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森と炎


 むせ返るような緑の6月の森。
 命の気配と物音に満ちているはずの森は今、息を潜めるような静けさに包まれ、 吹き抜ける風には場違いな煙の匂いが混じっていました。
 森の中にぽっかりと開けた空き地の真ん中に、大きな焚き火が燃えていたのです。

 空き地には、煙とともに険悪な空気が立ち込めていました。
 焚き火の周りに、いかにもタチの悪そうなチンピラどもがうろついていたのです。
 空き地のふちに立ち止まったドーソン・トードは、その二人の同行者…エルフのユーンと、 ハーフ・エルフのレンジャー、ラケルとともに、チンピラをにらみつけました。

 三人は、このチンピラどもを追って、ここまで来たのです。
 こいつらは、突然、ラケルの住むこの森に現れて、 ドーソンとユーンががラケルに届けようと運んでいた荷物を奪っていったのでした。
 しかも、森を散々に荒らし、動物達を傷つけ…その上、 こんな非常識な場所で火までたいているのです。

 ドーソンが、ユーンとラケルにささやきました。
「用心しろ。あんな奴等だが、敏くてはしっこい森の生き物たちを捕まえられるだけの腕がある」
 しかし、ラケルはそんな言葉は聞こえていないかのように、つかつかと進み出て、
「おい、おまえ達!」
 と、叫びました。
「その火をすぐに消せ!」

「うるせえ!」
 と、火の向こうでふんぞり返っていたボスらしきチンピラが怒鳴り返しました。
「わざわざ追っかけてきて、つべこべ指図するんじゃねえ! そんなに、この荷物が大切なのかよ!」
 と、足元を蹴りつけました。大きな布の包みが草むらから転がり出たのを見て、 ドーソン達は顔色を変えました。配達中に奪われた荷物です。
「だったら、こうしてやるぜ!」
 チンピラのボスは、素早く荷物を取り上げて、見せつけるように大きく振って見せ…

「やめろ!」
 誰かが声をあげたときには、包みは焚き火の中に放り込まれていました。
 炎が荷物の外側の布をなめ…次の瞬間、爆発したみたいにごうっと音を立てて 大きく吹き上がりました。…ちょうど、乾いたシダをまとめて放り込んだときのように。

「…これでもう、気にならねえだろ」
 と、チンピラのボスはつばを吐きました。ラケルの顔がこわばりました。
「…森を悪戯に荒らして、ヒトのものを平気で盗んで…」
 怒りに声が震えて途切れました。それから、吐き出すように
「おまえたちは、人間の中でも、一番のクズだ!!」
「なんだと! もういっぺん言ってみろ!!」
 ボスが叫ぶのを合図に、チンピラどもは、さっとナイフを抜きました。 燃え盛る火を回り込んで、じりじりとこちらに迫って来ます。
 しかし、ラケルは引きません。

 ゆっくりと向かってくるチンピラどもを見ながら、低い、低い声でドーソンがつぶやきました。
「やつら、本気ではないな…」
 その声が聞こえたのは、ユーンだけでした。
 確かに、怒った顔をしていても、相手にはどこか余裕があります。 下卑た笑いを浮かべている者さえいます。こちらをなめているのは間違いありません。 数を頼みに、こちらをゆっくり痛めつけるつもりでいるのでしょう。
「…なら、私たちが強いことを見せ付けてやれば、すぐに追い払えそうね…」
 そうユーンが答えると、ドーソンはさらに低い声で唸りました。
「むう…気に食わん…」
 ユーンは驚いて、ドーソンを見ました。

 ドーソンの顔は、怒りで蒼白になっていました。
「…ちょっと脅して、追っ払うだけですますなぞ…」
 言うや、ドーソンは、どかどかと進み出てラケルに並ぶと、 あのよく響く太い声を張り上げました。
「ああ、言ってやるとも。オマエらはクズ野郎だ!」
 ラケルがあっけに取られて、ドーソンを振り返りました。
 ドーソンは、怒った顔のままラケルにむかってちょっとうなずくと、 さらにずかずかと前に出ながら再びよく通る声でどなりました。
「どうせ、街を追い出されて、仕方なくこんな人気の無い森にもぐりこんだんだろうが…。
 逆らう奴もない森で、ウサギ相手にいきがりながら、人間並みの顔をするんじゃねえ、 この人間のクズ!!」

「…なにをぉ…」
 チンピラ達の顔色がどす黒く変わりました。
「馬鹿にしやがって…思い知らせてやる!」
 ボスがわめいて、短剣を抜き放ちました。
「出来るならやってみろ、街のゴミタメからも追ん出されたクズ野郎どもが!!」
 このドーソンの返答を待たず、チンピラどもは全員めちゃくちゃに飛びかかって来ました。

 ドーソンが精霊使いの杖を構えきらぬうちに、3人のチンピラがナイフで切りかかってきました。
 ドーソンは、前から来た1人のナイフをかろうじて杖で払いのけました。
 同時に、左から来た1人の肩口に、ラケルの矢が突っ立ちました。 そいつはナイフを取り落として、わめきながら地面を転げました。
 次の瞬間、ユーンの放った魔法が右から来た1人を打ちました。 そいつはつんのめって引っくり返り、そのナイフの一撃は ドーソンの二の腕を浅く切り裂いただけに終わりました。
 しかし、チンピラどもの勢いは止まりません。乱闘が始まりました。

