上から、 いつも所狭しと並んでいるはずの機材や資料が消えていました。 そのせいで、部屋全体が妙にがらんとして見えました。

「これはこれは…今日は、忙しいようだな」
ドーソンはゆっくりとした足取りで部屋に踏み込むと、 テーブルを手のひらで軽く叩きました。
「手伝おうか。…それとも、いては邪魔かな?」

レラは、顔だけ振り向いて答えました。
「別に、邪魔でもないし、手伝ってもらうこともないわ。…今日は、何の用?」

「ああ…いや、たいした用じゃない」
と、ドーソンはいささか遠慮がちに、
「相当今更の話だが…先月の頭に同行させてもらった遺跡… あの、水晶球のあった白龍の遺跡について、教えてもらいたくてな。
…まあ、そのヒマがあるのであれば、だが」

レラは、くるりとドーソンの方に向き直りました。
「あの遺跡の、何を知りたいの?」
脈ありと見て、ドーソンは身を乗り出しました。
「何もかもを。ことに、あれを残した人々のことを、だ」

「残念だけど、たいした事は教えられないわね。 あの遺跡については、断片的な資料がごくわずか残っているだけだったし、 あのとき持ち帰った資料も、まだ充分な記録すらとれていないもの」
レラは、首を振りながら言いました。

「それでもいい。今分かっていること、推測できることだけでいい…」
ドーソンは食い下がりました。
レラの形の良い眉が、不審気にちょっと上がりました。
「なぜ、あの遺跡にそんなにこだわるの?」

「何故だろうな…?」
ドーソンは、ゆっくりと首を横に振りました。
「わからんが、とにかく気になる。気になる理由が分からぬゆえ、余計に気になる。
…どんな細かいことでもいい、知りたくてたまらぬ」
と、低い声になって独り言のように、
「…あの遺跡に入ったとき、妙な心持ちがしたのだ
…また、あの声が聞こえた…」

…そう、白龍に関連する遺跡に入ったとき、ドーソンに…ドーソンだけに、 聞こえてくる声があったのです。
以前、コロナの酒場や、さまよいの街道の霧の向こうからも聞こえてきたことのある、 子供の声です。
その声が、しきりに何か命じるのがきこえたのです。
「…聞き取りにくい声だったが…『思い出せ』と、いわれているような気がした…」

ドーソンは、宙に目を据えたまま、言葉を続けました。
「あの声は、誰のものであろう…
あるいは、遺跡を残した人々が、あの声を残したのであろうか…
だとすれば、誰が…そして何故…」

レラは不思議なものを眺めるような目でドーソンを見つめました。

…と、突然、ドーソンはぱっと体を起こして、レラに向き直りました。
妙なところを見せてしまったのが照れくさいのか、ごしごしとこぶしで顔をこすりながら、 あわてたように付け加えて、
「…それより何より、俺にだって知的好奇心というものはあるのでな。
結構苦労して、研究所の所長を唸らせるような世紀の大発見をしたというのに、 それがどんな意味のある発見だったかもろくに分からない、というのは、 なんともくやしいではないか。
…どんな人たちがあれを作り、あそこでどんなふうに暮らしていたのか。
何を信じ、どう生きていたのか。
そんな歴史のロマンを知りたいと思うのに、理由がいるか?」

「そう…まあ、何にせよ、向学心があるのはいいことね」
少々面食らった顔をしたものの、レラはすぐにそう答えました。そして、
「丁度いいわ。実のところ、今は暇なのよ。注文した新しい機材が届くまで、 仕事が出来ないから。
こうして場所をあけて待っているのに、到着が遅れているの」
と、空っぽのテーブルを指し、
「荷物が着くまででよかったら、相手してあげるわ…その代わり、 機材が届いたら手伝ってちょうだい」

「そりゃ、もちろん」
ドーソンのうれしそうな返事が終わるより前に、レラはくるりと棚に向き直りました。
そして、いそいそと棚のガラクタをとりのけながら、
「そこの下から椅子を出してきて。今、資料を持って行くわ」
と、言いました。


このお話は、ここに載せるにあたってあちこち書き直しました。 投稿図書館では、実際のプレイの時のレラの挨拶イベントにあわせて、「カナ山の洞窟」 のプレイ後…9月末のお話にしてしまったため、ちょっと展開が苦しくなってたのです。
今にして思えば、もっと早い時期のお話にしちゃえば良かったんです。 ドーソンの幻聴の主がチビドラではない、ということもはっきりさせておきたかったんですが。 それだけにしては、やりすぎだった気がします。
…てなわけで、このお話は、ここに乗せるときに、時期を9月頭にずらし (チビドラはまだいない)中身も大幅に削りました。
前半のドーソンがレラをおちょくるセリフも、冗長なのでカットしました。
これで、当初書きたかったことがもっと明瞭になったと思います。

遺跡発掘とか、そういう話が結構好きなので、「求める葉真実のみ」のシナリオで出てくる 遺跡が、遺跡そのものについては思わせぶりな会話以外、何の説明もなしに 終わってしまったのが結構しゃくだったりしたのが、このお話を書いた最初の動機でした。


しかし、図書館の方、あんな大げさな伏線を張っちゃって、あとどうしよう…。



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