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森は起きている


「肥料!?」

 ドーソン・トードは素っ頓狂な大声をあげて、 エルフの友人、ユーンの顔をまじまじと見つめました。
 ユーンはいたずらっぽい笑いを含んだ顔でうなずきました。
 ドーソンは、口をあんぐりと開けたまま、周りの森を見回しました。 亭々とそびえる巨木の幹や、ふくふくしたこけの緑の上で、 夏が過ぎて黄色くなり始めた日の光と、青みを帯びてきた葉の影が、 模様を作って躍っています。
「この森に?!」
 ドーソンは、足元を見下ろしました。森の黒い土は、ドーソンのブーツが埋まるほど ふかふかしています。手にとると、無数の小さな虫たちが驚いてせわしなく 動き回るのが見えます。
 これ以上は考えられないほどよく肥えた素晴らしい土です。
「…この土に…そのうえまだ肥料を?!」
「そう、肥料をあげるの。手伝ってくれない?」
 すまして答えたユーンは、いかにも愉快そうな顔でドーソンを見つめて、
「信じられない、って顔しているわね。でも、一度見れば分かるわ」
 と、付け加えました。
 ドーソンは、訳が分からないまま、もごもごと
「う、うむ…手伝うのは、もちろん、かまわないが…」
「よかった。じゃ、こっちに来て」

 さっさと歩き出したユーンに従いながら、ドーソンは首をひねりつづけました。
 …生き物たち同士のバランスが見事に取れた、この美しくすばらしい極相林の 大地に、このうえ一体どんな肥料が要るというのだ?

 ユーンの『肥料』を見ても、ドーソンの疑問は解けませんでした。
 ユーンから渡された桶の中には、緑とばら色の輝きをほのかに放つ、 濃い土色の液体が入っていました。 それは、ドーソンが知っているどんな肥料にも似ていませんでした。
(もっとも、俺は肥料に詳しいとはとても言えぬがな…)
 ドーソンは『肥料』に、そっと指を浸し、かいだり、こすってみたり、 ちょっと舐めてみたり(ユーンは目を丸くしました)しました。 …が、やはりよく分かりません。
 それでも、精霊使いのドーソンには、この『肥料』が、普通の肥料ではなく、 何か特別な力を持っているものらしい、という事だけは感じ取ることが出来ました。

「で、これは…どうやって使うのだ?」
 ドーソンが尋ねると、ユーンは、
「こうするのよ」
 と、小さなひしゃくでほんの少し『肥料』を掬い取ると、円を描くように、 ひしゃくをさっと振りました。
 すると、この不思議な液体は、ふわりと遠くまで広がって、細かい霧のようになり、 かすかに虹色に光りながら、ゆっくりと森の土の上に降りて行きました。
 そのとたん、周囲の木々が、ごつごつの樹皮の下で、どっしりとした太い幹をかすかに …まるで巨大な動物が身震いするように震わせるのを、ドーソンは見たように思いました。
「…こんな風に、少しずつね。なるべくまんべんなく、撒いていってちょうだい」

 仕事が進むにしたがって、ドーソンの表情は楽しげになっていきました。
 まだまだ昼間は暑く、ドーソンもユーンも汗をかきました。 桶も結構重く、思ったよりは大変な作業でしたが、お昼になって、 ユーンが一休みしようと言い出したときには、ドーソンはむしろ残念そうでした。

「どう、…『肥料』が要るわけが、分かったでしょう?」
 ユーンがきくと、ドーソンは笑顔でうなづきました。
「ああ。よく分かった。
…エルフの森は、やはり普通の森ではないのだな。この森の木達は、 普通の木達の何十倍もはっきりと目が覚めている…」
 ドーソンは、そっと隣に立っている木の幹をなでました。
「そんな特別な木達には、木の心のための特別な栄養がいるのだな」
 ユーンはにっこりとうなずきました。
「木達が、お礼を言っているのが聞こえたでしょう?」
「うむ」
 ドーソンは、気持ちよさそうに目を細めて答えました。
「今日は、呼んでくれてありがとう。ほんとうにうれしい…」
 ユーンは静かに答えました。
「どういたしまして。…これは、誰にでも、見せるものではないのよ…」
「光栄だな」
 ドーソンの太い声が、大きな鐘の余韻のように木立を抜けていきました。 その声に答えるように、土の匂いと木の葉のささやきを乗せた風が 森をさあっとふきすぎていきました。


普通、森では自然のサイクルによって、栄養が補充されていくものです。
肥料は、そんなサイクルのない、人工的な環境…畑などの土に、足りなくなった 栄養分を補うために使うもの。
で、私は、エルフの森は、自然のままの…人手が入る必要の全くない森だと思っていたので、 9月のユーンのイベントを最初に見たときは、かなりの衝撃を受けました。
「エルフの森は、人が定期的に手をかけなきゃ荒れるような里山だったのか?!」
…とも、思いましたが。里山でも、肥料なんかは使わないし…。
しっくり来る答えをいろいろ考えるうち、こういう解釈が浮かびました。



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