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コロナの空


 四月も下旬に入った、ある日のことでした。

 お日様の出たばかりのコロナの大通りを、ドーソン・トードは一人ふらふらと歩いていました。
 濃い茶色の目はどんよりとして、視線はまだ夢の中にいるみたいに茫洋と宙をさまよっています。
 ドーソンの肩に乗っかった、鮮やかな緑のかえる…ドーソンの部屋に住み着いている 小さな同居人です…が、心配げにケロケロと鳴きました。
「ドーソン、顔色が悪いケロ。やっぱり、部屋に戻って休んだ方がいいケロ」
 ドーソンは、首を横に振りました。
「いや。あんな石の部屋に朝からこもっていると、息が詰まる」
 その太い声にも、独特の響きのよさがなくなって、何だかがさがさして聞こえます。

(…とはいえ、表に出たところで、どこを向いても似たような石の壁ばかり…か。 慣れぬ場所で、慣れぬ姿で暮らすのは、思った以上に疲れるものだ)
 そう、ドーソンはひどく疲れていました。それがドーソン自身が思っているように、 慣れない街での人間暮らしが原因なのか、それとも、早く慣れてしまおうと、 連日連日コロナのあちこちに出かけてアルバイトばかりやっていたせいなのか、 それは定かではありませんが…。

 大通りを抜け、広場に入ろうとしていたドーソンの足が、ふと止まりました。
「どうしたんだケロ?」
 聞かれて、ドーソンはうっそりと、
「人間がいる…戻ろう」
(今朝は、人間と話をするのはおっくうだ…)そんな気持ちが、ありありと声に出ています。
 かえるは、広場を見渡して、
「何を言ってるんだケロ。今は、カリン一人しかいないケロ。 カリンにおはようを言うくらい、たいした事じゃないケロ?」
「むう…」
 一瞬返事に詰まって、短く唸った後、
「…たしかにな」
 ドーソンはゆっくりとうなずいて、広場に足を踏み入れました。

「おはようございます、ドーソンさん。いいお天気ですね」
 カリンがさっそくドーソンに気づいて挨拶をしてくれました。
 かえるは、声をかけられたドーソンが、わずかに身構えたのに気づきました。
「おはよう…まったくな。いいお天気だ」
 かえるは、何気なく近づいてきたカリンが、さりげなくドーソンの顔色を覗き込んだのに 気づきました。
「今日もお仕事ですか?」
 カリンが尋ねました。
「いや、今日は息抜きにちょっと…まあ、ちょっと、その辺を…」
 なんのあてもないドーソンが口篭もると、カリンはすかさず、
「それでは、私とちょっと散歩でもしませんか? 朝の散歩にぴったりの、 とても気持ちの良い道があるんですよ。ご案内しましょう」
「うむむ…えーと」
 誘われたドーソンは、唸りながらうまい断りの入れ方を考えはじめました。
 と、それを鋭く見抜いたかえるの、力いっぱいの後足蹴りが首筋に入って、 ドーソンはピクリとしました。
「…ああ、それではお言葉に甘えようか」
「よかった。それでは、さっそく参りましょう。こちらです…」

 カリンに連れられてドーソンは、静かな裏道を抜けました。 それから角をいくつか曲がったとき…
「ほう…」
 ドーソンは、思わず声をあげました。
 そこは、古びた建物が並ぶ、静かな広い通りでした。両側の壁は柔らかな芽を吹いたばかりの ツタで覆われていました。通りいっぱいに、春の朝の光があふれ、ツタの葉を光る風が なでていきます。
 目を細めたドーソンを、カリンがうれしそうに微笑んで振り返りました。
 そして、楽しげにゆっくりとその通りを抜けて歩いていき、小さな水のみ場のある角まで きて曲がりました。
 ドーソンが続けて角を曲がると、柔らかな花と若い緑の匂いを含んだ風が、 ほわりと全身を包みました。そこは風の通り道でした。
「………」
 思わず深く息を吸い込んだドーソンの肩から、ふうっと力が抜けるのに、 肩の上のかえるは気づきました。
 風の流れる通りを抜けてしばらく行くと、今度は四つ角に出ました。 ここには、ドーソンも何度か通ったことがあります。
 カリンは、四つ角の真中で立ち止まりました。そして、怪訝そうなドーソンを振り向き、 靴底でとんとん、と地面を蹴って、
「聞こえますか?」
 と、言いました。
「…?……
…………………!!」
 言われてはじめて、ドーソンは、カリンの足音が不思議な具合に響くのに気づきました。
自分の足音も響いています。行き交う人々の足音や物音が響きあって、 奇妙で愉快な音楽のように聞こえていました。

(コロナは、こんなに広かったのか。こんな面白い所が、こんなに沢山あったとは…)
 コロナの街の地理は、ほとんど知り尽くしたつもりになっていたドーソンは、 内心、舌を巻きました。

 そうやって歩いているうちに、二人は、いつの間にか、暗くてごみごみした路地裏に入り込んで いました。ドーソンには気の進まない場所ですが、引き返そうにも、もうドーソンには、 自分がコロナのどこにいるのか分からなくなっていました。
(何でまた、こんな道を…?)
 ドーソンは不思議に思いながら、ドロドロしたぬかるみやゴミを避けて、 さっさと進むカリンを追いました。
 そして、路地の出口をふさぐように転がっている、壊れた荷車の車輪をまたいで超えたとき。
「はあ…」
 からりと視界が開けました。
 同時に、こぼれるようなとりどりの春の色と、甘くさわやかな香りが目と鼻にとびこんできました。 ドーソンは、花売りの車と果物売りの車に挟まれていたのです。
 もう一度見回して、気がつきました。元の広場に戻っていたのです。
 広場は、沢山の人々が行き交い、陽気ににぎわっていました。噴水の水も、 お昼前の明るい日の光を受けてはしゃいでいるかのように、きらきら輝いています。 噴水の向こうでは、吟遊詩人のミーユが、春の野原を行く雲を思わせるのびやかな歌を ゆったりと風にのせていました。

 カリンがくるりと向きを変えました。
「どうでした、コロナの街は?」
 聞かれてドーソンは、我に帰りました。
「いい。…いいな、素晴らしい」
 ドーソンは、改めて広場を見渡し、伸びをして空を見上げました。
「知らなかった…コロナの空も、こんなに青かったんだな。
 …ありがとう、カリン」

 肩の上のかえるが、ドーソンを見上げてうれしそうにコロコロとのどを鳴らしました。



ドーソンの疲労の本当の原因は…カリンの四月の挨拶イベントの効果が、「疲労完全回復」 だと知ったプレイヤーのせいだったりします(笑)。
疲労困憊するまで仕事させてから、このイベントを起こしに行くという…。

これを書いた頃は気候がよかったので、天気がいい日に、屋根の下で一日過ごすために登校・出勤する 辛さを思い出して…そしてこの話を、ふいと思いついたのです。
コロナは、森も近いし、現在の街と比べれば、それほど大都会と言うわけでもなさそうですが… レンジャーや精霊使いみたいな職業を選ぶ人は、やはり居心地が悪いかも…と、思いまして。

投稿の順番が、ゲーム進行と比べて後先になったので、ここに並べるとき直すつもりだったのですが …忘れてました。完全に…。


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