白龍編・目次にもどる


かえるの習性


 コロナの街にはいくつもの酒場があります。
 中で、大通りに面した一軒は、冒険者の宿をかねた、庶民の憩いの場として知られています。
 日が暮れると、店はにわかに活気に溢れ出します。
 少々柄は悪いが、気のいい常連客達でいっぱいになるのです。

 今日も常連客の中に、ひときわ目立つ真っ赤な髪とマントの大柄な若者がいました。 この酒場では知らぬ者のない、戦士のアルターです。
 アルターは、さっきから大声で同席の連れに何事か話しつづけていました。

「……でさ、また、そのままたっぷり5分間は凍っちまって、ピクリとも動かねぇんだ。 話しかけても、揺すっても、返事もしねぇ。
…まったく、驚いたぜ」

「本当か、それ?」

 連れの一人、鮮やかな青いローブの学生風の少年が、まじまじと三人目を見つめました。
 当の三人目…くすんだ青い髪に、真新しい皮の鎧とマントを着込んだ男…は、 泰然として、ちびちびとワインをすすっていましたが、おもむろに頷いて、

「うむ。どうやら、アルター殿にはかなりご面倒をおかけしてしまったようですな。
だが、お陰で、つつがなく道具屋まで行って、無事にこの宿まで帰ってこれたわけです。 アルター殿、ありがとう」

 と、頭を下げました。アルターは、返事に困って頭を掻きました。

「ドーソンって、いったっけか? あんた、本当に変わってるな」

 青ローブの少年…魔術師のマーロがあきれたように言いました。ドーソンと呼ばれた男は、 いたって穏やかに、

「そうかも知れませんな。何しろ、私はこの街には慣れておりませんのでね」

 それを聞いてアルターが、

「けどよ、どこの世界に、わけもなくいきなり凍りついて動かなくなるのがフツーだって奴がいるんだよ …それも、何度も何度も」

 と、たまりかねたように大声をあげました。

「お前、どっから来たんだよ? 本当に冒険者なのか?!」

 ドーソンは、相変わらずゆったりとした表情のまま、ちょっと困ったようなうなり声を出しました。

「むう…。『わけもなく』止まってはいないのですがね。
最初の時に止まったのは、馬が通ったからなんです。その次には、真上を鳥が飛んでいるのが見えたからだし、 その次は…」

「そんなの、理由になるかよ」

 一つ一つ数え上げるドーソンを、マーロがあきれ返った声でさえぎりました。
 ドーソンは、ゆったりとうなずいて、

「…やはり、そうでしょうな」

 あきれて二の句が告げない二人を見渡して、ドーソンは頭を掻きました。
 これは、やはりきちんと説明しなくてはならぬと悟ったようです。

「ううむ。私には…いや、貴方達になら話してもよかろう…遅かれ早かれ、知られてしまうことでは あろうし…」

「何ぶつぶつ言ってんだよ、もったいつけてないで早く話せよ」

 と、アルターが少しばかりいらいらとせっつきました。
 ドーソンは、アルターに軽くうなずいて見せた後、もう一度、誰にともなく深くうなずいて、 口を開きました。

「いや、実は、私…いや俺が慣れていないのはこの街だけではないのだ…人間でいることに、 まったく慣れていなくて、な」

「はあ?」
「どういう意味だ?」

 アルターとマーロはあっけにとられ、同時に聞き返しながら、この新入りの顔をじろじろ見つめました。

「実は、俺には、かえるの呪いがかかっていてな…昨日まで、かえるだったのだ」

「何だと!?」
「かえるの呪いだって?」

 アルターとマーロが、また同時に声をあげました。
 2人に胡散臭そうに眉をひそめられても、ドーソンは動じる様子もなく、

「うむ。呪いで、かえるの姿にされている…らしい。
…昨日、森で賢者ラドゥが俺を見つけてくれてな。呪いは解けなかったのだが、とりあえずこの一年はと、 この…人間の姿をくれたのだ」

「本当かよ?!」
「いったい、誰に呪われたんだ?」

 二人は、また同時にたずねました。ドーソンはゆっくりと深く息をついで、

「ウソではない。だが、誰に呪われたのかは、わからん。…何しろ、記憶がないもんでな」

「何?! 記憶がない?!」
「…信じられないな」

「ああ。何一つ思い出せない。思い出そうと色々やってみたのだが、頭が痛くなるばかりで…」

 ドーソンは低くうなって眉をしかめました。

「名前らしきものだけは何とか思い出せたのだが…姓すらさっぱりだ。
ここに来たときは、ドーソン・トード(ヒキガエル)と名乗ったが、これも、 つまり適当に付けた暫定的なものでな…まあ、もしかしたら思い出せないまま、 恒久的なものになるのやもしれんが…」

「…本当かよ」
「…信じられない」

 二人はまた同時につぶやきます。

「確かに、到底信じられない話だが…。実際、俺も俺自身のことでなければ、信じられんところだ。 …だが、信じてもらうよりないな」

 ドーソンはにやりとして

「信じなければ、君等には奇異に映る俺の行動の理由が納得できまいよ」

「どういう意味だよ、それ。訳のわかんねぇセリフ並べてねぇで、さっさと結論を言えよ、結論を」

 アルターがいらいらと詰め寄りました。ドーソンは軽くため息をつきました。

「つまりだ。長年かえるをやっていたので、つい、どうしてもかえるの習性が出てしまうのだ。
かえるにとって、近くで大きな生き物が動いたり、上空を鳥影がよぎったりしたとき動くのは、 敵の目に付く命取りになりかねない行為だからな。反射的に動かなくなってしまう癖がついて。 …これが、どうしても抑えられなくてな。
その結果、君にとってはわけのわからないところで、ぴたりと動きを止めて凍りついてしまう、と、 いうわけだ」

 黙ってドーソンの話を聞きながら、アルターはごつい眉根にしわを寄せ、マーロは首を振りました。
 それでも、二人とも、一応ドーソンの話を受け入れることにしたようで、 話が終わると「わかった」とか「なるほど」とかつぶやきながらうなずきました。

「それじゃ」と、アルターがニヤニヤとたずねました。
「虫を見たら食いたくなったりするのか?」

「いや」と、まじめくさってドーソンは答えました。
「虫は、今の俺が食うには小さすぎる」

「そうか、そりゃよかっ…」

 アルターがニヤリとして言いかけました。…が、ドーソンは続けて、

「…しかし、広場で猫を見たときは、飛びついて喰らいたくなって、抑えるのに苦労した。
まあ、おいおい人間でいることとに慣れてくれば、自然に人間として普通に振舞えるようになるだろうが…。
…それまでは、少々のことでは驚かないでいてくれると、ありがたい」

 アルターとマーロは、少々引きつった顔を見合わせて、二人同時に…

「早く慣れてくれよ」
「早く慣れてくれよ」

 ぴたりと声をそろえていいました。


白龍編、第一話です。 主人公ドーソンは、プレイ中の妄想では、「常に冷静でいささかシニカルでちょっとウンチク好きな男」 …でしたが、書いていくうちにどんどん「超マイペースな変わり者」になってしまったという。
元々、白龍編を書き始めた動機の一つが「ゲームに出てくる「自然・森」に関するエピソードにちょっと 突っ込みを入れたい」なので、アヤシゲなウンチクがよく出てきますが、その辺はご容赦を。
…実は、なんだかだ言って、私自身そんなに自然に詳しいわけではないので、 作中に間違いも多々あると思われますことも、最初にお断りしておきます。


白龍編・目次にもどる
このページの先頭にもどる