 ラケルの弓弦が鳴るたびに、チンピラが1人、腕や足をかかえてうずくまりました。
 剣を抜いたユーンが駆けつけて、ドーソンを取り囲んだチンピラどもをなぎ払うと、 ドーソンはそのチャンスを逃さず、水霊を呼び出して、その魔法の刃を容赦なくチンピラどもに 叩きつけました。
 水霊の刃は焚き火も叩き消し、もうもうと白い煙が立ち昇りました。

 ついに、チンピラどもは全員、戦う力も気力も失って草の上にへたり込んでしまいました。
 ドーソンは、チンピラのボスに詰め寄りました。乱戦で額に出来た浅い切り傷から血を流し、 目を怒らせたまま、口元だけでニヤニヤと笑って、野太い声を響かせます。
「オマエら、派手な火遊びが好きなんだよな。
 今時分の森でこんな火遊びすれば…あっという間にそこら中丸焼けになっちまうよな?
 オマエらが自分の火遊びで燃え尽きるのは勝手だが、あんまりにもはた迷惑がすぎるぜ。
 そんなに焼け死にたけりゃあ、オマエらだけ、きれいに黒焼きにしてやるよ…」

 ボスが引きつった顔で何かを言いかけましたが、ドーソンは知らん顔で …わざと周りじゅうに聞こえるような大声を張り上げて、呪文を唱え始めました。

『来たれ 燃え盛るもの 焼き尽くすものよ
来たれ 猛き炎の精霊 灼熱のサラマンダーよ!
汝の力を あなどりし者らに その力の程を 見せつけよ…』

「ひ、い、い、いや、実は、その…!」
 チンピラのボスが、やっとのことで裏返ったかすれ声を搾り出しました。
 呼び出した炎の精霊の輝きをぼおっと肩や腕にまといつかせたまま、 ドーソンが眉を上げて見やると、
「あ、あの、さ、さっき燃やした荷物、あ、アレはウソモンです!!」
「ほーお、それで…?」
 冷ややかに聞き返すドーソン。ボスは這いずるようにして、後ろの丈の高い草の陰から さっき燃やしたのとよく似た、大きな布の包みを引きずり出しました。
「お預かりした本物は、こ、ここ、置いときますんで!!!」
「ほう」
 ドーソンの目が、荷物の方に向きました。ラケルとユーンが、さっと荷物に駆け寄りました。
 そのすきに…
「…ってことで、それじゃ。…逃げろ!!」
 チンピラどもは、文字通り転がるように空き地を抜け、ばらばらになって森の中を、 よたよたと走り去っていきました。

「むうう…やれやれ」
 チンピラを見送ったドーソンの肩の上から、炎がすっと引いていきました。 その目からも、ぎらつく怒りが消えて、茶色の目は暗く沈み、落ちついた光をたたえました。
「…考えてみれば、あんな連中に、ムキになっても仕方が無いのだが…」
 ドーソンは、チンピラの去った木立の間を見つめたまま、ボソボソとつぶやきました。
「頭に血がのぼって、われを忘れちまった…」
 と、悲しげな声になって、
「今回の事件も、突き詰めりゃあ、あいつらだけの責任じゃないんだが…
自分の社会からはみ出して、他の社会に迷惑をかける、あんな連中が出てこないような… そんな街を作ることは、出来ないものなのか…」

「え、何か言った、ドーソン?」
 ラケルと一緒に荷物を確かめていたユーンが、ドーソンを振り返りました。
「いや、別に…。その荷物、本物か? 大丈夫だったか?」
「ええ。間違いないわ」
 ユーンが答える間にも、ラケルは荷物を解いていました。 中から、独特の匂いのする乾燥した薬草の束と、一通の手紙が出てきました。
 ラケルはさっそく、手紙を読みだしました。
 そのあいだに、ドーソンは薬草を手にとり、ユーンに向かってにやりと笑いました。
「あのチンピラども…意外と、頭が回る連中だ。こいつが珍しい薬草で、 上手くさばけば金になると分かってたんだな。
それで、俺らを欺くためにわざわざ偽の荷物まで作っていたわけだ」
 やれやれ…もうちっと、真面目にその頭を使えば、もう少しまともな人間になれるだろうに… 次はどこで、誰に迷惑をかけるやら。
 その思いは、言葉にならずにため息に消えました。

 そのとき、ラケルが手紙を読み終えました。
「間違いないか?」
 顔を輝かせて手紙から顔を上げたラケルに、いきなりドーソンが声をかけました。
「うん」
 面食らったように答えるラケルに、ドーソンは、屈託なく笑って。
「よし。じゃ、間違いなく届けたぞ。…ちょっと時間と手間をかけてしまったが」
 ラケルは、しばらく黙ってドーソンを見つめていましたが、ためらいがちに…
「…ドーソン…ありがとう」
 ドーソンは、にやっと笑って首を振りました。ゴソゴソと荷物を探りながら、
「礼なんか、いい…」
 と、小さな紙切れを取り出してきて、
「それより、この受領証にサインしてくれないか?」
と、振り回して見せました。


プレイ中に思ったことを詰め込んだので、少々まとまりがなくなりました。
私は、このシナリオをやると『牛泥棒を捕まえて』を思い出してしまいます。
森を追い出されたはぐれエルフは、人里に出てウシ泥棒を働き、街を追い出されたようなチンピラ は、エルフの森に迷惑をかける。で、人間とエルフの相互不信が募っていく…。
そんな場面を目撃しているような気がしてきます。

に、しても…こんなチンピラなんかがどうやって、山歩き好きの動物好きでもそう簡単には見られ ないような野生動物達に、傷つけるほど近よれたのか…それがつくづく不思議です(笑)
 


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