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森の民と街の民


 若々しい新緑から、力強い緑へと装いを変えた、6月のの森。
 夏至近くの太陽は、高く上がったままなかなか降りてこないのですが、それもようやく 西の空に傾き始めていました。
 森の手前の細い道を、強い西日を顔に浴び、くっきりと伸びた長い影を後ろに引きずって歩く 二人組がいました。
 一人は大きな剣を背負った赤い髪と鎧の若い戦士…つまり、冒険者のアルター。
 もう一人は、短い樫の杖を携え、くしゃくしゃのくすんだ青い髪をした男…コロナの新入り冒険者、 ドーソンでした。

「おい、なーに唸ってんだよ」
 意気揚揚と鼻歌交じりに先を歩くアルターが、少し遅れてついて来るドーソンを振り返りました。
「冒険の依頼をちゃーんとこなした上に、あんな綺麗なヒトと知り合えたんだぜ… そんな難しい顔することねえだろ?」
 と、ドーソンの背中をどやしつけます。

 ドーソンは、のそのそと歩きながら、眉根のよったままの顔でアルターを見上げました。
「いや、そりゃ、そうなんだが…。どうも、気になる」
「何が?」
「あんなことだけで、簡単に人を信用していいものだろうか…?」
「…はあ?」
 アルターは、ぽかんとして聞き返しました。
「ユーンのことだ。人間嫌いだったはずなのに…」
 そう言って、ドーソンはまた低く唸り声を上げました。

 ユーンとは、今日始めて知り合ったエルフ族の名前です。
 冒険者としての依頼を受け、森に探し物に出かけたドーソンとアルターは、 森でエルフの間でも人間嫌いで通っているユーンに出会ったのでした。
 2人は、ユーンを手伝ってその信用を得、彼女に協力してもらって、無事探し物を見つける ことが出来たのでした。

「おまえ、信用されて不満なのか?」
 アルターが、驚いたように声をあげました。
「いや…だが…」
 ドーソンは、歯切れ悪く答えて、森を振り返りました。

「ユーン、言ってたろ。『人間って、自然や森を破壊するだけの生き物だって思ってた』と、な」
 今度は、太陽の沈んでいく方…コロナの方角を見やって、目を細めました。
「少なからず正解…だな。
 俺だって火は燃やす。きこりの倒した、森の木をつかってな。俺の部屋の床板も、 元は見事なオークの大木だ。それに、森のどんぐりを掠め取って太った豚も食う。 森を開いて育てた麦もだ。
 街の人間は、そうやって生きてる。…たいがいは、森への感謝も忘れて、な」

「けどよ、それって…」
 ドーソンが言い終える前に、アルターが不満顔で口をはさみましたが、ドーソンは最後まで聞かず、
「ああ…エルフと人間の生き方は違う。相容れないところがあるのは、仕方が無い」
 と、話を途切らせることなく続け、
「それを、ユーンは…『今回のことで、少しは人間に、心を開けるような気がする』って…
人間の中にも、俺たちのような人がいるってわかったから…なんて、言ってたろ」
 ドーソンは、首を振りました。
「エルフのちょっとした交換条件を呑んで、ちょこっとした手伝いをするぐらいの人間は、 どこにでもいる。
 その程度のことで、あまり簡単に気を許すと、すぐまた裏切られるかもしれん」
 一度大きく気を許して裏切られたときの、心の痛手は大きいはずです。
 自身があまり「人間」というモノを信用していないドーソンは、それが心配なのでした。
「あんな聡明そうなヒトだ…そのくらい、分かっているだろうに」

 アルターにも、その気持ちは分かりました。
「けどよ。信じるっていっても、そりゃ、いろいろあるだろ…」
 ドーソンの言うそれと、これとは違う…と感じるのですが、言葉でうまくいえないのです。 それで、こういいました。
「とにかく、ユーンの頼みも、『ちょこっとした手伝い』…って言うにはちょいと厄介だった じゃねえか。
途中でやめちまう奴がいたって、おかしくなかったぜ? それを、俺たち最後まで片付けたんじゃねえか。 おまえ、いたずら妖精相手に本当に上手くやってたぜ」
 と、笑って、
「アレだけできる人間は、そうはいねえんじゃねえか?」

 たしかに。
 ユーンを手伝うために入った妖精の森には、たくさんのいたずらな妖精たちが住んでいたのです。 彼らは実際、一筋縄で行く相手ではありませんでした。
 たいがいの人間なら手ひどくたぶらかされていたでしょうが… ドーソンは妖精たちの気質を良くわきまえていて、実に上手く立ち回ったのです。

 しかし、ドーソンは、ただぼそぼそと、
「ああいう、妖精族…『精霊に愛されし小さき森の民』の相手は、慣れているってだけの事だ。
精霊使いの杖は、伊達に持っているんじゃないからな」

「いや、だからな…」
 アルターは、それも違う…と、言いたくて、また上手く言葉を見つけることが出来ず、 歯痒そうに口篭もりました。
 するとドーソンは、イライラと歯噛みするアルターを見ながら…だまってしばらく考えた後、
「まあ、な。半日も一緒に冒険すれば、アルターが信用できるって事はよーく分かるだろうな。 …アルターに裏表なんか、作りようもない事は」
 と、アルターの目を見上げてにやりと笑いました。

「おい、そりゃ、どういう意味だよ」
 アルターが、むっとした声を出しました。ドーソンはすまして、
「別に、深い意味はない。が、君なら交換条件がなくたって、頼まれりゃユーンを手伝ったろ?」
「そりゃ、もちろんだぜ」
 アルターは、即答しました。
「…おまえは、違うってのか?」
 続けて聞き返されて、ドーソンは一瞬、考え込む目つきになりました。それから、
「…違わないな」
 きっぱりと、答えました。
 そして、何か、さっぱりしたような顔になって、夕日をまぶしげに見つめながら、 もう一度呟くように言いました。

「うん、違わない」
…なるほど、な…。



ドーソンは、私のプレイした3人目の主人公ですので…プレイヤーが妖精の対処法を覚えてます(笑)
…が、私の頭の中ではプレイ中に、すでにこういう妄想になっていました。

シナリオ中、ユーンにペンダントを返す条件として手伝うように言われたときに、 「交換条件なしでもこの位、手伝うのに」…と、思ったことがこの話の出発点でした。
実際、「交換条件」で釣って手伝っただけの相手なんて、どこまで信用できますかね?  まあ、信用にも色々ありますが…
…実際にはユーンも内心、人間を信じたいのかもしれません。

どうでもいい話ですが…ゲーム中の肥料の材料の一つ、イカリソウと言うのは実在します。
春〜初夏に咲く、可憐な野草ですが、ゲーム中の花畑の花とは似ても似つかない…


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