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ツクツクボウシと口笛


 夜が明けたばかりの森。
 ラドゥの神殿の歳経た巨大な石の柱たちは、まだ青い陰の底にじっと沈んでいました。
 その足元の草むらでは、夜の虫たち声がわき返るようです。
 その草むらをなでて、ひいやりした風が、神殿の中を通り …中にいた三人の男、老賢者ラドゥの長いひげと、吟遊詩人ミーユのつややかな黒髪、 それに、ドーソン・トードの寝癖に逆立った前髪を揺らして行きました。

 この夏になって、誘い合わせたわけでもないのに、時々なんとなく、 夜明け前の神殿に集まるようになったこの三人は、今朝もまた、 ここでこうして顔を合わせていたのでした。

「風の匂いが、変ったな」
 ドーソンが、つぶやくように言いました。
「ええ。それに、光の色も…」
 ミーユが応えると、ラドゥもかすかにうなづいて、昨日より高くなった空の色を 見上げました。
「夜明けも、すっかり遅くなった。ここで、こんな風にゆっくり出来る時間も、 すっかり短くなったな…」
 ドーソンが、少し寂しそうに言いました。ミーユが微笑んで首を振りました。
「その代わり、夜はどんどん長くなります。霜の輝く秋の夜、星や月を見ながら一曲… というのもいいものですよ」
 ラドゥが、にこりと笑ってうなづくと、ドーソンもにやりと笑いました。
「そうだな。今度は酒の一瓶も提げて…」

 最初の朝日が、一番端っこの石柱の頭を黄色く照らしました。
 森中からわんわんとセミの鳴き声が沸き起こり、小鳥の合唱をかき消しました。 草むらの虫たちは、すっかり声をひそめてしまいました。
「どれ、最後にもう一曲いくとしようか…」
 ドーソンが、一つ頭を振って言いました。ラドゥはうなずいて、腰をおろしました。 しかしミーユは、竪琴を取る前に言いました。
「ドーソン、私の中の詩心をもったフクロウが、そろそろ動き出したのですが…」

「?」
 ドーソンは、首をかしげてミーユを見やりました。
「叙事詩が作りたいというのです。誰も知らない伝説を歌った叙事詩が」
「それで?」
「…貴方の詩を作りたいと、そう言い張るのですよ。さもなくば、全く働く気が起こらない と…」
 ドーソンは驚いたように目を見開きました。
 ここで…このラドゥの神殿で、この美しい森のひと時を楽しんでいるときに、 こんな話を持ち出すとは…
「俺の身の上話を聞かせてくれ、と、そういうのか?」
「いえいえ…」
 ミーユはきっぱりと首を振りました。
 過去のことなど、問わず語らず。このひと時の不文律を破る気なぞはありません…。
「これからの、貴方の冒険に同行させていただきたいのです…もし、貴方さえよろしければ」
 ドーソンはほっとしたように白い歯を見せました。
「ああ、それはありがたい。ミーユのような旅慣れた人が一緒に来てくれるなら、心強い。
…だが、おぬしのフクロウが喜ぶ獲物が見つかるかどうか…」
 ドーソンは言葉を切りました。
 自分は、おそらくは、何らかの禁忌を犯したのだろう…ドーソンは、そう思っていました。 神とも呼ばれる白龍に呪いを受けるとしたら、それがもっとも自然な成り行きだと思えたのです。
 禁忌を犯した男の龍探し…余り大向こうには受けないだろうよ。
 そんなドーソンの思いを読んだのか。ラドゥが物言いたげに半身を動かしました。 しかし、思い返したように座りなおし、じっと黙ったまま、何も言いはしませんでした。

「ご心配なく。私の詩心は、勘がいいのですよ」
 ミーユは静かな確信を秘めた声で応えながら、竪琴を構えました。
「それでは、今朝、最後の一曲と行きますか…」
「おう」
 ドーソンが応えて、深呼吸しました。これが終わったら、今日もまた、街での仕事です。
 …しかし、それは忘れていよう。今は、まだ。
 ラドゥはうなづき、どこからか取り出した小さな鼓を、ひざの上に載せました。

 乾いた鼓の音を合図に、銀の糸のような竪琴の旋律と、ルビーの輝きのような美しい 口笛の音が、互いに絡み合い、見事なタペストリーのような音楽を織りなしながら、 神殿をゆったりと流れはじめました。


赤竜編の、戦士コリューンのときに、絵本を作るため、本編のシナリオでは (戦士とスキルが大幅にかぶってしまう剣士の)レティルを連れまわすことになり、 フィールドでのスキル不足に苦労しました。
…なのに、その教訓もどこへやら。趣味に走って白龍編のドーソンを精霊使いにしてしまった おかげで…レラとスキルがかぶってしまい、またもや本編のシナリオで苦労する羽目に なりました。
…そんなわけで、フィールド上のスキルを幅広く持っている(…器用貧乏だけど) 吟遊詩人のミーユを連れて行くことになったのです。
が、まあそれは、プレイヤーサイドでの話。 ゲームの中の世界ではさしずめこんな会話が交わされたのではないかな…と。

それと。ここでラドゥに楽器を鳴らさせるかどうか…大いに悩みました。 ここにのせるときにラドゥは単なる聴き手に回らせようか、とも思ったんですが、 楽器の一つもたしなめない風流人ってのも何となくカッコ悪い気がして、 結局そのままにしました。



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